祈り

第9話 一度、出えば






 とりあえずの無事を確認し終わると、そのまま医務室でお互いの情報交換が始まった。
 シランドにロメロが急襲した際、何故かロメロは自分たちにとどめをささずに引き返していった件について、フェイトは詳しく説明を求めた。
「二人とも、覚えていることでいいんだ。ロメロが引き返す前、どんな様子だったのかを思い出してほしい」
 そう言われてもその場を凌ぐのに精一杯で、特別なことといってもどれが特別なのかも分からない状態だ。
「たとえば──アミーナに、何かなかった?」
 そう尋ねたフェイトにマリアが「そういえば」と反応した。
「ロメロがアミーナをじっと見ていたわ。アミーナの髪が逆立って、薄く、青い気が見えた」
「薄く、青い?」
 アミーナをロメロが狙っているのはアルベルが伝えた通りだったが、何故ロメロがアミーナを狙っているのかということをネルもマリアも知らない。
「実は、僕の方でいろいろなことが分かってね」
 そこでフェイトからも情報を伝える。カルサア南西の遺跡で出会ったガブリエ・セレスタという天使もまた、アミーナを狙っているということ。その理由は、アミーナが持つ巨大な力を我が物にしようということ。
「アミーナの力?」
「うん。それが何かっていうのはまだ分からないけど、きっとアミーナはその力のことを自分で分かっているんだと思う」
 思えばアミーナはカルサアでウォルター伯爵を襲撃した後、アリアス、ペターニと事件を起こしながら北上してきた。それは過剰なまでの自己防衛だったのではないだろうか。それに、ロメロが現れた時のアミーナの様子は──
「そうだね。ロメロを目の前にして、恐怖で動けなくなっていた。相手が何者か、確かに分かっていたような、そんな様子だったよ」
 ネルが付け加える。その状況を知っているのはネルだけだ。マリアたちが駆けつけたとき、既にロメロとネルの戦いは決着がほぼついてしまっていた。
「アミーナの力……その、ガブリエっていうのは他に何か言ってなかったの?」
 マリアが尋ね、フェイトが思い出しながら答える。
『この世界を統べる力を持つ三姉妹の末娘』
 だが、ガブリエの言葉で気になるのはそれくらいだ。末娘ということは、その上に姉が二人いるということなのだろうが、その情報どころか真の名前すら伝えずにガブリエは消えた。
「三姉妹──ネル、この言葉で何か気付くことは?」
「そりゃ、三姉妹っていったら月の三女神、イリス、パルミア、エレノアのことだろうけど、今回は違うんじゃないかな」
「どうして?」
「その三姉妹、このエリクールだけの問題じゃないだろう、きっと。なにせFDが絡んでるんだからね」
 なるほど、とマリアは納得する。つまり、宇宙全体の問題にエリクールの伝承が役に立つはずがない、ということなのだ。それは一理ある。
「でも、あまり悠長にもしてられないわね。多分、ロメロが来るのにそんなに時間はかからないはずよ」
 そうだろう。仕切りなおし、ということを考えるなら一日、二日を置いてくるのがセオリーだ。それこそ今日あたり。
「奇襲で来るのかな」
「恐らくはね。みんなでアミーナを守ってあげないと」
「そういえばアミーナは?」
 姿が見えないが、またロメロに狙われていたりしないだろうかとフェイトが不安になる。
「そっちで寝てるよ。見てごらん」
 カーテンで仕切られてる向こうをネルが顎で示す。フェイトが立ち上がってその向こうをそっとのぞく。
 そこにアミーナが横になっている。健やかな寝顔──と言いたいところだったが、
「ネル、マリア」
 小さな声で、フェイトは二人を呼ぶ。どうかしたのか、と二人が声を立てずに近づいてくる。
 アミーナの様子がおかしい。ひどく寝汗をかいて、呼吸もどことなく荒い。
「なんだっていうんだい?」
「分からない。でも──アミーナ、アミーナ?」
 フェイトがアミーナの近くに膝をついて、彼女の小さな顔をとんとんと叩く。だが、敏感な彼女は全く反応しない。
「今朝の様子は?」
「普通だったわよ。万が一を考えて私かネルのどっちかが必ず一緒にいたもの。私も朝は一緒にいたわ」
「そうだね。こんな突然調子が悪くなるような気配はなかったよ」
 三人が顔をつき合わせて悩みこんでも解決はしない。問題は、アミーナの状態がどうなのかということだ。
「とにかく、施療士を──」
「ふぇ、と」
 荒い呼吸のアミーナが目覚めていた。うっすらと目を開けて、少し涙目になっている。
「大丈夫かい、アミーナ」
「ふぇーと、おかえり」
「ああ、ただいま。どうしたんだい、アミーナ。具合が悪そうだけど」
「わかんない……」
 声を出すのも辛いといった様子で答える。だが、次の言葉が三人をより混乱させた。
「まえもあったから、だいじょうぶ」
 前?
 それは、こういった発作がたびたびあったということだろうか。確かにフェイトが仕事しているときなどは一人で家に残してきたこともあったりしたが。
「いつごろ?」
「えと……いつかまえ」
 五日前。ということは、みんなで食事にいった休日の、前日のことだ。
「どうして言わなかったんだい?」
「ふぇーとに、しんぱい、させたくなかったから」
 やれやれ、とため息をついてフェイトはネルを見た。つまり、アミーナがそう考えているということは、仮にネルが具合悪かったとしたらそれを絶対に隠そうとするということだ。
「私のことは今はいいだろう。それよりアミーナだよ」
 ばつが悪かったのか、ネルは目を伏せてマフラーに顔を隠す。まったく、後でネルにはきつく言わなければいけないな、とフェイトは思った。
「アミーナ。具合が悪いときはきちんと言わないと駄目だよ?」
 これはアミーナに言いながら、同時にネルにも言っている。当然彼女もそれに気付いている。なんとも気まずい顔をしていた。
「うん……」
 アミーナの歯切れが悪いのは、ネルも必ずそうするとは限らないということだ。ネルの本心を知るにはちょうどいいかも、とフェイトは邪なことを考える。
「よくこうしたことはあるの?」
「うん。だいたい、なんにちかにいっかい」
「だんだんひどくなってくるとかは?」
「あんまり。いつもおなじくらい」
 悪化しているというのでないなら少しは安心できる。だが、この子の名前の元となった少女のことを思うと、手放しで安心などとてもできない。
「ディプロがいれば調べることもできるんでしょうけどね」
 マリアの言葉の真意をフェイトは正確に読み取る。つまり、この症状は現在のエリクールの技術では到底分からないレベルのもの、それこそ遺伝子レベルでの問題が発生しているのではないか、ということだ。
(仕組まれた──僕らと同じように?)
 いや、そんなことは最初から分かっていたことだ。そう、アミーナがあまりにも子供なのですっかり忘れていたが、この子の存在自体が既に異常だということを自分も分かっていたのだ。それを見て見ないふりをした。
 この世界を統べる力を持つ三姉妹の末娘。
 それがこのエリクールにいるということの意味。ロメロやガブリエらが狙っているということの意味。
(仕組んだのは、やっぱりFDなのか?)
 それはブレアたちが今行ったというのではなく、はるかな昔にゲーム中のイベントの一つに用意されたものだということなのだろうか。
 だが、考えてみれば試練の遺跡もブレアたちが作ったものだ。そう考えた方がいいのだろう。それなのに、ブレアと連絡を取る手段がここにはない。八方塞がりだ。
(なら、調べる方法は一つだな)
 そう。確実にそれを判明させる手段がある。難しい方法だが、そうするしかない。
 ──ロメロに、直接聞くのだ。
「こちらでしたか、フェイトさん」
 と、そこに光牙師団の一人が現れる。グレイ・ローディアス二級構成員。フェイトとは以前から仲良くさせてもらっている相手だ。
「ネル様も、お疲れ様です」
 グレイが敬礼を行う。ネルは苦笑して頷いた。かつてグレイがネルを逮捕しようとしたことがあったが、セフィラのバックアップ機能が発動したおかげでその事実自体がなかったことになっている。覚えているのはネルただ一人だ。
 現在の光牙師団の半分はアリアスに詰めてクレアが指揮し、もう半分は王都でヴァンが指揮している。ヴァンが現在怪我で療養中のため、この二級構成員が今は王都の光牙師団を動かしているのだ。突然の職責で戸惑うことも多いだろう。
 フェイトは光牙師団の訓練にもよく顔を出して剣の手合わせをしている。さすがにあの戦いを潜り抜けてきただけのことはあり、フェイトにかなう相手はこのシーハーツにはいない。その中でも特にグレイは何度もフェイトに剣の手合わせを願い、その技を学んでいた。同年代のこの青年をフェイトもとても気に入っていたし、友人のような感覚を覚えていた。もっとも、相手は自分にそこまで気さくな感じを出してくれるわけではないが。
「どうかしたのかい?」
 尋ねると少し困ったようにグレイが頷く。
「アーリグリフのアルベルがフェイトさんに会いに来ています」
 考えてみればリオンをアルベルのところにやったのだから、当然アルベルもそれにあわせて動くのは当たり前だ。分かった、と言ってフェイトは立ち上がる。
「二人はアミーナを。それから、ロメロには気をつけて」
「ああ、もちろん」
 ネルが応え、マリアも頷く。二人ならばたとえロメロの奇襲を受けても戦況を見ながら撤退することも十分にできる。
 グレイに連れられて入口まで戻ってくると、そこに不機嫌そうなアルベルと苦笑いするリオン、そして無表情のサイファとが三人揃っていた。【漆黒】の団長とその両腕の揃い踏みだ。
「遅いぞ、クソ虫」
 相変わらずだなあ、と思って苦笑する。
「久しぶり、アルベル」
 最後にアルベルと会ったのはヘルメス事件が解決したときに少しだけだった。フェイトだけなら『もう一つのエリクール』で出会っていたが、あっちのアルベルはこっちのアルベルとは別人だ。
「ロメロの件かい?」
「状況は分かってるみたいだな。それに、ガブリエを倒したのか?」
「ああ。君だってロメロと互角にやりあったって聞いたよ」
「フン」
 アルベルは不満そうに顔をゆがめた。
「違う違う、フェイト。旦那はロメロに」
「殺すぞリオン」
「おーこわ」
 肩をすくめたリオンが三歩下がる。ふう、と一息ついたサイファが会釈した。
「すみません。ご迷惑をおかけすることを承知でお願いしたいのですが、我々にロメロを討たせてほしいのです」
「言いたいことはよく分かります。アルベルがそうしないと納得がいかないというのでしょう?」
 この中性的な女性の方が話が通じる。『もう一つのエリクール』では優秀な戦士だったという印象しかないが、どうやら多方面に秀でたものがあるようだ。
「はい。我々はそのためだけにこの国へやってきたものですから」
「早く戻らないと【漆黒】が大変ですしね」
「大丈夫です。今の【漆黒】は各連隊長に信頼のおけるものをつけておりますので。ですが、肝心の隊長がこの状況ですので、副官としては黙っていられません」
「お察しします。でも、僕にとってもロメロは大切な人を傷つけた憎い相手なんです」
 瞬間、サイファが一瞬たじろぐ。
 そのフェイトの顔は笑っているのに、その奥に凶暴な殺意が満ち溢れているのが分かったからだ。
「本当は誰にもこの獲物を渡したくはないんです。でも、アルベルの気持ちも分からないでもないですから、ここは共同戦線という形にしましょう」
「ありがとうございます。アルベル様のお話では、今日あたり城に来るかと」
「城に、ですか?」
「はい。ここにロメロが求めるものがあるから、と」
 つまりアミーナがここにいるから、ということか。
「分かりました。それなら──」
 と、話を続けようとしたところだった。突如、城内が大きく揺れた。
「きやがったな」
 アルベルが駆け出す──そちらは医務室ではない。二階への階段の方だ。
「どっちに行くんだ、アルベル!」
「うるさい、阿呆。俺の勘に間違いがあるか」
 全く相変わらずの自信家だ。フェイトはため息をつきながらアルベルの後を追う。サイファにリオン、そしてグレイも続く。
 そしてたどりついたのは謁見の間だった。
 そこに、女王陛下とその前に立つラッセル、そして──
「ロメロっ!」
 漆黒の衣をまとった赤い髪のアークデーモン。
『ほう……また貴様か』
 複数の人間が同時に喋っているかのようなぶれた声。どことなく癇に障る。
「お前がネルを!」
 フェイトとアルベルが剣を抜く。そして一気に突撃する。
『む』
 その連携攻撃にロメロは顔をしかめて回避する。そこへ、投げナイフが刺さり、動きが止まる。
『くっ』
 そこに、リオンが飛び掛った。さらにはグレイとサイファも踊りかかる。次々と来る連続攻撃にロメロも防戦一方となる。
『はああっ!』
 だが、次の瞬間ロメロは自らの周囲に衝撃波を生み出して三人を軽く弾き飛ばす。だが、その隙を見計らって、また投げナイフが飛ぶ──それがまた、ロメロの肩に刺さる。
『くっ……先ほどから』
 そのナイフの主は、誰あろうラッセルであった。
 まだ何本ものナイフをその手にしている。まさに、女王陛下に害なそうとするものを阻む最後の砦という様子だ。
「何をしておる。さっさとその者を倒さぬか」
 だが居丈高な態度はいつもの通りだ。フェイトはかすかに反感を覚えつつ、ロメロに向き合う。
「ロメロ。何故お前はアミーナを狙う。それに、どうして女王陛下を」
 そう。これは絶好の機会だ。ロメロから、アミーナのことを聞き出す、唯一の機会だ。
『フェイト・ラインゴッド。仕組まれた子よ』
 だが、ロメロはその質問に答えようとせず、笑いながら自分を見つめてくる。
『貴様の力は我には不要。この場で消滅し、データの中に溶け込むがいい!』
 強烈な『炎』がロメロの周囲に渦巻く。そして、その炎が発動する。
『イフリート・キャレス!』
 この謁見の間を、巨大な炎が蹂躙した。





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