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第2話 ゆがんだ






 タイネーブはただちに連行され、ヴァンと共に査問会(女王御前会議)にかけられた。
 国に二級構成員は多くない。一級構成員となるとさらに激減し、いわゆる副団長的な扱いとなる。それだけの地位のある人間が結婚するというのだから、これは国をあげてとまではいかずとも、大々的な結婚式になるのは間違いない。
 特にヴァンはクリムゾンブレイドを除けば他の団長たちと同じかそれ以上の知名度と人気を誇っている。もしもこの時代にトレーディングカードとかあったらレアカードなんだろうなとか、フェイトはそんなことを考えた。
(そういや、バスケ選手のカードとかってどこにやったっけ)
 もっとも崩壊した地球でそのカードがまだ無事に残っているかどうかも微妙なところではあるが。
「それで、いったいどういう経緯で結婚することになったのですか」
 クレアが詰問口調だ。女王への挨拶もそこそこに、この一大イベントの査問を陛下の前で行っている。
「はい。この間怪我をしたときに、タイネーブが何度も見舞ってくれて、そこから話が進みました」
「タイネーブ? あんた、初めからヴァンのこと気に入ってたのかい?」
「は、はいっ! 恐れ多いこととは思ってましたけど、でも」
「確かにヴァンは他の団員からも人気がありましたね」
「す、すみません」
「謝ることじゃないさ。もっとも、結婚するっていう報告を私にしないのはいただけないけどね」
「す、すみません」
 ヴァンは割と落ち着いているのだが、タイネーブは完全に縮こまっている。いつもぼけた感じのタイネーブがこういうところを見せるのはなかなか新鮮だった。
「ヴァンはタイネーブのことをどう思っているんだい?」
「もちろん、本気ですが」
「でも、ヴァン? あなたはそれで本当にいいのですか? なんだか、今のあなたを見ていると、自分から望んだというものが感じられないのですが」
 う、と泣きそうな目でタイネーブがヴァンを見上げる。ヴァンは相手を落ち着かせるように微笑むと、その頭をぽんとなでた。
「私にとって今は、これが一番の宝物です。国以上に大切なものを初めて手にしました。申し訳ないことだとは分かっているのですが……」
 誰よりも国のことを大切に思っているヴァンだからこそ、その言葉には重みがある。ふう、とクレアもネルもため息をついた。
「そのくらいでよいでしょう」
 その一部始終をじっと見つめていたシーハート二七世が微笑みながら言う。
「ヴァン」
 普通であれば、女王が個人的に声をかける相手は団長までに限られる。だが、国の重臣であるヴァンがこれまでどれだけ働いてきていたかは当然女王も分かっている。
「は」
「家庭を持つということは、そなたの人としての幅を広げるであろう。そして、妻を娶る以上は、誰よりも相手の幸せを願って行動するように」
「かしこまりました」
「タイネーブ。そなたはヴァンをよく助けるように。知っての通り、ヴァンはこの国ではあくまでも異邦者。我々も兵たちも信頼はしているが、完全にシーハーツに溶け込むためにはそなたの力が必要です」
「は、はい!」
 女王陛下から直接の言葉をいただいて、さらに恐縮するタイネーブ。
「それでは……そうですね、フェイト殿」
「はい?」
 突然呼ばれて、フェイトが少し声を裏返らせて応える。
「二人にどうか、祝福をあげてください」
「ええっ!?」
 ここには女王もいて、クリムゾンブレイドもいるのに。
 何故、そんな選択を女王がするのかが全く分からなかった。
「なんでもいいよ。気のきいたことを言えばいいのさ」
 ネルが声をかける。だが、それですぐに台詞が出てくるほど、フェイトも機転がきくわけではない。
「じゃあ、ええっと」
 とにかく祝福の言葉を探して、あとはなんとか言葉にしようと試みる。
「まずは、ご結婚おめでとうございます。正直、今も二人が結婚するなんて驚きでいっぱいですけど、さっきヴァンさんと話した時、とても幸せそうな表情がとても印象に残りました。タイネーブさんも、いつもと違って全身から幸せのオーラが出ている感じがします。あまり気のきいたことを言えなくてすみません。ただ、一言だけお二人に、祝辞を述べさせていただきます」
 ふう、と一呼吸置く。
「たとえ何があっても、自分が一番好きな人と一緒にいられること、いつまでも傍にいられることが、何よりも幸せなことだと思います。その相手を見つけることができたのですから、これほどお二人にとって幸いなことはありません。どうかこれからずっと、お幸せに。おめでとうございます」
 何故か、二人はその言葉に──特にタイネーブが涙を流していた。そしてヴァンが深く頭を下げる。
「──祝辞、ありがとうございます。これほど嬉しいことはありません」






「それにしても驚いたよ、色々と」
 ネルの部屋に戻ってきて一息つく。思わぬ大役を果たしたフェイトに、珍しくネルが水を出してくれた。
「分からないかい?」
 ネルは少し微笑みを浮かべて言った。
「え、何が」
「どうして陛下があんたに祝辞を言わせたのかってことがさ」
 そんなことを言われてもますます分からない。何か意味があっての指名だったのだろうか。ただ単に自分だけ何も話していなかったからとか、そういうことではなく。
「全く、あんたも自分のことが本当に分かっていないね」
「なんだよ」
 少しむくれたような口調になる。
「ヴァンはアーリグリフ出身、タイネーブは戦災孤児。二人とも、この国の中核には決してなれないのさ」
「……」
 確かにそういう向きがあるのは知っている。特にタイネーブは血統限界値が低いこともあり、これ以上の昇進はないだろうとまで言われている。
「そんな中、あんたはこの国の救世主として女王陛下から信頼をもらっている。そして兵たちからの信頼も厚い。あんたの人気がどれくらいあるか知っているかい? 私やクレアと同じくらいあるんだよ。特に、女からね」
 最後はかなり鋭い言葉だったが、それは聴き飛ばすことにした。
「あんたはそうしたイレギュラーの期待の星とも言えるのさ。自分もがんばればフェイトみたいになれる、そうした希望をあんたに重ねている」
「そんなこと考えたこともなかったよ」
「少なくともヴァンもタイネーブもそうした気持ちがあるのは間違いないさ。逆に、ファリンみたいに正規の訓練を受けている方があんたは妬まれやすいだろうね。どうして自分は昇進しないのにってね」
「ファリンさんが?」
「いや、ファリンがそうだって言ってるわけじゃない。そういう可能性の方が強いってことだよ。だいたい、そのファリンや他の連中にだってあんたは好かれてるからね。グレイなんか見てごらんよ。あんなにあんたに執心じゃないか」
 そんな自覚が今までなかっただけに、そう言われると不思議な感じだ。
「イレギュラー同士の結婚なんだ。あんたほどイレギュラーな人間はいない。だから陛下はあんたを指名したんだよ。それがあの二人にとって一番嬉しいことだって分かっていたからね。私やクレアが祝辞を言ってもあの二人は嬉しいだけだろうけど、あんたがそれを言えばあの二人にとってはそれはただ嬉しいだけじゃない。感激なんだ」
「で、でもいつもよく話している間柄なのに」
「関係の問題じゃないよ。フェイト・ラインゴッドっていう人間に祝辞をもらえたことが、あの二人にとっては何よりも大切なことなんだ」
 うーん、とうなる。それよりも女王陛下から直接言葉をもらえる方が嬉しいのではないだろうか。
「じゃあ、僕とネルが結婚するときは、誰が祝辞を言ってくれるんだい?」
 つい、そんな切り返しをしてみた。瞬間、彼女の顔が真っ赤に染まるのを見て、フェイトは微笑んだ。
「〜〜〜〜〜〜っ!」
 こうした直接的な惚気がとても効果的だということを、フェイトはとっくに知っている。
「決まってるだろ。クレアに言ってもらうことほど嬉しいことはないよ」
「僕もそう思う。僕はまだネルが愛している一番の相手はクレアさんだと思っているから。もっとも、ネルを愛している気持ちでなら負けるつもりはないけれど」
「全く、あんたって奴は」
 マフラーに顔を埋めて次の言葉をなくしたネルにフェイトは十分満足していた。
 と、その時であった。
「失礼します」
 ノックをして入ってきたのは【闇】の三級構成員であった。
「ラッセル執政官がお呼びです。会議室まで来るように、と」
 二人は顔を見合わせた。こちらから行くことは多いが、呼び出されることは少ない。それだけネルからの報告が的確にラッセルに届いているためだが。
「私だけかい?」
「いえ、フェイト様も」
「僕も?」
 ますます分からない。いったい執政官が何用だというのだろうか。
「分かった。すぐに行くとお伝えしてくれ」
「了解しました」
 その女性構成員が出ていくと二人は真剣な顔に戻っていた。
「何だと思う?」
「分からないよ。でも、早く行ってみようか」
「そうだね。何かまた起こりそうな気がする」
 ネルは窓の外を見つめた。
 雨足は、さらに強くなっていた。






 会議室にやってくる。ラッセルがそこで書類に目を通しながら待っている。
 奥に見知らぬ少年がいた。せいぜい十歳くらいだろうか。黒い髪。紅く光る目。その年齢に似合わない風格が漂っている。
「ネル・ゼルファー、参りました」
「フェイト・ラインゴッド、参上しました」
 二人が礼をすると、ラッセルは「座れ」と指示する。ネルがラッセルに近いところに、その隣にフェイトが座る。
「この少年は?」
 ネルが尋ねると、ラッセルがどう答えればいいものか、と顔をしかめた。
「この少年の名は、ブラムスというらしい」
 名前を紹介されて──少ししてから、その意味に二人とも気付いた。
 ブラムス。
 その名前は、二ヶ月前に聞いた。アミーナの本名であるところの、シルメリア・ヴァルキュリア。その魂を奪った相手。
「ええと……君が、ブラムス?」
 フェイトが尋ねる。いかにも、と少年は表情を変えずに答えた。
 正直、ブラムスがこんな子供だということが意外だった。もっと大柄で、凶悪な男をイメージしていた。それが多少貫禄があるとはいえ、こんな小さな子供だとは。
「シルメリアの魂を奪った……っていう」
 わざわざこうして席についているということは、戦うのではなく話し合いに来ているということなのだろう。フェイトもそこでわざわざ喧嘩腰になるようなことはしなかった。
「そう、伝わっているか」
 ふう、とため息をついた。
「違うのかい?」
「別に子供相手の口調になる必要はない。私は身なりはこうだが、精神は汝らよりはるかに永き時を生きている」
 そういえばレナスも子供にしては生意気な口調だったな、と思い返す。それは単に、自分より年下の相手が自分を子供扱いするのが嫌だという単純な気持ちなのだろう。
「まず、それを誰から聞いたのかは知らぬが、大きな間違いだと言っておこう。私はあいつを愛しているし、あいつも私を愛している──それが事実だ」
 シルメリアを愛している、と。そしてシルメリアに愛されている、と。
 ブラムスはそう主張するのだ。
「……僕にはちょっと、判断がつかないよ。レナスの言っていることと正反対だ」
 レナス、という言葉が出てきてブラムスは笑う。
「あいつの立場からみればそうだろうよ。シルメリアが神界を離れて私の元に来たとしても、それを素直に認めるようなことはできまい」
「悪いけど、詳しく説明してくれないかな」
「無論だ。そうしなければシルメリアに会わせてはくれそうにないからな」
 ブラムスは頷くと、彼の体験した『前の戦い』について話し始めた。






 ヴァルキュリア三姉妹の使命は二つある。
 一つは神族同士の戦いで、自分たちの仲間、味方を手に入れるために死んだ人間の魂をエインフェリアとして戦力に変えていくこと。それによって前回の大戦はヴァルキュリアのいる神族の方が勝利に終わった。
 と同時に、神族同士の戦いは人間界に多大な影響を与える。人間界が揺れれば神界も揺れる。そうした動揺を生まないことがヴァルキュリアたちのもう一つの使命だ。
 すなわち、人間界の『不死人』を消滅させること。それを使命として請け負っている。
 ブラムスはその『不死人』であった。だが、人間と争うことをせず、自分の居城にこもって誰と争うこともなかった。
 だが、その『不死人』を滅するためにヴァルキュリアがやってきた。
 最初にやってきたのは、三姉妹の末娘、シルメリア。
 浅葱の戦乙女はブラムスの城にやってきたが、ブラムスを倒すことがかなわず、その手に捕らえられることになる。
 別に争うつもりもなかったブラムスはそのまま帰れば命はとらないと言ったが、シルメリアはその城に滞在することを望んだ。つまり、ブラムスを確実に殺すために傍にいると言ったのだ。
 ブラムスは楽しんで、その物騒な暗殺者を傍に置いた。
 何かあるたびにシルメリアはブラムスの命を狙ってきたが、その度に撃退した。
 それから数年が過ぎたある雨の日のことだった。
 夜と雨の闇にまぎれて、人間がブラムス城を襲撃したのだ。『不死人』がいるから、と。今まで敵対していなかったにも関わらず、人間は異質を排除しようとしたのだ。
 この城にいる者が誰であるかも分からず、人間たちは城にいる者を駆逐した。
 そう、あの麗しい戦乙女、シルメリアすらも。
 それは、完全な油断だった。
 シルメリアは人間ではブラムスに勝てないということが分かっていた。だからこそ人間たちを引き返そうと説得に出向いた。
 だが、シルメリアをブラムスの仲間とみなした人間たちが、彼女が背を向けた瞬間に彼女を刺し殺したのだ。
 彼女は死に、ブラムスが残された。心の中に荒れ狂うほどの怒りと、万物に対する絶望とが吹き荒れた。
 そして気付いたのだ。
『私は、シルメリアを愛していたのだ』と。
 その感情は、その場にいた人間たちを残らず抹殺する方向に働いた。それはごく当然の成り行きだった。
 そして、シルメリアの魂を自分が引き取った。このまま転生させたら、自分はもう二度とシルメリアに会えなかったからだ。
 だが、魂を引き取ることについては、たった一つだけ条件がある。そして、その条件は、意外にもかなった。かなってしまった。



 ──その条件とは、引き取られる側の同意が必要だ、ということだった。





To the memory of the Aegean

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