祈り

第6話 愛の






 カルサアに到着したフェイトたちは、さすがにその現場の悲惨さに声がなかった。
 被災地はカルサア南西部とのことであったが、その衝撃による地震のせいか、無傷の建物がほとんど残っていないというのが現状であった。
 この国にとって幸いだったのは、季節が春だということだ。これから寒くなる冬であれば、寒さを凌ぐ方法からまずは考えなければならない。だが、これから夏へ向けて気温が上がるのであれば、凍死する危険も減るし、人々が暖を取るための燃料も少なくてすむ。
 だが、カルサアはこの国の中でも大きな都市だ。そのカルサアが破壊されたというのだから、国の流通経路が寸断されるという意味だ。経済的な大混乱が生じている。
 無論、ミハエルがその辺りにぬかりのあろうはずがない。最優先は被災地への援助物資と流通経路の確保と早々に対策を打ち出し、全ての指示を残してから国を出たのだ。もちろんその間、一睡もできようはずがない。
 一見して冷たそうに見えるが、この人物は誰よりも国民のことを考えている良識家なのだ。
「復興がすぐに行われるということはなさそうですね」
 まずは今を生きること、それが何よりも最優先だった。もはや食糧も残りが少ない。そのような状況でどう復興していけばいいというのか。
「ええ。ですからシーハーツの援助が必要なのです。現場を見ていただければそのことが分かっていただけると思っていました。恥をしのんで私自らシーハーツの女王陛下にお願いに上がったのはそういう理由なのです」
 シーハーツが用意した援助物資は生半可ではない。食糧・水・燃料は当然のこととして、復興資材も豊富に用意している。次の冬が来る前までに全ての家を建て直すくらいの覚悟はシーハーツ内部でできている。
「本来なら僕がここの援助を直接指揮したいところなんですけど」
「分かっております。ネルさんのところにお帰りになりたいのですね」
「すみません」
「謝ることではありません。私には私の、フェイトさんにはフェイトさんのやるべきことがあるということです」
 ミハエルは誰よりもよく状況の把握が早い。わずかな情報から誰が何をするべきなのかということを分かっている。
「ルージュさんが復興の責任者になります。ダリア、君は──」
「分かってる。アタシはここで怪我した人たちの治療担当。そうでしょ?」
「ああ。でも、いいのかい?」
「もちろん。フェイトのためならがんばっちゃうんだから」
 ありがとう、とフェイトは彼女の頭をぽんぽんと叩いた。
「もう、子供扱いしないでよね」
 フェイトから見ればダリアは充分子供だったが、あえてそのことは触れないでおく。
 とはいえ、問題が残る。このダンジョンにいるのは天使ガブリエ、ということだった。利害の対立が生じるなら、最悪の場合は戦わなければならない。自分ひとりでそれが可能かどうか、ということだ。
「私がいるじゃない」
 ルージュがどんと胸を張った。
 だが、ルージュが冷たい躯となった記憶はまだ新しい。確かにルージュは優れた剣士だが、それは自分やアルベル、そして【黒天使】サイファに比べるとまだ力足らずなのだ。
 とはいえ現状彼女以外に頼れる人物はいない。自分とルージュの二人でダンジョンに入るしかないだろうか、と考えているとミハエルが声をかけた。
「力のある者が必要ですか?」
 尋ねつつ、腕を組んで言う。
「心当たりがいます。おそらく、剣の腕なら【歪】のアルベルと同じほどによく使う」
「そんな人がいるんですか」
 アーリグリフの戦士にランクをつけるとすれば、ヴォックス、アルベル、ウォルター、誰でもこの三人をあげるだろう。そしてヴォックスは既に亡く、それに続く戦士たちが不足しているのが現状のアーリグリフ三軍だ。だからこそウォルターが軍事院を率いた後の【風雷】団長は不在のままなのだ。
「現在ウォルター伯の指示で【風雷】を動かしている男です。団長でも副団長でもない男で、切れ者というわけではありませんが、忠実な男です。そして力でいえば今のウォルター伯をはるかに上回ります。アルベルと互角に戦えるのはこの男をおいて他にはいません。実際、アルベルのいない剣術大会では軒並み優勝している、まあ【黒天使】が出場していればどうなったかは分かりませんが」
 ミハエルにそこまで言わせるのだから実力はそれほどだということだ。アルベルやサイファのレベルに達しているということは、シーハーツでいえばクリムゾンブレイドであるクレアやネルと互角と評されているようなものだ。
「お名前は?」
「ミカ・ルーゼン。領地のない男爵家の跡取りで、騎士として家名を高めた数少ない人物です。歳はまだ二十二歳……これはフェイトさんの方が若かったかな」
「二十二歳で【風雷】の団長代行ですか」
「珍しいわけではないでしょう。なにしろシーハーツの現クリムゾンブレイドは二十の時に二人ともその地位についたはず。実力が全てのこの時代に、年齢や出自は関係ありませんよ」
 実力が全て。そう、だからこそかつて捕らえられていたミハエルも政治の中心で活躍しているのだ。これがヴォックスの生きている時代であればこうはいかなかっただろう。
「その方に会えますか」
「ええ。このカルサアを指揮している人物ですので、時間が空けばすぐにでも会えるでしょう。それより、急ぎであればこちらから会いに行きましょうか。ここの仕事は私が引き継ぎますので」
「そうしていただけるなら」
「分かりました。では急ぎましょう。ルージュさんとダリアさんもこちらへ。同時に紹介をすませますので」
 そして三人が連れていかれたのはウォルターの屋敷であった。
 さすがにウォルターの屋敷に避難民を全員入れるわけにはいかない。何しろそこは対策本部でもあるのだ。避難民には交代制で風呂に入るのと、病人についてはその屋敷の中で休むことができるが、それ以外でこの屋敷に入ることはできなかった。
 そのかわりに練兵場に仮設住宅を建て、そこで避難民を保護している。家屋の倒壊を免れた市民たちも残らずそこで保護されていた。理由は、建物の安全が確認されない限り、いつ倒壊のおそれがあるか分からないからだ。
 仮設住宅は柱と壁、屋根だけがある粗末なものだった。だが、それはすぐに撤去が可能なようにするためで、そこに永住させるわけではない。シーハーツからの援助物資と人員が来ればすぐに建物の再建に取り掛かることができる。
「失礼。ミハエルだ」
 堂々と対策本部に入っていったミハエルに続いて、フェイトたち三人も入る。
「ミハエル様! お待ちしておりました! リオン様から物資の提供していただくことができると聞いていましたが、ご無事でなによりです!」
 ──はじめて見たその『ミカ』という人物はフェイトよりも二つ年上のはずだったが、すさまじい童顔だった。身長はある。フェイトより少し高いくらいだ。だが、その顔があどけなく、背さえ見なければ美少年で通る顔つきだった。金色のさらさらした髪、小さい顔に大きなこぼれそうな丸い瞳。思わずなでたくなるくらいの『美少年』だった。
「かわいいっ!」
 思わず叫んでいたのはルージュだが、その言葉に思わずミカは顔を赤らめてしまった。
「ルージュさん。初対面でそれはないです」
 フェイトは頭を抱えてたしなめる。ごめんごめん、とルージュは言うが、まったく反省の色がない。
「この方たちは?」
「お前も知っているだろう。こちらの青年が、かのアルベルを倒したフェイト・ラインゴッドさんだ」
「フェイト・ラインゴッド……」
 先程、ルージュに「かわいい」と言われた時よりも、ミカの白い肌に赤みがさしていく。
「フェイト様!? 本当に、本当にあの『伝説』のフェイト様なんですか!?」
 伝説──とは、またすごい言われようだった。
「いや、多分フェイトには違いないと思うけど、なんだいその、伝説って」
「だって、ヴォックス様やアルベル様まで倒した方に対して畏怖しないアーリグリフ兵はいませんよ! 僕、一度でいいからフェイト様にお会いしたかったんです」
 きらきらきらきら、という表現がまさに相応しく、少年は目を輝かせてフェイトを見つめていた。さすがにその状況に、ルージュはおろかダリアまでくすくす笑い出す。
「ええと、ミカ?」
「は、はいっ!」
 直立不動で気をつけする彼に、フェイトはさすがにため息をついた。
「とりあえず『様』づけで呼ぶの禁止」
「はい、フェイト様」
 ここまで来るともはや喜劇だ。さすがにミハエルまで笑い出して、そこで初めてミカは「あっ」と答えた。
「ええと、とりあえず呼び捨てでかまわないから」
「そういうわけにはいきません!」
 自分より背が高く年上の『少年』に言われる。なんとも不思議な感覚だったが、それでもさすがに許容できることとそうでないことがある。
「実は、あの南西部の遺跡に入るつもりなんだ。できれば君にも来てもらいたいと思ってる」
「本当ですか!?」
 ぱっ、と顔が輝く。望むところ、という様子だ。
「でも、様をつけるんだったらその話はなかったことにするよ」
 ぐっ、とミカは詰まった。そして、しばらく悩んで、悩んで、悩んで──
「フェイト……っ、っ」
 どうやら『様』という言葉を強引に飲み込んだらしい。ついにフェイトも吹き出してしまった。
「アーリグリフにも色々な方がいらっしゃるんですね」
 フェイトは素直な感想をミハエルに述べた。
「まあ、この通り自分で大局を見ることができない人材なのでこういう地位だが、言われたことは着実にこなす。つまり、団長代行ならば完璧にこなせるくらいの人材だ」
 それは誉めているのかどうなのか、難しい問題だった。
「自分で考えて行動することができなくても、指示されたことを忠実に遂行することができる人材は多くないですよ。ミカを見ているとアーリグリフも大丈夫だと思います」
「だといいのですが」
 ミハエルは苦笑する。話のネタにされているミカはどうしていいのか分からないという様子だった。
「よし、それじゃあミカ、それにルージュさん。その遺跡とやらに行ってみましょうか」
「ふふ、こうしてフェイトと一緒に行動できるのって、もしかして初めてかも」
「そうですね、言われてみると」
 そうして、三人は遺跡へと向かっていった。






 確かにふざけている遺跡だ。フェイトはその遺跡について詳しいことを聞いていなかったが、おそらくはアルベルと全く同じ感想を持った。
『試練の遺跡へようこそ』
 まず入ってすぐのところにそう書いてある。そしてフェイトたちの頭上で声が響いた。
「さらに強さを求める者へ」
 それを聞いて、フェイトは首筋をぽりぽりとかいた。
「なるほどなあ」
 感慨深く呟くフェイトに、ルージュが「どしたの?」と尋ねる。
「ん、いえ、こっちの話です」
「?」
 さすがにFD世界のことをルージュやミカに話すわけにはいかない。フェイトはその時思いついたことを自分の頭の中で検証する。
 この『エターナルスフィア』はスフィア社の創ったゲームフィールドだ。そして、たいがいのRPGはラスボスを倒したあとのボーナスダンジョンが用意されている。おそらく、この『試練の遺跡』というところはその役割を果たしているのだろう。
 だが、だとすればそれはおそろしい結果に行き着くことになる。つまり、この遺跡の中にいる敵は、あのルシファーよりも強い可能性がある。パラメータを操作すれば、いくらでも強い敵など作ることができるのだから。
 実際、フェイトたちはFD世界で傷ついた自分たちが一瞬で治癒されたという経験がある。このエターナルスフィアでは、ゲーム製作者の立場からすれば何でもありになるのだ。
「ミカも、ルージュさんも僕の後ろに。単独行動は控えて」
「オーケー」
「分かりました」
 二人の言葉を背に、フェイトは慎重に足を踏み出す。
 だが、そのフェイトの不安とは裏腹に、ダンジョンの中には全く敵の姿はない。
「それにしても、随分と頑丈そうな造りよね」
 ルージュが感想を述べた。
 確かに、ここは地下遺跡だというのに、単純に地層をくりぬいたという造りではない。もともとあった建物を地中深くに埋めたかのような造りだ。
 壁や床、天上などはいたるところに装飾が施されており、かなり頑丈な建物だ。材質も何らかの合金を使っている。鈍い青色は、青銅を使っているのだろうか。
「待ってください」
 そこで、ミカが声をかけた。
「誰か、います」
 ミカは腰の剣に手をかけながら言う。その声でフェイトもルージュもいつでも戦えるように態勢を整え、そのままさらに奥へと進んだ。
 そこは、少し広いホールになっていた。
「誰だ?」
 その中央に、一人の少女。
 フェルプールの耳がついた、銀色の髪と蒼穹の鎧を装備した五、六歳の少女であった。もちろん背はせいぜい一メートルというところだ。
「こんなところに女の子が?」
 もちろん、普通の少女というわけにはいかない。つい先日見つかったこの遺跡に少女がいること事態がおかしいことなのだ。
 少女は表情も変えずに手を天上に向けてかざす──その手に、彼女の一.五倍はある長い槍が生まれた。
 戦うつもりか、と三人が咄嗟に戦闘態勢に入る。
 だが。

 ふら。

 その槍の重さで、少女の体がよろめく。

 ふらふら、ばたっ。

 さすがに、その光景を見たフェイトたちには言葉がなかった。
 何者なのか、というよりも先に一体何をしたいのか。
 三人の頭が疑問符で埋め尽くされる中、立ち上がった少女は片手で、ぱんぱん、と自分の衣服を叩いて埃を落とす。
「死の先を逝く者よ」
 再び天上に向かってかざした槍が、白光を生む。
 その光に照らされて、徐々に人の形が作り上げられていく。
 青い髪、両手を大地につけ、背中に大剣を背負った剣士がそこに現れる。
「いっちょ、やってやるかぁ!」
 そして、低い体勢のままその男は両手で背の大剣を握り、飛び上がった。
「ここは俺が決めるゼ! 奥義!」
 そのまま、衝撃破を頭上からフェイトたちに放つ。
「まずい、下がって!」
 フェイトは咄嗟にルージュとミカに指示を出す。が、遅い。

「ファンネリアブレード!」

 先頭に立っていたフェイトが、その衝撃破に巻き込まれた──





航海

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