Another Fate

第6話 THIS LLUSION






 アルベル・ノックスは苛立ちを全く隠せなかった。そもそも隠そうとするようなタイプではなかったが。
 原因は目の前にいる蒼い髪の男。この男に会うためだけにここに来たようなものだ。その意味ではこれで目的は果たせる。
 では何のためにこの男に会おうとしたのか。
 決着をつけるためか?──それもある。だが、そもそも真剣勝負はあのベクレル鉱山で、自分が敗北したということでついてしまっていると言ってもいい。認めたくはないが。
 ではいったい何故、自分はこの男に会おうとしていたのか。
 苛立ちの理由はそこにある。
 会って戦い、相手を打ちのめす。それでもいいような気はするのだが、違う。
 自分の心を取り巻く靄を取り外したいが、その靄の正体が見えない。だから苛立つ。
「クソ虫が」
 そして抜いた剣を構える。フェイトも立ち上がって剣を構えようとした。
「誰だ?」
 ──だが、そのフェイトの口から出た言葉が、アルベルの表情を変える。
 まず、その言葉の意味を把握するように。そして、徐々に怒りへと。
「何、言ってやがる」
 つとめて冷静に搾り出した声が、アルベルの苛立ちを如実に表していた。
「フェイトさん、下がってください」
 クレセントが前に立ってダガーを構える。いつもの歌うような様子ではない。真剣な、危機感にあふれる表情だ。
「彼は、敵国アーリグリフの将軍、【漆黒】を束ねる【歪】のアルベルです」
「どけ」
 アルベルはクレセントなど眼中にないかのようにずかずかと近づいてくる。
「フェイトさんは殺させません」
「貴様には関係ねえだろ……避けねえと殺すぞ」
 アルベルの一閃で、ダガーごとクレセントの体が弾き飛ばされる。
「クレセント!」
「人の心配してる場合かよ」
 アルベルはへっぴり腰のフェイトの胸倉を左手で掴み上げる。ぐう、とフェイトが唸る。
「どういうつもりだ、てめえ」
「どういうって、何がだよ」
「その初めて見るような顔は何だって言ってんだよ!」
 何と言われても、記憶のないフェイトには答えようがない。かわりにクレセントが言った。
「無理を言わないでください! フェイトさんは記憶を失くしているんです!」
 それを聞いたアルベルがまた目を丸くする。
「……本気か」
 掴み上げられながらも、フェイトは何とか頷き返す。
 アルベルは黙り込んだ。
(俺はいったい、何のためにこいつに会いに来た?)
 戦うためか。
 違う。
 協力するためか。
 違う。
 ではいったい、自分はこの男に何を求めていたのか。
 そして答えてくれる男はいったいどこに行ってしまったのか。
「ふ……ざけるなぁっ!」
 アルベルはそのまま片手でフェイトを放り投げた。床に崩れ落ち、そのフェイトに馬乗りになって両手でフェイトの胸倉を掴み上げる。
「記憶がねえだと。そんなのは認めねえ! 俺と決着をつけろ。ベクレル鉱山での借りを今すぐここで返してやる!」
「何を言ってるのか分からない。僕は君に何をしたのかもしらない。それなのに、僕にそんなことができるはずがないだろ!」
 それでも気丈に言い返す。ふん、とアルベルは鼻を鳴らす。
「テメエの事情のなんか知ったことか。とにかく俺はお前に会うためだけにここに来たんだ。今すぐ俺と戦え。今すぐ記憶など取り戻せ!」
 無茶なことを言う。それを聞いたリオンが苦笑した。サイファはただその様子を寂しげに見つめている。
 客観的に見ているサイファだからこそ、アルベルが何故憤っているのかが分かる。だが、それは自分から言っても仕方のないことだ。逆に言うことでアルベルの本当の気持ちが歪められてしまう可能性がある。だから彼女は何も言わなかった。
「記憶を取り戻させて、君はどうしたいって言うんだよ!」
「どうもこうもねえ! いいからさっさとしやがれ!」
 もはや会話が成立していない。その二人に向かって、クレセントが飛び掛った。剣を放り投げていたアルベルはその体当たりを受けて床に転がる。
「フェイトさんを傷つけるのは許しません。聞いていますよ、【歪】のアルベル。あなたはフェイトさんに敗れて、命を助けてもらったくせに逆恨みして夜襲をしかけ、多くの被害を出した。私の友人も、あなたが夜襲をしかけてきたときに亡くなりました」
「はん、そんなのは弱いせいだろうが。戦場に出てきておいて、恨み言を言うんじゃねえよ」
「戦いの中で亡くなったのなら、それも戦場のならい、私も繰り言は言いません。でも、あなたの戦いは私利私欲で行われたもの。あなたがしたのはただの弱い者イジメです。そこらのゴロツキと何も変わりません! アーリグリフの将軍というのはそんな誇りも何もないものなのですか!」
 その言葉が、アルベルの心を打つ。
 それはあの夜襲をしかけた時に、兄であるヴァンが言った言葉と全く同じものだった。
「黙れ……」
「いやです。私はフェイトさんの仲間です。私たちは仲間を助けるためには自分の命だって賭けられます」
 そしてアルベルを睨みつける。
「仲間だと?」
「そうです。私の数少ない、大切な仲間です」
「何故そう言い切れる。そいつはグリーテンの人間だろうが」
「そんなことは関係ありません。私にとって仲間とは、私自身を見てくれる人のことだけですから。フェイトさんほど、私をしっかりと見てくれる人は他にいません。私の命にかえても、フェイトさんを守ります」
「仲間……」
 だが、そのクレセントの言葉が、アルベルに変化を与えていた。
 その言葉の中に出てきたキーワード。それが、自分を苛立たせている原因なのだ。
 そう。
『僕は君を仲間だと思っている』
 その言葉だ。
 フェイトが言ったその言葉。何故、会ったこともない、敵国の人間を仲間だと思おうとしたのか。自分にそれだけの価値があるのか。
「そうだ……何故」
 アルベルの目がフェイトに注がれる。
「何故お前は、俺を仲間と言った?」
 靄の正体は、それだ。
 彼が自分を仲間だと呼ぶ理由が知りたくて、それを解明するためにここまで来たのだ。
 フェイトは敵のはずだった。それなのに、夜襲をして、彼の仲間をたくさん殺したとき、彼の言葉を聞いたときに生まれた感情は──罪悪感。
 謝罪をしたかったのだろうか? いや、それも違う。確かにその気持ちはないとは言えないが、それだけではない。
(仲間になることを求めていた──?)
 信じられない。
 この目の前の、明らかにひ弱な男に、仲間となりたいだなどと。いや、それどころかリオンやサイファまでいながら、この目の前の人物の方を求めているだなどと。
(俺は、こいつに)
 友情でも感じていたのだろうか。それを裏切ったから罪悪感が生まれているのだろうか。
「阿呆が」
 小さく呟く。それが誰に向かって放たれたものかは自分でも分からなかった。
「おい、貴様には聞きたいことが山ほどある」
 アルベルから闘気が消えた。もはや戦闘を継続する意思はなかった。
 それは、フェイトに対するこだわりが自分の中で消化されたからに他ならなかった。そして、本当に記憶喪失だというのなら、彼が何故自分を仲間と考えていたのかを確かめる術がないということもはっきりとしていた。
「俺を待たせた罰だ。もし記憶が戻ったらアーリグリフまで来い。少なくとも貴様が俺のことを仲間だと思っているのなら、それくらいの誠意を見せてみろ」
「仲間?」
「貴様がそう言ったんだ。忘れるんじゃねえ……早く来ねえと、殺しに行くぞ」
 振り返ると、縛っている髪束がぴょこんと揺れた。
「それから、貸しをもう一つ作っておいてやる。ここにいるサメどもは俺の方で片付けてやる。あとは好きにしやがれ」
「アルベル」
「すぐに来なかったら、地獄に送ってやる」
 恐ろしいことを平気で言って、アルベルはその部屋を出ていった。そして、はあぁ〜、とクレセントがその場にへたりこむ。
「怖かったです〜♪」
 するとクレセントはそのままフェイトのところに近づいてきて、腕を絡めた。
「ちょ、ちょっとクレセント」
「ごほうびごほうび♪」
 クレセントはにこにこ笑ってフェイトにおねだりする。困ったフェイトがとりあえず彼女の頭を撫でると、本当に心から嬉しそうに笑顔を見せて喜ぶ。
「ありがとうございます♪ あ、でも、私がフェイトさんのことを仲間だと思っているのは本当ですから♪」
「それは僕もだけど……」
 ただ、フェイトにも気になることがあった。
 彼女は自分のことを、数少ない大切な友人だ、と言った。
 彼女のように誰にでも明るい、気さくな性格の人間であれば、十人いたら十人が好きになりそうなタイプだと思うのだが。
「それじゃあ、この人たちはどうしますか?」
 改めて立ち上がると、この部屋には先ほど縛り上げた三人のバンデーン人がいる。最初にクレセントの投げナイフで怪我をしているため、非常につらそうな様子だった。
「一応手当てだけしてあげてくれるかい? あ、機械は使わなくてもいい──ていうか、使い方分からないか」
「はい、すみません♪」
「いやいいよ。クレセントのせいじゃないし、どのみち使うつもりはないから。エネルギーが残り少ないみたいだから、アミーナを治すので精一杯だろうからね」
「分かりました♪」
 そしてフェイトは改めてバンデーン人を見る。
「最後に一つだけ確認させてもらうけど、バンデーンは僕を捕らえるのが目的だったのかい?」
 確認であった。バンデーン人が深く頷いたのを見て、フェイトはため息をついた。






 ブリッジは凄惨な戦場と化した。
 当然バンデーン人もクリフたちが攻め込んで来ているのは分かっている。だからこそ完全武装で抵抗した。
 だがネルが煙幕を炊いて相手を怯ませているうちに、クラウストロコンビがブリッジに突入して一気に勝負をつけてしまった。二人の拳が次々にバンデーン人の命を奪っていく。ネルも大刀を振り回して次々にバンデーン人を殺害していく。
 そうして、このブリッジは完全に占拠された。
 三人の他に生存者はいない。敵将は生かして捕らえたかったのだが、逆に自害されてしまったのだ。
「ちっ。これじゃバンデーンの狙いが分からねぇな」
「仕方がありません。それにマリアが来ればだいたいのことは分かるようになりますよ」
「うっし。それじゃ残党を倒しに行くか」
 と、クリフがクォッドスキャナーを取り出して敵兵を確認すると、ほとんど生体反応はなくなっていた。それも勝手にだ。自分たちが倒したわけではなく。
「誰かが暴れまわってるみてえだな」
 それがよもやアルベルだとは、クリフは全く予想もしていない。
「まだ何人か動き回ってるみてえだが──」
 その直後、クリフの元に着信が入った。
『クリフ?』
「フェイトか。こっちはあらかた片付いたぜ」
『ああ、そのことなんだけど──』
 そしてフェイトが説明を始めた。ブルーとクレセントの協力でここまで連れてきてもらったこと、治療装置は確保したこと、アルベルと遭遇したことなどが簡単に伝えられる。
「……お前、何を無茶してんだ」
 クリフはため息をつく。彼のためを思って置いてきたというのに、単独行動をされたというのなら意味がないどころか、捕まったりしたときのことを考えるとかえって迷惑だ。
『ごめん。でも、僕も誰かを助けられるんだったら、絶対に助けないといけないと思ったから』
「分かってるよ。記憶失くす前と違って、本当に面倒の見がいがあるな、お前は」
 やれやれという感じで呟くとフェイトから『どういう意味だよ』と突っ込みが入る。
「決まってんだろ。前の奴は何でも自分が分かってるって感じで、見てて安心できるタイプだったからな。それに比べてお前は手がかかるってことだよ」
『悪かったな』
「悪くねえよ。それどころか、俺としてはあのいけすかない感じの前のお前より、感情むき出しの今のお前の方が好感が持てるぜ」
『え?』
 画面に映るフェイトの顔が驚きで素に戻っている。
「ま、とにかくあんま無茶すんな。今からそっちに行く。どうやらだいたい船の中も片付いたみてえだしな。そこにあと四人いるみたいだが、そいつらは?」
『一人がさっき言ったクレセント。あと三人はバンデーン人で捕らえてある』
「バンデーンの動きとか、分かるのか」
『そこまでは。本当に知らないようだけど』
「そうか、分かった。こっちも捕らえようとしたんだが、艦長が自害しちまってな。バンデーンのことを理解するちょうどいいサンプルだ。逃がすんじゃねえぞ」
『分かってるよ。二人で見張ってる。それから、壊れたエンジンルームの近くに転送装置があるんだ。それを使えばシランドに行くのも、それからアミーナを収容することもできる。そしてこっちの治療装置なら、十分にアミーナを治療可能だ』
「大手柄だな、フェイト」
 褒めるとフェイトも嬉しそうに頬をかいた。
「それじゃ、すぐに行くから待ってろよ。ま、ついたらお仕置きだからな」
『お手柔らかにね』
 そうして通信が切れる。それを見ていたネルが「ふうん」とつまらなさそうに言った。
「なんだ?」
「いや、クレセントが一緒に来たっていうのが解せなくてね」
「何か問題があるのか?」
「その逆。師団の枠を超えて、すごい人気のある子だからさ」
 フェイトもその色仕掛けに引っかかったのではないか、と気をもんでいるのだろう。
「やれやれ。フェイトも罪つくりだぜ」
 肩を竦めると、ネルから厳しく睨まれた。





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