Another Fate
第4話 Ready Steady Go
なにはともあれ、一旦ここで時間を稼ぐことができたのだ。今のうちに話せることは話しておいた方がいいとクリフは判断した。そしてこの五人で緊急会議が開かれた。
シランド地下のコンピュータールーム。これほどこの星に不釣合いな場所もないだろうに。
「俺も詳しいことは知らねえんだがな、お前の親父さんが狙われるのは、その研究内容にあるらしい。リーダーが来りゃ、詳しいことが分かるんだがな」
「それなのに、どうして僕が」
「俺も詳しいことは分からん。だがな、心して聞けよ」
クリフがすごんで言う。フェイトが身を硬くした。
「大丈夫」
ぽん、とその肩をネルが叩く。それだけで少し青年は安心した様子を見せた。
「親父さんの研究が、お前にも関係あるってことだ」
「関係?」
「ああ。ここからは俺の推測になるが、おそらく──お前は、紋章遺伝子学を利用した『生体兵器』だ」
フェイトはたっぷり十秒止まってから「なんだよ、それ」と呻く。
「詳しいことはリーダーに聞けば分かる。だが、それを知りたいと言ったのはお前だぜ、フェイト──」
混乱。そんな言葉でくくられるようなものではなかった。
自分が生体兵器。
どのようにして生み出され、ロキシとリョウコがどうして自分を育てていたのか。
クリフの言うことが本当だとすれば。
両親は、自分を子供ではなく、兵器としてみていた……?
「クリフ」
「あ?」
「お前、リーダーに会えば全てが分かるって言ってたよな」
「ああ」
「何でクォークのリーダーがそんなことに詳しいんだ? 反銀河連邦組織なんだろ?」
「ああ。それは、なあ……」
クリフがミラージュを見る。小さく頷く。話してもいいのでは、という意味だ。
「俺たちのリーダーは、俺たちより若い。それに、クラウストロ人じゃねえ。地球人だ」
「クラウストロの組織なのに?」
「ああ。名前はマリア・トレイター」
「マリア? 女性なのか?」
「ああ。お前と同い年のな」
十九歳。それほどの若さで──
「おい、考えるところが違うぜ」
「違う?」
「ああ。お前はどうしてマリアがそれを知ってるかって聞いたんだろ」
そうだ。クォークのリーダーが何故自分のことを知っているのか。そしてクォークのリーダーが地球人──
「その人も、父さんに関係がある?」
「あるどころじゃねえ。うちのリーダーが正真正銘、親父さんの作った『生体兵器』だ」
「な」
クォークのリーダーが、ロキシ・ラインゴッドの作った生体兵器──?
「そんなバカな! どうして父さんが、そんな!」
「俺もいきさつは知らねえよ。だが事実だ。何しろ当のリーダー本人がそう言ってるんだからな」
「そのリーダーが嘘をついている可能性は?」
「そりゃ俺とミラージュの見る目がなかったってだけのことだな」
つまり、クリフとミラージュはそれを本気で信じているということだ。
「分かったか? あと詳しいことはマリアから聞きな。これ以上は俺も知らねえ」
もちろんフェイトにはまだ聞きたいことが山ほどあった。だが、この件に関しては自分の中で整理がつかない限り次に何を聞けばいいのかは分からなかった。それならば、もう一つの聞きたいことを先に確認した方がいい。
「それじゃあもう一つ、この世界に来てからのことを教えてほしい。僕が何をしたのかを」
「ん、ああ。そうだったな。ちょっと長くなるぜ」
そして、クリフはアーリグリフの牢獄からここまでを簡単に説明し始めた。
その全てを聞き終えたフェイトはますます混乱した。
おそらく記憶がない時期の自分は完全に自分ではなかった。自分は今まで人格分裂を起こしたことはない。まあ、アーリグリフの拷問の結果、完全に別の人格が出てきた可能性もなくはない。だがそれなら、どうしてアミーナやディオンのことをこんなにも知っていたというのか。それだけでは説明がきかない。
「信じられないって様子だな」
「どっちかというと、信じたくないっていうところかな。でも、僕がやったことなんだろう?」
「厳密に言うと今のお前じゃねえよ。アーリグリフに捕まってからのお前は別人だった。そう考える方がつじつまが合う。ま、それが誰かなんてことを詮索するより、もっと別のことを考えようぜ」
「別の?」
「ああ。さっき言っただろ。バンデーン艦を乗っ取ることができりゃ、あとはアミーナを転送して治せばいい」
「そうか。だとしたら少し急がないとな。多分、あの様子だと──」
「ディプロの優秀なメンバーでも半日はかからないでしょう。ましてバンデーンの科学力です。機を逸してはまた空に飛び立ちます」
「ああ。だから割と時間はねえ。これからすぐに移動するぜ。んで、敵艦に乗り込んで全員ぶっ倒す。それが一番早い。ネル、ここからシランドの北に移動するにはどうすりゃいい?」
「……地下道を使うのが一番早いね。でもそれは、陛下のお許しがないと駄目だ」
「んじゃ頼むぜ。ディオンは今度こそアミーナについててやんな。なあに、倒れてから一日や二日で死ぬような病気じゃねえ。いずれにしても、俺たちが成功するか失敗するかだ」
「はい。ですがそれなら、シーハーツの施術兵器で援護することも可能なのではありませんか」
「いや、やめた方がいい。こういう場合は少数精鋭だ。フェイトも置いていく」
当然自分も頭数に入っていると思っていたフェイトは驚いてくってかかる。
「なんでだよ」
「お前が記憶を失くしてなけりゃ問題ないんだけどな。今のお前がどれだけ力あるのかが分からねえ。ノートンと戦った頃のお前だってんなら、はっきり言って足手まといだぜ」
ぐ、とフェイトは詰まる。確かにクリフの言うことは間違っていない。バンデーンの銃が自分にもあれば別だろうが──いや、そもそも民間人である自分がバンデーンの戦闘員に勝てると考える方がおかしい。
「分かった」
「いい子だ。ま、大人しく待ってるんだな。あっちは俺とミラージュで何とかしてくっからよ」
「何言ってるんだい。地下道を使わせるんだ。私も行くよ」
ネルが制止する。クリフは少し悩んだが「ま、お前くらいならいいか」とあっさり認めた。
「んじゃ、まずは手続きを頼むぜ。俺たちはどうしてればいい?」
「大聖堂で待っててくれるかい? すぐに許可を取ってくる」
「分かった。じゃ、頼むぜ」
そうして、五人は一斉に動き始めた。
だがフェイトだけが何もすることができない自分にいらだっていた。
「ねえ、ディオンさん」
アミーナが眠る部屋の隣にあった控え室で二人が座って話をしていた。
「ディオン、でいいですよ。なんでしょう」
「えっと、じゃあディオン。僕が君と会ったときは、どんなことを話していた?」
「ええっと、そうですね」
眼鏡を直して思い返す。
「初めて会ったときに、早くアミーナに会ってあげてほしいって、そんなことしか覚えてませんけど」
「そっか……僕は最初から本当に君たちのことを知っていたのか」
「ええ、それは間違いありませんでした」
あのソフィアにそっくりな女の子。
自分がどうしてディオンやアミーナのことを知っていたのか。
(アミーナを助けたいと思う気持ちは多分本当だ)
ソフィアと似ていたからというのもあるだろうが、困っている人がいるなら助けたい。それが自分の中にあるのは間違いないことだ。
「悩んでいるのなら、いっそのこと全部吐き出してみませんか」
ディオンがそんなことを言う。
「ディオン?」
「僕たちはみんな、フェイトさんに感謝してるんです。だから、フェイトさんが困っているのなら、僕たちは何があってもフェイトさんの味方です」
「ディオン……」
その心が今は──痛かった。
「ごめん、ディオン。ディオンがそんな風に言ってくれるのは嬉しいけど、ディオンたちを助けたのは今の僕じゃない。僕は──」
「フェイトさんはフェイトさんですよ。確かに記憶がなくなって混乱されていますし、あの頃とは大きく変わっていますけど、でも根っこのところは同じです」
「同じ?」
「はい。他人を思いやる心が同じです。記憶をなくして混乱しているのに、それでも自分を後回しにして、他人のことを考える。そんな人、他にいませんよ」
ディオンがにこりと笑う。
「ディオン……」
「フェイトさんはフェイトさんです。今のフェイトさんが忘れているのだとしたら、それはきっと、別のフェイトさんなんですよ。フェイトさんであることには変わりありません」
「ありがとう」
「いえ。少しは気が晴れてくださればそれでいいですよ」
「僕のこともフェイトでいいから」
「はい、フェイト。これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ」
そしてフェイトは立ち上がった。
「どちらへ?」
フェイトは決意を目にして答える。
「僕も、行く」
「ですが」
「人が苦しんでいるのに、僕だけがこんなところで待っているのは嫌だ。助けられる命なら助けたい」
「ですが、もうネル様たちは行ってしまわれましたよ。あの門を開けることができるのはもう他にほとんどいません」
「それでもさ」
フェイトは真剣な表情で見つめる。
「ディオンから陛下にお願いすることはできないのかい?」
「ぼ、僕なんかが陛下になんて、とてもじゃないですけど無理ですよ!」
「それなら──私からお願いしてやろうか」
聞きなれない男の声がした。
二人がそちらを見つめる。ディオンが驚いて立ち上がった。
「ぶ、ブルー様! こちらへ戻ってこられていたのですか」
フェイトの全く知らない相手であった。だがディオンが敬語を使っているのだから、相当高い地位にいることは分かる。
「君がフェイト君か」
「あ、はい」
「初めまして。私はブルー・レイヴン。【風】の師団長だ」
「じゃあ、ネルさんの」
「ああ、部下にあたるな。話は聞いている。封印洞をあけるには師団長以上の人間でなければならないからな。ただ私が一緒に行くわけにはいかない。何しろ戻ってくるなりルージュの件があったからな。ましてネル様が単独行動を取られているのでは人手が足りん。信頼できる部下をつけよう」
「ありがとうございます。でも」
「厚意は取っておいた方がいい。君がこの国のためにどのようなことをしてくれたのかということは聞いている。シーハーツの民の全てが君に感謝していると思ってくれていい。それに、君が助けようと思っている少女はこの国の民なのだ。民を助けるのは国の義務だと思ってくれればいい」
少し冷たい印象があったが、誠実で信頼できる人のようだった。フェイトは深く頭を下げる。
「分かりました。ありがたくお言葉に甘えさせていただきます」
「ああ。先に大聖堂に行っていてくれ。後で部下を出そう」
フェイトは頷くと駆け出す。
「あ、フェイト!」
「大丈夫、ディオン。君はそこで待っていて!」
フェイトは走り出す。
ようやく、何かを見つけ出したかのように。
(守るんだ)
何者かは分からない。だが【もう一人の自分】が守ろうとした少女。
自分が守らずして、他に誰が守るというのか。
(絶対に僕の手で、守ってみせる)
一方その頃。
アーリグリフから一騎の飛竜がシランドに向かっていた。
「それにしても旦那もそこまでして決着つけたいんですか?」
飛竜を駆っているのは無論【黒風】のリオン。そしてその後ろに経っているのは【歪】のアルベル。
「てめえには関係ねえだろ」
「おおありっすよ。【漆黒】のTOPスリーがいなくなるんですからね。副団長もいないってのに。あーあ、クレイオたちかわいそー」
「クレイオなら十分に【漆黒】を率いることができるでしょう」
そのすぐ後ろには表情を見せない【黒天使】のサイファ。まさにトップスリーの揃い踏みであった。
「それで、目的地は結局あの【星船】でいいんですか?」
「ああ」
途中から目的地がシランドからさらに北の【星船】不時着地点に切り替えていた。
「本当に来るんですか?」
「ああ、きっとな。あのクソ虫は絶対に、問題のあるところに来やがる。このまま飛べ」
「はいはい」
リオンは何故か楽しそうに笑う。
「何が面白い」
「べっつにー」
SELF CONTROL
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