Another Fate
第5話 SELF CONTROL
「えっと、君が?」
フェイトの前に紹介されたのは、フェイトよりも頭二つは小さい女の子だった。
「はい♪ クレセント・ラ・シャロムといいます♪ このたびはどうぞ、よろしくお願いしますっ♪」
歌うような声で挨拶をされる。こんな華奢で小さな子で本当に大丈夫だろうかとブルーを見る。
「こう見えてもこいつは二級構成員だ。実力はファリンやタイネーブと同等だよ」
「そうなんですか」
「あははーっ♪ 私もこの外見のせいで、あまり年齢通りには見えませんからね♪」
「いくつなの?」
「今年で二十一です♪」
「え、年上!?」
さすがに驚いた。確かに見た目十四、五歳だったから、せいぜい自分と同い年か、一つか二つ下くらいだと思ったのだが。
「その言い方は、ちょっと傷つきました♪」
笑顔で歌うように言われても、本当に傷ついているのかが分からない。
「クレセント。あまりフェイト殿を苛めるな。国の救世主だぞ」
「分かってます♪」
クレセントが答えて「それでは行きましょう♪」とフェイトの腕を取って、ブルーが開いた地下洞への階段を下りていく。後方から「やれやれ」というブルーの声が聞こえた。
「ちょ、ちょっとクレセントさん」
「クレセント、でいいですよ♪ この下は一本道なんですけど、その先がすごい複雑ですから、しっかり捕まっててくださいね♪」
「いや、だから……」
どこまでもこの娘のペースだ。口を挟む隙すら与えてくれない。
「フェイトさんの話は私もうかがってますよ♪ 救国の英雄で、ネル様と恋仲なんですよねー♪」
そうやって言われるとさらに自信がなくなってくる。
自分が、この国を救った英雄だなどと、いったいどうしてそんなことになるのだろう。
確かにネルたちに協力したのだろうし、銅も手に入れたのだろうし、戦争を勝利に導いたりもしたのだろう。
だが、その記憶が自分にはない。
「クレセント。僕は、全然その時の記憶がないんだ」
「はい、そううかがいました♪」
「正直、僕は僕がそんなことをしたなんて信じられない。それなのに、君はそれを聞いて信じられるのかい?」
「はい♪」
どうしてそこまで無制限に信頼ができるのだろう。
「多分それは、自分に自信がないからですよね」
少し声のトーンが落ちる。え、と隣に立つ小さい彼女を見つめる。
「私もそうですから♪」
「クレセントが?」
「はい。だって私、ペターニ領主のシャロム家の長女ですから、色々と見られるんですよ」
「どうして?」
尋ねるとクレセントは目を丸くしてまじまじとフェイトを見た。
「あ、ご存知ないんですね。ペターニ領主は以前から反乱の容疑がかかってるんですよ。まあ、根も葉もない噂なんですけどね。それも大貴族となると必ず出る噂なんですよー」
とほほー、と彼女の後ろの空気が声を出している。なかなか面白いキャラクターだ。
「でも、それは家の話だろ。クレセントはクレセントじゃないか」
ぽかんとした様子で、クレセントはフェイトを見つめる。
「……そうですよねっ♪」
しばらくの間の後で、嬉しそうにうんうんと頷いた。
「フェイトさん、フェイトさん♪ フェイトさんは本当にネル様と付き合ってないんですか?」
「……僕から告白したことになってるみたいだけど、僕の記憶にはないから」
「じゃあ、私がフェイトさんの恋人に立候補しちゃ駄目ですか?」
どうして突然そんな話になるのか、逆にフェイトの方が目を白黒させる。
「ど、どうして」
「だって、私はフェイトさんのことを知らないですけど、フェイトさんのことが好きになれそうですから♪」
「いや、だからって」
「フェイトさんも私のこと知らないですよね? 私、自分のことをよく知っている人とは絶対うまくいかないと思ってるんです。何しろ、シャロムっていうだけで色眼鏡で見られますから。でもフェイトさんはそうじゃないですし♪」
「だけど僕はこの国の人間じゃないし、いやそうじゃなくて」
「それにフェイトさんだったら、私の本性を見せても大丈夫そうですし♪」
小悪魔のような笑み。その笑顔にフェイトは何故かただならぬ恐怖を感じた。
「何か?」
笑顔で尋ねてくるクレセントにフェイトは大きく首を振った。
「いや、急ごう」
話はそこで切り上げることとなった。
クリフたちは岩場の陰に身を潜めていた。
その向こうにバンデーン艦が不時着し、その回りにバンデーン人たちがライフルを持って見張りをしている。
「入口は開いてるな」
「はい。わざわざライフルを持った兵士が構えているということは、目視でなければ回りの様子が分からないということです。つまり、温度センサーやレーダーは故障しているということですね」
「てことだな。逆に言えば、それ以外は稼動してるってことだ」
「はい。入口の開閉もできますし、おそらくは──治療設備も」
クリフとミラージュは頷く。見れば、見張りに立っているバンデーン人は全部で五人。
「一気にいきますか?」
「ああ。時間はかけねえよ。ネル、お前は後から来な。あの武器で撃たれりゃお前だって危ないんだぜ」
「分かった。この件についてはあんたたちの方が詳しいからね。素直に従うよ」
「OK。それじゃミラージュ、行くぜ」
「はい」
そして、二人は風よりも早く動く。
バンデーン人たちが気付くが、その時には二人は既に五人の中に入り込んでいた。
訓練されたバンデーン人といえど、身体能力で勝るクラウストロ人にかなうはずがない。あっという間に、それこそ銃を撃つ暇すら与えず、二人は五人を叩きのめしていた。
「後々吹き返すとやっかいだな、ミラージュ」
「──はい」
二人とも、戦士の顔だった。
フェイトの前では極力おさえていたが──そう、この二人は宇宙中の危険と隣りあわせで生きてきたのだ。
当然、自分の体が血で汚れることなど、厭わない。
何のためらいもなく、五人の息の根を止めた二人の手際のよさに、ネルは戦慄すら感じた。
(私は、こんなヤツラを相手にしてたってのかい?)
今までは手加減でもしていたかのような動き。いや、実際していたのかもしれない。
「来い、ネル! やるぜ!」
その声に反応して飛び出す。この辺りは自分もやはり戦士だ。
そうだ。ためらっている場合ではない。この国を、そしてフェイトを守るのは自分なのだから。
「待ってなよ、フェイト」
クリフとミラージュが入っていったバンデーン艦の中へ、ネルも飛び込んでいった。
「あれか」
アルベルは眼下にその巨大なバンデーン艦をとらえた。そう、あの船が現れた瞬間に、あのクソ虫は言った。
『バンデーンの戦闘艦……』
信じられないものを、ここにあってはならないものを見る目で。
あれが相手が反則だが、その中にいるのが普通の人間と変わりないのならば、自分にだって勝機はある。
「あそこだ」
バンデーン艦を貫いたシーハーツ城の閃光。それが巨大な穴となって、竜が入り込めるほどの大きさになっている。そこの修復に数人のバンデーン人が作業をしている。武器のようなものは一切持っていないようだ。
「行くぜ」
「って、飛び降りる気っすか。高いっすよ」
「だったらさっさと降下しろ!」
「アイサー」
リオンが一気に高度を落とす。その時ようやくバンデーン人もその奇妙な飛行物体に気付いたらしく、何事かと上を振り向く──が、遅い。
「双破斬!」
その剣が、一人のバンデーン人を切り裂く。そして、続けて飛び降りてきた無表情の女性がその細剣を閃かせる。
「奥義──夢幻!」
別のバンデーン人の懐に入り、鋭く何度も切り裂く。
「ったく、無茶するなあ二人とも。おい、お前は戻ってていいからな。呼んだらまた来てくれや」
そう竜に語りかけたリオンも飛び降りてその長剣を振り下ろす。
「旦那直伝! 空破斬!」
空中で振り切った剣から衝撃波が放たれる。それが最後のバンデーン人に致命傷を与えた。
「いい加減、俺の物まねはやめろ」
「えー、いいじゃないすか。いい技はみんなで共有しないと」
「黙ってろ。行くぞ」
その穴に飛び降りたアルベル。そしてそれを追うサイファ。
「やーれやれ。まったく旦那も頭固いんだからなあ」
そして残ったリオンもまた、その中に飛び込んでいった。
そして、二人が到着する。
既に三人は中に入ってしまったのか、入口にいた五人のバンデーン人はいずれも絶命していた。
「どうしますか?」
「もちろん行くさ」
クレセントに促されてフェイトは剣を構えて言う。
「では、がんばりましょう♪」
「ああ」
フェイトはその中に入っていく。
バンデーン艦の構造はどことなく護送艦ヘルアに似ていた。戦闘機能はついていても、基本的に輸送を目的としているのだろう。ただ、この星を抑え込むだけならばこの艦でも十分だということだ。
「ナメられたもんだな。でも、だとしたらそれほど人数はいないはずだ」
フェイトはクォッドスキャナーを取り出して、近くに何があるのか、そしてバンデーン人がいないかを探る。おそらくは相手も同じように探ってきているだろう。
「クレセント、気をつけて。敵はどこにいるか分からないから」
「はい♪」
そしてフェイトは通路を走っていく。クォッドスキャナーに敵の気配はない。範囲を拡大すると、この艦内に生体反応が六十ほどある。
(全員が戦闘員じゃないとしても、保安部隊が必ずいる。外で倒されていたのが一組だとすると、おそらくは戦闘員があと三組くらいか。士官が二十人弱。あとは料理や機関、医療に関連する非戦闘員だな。医療班はなるべく生かして捕らえたい。でも、うまくいくだろうか)
医療装置があると思われるところを目指して進む。すると、クォッドスキャナーの表示で、次々に生体反応が消えていく。
(これはクリフたちか? でも、もう一組暴れてるチームがあるぞ?)
少なくとも三人パーティが二組いるのは間違いない。どこかで味方を手に入れたのだろうか。
(でも、どっちにしてもバンデーンの敵なら僕らの敵じゃない。僕らは素直に医務室を目指そう)
スキャナーでそれらしき装置を発見すると、その部屋に飛び込む──ビンゴ。
そこには三人のバンデーン人がいたが、武装はしていない。
クレセントの投げナイフが、三人の体に刺さる。そしてフェイトが一人に体当たりした。
「動くな!」
呼吸を荒くして相手に剣を突きつける。
「お前達もだ! 死にたくなければその場に伏せろ!」
怪我をしたバンデーン人たちは、痛みに耐えてその場に伏せる。クレセントが手際よくそのバンデーンたちを縛り上げた。
「おい、この装置で気胸を治すことはできるのか?」
だがバンデーン人たちは答えない。フェイトが脅しで剣を相手の喉(?)に突きつける。
「我々の科学力を甘く見るな。その程度のことができないはずがないだろう」
「よし。チュートリアルは機械に内臓されているな?」
無論、それがあるのだとすればここにいる三人のバンデーン人は用無しだ。簡単に答えることはできなかっただろう。
「お前が答えないのなら、他の奴に聞く」
フェイトも手段は選んでいられない。いよいよ剣が相手の皮膚を押し込んでいく。
「は、入っている」
「よし」
一旦剣を離した。それでバンデーン人も大きく息をつく。表情が分からないサメ型のバンデーン人だが、やはり恐怖などの感情はあるらしい。
「コンピューター。聞きたいことがある」
『どうぞ』
はっきりとした声で答える。
「今この艦に支障が出ているところを教えてくれ」
『推進力ゼロ。クリエイションエンジンがありませんので、新しいものを組み込んでください。外郭上部と下部に亀裂がありますので、修復しなければ航行不能です。外部レーダーが取り外されていますので、新しいものを取り付けてください』
「ありがとう。それじゃ、医療装置は使える?」
『問題ありません。ですが、エネルギーが足りないので、補充が必要です』
「全く使用不能?」
『いえ。簡単なものなら使用可能です』
「気胸は治せる?」
『十分です』
フェイトは頷く。だが、それだけではまだ完結ではない。
「じゃあ、この近くの町からこの艦に収容転送することはできる?」
『距離によります。転送装置は転送ルームで行ってください』
「先に性能だけ教えてくれないか。どの程度の距離ならカバーできる?」
『五万キロ圏内であれば自由に可能です』
考えてみれば、宇宙空間にある艦から地表に転送できるのだから、ここからシランドまでなど雑作もないことだろう。
「分かった。ありがとうコンピューター。また呼ぶかもしれないけど、よろしく」
チュートリアルを終わらせると、フェイトはバンデーン人たちに尋ねた。
「この艦の構成人数は?」
「そんなことを調べてどうする」
「まだ立場が分かってないようだから言っておくけど、君の命を握っているのは僕だ」
「貴様にはできまい、フェイト・ラインゴッド」
名前を言い当てられ、一瞬フェイトは怯む。だが、自分を狙っているということを思い出して気をひきしめた。
「何故?」
「貴様は人を殺したことなどないからだ」
「殺したよ、もう。何人も」
正確には【もう一人の自分】がやったことであって、自分にはその記憶がないが、それはこの際関係ない。
「今さら一人や二人増えても変わらない。君が非協力的なら、他の協力的な相手を頼むよ」
「ふん、やれるものなら──」
バンデーン人が言い終わらぬうちに、音もなく忍びよってきていたクレセントが微笑みながら、バンデーン人の手をナイフで貫いていた。
「ぐああああああっ!」
だがクレセントはにっこりと笑って言う。
「フェイトさんはあまりそういうの苦手かもしれませんけど、私は仕事柄、拷問とかもしなきゃいけない立場ですから♪」
そしてクレセントは怯まずもう片方の手も貫く。
「強情な方ですね。別に話してくれなくても構わないですけどね。あなたの苦しみを見た残りの二人が必ずやしゃべってくださるでしょうから♪」
「ま、待ってくれ」
息も絶え絶えにバンデーン人が答える。
「六十二人。だが、既に何人かは貴様等に倒されている」
「バンデーンが僕を狙う理由は、お前は知っているのか?」
「兵が目的を知っているはずがなかろう──本当だ! 何も知らない」
クレセントがナイフを振りかぶったのを見て声を大きくするバンデーン人。フェイトが彼女を手で制すると、クレセントは微笑みながらナイフを下げた。
「じゃあ──」
まだ幾つか質問しようとしたかったが、その医務室に来客があった。
「──やっと見つけたぜ」
現れたのは──アルベル・ノックス。
THIS ILLUSION
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