Another Fate

第7話 DEPEND ON YO






 そういうわけで二チームは無事に合流した。ネルを見た瞬間、少しだけクレセントの肩がすくんでいた。
「待たせたな、フェイト」
 クリフは近づくなりフェイトにヘッドロックをきめる。
「大人しく待ってろっつったのに、何をこんなとこまで来てやがるんだ、お前は」
「いたい、痛いって、クリフっ」
「だいたいお前はなあ」
 と、そこまで言ったところで、そのクリフがミラージュによって腹に一撃を与えられ、その場に崩れ落ちた。
「お疲れさまです、フェイトさん」
 そしてにっこりと微笑む。相変わらず年上美人の笑みに、瞬時にフェイトの顔が赤らむ。無論、その様子をネルもクレセントも見逃してはいない。
「ミラージュさんも、怒ってますか」
「いいえ。別にクリフも怒ってるわけじゃないんですよ。ただ、心配はしますね」
「すみません」
「いいんです。フェイトさんがしたいようになさってください。私たちはフェイトさんをカバーするのが役目なんですから」
「ありがとうございます」
 どうもこの女性には頭が上がらないらしい。考えてみると、美人でなおかつ逆らえない雰囲気を持っている女性というと、すぐ身近に具体例があるので、そのせいなのかもしれない。
(母さんとミラージュさんか。どっちの方が怖いかな)
 どっちも怖いという結論に達するのに一秒もいらなかった。そんな考えを知ってか知らずか、ミラージュはただ微笑むばかりだ。
「でも、クリフじゃないけど本当に心配させるんじゃないよ」
 ネルが近づいてきて、小さくゲンコツを作って、コツン、とフェイトの頭を突く。
「ごめんなさい、ネルさん」
「まあ、アンタがそういう奴だってのは分かってはいるんだけどさ。でも、今のアンタは記憶を失くしてるんだ。無茶をしないでおくれよ」
「はい──でも、僕は前からそんな行動をしていましたか?」
 自覚がないというのがこれほど聞くものをおかしくさせるものなのか。ミラージュが苦笑し、ネルまでが思わず失笑した。フェイトだけが憮然としている。
「いや、ごめんよ。アンタはいつも無鉄砲だったよ。何しろ、敵の陣地に少人数で殴り込みをかけるようなこともしたし、敵国の、それもドラゴンの住処にも行った。戦争では劣勢を跳ね返すために敵将と直接対決にも持ち込んだ。アンタの武勇伝なんて山ほどあるよ。そのどれもがシーハーツの生きる伝説さ。あと数ヶ月もすればアンタのことを書いた本が山ほど並ぶよ」
 さすがにそれは勘弁してほしいと思うが、そうした表現の自由──そんな人権の考え方がこの星にあるかどうかなどフェイトは知らないが──を止めることはできない。少なくとも彼はそう考えている。
「でも、そんなフェイトさんは格好いいですよ♪」
 見せ付けるように、えい、とクレセントがフェイトの腕に絡みつく。あからさまにネルが嫌そうな顔をした。
「あ、いや、ネルさん。これはその、えっと」
「分かってるよ。気にしなくていいさ」
 ネルはクレセントに微笑むと、フェイトの頭をかき抱いてクレセントから引き離す。
「悪いね、クレセント。こいつを譲るつもりは全くないんだ」
 強気の台詞だった。ネル自身が、そんな台詞が自分に言えるとは思っていなかった。むー、とクレセントは唇を突き出す。
「ネル様が相手なのは大変ですけど、私も諦めませんから♪」
 負けじとクレセントはフェイトの腕に抱きつく。先ほどからそこに抱きついてくるのは、その場所が気に入ったからだろうか。
「駄目だね。私はフェイトから、たとえ記憶を失くしても私のことを好きだと言ってもらってるからね。フェイトには責任を取ってもらうよ」
「ちょ、ちょっとネルさん」
 さすがに記憶のない自分の台詞には責任を持ちたくないのだが。
「私だって、フェイトさんとは長い付き合いじゃないですけど、私にとってこれほど大切な方は他にいないんです。ネル様には負けません♪」
「いや、クレセント」
 にこにこ笑うクレセントを止めようとしたが、そのフェイトの台詞にこそネルはくってかかった。
「アンタ、クレセントのことは呼び捨てなのに、私のことはいつまで『さん』なんてつけてるんだい?」
「え、あ、いや、その」
「それは、私がフェイトさんにそうお願いしたからです♪ フェイトさんばっかり責めないでください♪」
「いや、だから……」
 もはや自分を通りこえてネルとクレセントが言い合いを始めている。ようやく起き上がってきたクリフがため息をついた。
「モテモテだなフェイト、おい」
 ここで何か答えようものなら、二人から攻撃されそうだったので、フェイトは何も言わなかった。
「さてと、そうしたらさっさと始めようぜ。アミーナをこっちに転送する」
「ああ。でもその前に誰か向こうに送らないと、突然アミーナが消えたら混乱すると思うから」
「そうだな。じゃあ説明できる奴がいかねえとな。俺かミラージュのどっちかってことになるが」
「では私が行きます。クリフはこちらに」
 控えめなミラージュが伝令役をかってでる。
「分かった。アルベルのおかげで他にもう残ってる奴もいねえみたいだし、さっさとやるぜ。アミーナの負担は軽い方がいいからな」
「はい。ディオンさんに事情を説明して、準備が整ったらこちらから連絡します」
「ああ。じゃ、待ってるぜ」
 そうして、ミラージュは転送ルームへ向かう。
「しかしそれにしても、なんだってアルベルはお前のところにやってきたんだ?」
 それはフェイトの方が聞きたかったが、彼の話を思い返して答えた。
「記憶が無くなっている間の話らしいけど、僕が彼を仲間扱いしたことを問いただそうとしていた」
「ああ、あの件か。そりゃまあ、気になるわな。敵だと思ってた奴からあんなこと言われりゃ」
「クリフも聞いてたのかい?」
「おぼろげにな。俺もあん時はひどい火傷で動けなかったからな」
「クリフがかい?」
「俺だって油断すりゃそうなるさ。ま、二度とそんな無様な真似はしないけどな」
 よほど悔しいのか、顔つきまでが変わっている。
「ま、その話は俺も聞きたいな。どうしてお前はアルベルを仲間だなんて思ったんだ?」
「だから、今の僕に聞かれたって答えようがないよ」
 結局はその無くした記憶をどうにか取り戻すしかないのだろうか。






 一時間ほどして『準備ができました』という連絡がミラージュから入り、転送装置を起動させる。
 コンピューターのマニュアル通りにフェイトが稼動させると、ミラージュ、ディオン、アミーナの三人が転送されてきた。
 アミーナももう目が覚めていたらしく、今は自分で立ち上がっている。
「フェイトさ──こほっ」
 声を出そうとした瞬間、アミーナが咳き込んだ。
「無理をしないで。アミーナの病気はここで治せるから」
「本当に、治るんですか」
「ああ。こっちだ。ディオン、彼女を」
「は、はい」
 突然の事態で混乱している二人をフェイトが誘導する。アミーナは歩くのがつらそうなので、ディオンが男を見せて彼女を抱き上げていった。
 治療装置に彼女を寝かせる。フェイトが「このまま横になっていてくれればいいから。何があっても驚かないで」というので、アミーナは少し怖がっている様子を見せたが小さく頷く。
 すぐにカプセルが起動し、彼女の体は治療カプセルによって覆われた。
「やっぱバンデーンの最新艦はこれくらい装備が充実してんだな。ディプロでもここまで性能のいい奴はねえぜ」
「そうですね。人命にも関わりますし、リーダーにお願いして、治療装置だけは常に最新にするようにしましょう」
 クラウストロコンビがそう言い、フェイトは一仕事を終えて安堵の息をつく。
「これでアミーナは治るんですか」
 まだディオンは半信半疑の様子だ。確かにフェイトたちがどれほど信頼があっても、見たこともない場所に連れてこられて、怪しげな機械に包まれたアミーナを心配するのは当然のことだろう。
「うん。コンピューターが間違いないって言っているから。ただ、これができるのは一回限りだ。もうこの艦にはエネルギーが残っていないから」
 だが、こんな物騒なものは存在しない方がいい。
 フェイトはこの艦を最終的には自沈させるつもりだった。この艦を直して宇宙に飛び立つことができるのならそれでもいいのだが、完全に消滅したクリエイションエンジンと動力炉を直すことができないのなら、それ以外のものは全て無駄になる。
 その前に、通信装置を使ってディプロと交信だけはしなければならないが。
「クリフ、ミラージュさん。アミーナの治療が終わるまで三時間くらいはかかります。その間に、交信をお願いできますか」
 なるほど、と二人は頷く。
「じゃあ、ディオンはここで待っていてくれるかい。三時間でカプセルが勝手に空くから、そうしたらもうアミーナは治っているから」
「分かりました」
 真剣な顔つきのディオン。そして彼は深く頭を下げた。
「ありがとうございました、フェイト」
「僕は何もしてないよ」
「いいえ。フェイトがいなければ僕たちは再会することはできませんでした。フェイトは初めからアミーナの体調をずっと心配してくださっていました。そしてそれは今も同じです。フェイトがいなければアミーナはもうとっくに亡くなっていたかもしれない。彼女が生き延びられたのも、治るのも、全部フェイトのおかげです。だから、ありがとうございます」
「うん。僕も、アミーナが元気で、ディオンと一緒にいてくれれば嬉しいよ」
 ディオンが嬉しそうに笑顔を見せる。フェイトは頷いてから、もう一度クリフとミラージュを誘った。
 三人がブリッジに行こうとすると、ネルとクレセントもついてくる。別段とめるようなことではなかったが、通信の内容はもしかするとまずいだろうかと思った。だがクリフたちが止める様子はないし、大丈夫だろうと判断する。
「それじゃあ、通信を行います」
 ミラージュが慣れた動作でコンピューターを起動させる。バンデーン製とあって使い勝手が違うだろうに、それでも使えるあたりがさすがミラージュというところか。
「……駄目ですね。やはり電磁障害が発生しています。いえ、これはただの障害ではありません」
 ミラージュが真剣な表情に変わる。
「どういうことですか」
「何といえばいいか分かりませんが、このエリクール二号星が、封鎖されている状態だと考えてくれればいいかと思います」
「封鎖!?」
 フェイトが声を上げる。クリフも眉間に皺が寄る。
「はい。まるで──いえ、そのものですね。このエリクール星系が特殊なシールドで覆われている、そんな感じです。おそらく内側からも外側からも完全に遮断されています」
「じゃあ、ディプロは」
「はい。ここに来ることはおそらくできないでしょう」
 クリフの問にミラージュが静かに答える。
「おい、そりゃまずいぜ。親父さんの件もあるし、なにしろマリアに合流できないとなると、俺たちはどうすりゃいいんだ?」
「分かりません。リーダーがこのシールドを解除してくれるかどうかが問題になりますが……」
 フェイトにもその二人が何で悩んでいるのかということは分かる。
 だが、そのような特殊なシールドについての知識はフェイトにはない。おそらくクリフにもミラージュにもない。だからこそ、こちらからは手が打てない。
「でもよ、前に一度通信自体はできたんだろ?」
「はい。クリフと合流する前ですが」
「じゃあその後でシールドが張られたってわけか。バンデーンの仕業か?」
「それは分かりません。ただ、現状でこの星系から出る手はずはないということです」
 ちっ、とクリフが舌打ちする。フェイトも床を蹴りつけた。
「何でこんなことになったんだ」
 フェイトの呟きに答える者は──
「教えてあげようか?」
 一人だけいた。
 五人が一斉にその声の方を見る。そこにいたのは小さな女の子だった。手にリンゴを持って、五人をじっと見詰めていた。
(気配を感じなかった)
 フェイトは声をかけられるまで、そこに人がいたことに気付かなかった。それはクリフたちも同じだったらしく、相手が少女でも警戒を怠らない。
 ただ、ネルだけがその子に見覚えがあった。
「アンタ、アップル?」
 それは、アリアスの村の住民だった。最後まで村に残っていた一家の娘。リンゴが好きで、母親にいつもリンゴを買ってほしいとせがんでいた女の子。
「あ、あなたは知ってたか、この体」
 アップルの言葉は年齢とかけ離れた大人びたものだった。それがますます警戒心を抱かせる。
「そんなに警戒しなくてもいいよ。この体でみんなをどうこうできるはずもないでしょ?」
「何者だ?」
 フェイトが冷静に尋ねる。すると、アップルは答えた。
「この子はこの間の戦争でお母さんを亡くしたの。それで心が壊れちゃったから、私がこの体をもらっただけ」
「心が、壊れた?」
「うん。私も横暴な神様のおかげで体を失くしてたから都合よくて。まあ、この子にはかわいそうなことをしたと思うけど、他に方法がなかったし」
 話が見えない。いったいこの少女が何を言っているのか。
「あなたは誰ですか?」
 尋ねたのはネルだった。すると少女は答えた。

「エレナ・フライヤって言ったら、信じてくれる?」





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