Singles-α

第8話 Tacics






 どこまでもこの魔女は自分に正解を教えるつもりはないらしい。
 リードは頭痛がした。この広い宇宙でリョウコ・ラインゴッドのことを一番良く分かっているのは自分だ。きっと夫であるロキシ・ラインゴッドよりもよく理解している自信がある。
 その自分がFD人に誓って言える。リョウコは絶対に、この世界を救いたいなどとはつゆほども思っていないということを。
「ロキシは理想主義者らしいな。直接会って話したことはないが、ロキシならばこの世界を救いたいと本気で考えても疑うことができないくらい、誠実な人間らしい。だが、お前がそんな人物でないということは理解している」
「じゃあ、ロキシやフェイトのことを、私が愛しているから、というのでは駄目?」
「お前が、愛している、だと?」
 リードは鼻で笑った。
「冗談にも程度というものがあるぞ、ラインゴッド」
「失礼ね。私の乙女心はいつだって一途にロキシを愛しているのよ?」
 寒気がした。この魔女はどこまで言えば気がすむというのだろう。
「今の言葉は聞かなかったことにする。つまり、お前はどうしてこの世界を救おうとしているのかを教えてくれるつもりはないということだな」
「信じてくれないのは寂しいなー」
「信じるも信じないもない。事実だ」
 ふん、とリョウコはそっぽを向く。
「FD人、というのは何者だ?」
 話を強引に変える。あまり長く話していると、この魔女の呪いにまたかかってしまいそうだった。
「Four-Demension人。この銀河系、いえ、全宇宙を創り出した存在であり、自由に干渉できる人たち。だから、彼らはこの世界にいるわけじゃない。どこか別の異次元から私たちを常に監視している。何のためかは私も分からないけれど、私の想像だと何らかの実験か何かだと思うわ」
「実験?」
「よく言えばね。まあこれは、ロキシにも言ってないことだけれど」
 リードは目を細める。話のつながりが見えない。
「何の話だ?」
「簡単なことよ。FD人が何者か、私はだいたい予測がついている。ただそれを、ロキシやクライブたちには話すことができない、というだけ。あの人たちは純粋な人間だから。ちょっと性格が曲がってて、何を伝えられても動揺しない人じゃないと、この世界の秘密っていうのは理解できないし、理解しようとしても納得できないのよ」
 つまり、自分には話すつもりがある、と彼女は言いたいのだ。
「光栄だな。じゃあ、単刀直入に聞こう。つまり、FD人というのは、創造主、すなわち神、とそういうことか」
「違うわね」
 リョウコはあっさりと否定する。
「ならば、何者だ?」
「一つ、たとえ話をしましょうか」
 リョウコは足を組んで知的に微笑む。昔から、何かを説明しようとするとき、彼女はいつもこういう姿勢をとった。
「私たちだって、一つ間違えればFD人になることができるのよ」
「FD人に、なる?」
「ええ。本当になるわけじゃないけれどね。FD人っていうのは実は私が名付け親なんだけど、そのFDっていうのは実は別の言葉の置き換えなの。リーくんはファイナル・ドラゴンって知ってる?」
 ファイナルドラゴン。それは現在子供に大人気のコンシューマー機のRPGソフトだ。かくいうリードもはるか昔はやっていた。今ではもう十二作くらい出ていたはずだ。
「ああ、知っている」
「実はそのFDが語源なの。でも、さすがにロキシにそんなこと言えるはずもないから、Four-Demensionって言葉を隠してるんだけど」
「それが何の理由になる?」
「FDがどういうゲームか、知ってる?」
「ああ」
 ゲームの内容は単純。竜の神が創った人間の世界で、プレイヤーは竜神に選ばれた者として悪の魔王を倒すというゲームだ。一作目は竜神の中から離反者が出て人間の世界を支配しようとした『竜王』を倒すという内容。二作目は竜神と対立する破壊神を倒し、三作目では時空魔法で過去に戻ることを考え出した人間が過去に戻り、歴史を歪めようとするのを止めるというストーリーだった。自分がプレイしたのはそこまでだ。そのいずれの作品にもいえることだが、その世界の要になっているものに地・水・火・風のクリスタルというものがあり、その力を手に入れることで徐々にレベルアップしていくという内容だった。
「だいたい知ってるんだ。じゃ、八作目がどういうゲームか知ってる?」
「いや、三作目までしかやったことはない」
「うん。実はその八作目で実は自分たち人間を操っているのが竜神だということに気づいた主人公が、クリスタルを全部破壊して竜神を倒すっていうお話なの。九作目以降は神のいない世界のお話。よく続くよね、あれも」
「それが何の関係がある?」
「あれ、もうだいたい分かったかと思うんだけれど」
 ふと考える。だが、それだけなら比喩をされなくても予想はつく。
「つまり、竜神がFD人で、人間が我々ということか」
「ちょっと違うわね。言い換えるなら、竜神も人間も、全部が『私たち』よ。問題はFDを作ったのがウェアクスっていうゲーム会社っていうことかな」
 その言葉の意味するところが分かるまでに三秒の時間を要し、理解できた瞬間にリードの体に震えが走った。
「つ、つまり……FD人という連中が作ったのは、ただの……」
 言葉が出てこない。動揺するリードの目の前で、魔女は口元をかすかにほころばせる。
「じゃないかと私は思ってる。つまり、この世界はどこか私たちとは全くことなる次元の人たちが作ったゲームの舞台で、私たちはNPC、そしてどこかにプレイヤーが操るキャラクターがいて、私たちはそのキャラクターの道標となるだけの『用意されたキャラクター』になる」
「だからFD人か。FDのようなゲームを作った人々だということか」
「さすが、リーくんは理解が早いね」
 満足そうにリョウコは微笑む。
 だが、理解はできても納得はできない。まさにその通りだ。そんなことがありうるのか。

 自分が、プログラムだ、などということが。

「もともと、私たちの遺伝子はプログラムみたいなものだって習うでしょ? 実際、遺伝子=プログラムだからって何も問題はないものね。私たちには確かに自由意思があるけれど、それももしかしたらどこかで制限を受けているのかもしれない。自由だと考えている私たちの意思はプログラム上では決して完全な自由ではないのかもしれない。考えても分からないことだけれどね」
 この魔女にすら分からないこともあるというのだろうか。いや、あるのだろう。正直、自分たちを創っている存在だ。かなわなくて当然なのだ。
 いや。
 この女こそ、FD世界の回し者ではないのか。
「お前が『エレナ』だ、などというオチではないだろうな」
 もちろん違うと分かっていて聞いている。リョウコは疑問符を浮かべただけだ。
「なんでもない。今の発言はなかったことにしてくれ」
「できれば追及したいところだけど、許してあげる。リーくんには私からもお願いがあるからね」
「願い?」
「そ。私をロキシとフェイトに無事に会わせてほしいっていうお願い」
 今度は、いったいこの魔女は何が狙いなのだろうか。
「逆に、一つ疑問を解消してほしいところだな」
「何かしら」
「エスティード夫妻から話を聞いて、腑に落ちんことが一つだけある。マリア・トレイターの件だ」
 マリアの名前が出たとき、一瞬リョウコの目が細まった。
「まさか、彼女が私の子じゃないとかっていう話じゃないでしょうね。正真正銘、あの子は私の子で、フェイトの姉よ」
「話をそらしたな。その情報を提供することで、俺がうろたえて真実から目を背くようになる、そんなことを期待しているのか?」
 魔女の尻尾を掴んだ。これはリョウコにとってはかなり重たい話のようだ。
「療養のためにこのムーンベースを離れたということだったが、それには裏の理由があるのだろう。フェイトとマリアを離しておかなければいけない何かが」
「さすがね」
 リョウコは諦めたように首を振った。
「ここまできて、もう隠す必要もないか。今となってはもう別にばれても問題ないことだし」
 やはりな、と内心頷く。
「マリアをムーンベースから出したのはお前の仕業だな?」
「さっきからリーくんはどうしても私を悪者にしたいようだけれど、この件に関しては首謀者はトレイターよ」
「他の件は自分の仕業と認めるわけだな」
「それこそどうでもいいことよ。私はたとえ無理でも二人一緒に育てるつもりだったんだから」
 少し怒り気味に魔女が言う。膨れた姿は昔そのままなのだが、こう見えても彼女はとっくに四十過ぎなのだ。
「リーくん? 思っていることが顔に出てるわよ」
 魔女の顔となったリョウコが睨みつけてくる。どうやらこの魔女は人の心の中まで読むことができるらしい。
「それで、マリアを捨てた理由を聞こうか」
「だからっ!……あーもう、リーくんにペース握られるなんてムカツクッ!」
 ぷー、と頬を膨らませる。思わずリードは笑ってしまった。
「歳を考えろ。それで、理由は?」
「少しはクライブから聞いてるんでしょ? マリアは病気で安静にしなきゃいけなかったっていうのが表の理由。もちろん、それはアルティネイションの力によるものだし、クライブもロキシも今でもそう信じている」
「だが、真実は別にある」
「ええ。三人の遺伝子に紋章を描きこんだ後、三人の、というよりマリアの力が発動しようとしたのよ。理由はフェイトの傍にいることで、幼いあの子が力に目覚めようとしてたのよ。共鳴したのね、きっと。マリアが一番感応力も高かったから」
 力と力は引かれ合う。もしマリアが覚醒したならば、それに引きずられるようにフェイトの力も覚醒することにもなる。
「発動したら体がもたない、か?」
「それは大きな理由じゃないわ。その可能性は〇.一一%。同時に肺炎でもおこしていない限り大丈夫よ」
「だとしたら何が問題だ? 早く目覚めればその分、力の扱いにも長けるようになるのではないか?」
「微妙なラインだったのよ。確かに早めに目覚めて力をコントロールできるようになってほしかった。でも、早すぎるのは駄目だったのよ」
「どういうことだ?」
「マリアが目覚めたらその影響で近くにいるフェイトも覚醒する。そのとき、FD人にとって一番の脅威となるのはフェイトのディストラクションよ。何しろ自分たちを滅ぼすほどの力があるのだから。つまり──」
「フェイトの覚醒が、FD人の呼び水になる?」
 なるほど、それならば赤子のうちに覚醒されるのは厄介だ。
「トレイターはそう判断していたわ。だから二人を離さざるを得なかった」
 そしてその件については完全にトレイターに任せ、療養と称してマリアを引き取り、フェイトから引き離したということだ。
「だが、解せないな」
「何が?」
「その程度のことで、お前が子供を手放した理由を隠そうとしていたことがだ」
 魔女の考えからして、それは隠さなければいけない理由とは思えない。おそらくロキシとて、そう説明されれば納得するだろうに。何故わざわざ療養などというもったいをつけた言い方をしなければならなかったのか。
 するとリョウコは少し哀しげに、そしてため息をついて答えた。
「そうね。あなたには結局分からないのかもしれない。私は自分で娘を捨てる決断をした。私のそれ以外の行為に比べれば、確かにそれは些細なことなのかもしれない。でも私にとっては、それは母親として失格の烙印を押されたのと同じことだった。私の母親が私を捨てたのと同じように、私もあの娘を捨てたの。絶対に、そんなことだけはしたくなかったのに」
 珍しく神妙にする魔女を見て、やれやれ、と内心でため息をつく。
 この女は、本気で夫や子供たちを愛しているとでもいうつもりなのだろうか。
 それはない、と断言できる。この魔女は最悪の場合、自分の子供をその手にかけることすらためらわないだろう。そして実際、その通りに行動してきている。
 だが、愛情がないこととそれはイコールなのか。単に彼女の中では、情というものは全て理に制圧されているだけではないのだろうか。
 どれほどの愛情を持っていても、それを形に表すことができない女。
(一層不憫だな。いっそのこと感情がない方がいい)
 いずれにしても、終わったことではあるし、彼女もそこまで本気で悩んでいるというわけでもないのだろう。その件についてはそれ以上の追及はやめた。
「もう一つ聞こう。フェイトの覚醒をこの時期にした理由はなんだ?」
「だから、どうして私を悪者にしたがるかなあ」
「さっさと認めた方が話が早くすむぞ、魔女」
 バンデーンのハイダ襲撃をこの時期に設定した理由。もちろんそれは、全て裏で操っているリョウコでなければ分からない問題だ。
「簡単なことでしょう? FD人がいつ侵攻してくるか分からない状態より、こちらの態勢を整えて迎撃した方が効率がいいじゃない」
 打つべき手はすべて打った。だからあとは戦うだけだ。と、そういうことらしい。
「既にアールディオンには手を打ってあるわ。FD人と最初に戦うのはアールディオンよ。それで向こうの戦力も分かるでしょ。聞きたいことはそれで終わり?」
「いや、あと一つだけだ」
 リードは真剣な表情で尋ねた。
「勝てるのか?」
 それは何より大切な問い。
 だが、リョウコは首をかしげるだけだった。
「全てが分かってるなら苦労はしないわ。全てはフェイト次第ね」
「負ければ?」
「滅びるだけよ」
 なるほど。随分と厳しい戦いになりそうだ。
 その時だった。
 リードの通信機に着信が入る。緊急、とあった。よほどの事態が起こりでもしない限り緊急の連絡など入らないようになっている。
『閣下!』
 通信に出たのは測量長のプライアだった。
「どうした」
『超長距離砲が地球を直撃! 主要都市が壊滅したとのことです!』
 主要都市、壊滅。
 さすがにその方には一瞬、震えが走った。
「これがFD人の襲撃か?」
 隣にいるリョウコを見て言う。
「でしょうね。どうやらあの子、目覚めたみたいね」
 この攻撃は、フェイトがディストラクションに目覚めたから生じた、とそう言うのだ。
「プライア、すぐに戻る。出発はいつでもできるように怠るなと全員に伝えておけ」
『了解しました』
 通信が切れて、リードは右手で頭を押さえた。
 どうにも、大変な事態になりそうだった。





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