祈り

第10話 






 ──が、その炎は瞬く間に収縮していった。誰を焼くこともなく、完全に消滅した。
『ぬ』
 ロメロがその技を行った張本人、女王シーハート二七世を睨みつける。
『さすがだな、アペリスの聖女』
「死人の王ロメロよ。ここは汝がいる場所ではありませぬ。早々に立ち退きなさい」
 女王が凛とした声で言う。だが、ロメロは残虐な笑みを浮かべて『それでこそ殺しがいのあるというものよ』とさらに息巻く。
「そうはさせるか!」
 フェイトが剣を構えて突進する。女王陛下はこの国の要だ。絶対に殺させるわけにはいかない。
『貴様の腕で我を倒すにはいたらぬ』
「ディバイン・ウェポン!」
 聖なる力が剣に付与される。そして一気にフェイトが間合いを詰める。
『煉獄の炎よ!』
 炎がフェイトに襲い掛かる。だが、それも既にフェイトは攻撃を読んでいた。
「ストレイヤー・ヴォイド!」
 その炎が自分に襲い掛かるよりも先に、ロメロの懐に入り込む。そのままロメロを切り上げた。
『ぐうっ!』
 だが、ロメロは右手に生んだ魔力の剣でそれをなんとか食い止める。そして身体を翻してフェイトにけりつけてきた。
「がっ!」
 それが正確にフェイトの脇腹を打ち、フェイトの身体がよろめく。
『死ねっ!』
「阿呆、させるかよっ!」
 だが、続けてアルベルが攻撃に入る。左右の剣で交互に攻撃する双破斬がロメロの身体を切り裂く。
『負け犬が、身の程を知るがいい!』
 だが、ロメロは左腕をアルベルの方へと伸ばすと、その五本の指先から爪が伸びて、アルベルの身体を貫いていく。
「アルベル様っ!」
 サイファの悲鳴が飛ぶが、アルベルは全くたじろぎもしなかった。急所を自らはずし、敵の攻撃をわざと受けたのだ。
「くらいやがれ!」
 渾身の一撃をその腕に叩きつける。アルベルの狙い通り、ロメロの左腕はそれで身体から分離した。
『ぬう……油断したか』
 片腕のない状態で間を取る。だがさすがにアルベルもそれが限界だったのか、がくりと膝をつく。たとえ体内の重要な臓器に傷がなくとも、五本もの爪が身体を貫いているのだ。ただですむはずがない。
「アルベル様」
「大丈夫だ。それより、お前も奴を倒しに行け」
 サイファが近づいてきてもその介抱を払う。サイファは苦渋の決断で、アルベルの指示に従った。
(ロメロを倒さなければ、アルベル様は治療を受けてくださらない)
 ならば、一秒でも早く倒すのが部下の使命というものだ。
「許さない、ロメロ」
 自分の大切な人を、ここまで傷つけた。
 その報いは、受けてもらう。
「『黒天使』と呼ばれる私の力、見るがいい!」
 細いレイピアを片手に、ロメロへと正面から突進する。
「無茶だ、サイファさん!」
 フェイトが体勢を立て直して牽制しようとする。が、それより早くロメロの火の術が彼女の身体を焼く──
「夢幻!」
 彼女の口からその言葉がほとばしる。と同時に、流れる水のごとくその火の間を抜けて、無傷で懐に入った。
『なに?』
 そのレイピアが、ロメロの身体を切り裂く。
『がはっ!』
 人間ならば致命傷というほどの傷がロメロに与えられる。それでもアークデーモンたる死人の王はまだ踏みとどまった。
 だが。
「こっちにも、いるぜぃ」
『黒風』のリオンが、ロメロの背後を取っていた。たとえ竜に乗っていなかったとしても、彼の剣の腕前は『もう一つのエリクール』で戦ったフェイトがよく知っている──
「旦那直伝! 吼竜破!」
 その剣を振りぬき、竜の形をしたブレスが放たれる。それはアルベル・ノックスの奥義。
『ば、ばかな、この私が、私が……負けるだと!?』
 そのブレスによってロメロが焼かれていく。そのダメージに耐えられないでいる。間違いない、これは致命傷だ。
「強い」
 この二人はここまでの力を持っていたのか、と正直戦慄を禁じえないフェイトであった。この二人は明らかに自分やアルベルに匹敵する強さを兼ね備えている。本当に、こっちのエリクールではあの戦争の時に参加していなくて助かった、と心から思う。
「ロメロ! 最後に答えろ! どうしてお前は、アミーナを狙うんだ!」
『ち、ちがう、ちがう、私は、私は──』
 恐怖に彩られたその表情。死人の王が、死を恐怖している──?
『私は、ロメロ様では──』
 その言葉で、その場にいる全員が悟った。そして、吼竜破によって完全にアークデーモンが消滅した直後、フェイトが叫んだ。
「しまった、罠だ! こいつは偽者だ。ロメロは──」
 この謁見の間に力あるものをおびきよせ、その結果として手薄になっているのは間違いなく、アミーナ。
「くっ、間に合うか──サイファさんとリオンさんはアルベルを!」
 フェイトが謁見の間を出た直後、城内が再び揺れた。おそらく医務室にロメロがやってきたのだろう。
「くそっ! ネル、マリア!」
 彼女たちならば危険とみれば必ずアミーナを連れて逃げようとするはずだ。うまく合流することができるかどうかだ。
 だが、その行く手を阻むかのように、城内に死人が現れていた。どこから現れたのかは分からないが、おそらくはロメロが自分の行く手を遮るためにどこかから連れてきたのだろう。
「くそっ、こんなところで」
「フェイトさん!」
 だが、フェイトについてきたグレイが目の前のゾンビを切り倒す。
「私が道を切り開きます。フェイトさんはネル様の所へ、早く!」
「分かった、恩に切るよ、グレイ!」
 グレイがゾンビの群れに踊りこみ、空いたスペースをフェイトが駆け抜けていく。行く手を遮ろうとするゾンビと戦うのではなく、ユニバーサルバスケできたえたステップワークでかわしていく。幸いゾンビの動きはバスケの選手ほど動きが早くない。きたえているフェイトにとって難しいことではなかった。
「ネル! マリア!」
 医務室まで戻ってくると、既に二人は逃げた後なのか、窓が開いていてそこから風が流れてきている。医務室は炎で焦がされていて、一人の施療士が既にその場で息絶えていた。
「くそっ。僕が判断を誤らなければ」
 そのまま窓から外に飛び出し、なおも響いてくる爆発音の方へと向かう。
(間に合え!)
 走る、走る、走る。アミーナを助けるために、みんなを助けるために、とにかく走る。
 徐々に爆発音が近くなってくる。城の裏手だ。ネルとマリアも、できるだけ市街地に被害が出ないようにと逃走経路を考えたのだろう。
 ──見えた。
「ロメロっ!」
 フェイトはおもいきり剣を振りかぶると、そのアークデーモン目掛けて投げつけた。
『ぬう?』
 無論、アークデーモンがそれをむざむざと受けるはずがない。かるく片手で払いのける。
 だが、その間にフェイトはその距離を詰めていた。
「ショットガンボルト!」
 近距離から気の炸裂弾を叩き込む。だが、それらはすべてロメロの前の空気が壁となった。ほんの五センチ手前に薄い膜でもあるのか、炸裂弾が叩き込まれる度にそこが小さな波紋となって浮き上がる。
『破壊の紋章遺伝子を持つ者か。ダミーは倒したようだな』
「リフレクトストライフ!」
 答えるよりも間断ない攻撃でロメロをまずは下がらせる。そしてネルたちとロメロとの間に割り込んで入った。
「すまない、二人とも。無事か」
「ああ、なんとかね。戻ってきてくれてありがとうよ、フェイト」
 左腕を吊るした状態のネルが、片手でアミーナを抱いた状態で答えた。そのアミーナは恐怖のためか、完全にネルにしがみついている。
「絶妙のタイミングだったわね。助かったわ、フェイト」
 マリアもそれでようやく体勢を立て直して銃を構える。フェイトも払いのけられた剣を拾って構えた。
「ネルは下がってて。まだ怪我が癒えてないんだ」
「分かってる。足手まといにはならないよ」
 彼女も聡い女性だ。怪我をしている自分にできることは、アミーナを安全な場所まで連れていくことだと最初から分かっている。後はロメロを自分たちで引き寄せ、そして倒すだけだ。
『……やはり貴様らが立ちふさがるか。紋章の子らよ』
 ロメロもネルを追うことはやめた。この場で、まずは自分たちを確実に倒す方針に切り替えたようだ。
「ロメロ。どうしてお前はアミーナを狙うんだ」
 改めて仕切りなおしとなれば、相手も会話にのるかもしれない──そう考えたフェイトは時間稼ぎもかねてロメロに疑問をぶつける。
『貴様に関係のあることではない。が、いいだろう。冥土の土産に教えてやろう』
 こういうところは普通の悪役でよかった、と心の片隅でこっそり思う。
「FD人と戦うために、アミーナを利用するつもりか」
『FD? ふん、我にそのようなものは関係ない。ガブリエは神への反逆を企てていたようだが、我にそのつもりはない』
「なら、どうして」
『あの娘は、この世界を統べる力を持つ三姉妹の末娘。そして、我ら不死者を殲滅する戦乙女だ』
「戦乙女?」
『そうだ。我ら不死者にとっては天敵だ。戦乙女が力を蓄える前に滅ぼし、その力を奪い我が物とし、そしてこのエリクールに不死者の永遠帝国を築く。それが我が野望』
「不死者の……」
「……永遠帝国」
 フェイトとマリアが顔を見合わせる。
『そうだ。この地上から生きとし生けるものをすべて不死者に変え、我が下僕とする。新たな命が生まれることもなく、我はこの地上に永遠帝国を築くことができる。それが我が望みだ』
 アークデーモンは自分の考えに酔っているのか、どこか夢見るような表情に変わっている。
「マリア。何か感想があれば」
「そうね。ネルをあれだけ苦しめた奴だからどんな目的があるのかと覚悟してたけど、蓋を開いてみると三流悪役だったわね。覚悟して損した感じ」
「同感」
 はあ、と二人そろってため息をつく。緊張感も何もあったものではない。
『我を愚弄するか、紋章の子らよ』
「あのね、一つ言っておくけど、昔からそういう大それたことを考える悪役が栄えた試しはないのよ」
「それから、そんな考えをするやつを僕らが許すはずもないしね。ここで消えてもらうよ」
『ふ、面白い。ならば、お前たちの力を見せてみるがいい。破壊と、そして変革の力を!』
 ロメロはマントを翻し、呪文の詠唱を行う。
「やるわよ、フェイト」
「やってやるさ!」
 ロメロのイフリートキャレスが二人を襲うが、それを二人は左右に別れて回避する。
 マリアの銃が閃き、ロメロを立て続けに攻撃する。そしてフェイトは、
「ディバインウェポン!」
 相手が不死者ならば、聖属性のこの攻撃は効力が強い。
「行くぞ、ロメロ。ネルを傷つけたお前は絶対に」
 彼の目の色が変わった。
「五寸刻みでばらばらにしてやるっ!」
「感情入りすぎよ、フェイトっ!」
 ロメロの剣とフェイトの剣が交差する。が、その瞬間にもフェイトは攻撃をすることが可能だ。
「ショットガンボルト!」
 近距離から再び炸裂弾を放つ。が、やはり空気の幕に波紋を起こすだけで、ロメロにヒットすることはない。先ほどのダミーと違って、気による攻撃を完全に防ぐ属性防御が備わっているのだろう。
「ブレードリアクター!」
 だが、それで終わるつもりはもちろんない。ショットガンボルトはあくまでも相手との間を保つための中継ぎにすぎない。本命は剣で直接切り裂くことだ。上段から振り下ろされる剣に、ロメロも回避せざるをえない。
「クレッセントローカス!」
 その間に詰め寄ったマリアがロメロを蹴り上げようとする。が──
「なっ」
 ロメロは、その蹴りを素手で掴んだ。
『甘い』
 そのまま力任せにマリアを放り投げる。フェイトがそれに気を取られた瞬間、ロメロは既にフェイトの懐までもぐりこんでいる。
「まずいっ!」
『スターフレア!』
 フェイトの胸元で激しいスパークが生じる。その熱量は、今までの技とは比べ物にならない。一瞬で意識が奪われるほどの、激痛。
「……っ!」
 声すら出せず、衝撃でそのまま後ろに倒れる──強い。体中が痺れて動けない。あまりの火傷の痛みに、身体が萎縮して動けずにいるのだ。
『甘すぎる。その程度で紋章をその身に宿しているとは、笑わせる』
 とどめだ、と言わんばかりにロメロが大きく剣を振りかぶる。回避したくても身体が動かない。ここまでか、と覚悟を決める。
 だが。
『──また邪魔をするか』
 その動きが止まる。
 そして、ロメロの視線の先に。
「ふぇーとをいじめたら、ゆるさない」
 小さな、小さなアミーナの姿があった。





泣かないで少女よ

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