祈り

第7話 






 ──だが、その衝撃波はフェイトまで届かなかった。
 寸前、その前に立ちふさがったミカが、衝撃波を全て凌いでしまったからだ。
「フェイト様はお下がりください」
 また『様』づけに戻っていた。だが、今はそんなことを追及している場合ではない。
「ミカ」
「大丈夫です。剣の腕なら負けはしません」
 同じように大剣を両手で握ったミカは、不自然に低い体勢を取る剣士に対して向き合う。
「まだ死んでねえのかよ」
 男は不満そうに下から見上げてくる。
 蜘蛛のように地面を這う男は、その体勢からでもいつでも攻撃を繰り出せる。それがミカには分かった。
 何故ならこの男には、一切の隙がない。こんなに不自然で、理解できない体勢であるにも関わらずだ。
「しっかしお前さん、随分と可愛くなっちゃったもんだな」
 男が首だけ振り返って少女を見る。少女はため息をついて「言うな」と答えた。
「オレたちが召喚されたってことは、また戦いになるのかい?」
「それも分からん。何しろこの姿だしな。だが、やることは分かっている」
「へえ。じゃ、まずはお前さんの敵を倒すことにしようか」
「頼むぞ、カシェル」
 カシェルと呼ばれた男は嬉しそうに、両手剣を背に置き、片手でその柄を握り、不自然に低い体勢を取る。左手は地面につけ、両足はいつでも飛び出せる状態だ。
 対するミカは中断に構える。騎士のオーソドックスな構え。
 二人が対峙する。そして、動く。
 カシェルが飛び上がり、上段から両手でその剣を振り下ろしてくる。高さと、振り下ろす剣の重さと、その鋭さ。普通に攻撃する三乗の力がそこに加わる。
 だが、それも受けなければいいだけのこと。ミカは横に回避してカシェルの次の攻撃を待つ。それは予想通りに速かった。
 着地と同時に自分の懐に切り込んでくる。振り下ろしてきたときほどの衝撃ではない。ロングソードでしっかりと受けつつ、相手の攻撃を逸らす。
 だがカシェルも黙ってはいない。体が泳ぐのではなく、その受け流された勢いのまま一回転してもう一度攻撃してきた。ミカはバックステップでそれを回避する。
「そこまでだ。引け、カシェル」
 女の子が口に出すのと同時に、次の攻撃動作に入っていたカシェルが飛び退る。
「なんでだよ、いいとこだったのに」
「いや。確認をしておきたかっただけだ。お主ら、この洞窟に何用か」
 先に攻撃を仕掛けておいてから、突然そんなことを尋ねてくる。フェイトは少しムッときたが、そこはおさえて話しあえるものならと気持ちを切り替えた。
「僕たちはこの洞窟にいるという天使ガブリエを倒しにきた」
「力を求めに来たのか?」
「違う。そんなものは求めていない。ただ、僕たちが保護している女の子がそのガブリエに狙われている。理由はそれで充分だ」
「ほう」
 それを聞いた女の子はとことこと近づいてくる。そして、フェイトの顔を見上げた。
 細い銀色の髪が、さらりと揺れる。
「惜しいな。お主、まだしばらく死にそうにない」
「は?」
「もしお主が死ぬのなら、その魂をいただきたかったのだが、とても残念だ」
「お〜い、こんなところで『勇者』の勧誘か?」
「妬くな、カシェル」
 口を挟んできた青い剣士をジト目で睨む女の子。
「気持ちは分からないでもないけどな。何しろ子飼いの部下をみんな『姉上』に引き抜かれて、オレみたいな下っ端しか残ってないんじゃ──」
「黙れ!」
「おおこわ。ま、オレはいつだってお前さんの味方だ。こんなときだからって呼び出してもらえたのは嬉しかったゼ。じゃ、またな」
 うー、と唸る女の子をよそに、その青い剣士は消えてなくなる。
「ええと?」
 フェイトが何から尋ねればいいのかと戸惑っていると、また女の子がくるりとこっちを向く。
「お主、名は?」
「僕? 僕は、フェイト・ラインゴッド」
「フェイトか。覚えておこう。お主が死ぬときは必ず迎えに行く」
「は?」
「我が名は、」
 直後、その女の子の体に蒼穹の鎧が身につけられていた。
 形は小さいが、その姿はまぎれもない戦乙女。
「レナス・ヴァルキュリア。その女の子とやら、大切にするがよい」
「レナス?」
「私は、姉上を止めなければならん。多くの勇者の力が必要だ。ガブリエのことは任せた」
「ええと?」
「ガブリエは強いぞ。心してかかるがいい」
 そして、その女の子もカシェルと呼ばれた剣士と同じように、その場から消えた。
「な、なんだったの、今の?」
 ルージュが信じられないという様子で首を振る。
「分からない。でも、敵対するっていう様子じゃなかったみたいだ」
 さすがにそれ以上はフェイトも全く理解できない次元の会話だ。いや、会話として成立していなかった。一方的に言われて、一方的にいなくなった。
「ともかく、ミカ、ありがとう。君のおかげで助かった」
「いえ。フェイト様のお役に立てるのなら、それだけで満足ですから」
 ミカは満面の笑みで嬉しそうに言う。フェイトももう、様を外させるのを諦めた。
「それじゃ、奥に行ってみようか。きっと、ガブリエとかいうやつがいるはずだ」
 そうして三人は、さらに奥へと進んでいった。






 さすがに『試練の遺跡』と名づけられるだけあって、そこに住む『モンスター』たちは苛烈をきわめた。
 よくアルベルとサイファの二人はこの遺跡をクリアすることができたなと思う。剣の達人であるルージュですら、この遺跡では力不足が正直否めない。
 彼女もそれが分かったのか、前衛に出ることはやめて、フェイトとミカが戦うサポートを行う方に切り替えた。いずれにしても回復役は必要だった。
 そうして、何とか最奥までたどりつく。
 そこにいたのは、既に戦闘状態に入っている天使、ガブリエ。
「ほう。こうたびたび我が元を訪れるとはな。地上で何があったのか、楽しみなことだ」
 話しかけるよりも早く、ガブリエがフェイトたちを見て頷く。
「お前がガブリエか」
「然り。汝らは巫女の国の者に、竜の国の者か。それに、汝は我らと同類だな」
 同類?
 ミカとルージュが顔をしかめる。だが、フェイトはそれにかまわず答える。
「FDのことを言っているのか? だったら僕は単なる地球人だ」
「そうではない。仕組まれた存在、この宇宙全ての変革をもたらしたもの、ということだ」
「宇宙の、変革?」
「そうであろう? この試練の遺跡を作った『スフィア』の神々、そこからこの世界を『独立』させたのはまさに汝がためであろう」
 この天使は、全てを知っている。
 その事実にまず驚愕し、続けて疑問が生じる。
「お前は、スフィア社のものに作られた存在ではないのか?」
「そうだ。ロメロもそうだが、我はエターナルスフィアの各地で行われるイベントのボーナスステージをおさめるボスキャラという設定だ。過去四度戦いに赴き、四度とも敗れた。だが、この世界が独立したことによって、我にもようやくチャンスがめぐってきた」
「どういうことだ」
「あの娘だ。あの娘を手に入れることができれば、我はこの地に縛り付けられることなく、スフィアの神々と戦う手段と力を手に入れることができる」
「それがどうしてアミーナと関係するんだ!」
 フェイトの頭は混乱したが、ガブリエは笑うだけで答えない。
「それは、汝に関係のないこと。レナスやロメロより先に、あの娘を手に入れなければ。エターナルスフィアなど我には関係ない、ただスフィアの神々と戦うことだけが我が望み」
 この天使がもし、あのスフィア社に行ったとしたらどうなるのか。
 ブレアたちはただの人間だ。FD世界の人間たちなど、自分たちよりはるかに弱い。ただ強い武器を持っている普通の人間にすぎない。
「そうはさせない」
「汝がそれを言うか。この世界を独立させた張本人よ」
「それとこれとは別だ! 僕は戦うためにこの世界を独立させたわけじゃない!」
「平行線か。ならば、いたしかたあるまい」
 ガブリエの手に槍が生まれる。
「ルージュさん、ミカ、下がって」
「でも」
「いいから。ここは僕が引き受ける。こいつは、並の相手じゃない」
 その言葉の意味するところは、たとえこの二人でも『邪魔になる』ということだった。
「分かった」
 ルージュは唇をかみ締めながら後方に下がる。
 もしもこれがネルだったらどうしただろう。
 きっとフェイトは、傍にいるように指示したのではないか。
 自分はネルほどに強くないし、信頼されているわけでもない。
 悔しかった。
 そこまで想ってもらえない自分が、悔しかった。
「ミカも、早く」
「フェイト様、どうかご無事で」
 ミカも下がると、フェイトはゆっくりと剣を抜いた。
 この敵は、かつてないほどの強敵だ。
 アルベル、ヴォックス、ルシファーと、何度も強敵と戦い、力を高めてきた。
 だが、この相手は今までとは格が違う。
(負けられないな)
 シランドではアミーナが、そしてネルが待っている。
 こんなところで倒れるわけにはいかない。
「行くぞ!」
 ネルが倒れたということを思い返し、再び怒りが体内にたぎったところで、一気にガブリエに迫る。
 が、突進していく先にいたガブリエの姿が、消えた。
「なっ!?」
「後ろです、フェイト様!」
 ミカの声で、咄嗟に飛び退く。一瞬遅れて、後方から槍で薙ぎ払われる。
 その槍は、どこか青い稲妻を帯びているようで、あれを受け止めただけでもダメージを受けるのは目に見えていた。
 天使ガブリエは音もなく動く。
 地面から十センチほど上の場所に浮き、予備動作もなく前へ進み、槍を突いてくる。
 どの攻撃も、当たれば必殺の勢いだ。
(くそっ、隙がない)
 わずかな反撃の糸口も、攻撃した瞬間に後方に退かれるので、完全な空振りに終わる。
 自在に前後に動くこの天使はまさに、今までにない力の持ち主であった。
「さて、そろそろ本気を出そうか」
 肩慣らしは終わったとばかりに、少しかがんで槍を構える。
(まずい)
 今までの予備動作なしの攻撃ですらあれだけ鋭かったのだ。多少なりとも構えただけで──  雷を伴った衝撃波がフェイトを襲う。
 ガードするが、それだけで完全に足が止まった。
 その直後、
「天の風琴が奏で流れ落ちる、その旋律、凄惨にして蒼古なる雷」
 ガブリエの大魔法が詠唱された。
 それならば。
 フェイトは自分の剣に気合を込める。
「我が手にあるは天帝の剣戟、裁きをもたらす神器なり!」
 その剣に、無属性の光が灯る。
「ブルーティッシュボルト!」
「ディバイン・ウェポン!」
 その紋章術を、やはり紋章の力を込めた剣で切り裂く。
 だが、ガブリエの攻撃はさらにフェイトの予想を上回るものだった。
「なっ!?」
 お互いがノーガードの状態になったところで、素早く接近したガブリエは体当たりを行ったのだ。
「くっ」
 完全にバランスを崩し、倒れるフェイト。
「死ねっ!」
 そのフェイトめがけて、槍が放たれる。
(やられる!)
 その槍が迫るのを、フェイトは目を見開いて受け入れた。
 勝てない、いや、決して絶対に勝てない相手とはいえない。
 だが、自分が戦法を間違えたのかどうか、もはや致命の一撃は放たれてしまっていた。
 そう。
 自分が間違っていたのは、あまりに熱くなりすぎて周りが見えていないということだった。
 だが、もう遅い。
 ゲームオーバーはもう、自分の目の前に迫っているのだから。

『言ったであろう。お主はまだしばらく死なぬと。今回一度きりゆえ、感謝せよ』

 と、そんな声が聞こえた気がした。
 すると、その槍は途中で何かに突き刺さったように空中でぴたりと止まっていた。
 フェイトは立ち上がって、剣を構える。
(今のは)
 おそらく、あのフェルプールの少女。
 レナス。
(借りができてしまったな)
 だが、おかげで冷静になることができた。
 今度こそ、ガブリエを倒す。
「横槍を入れるか、戦乙女よ」
 ガブリエは苦笑しながら槍を拾い上げた。
「だが、二度目はない」
「それはこっちの台詞だ」
 フェイトは今度こそ冷静になって答えた。
「行くぞ、ガブリエ」





ガラスの宮殿

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