祈り

第8話 ガスの宮殿






「畏怖する心を知らぬ低俗な者よ、後悔するがいい」
 ガブリエが槍を振るう。それだけで魔力の渦がフェイトを襲う。無論、それを受けるほどフェイトは馬鹿ではない。きちんと間合いを計り、余裕をもって回避する。
 そしてガブリエが接近してきた。上段から振り下ろされる槍を剣で受け止める。
(そういや、この剣ともずっと長いよな)
 旅の途中、聖都シランドでルミナから買ったミスリルソード。元を正せばこれはエレナ博士が作ってくれたものだという。かげながら援助をするために、ルミナとラドルから自分に手渡るようにしてくれた。エレナがいなくなってから、後で調べて分かったことだ。
 ガブリエの鋭い矛先を受けても皹が入るどころか、武器の強度だけならばこちらの方が上だ。まさに最強武器の名にふさわしい出来栄えだ。
「余計なことを考えている暇があるのか?」
 ガブリエが瞬時に背後に回る。まずい、と身を翻して剣を振る。その剣に槍が合った。危なかった、と冷や汗が出る。
 ガブリエの攻撃は、あくまで槍が主流だ。ただ、その槍で攻撃しつつ、必殺の技は大魔法を使ってくる。
(冷静に、冷静にだ)
 いかに集中するか。相手の動きを完全に見切り、回避し、反撃する。それができなければ勝ち目などない。
(ネルが待っている)
 ここで死ぬわけにはいかないのだ。ガブリエを倒し、急いで戻ってネルに会う。
「行くぞ!」
 フェイトから先手を打って出た。だが、先ほどと違って特攻をしているのではない。あくまでも敵の動きに合わせた攻撃だ。
 剣の動きを回避しつつ、ガブリエは槍を突き出してくる。もちろん、相手の動きを牽制するためのもので、決して勢いがあるわけではない。
 槍の動きをかいくぐり、一気に懐までもぐりこむ。剣を振るうと見せかけて──
「ショットガンボルト!」
 ためた『気』を放つ。全弾命中し、さすがのガブリエも一歩退いた。
「甘いんだよっ!」
 そのままリフレクト・ストライフで相手を蹴りつける。
「ぬう」
 さすがにダメージを受けるのは応えるのかガブリエが呻く。
 だが、逆に左手に生じた雷撃球をフェイトに放つ。あと一歩まで追い詰めてはいたが、それでまた距離が離れてしまった。
(さすがに、簡単に必殺の一撃を出させてはくれないな)
 ルシファーとの戦いの中で見出した、ディストラクションの力を利用した技。
 あれなら、ガブリエにもきっと効果的にダメージを与えられるはずだ。
「さすがはこの世界の新たな創造主よ。破壊の力とはよくも名づけたものだ」
 ガブリエが楽しそうに言う。
「何を」
「知らぬか。古来、破壊とはその後に創造を生み出すために行われた秘儀。汝の力はそのためにあると言ってもいい」
「僕は望んでそうなったわけじゃない」
「知っている。全ては仕組まれていたことだからな」
 一瞬、フェイトの動きが止まった。
「僕の父さんのことを言っているのなら、そんなことははじめから分かっている」
「何を、どれほど、知っているというのだ? 仕組まれた子よ。汝の人生で自分の思い通りになったことなど、一度としてあるものか」
 仕組まれた子。そのくらいは分かっている。
 だが、どのような時でも、自分で自分の道を歩み、自分で判断をしてきた。
「たとえそうだとしても、僕はこの世界を守る」
「世界を守るための人柱か」
「『今は』僕が望んでそうしたいんだっ! それに、僕は世界なんてどうだっていい」
 欲しいものはいつだって多くはなかった。
 今自分が欲しいものはたった一つ。
 赤毛の女性の微笑み、それだけだ。
「行くぞ、ガブリエ!」
 フェイトが一瞬にして間を詰める。
「ショットガンボルト!」
 フェイトは右手にためた気を前面に放つ。
「ぬ」
「まだまだっ!」
 続けざまにブレードリアクターによる三段攻撃が飛ぶ。が、ガブリエはそれを槍で受け止める。
「サンダースピア!」
 青き稲妻を灯した槍でフェイトを薙ぎ払おうとする。だが、それをフェイトは剣で受けとめた。
「何」
「ブレードリアクター!」
 回り込み、背後から円を描くように剣を振り下ろす。技を放った直後の絶妙のタイミングだ。ガブリエといえど回避することはかなわない。
 その左肩にミスリルソードが落ちた。
「ぐうっ!」
 ガブリエが呻く。だが、同時に右手の槍を繰り出してくる。それがフェイトの脇腹を掠めていった。
「はあっ!」
 ディストラクションの力を込めて、その槍に手刀を落とす。神の力がこもった槍といえど、破壊の力にはかなわなかったらしい。その槍は半ばから完全に折れた。
「ぬう?」
「もらったぞ、ガブリエ! ディバイン・ウェポン!」
 聖なる力がその剣にこもる。そして、ガブリエの体を、切り裂く。これがきかないようなら、倒すことはできない──
「くうっ!」
 ガブリエは急いで身を引くが、フェイトのミスリルソードの方が速い。
 袈裟に、裂傷が走る。
(浅い!?)
 だが、致命傷になっていないことを互いに理解した。フェイトには手ごたえが弱く、ガブリエには致命傷と思えるような深いダメージがなかった。
「生意気な! だが、これで終わりだ! 力とはこういうものだ!」
 ガブリエは天に向けて腕を伸ばす。その手から雷が発生する。
「ライトニング・フェザー!」
 一面に雷が生じる。必死にこらえるが、その衝撃で身動きが取れなくなる。
「真の裁きを受けろ!」
 そして、正面に構えた右手から、紫色の光が灯る。
(あれをくらうのはまずい!)
 だが、体が動かない。動けば、雷に打たれる。
「はっ!」
 その裁きの光がフェイトに向かって放たれる。それを体に受ける。
 だが、フェイトはそれに耐えた。体が引き裂かれんばかりに痛んだが、ここで反撃をしなければ、もうガブリエを倒す機会はない。
「ストレイヤー・ヴォイド!」
 ガブリエが体勢を立て直すより先に間合いを詰める。
 その剣が、今度こそガブリエの体に突き刺さった。
「がはっ!」
「とどめだ、ガブリエ!」
 瞬時に気をため、ディストラクションを発動させる。
「イセリアル・ブラスト!」
 フェイトの最強奥義が、ガブリエの体を焼いた──。






「私の負けだ。見事だ、勇者たちよ」
 ガブリエの体が、徐々に崩れていく。
「ガブリエ。一つ聞きたい」
「何だ。時間は多くない。聞くなら簡潔にするがよい」
「聞きたいことは一つだ。お前が狙っている女の子について、アミーナについて詳しく教えろ。どうしてアミーナを手に入れようとしているんだ」
 ガブリエは苦笑した。
「先も言ったであろう。汝には関係のないことである、と。だが、汝のおかげで我も今後数百年は復活がかなわぬであろう。多少は教えてやってもいい」
 くく、と自分をあざ笑うかのように言う。
「あの娘は、この世界を統べる力を持つ三姉妹の末娘」
「なに?」
「あの娘を丸ごと手に入れることができれば、それで力を手に入れることができる。汝はアミーナと呼んでいるかもしれぬが、真の名は──」
 だが、そこで限界が来た。
 徐々に光に溶けて崩れていく天使。
「ガブリエ!」
「……ロメロにだけは奪われるなよ、破壊者よ」
 そして、ガブリエは完全に消失した。
「お見事です、フェイト様」
 ようやく決着がついたところでミカとルージュが出てくる。フェイトも頷いて二人を迎えた。
「ああ、なんとかなったけど、でも肝心なことは聞けなかった」
「いいじゃない。いずれにしたって、アミーナちゃんの無事はひとまず守られたってわけでしょ? あとは──」
「ああ。あとはそのロメロとかいう奴を倒せば終わりだ」
 そのロメロこそが、ネルを傷つけた張本人。おそらくはまだシランドの近くにいるはずだ。
「僕はすぐに戻ります。ガブリエを倒したことで、この辺りはもう問題ないと思います。後のことはルージュさんとミハエル子爵にお任せします」
「オッケー。それじゃ、さっさと上に戻りますか。といっても、ここまでの道のりを戻るのは面倒だね」
 確かに、とフェイトは頷く。ただでさえ大変な相手とのバトルが終わったばかりなのだ。生き残りのモンスターを倒して戻るのは、正直肩の凝る作業になりそうだった。






「戻られたましたか」
 ウォルターの屋敷に戻ってきたフェイトたちをミハエル子爵が出迎える。と、その隣にいたのは、
「ぃよう、フェイト!」
 ミハエルよりも一足先に飛竜で戻っていた【黒風】のリオンであった。
「リオンさん」
「ああ、ミハエルの旦那に呼び出されてな。ったく、俺は運び屋じゃねーっつーの」
 ははっ、と笑いながらリオンが言う。
「え、ということは」
「おうよ、お前さんが急いでシーハーツに戻りたいっていう話だから足代わりになれってな。やれやれ、俺もヒマじゃないんだが」
「ありがとうございます」
「いーっていーって。料金はミハエルの旦那から貰うからよ」
「リオン」
「いけね。軽口がすぎたか」
 そしてまた笑う。本当に、彼のキャラクターはフェイトにとってもありがたい。あの『もう一つのエリクール』のことなどすぐに忘れられそうだった。
「わざわざありがとうございます、ミハエルさん」
「いえ。フェイトさんが急いで戻られるだろうというのは分かっておりましたので。大切な人を守るのは人間として最も正しい行為です。それを我々の都合でここまで連れてきてしまって申し訳ありません。せめてもの償いと思い、リオンを連れてきたのです」
「いえ、これは僕が決めたことですから」
 だが、ミハエルは首を振る。
「無理をする必要などないのです。失ってからでは、すべてが遅い」
 ──そう。
 このミハエルという人物もまた、過去に最も大切な女性を失った人物なのだ。
「分かりました。お気遣い感謝します」
「またお会いしましょう。話の方はルージュさんとミカから聞いておきますので」
「はい。それではご厚意に甘えさせていただきます」
 そして、フェイトは屋敷を出ていく。
 それを見送ったミハエルは、少ししてから首を振った。






 飛竜の旅は早い。
 ルムや徒歩などと全く異なり、まさに一瞬で聖都シランドにたどりつく。
 運ぶものの量が多かったために、ペターニとアリアスでそれぞれ一泊ずつしている。ネルと別れたのは二日前のことだ。
 アリアスで話を聞いてから、すぐにでも戻りたかった。
 だが、自分はロメロだけではなくガブリエも倒さなければならないのだ。そうしなければ、アミーナがいつ誰に襲われるか分からない。
 話ではネルに命の別状はないという。だから、会いたい気持ちをこらえてカルサアまで行ってきた。
 そして──シランドに到着した。
「ありがとうございました、リオンさん」
「いいってことよ。それに、俺も団長に用があったしな。俺も一緒に行ってかまわねえだろ?」
 シランドの城の横手にある公園に竜を下ろす。遠くから子供たちが「すげー、本物の竜だ」と遠巻きに見ている。
「お前、ちょっと町から出てろ。必要があったら呼ぶからよ」
 飛竜は「ピキャア」と鳴いて、再び舞い上がる。
「話ができるんですか?」
「それくらいはできなきゃ竜騎士にはなれないさ。けどま、俺も言ってることが全部分かるってわけじゃないぜ。お互い、大体何考えてるかっていうことくらいだ」
「すごいですね」
「ま、それはそれだ。さっさと行こうぜ。お前さんのお姫様がお待ちかねなんだろ?」
 フェイトは苦笑しながら駆け出す。そして、シランドの城門までたどりつく。
 そこに、凛々しい女性の姿があった。よく見慣れた姿だ。
「マリア」
「お帰りなさい、フェイト。飛竜が見えたから、きっとあなただと思ったら正解だったわね」
 マリアの表情は険しい。再会を喜べるような状況ではない、ということだ。
「ネルは?」
「無事よ。意識も戻ってるし、何も問題ないわ。とにかく医務室へいらっしゃい」
「俺はどうすりゃいいのかな」
 マリアは流し目で「この人は?」と尋ねてくる。
「ああ、こっちはアルベルの部下で、リオンさん。僕をここまで飛竜で送ってくれたんだ」
「そう。アルベルなら町の宿屋よ。そっちに行った方が確実に会えるわ」
「りょーかい。じゃ、また後でな」
 そしてリオンは町へと取って返していく。
「行くわよ」
 そしてマリアに連れられて医務室まで駆け足で来る。
 動揺していたせいだろうか、たった少しの距離なのに、自然と息が上がっていた。
 そして、勢いよくその扉を開ける。
「ネル!」
 飛び込んだ部屋の中には、ネルが病院服でベッドの上に起き上がっていた。
「フェイト? なんで、あんた──」
「ネル」
 外傷はない。包帯なども足と腕にしか残っていないようだった。
 そのまま、フェイトはネルを抱きしめる。
「ちょ、ちょっ、何──」
「よかった、無事で」
 心からの言葉に、慌てていたネルも落ち着きを取り戻した。そして、包帯のされていない左腕で、彼の頭を優しくなでた。
「当たり前だろう。私を誰だと思っているんだい?」
「僕の恋人さん」
「バカ」
 一瞬にしてらぶらぶモードに入ってしまった二人の前で、マリアが顔に手を当てた。
「……これだから、連れてきたくなかったのよね」
 彼女は大きく、ため息をついた。





一度、出会えば

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