REDMPTION






 あの戦いから既に十年がすぎた。
 彼女たちクリムゾンブレイドも、当時はまだ十三、四の一般兵にすぎなかった頃の話。
 あの頃、国内で『最強』の名を馳せたのは、彼女らにとっては父にあたるアドレー・ラーズバード。
 だが。
 あれから十年の時が過ぎた。
 今度こそ『最強』の称号をかけて戦うときがきた。

 このシーハーツにおける『最強』は誰なのか。

 十年に一度、女王の宣言の下に開かれる、この戦い。
 この時期ばかりは、シーハーツ国内では仲間も味方もない。ただ『最強』の称号を手にするために、最後の一人になるまで戦い続けるだけ。
 ついに、この日がやってきた。
 そう、シーハーツ女王が、その宣言を、今、下す──



「ここに、シーハーツ『ジャンケンキング』決定戦の開催を宣言します!」



 おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!

 目の前の異様な盛り上がりに、フェイトは軽く目眩を覚えた。
 意味がわからない。なんだそのくだらない決定戦は。剣技とか施術とかなら分かるけど、じゃんけん。それで優勝したからといって何の価値があるというのか。
「あれぇ〜? フェイトさん、知らないんですかぁ〜?」
 ファリンも間延びした声なのに、やけにやる気まんまんという様子が見える。
「むかしぃ、アペリス様は、この地を作るにあたってぇ、トライア神とジャンケンをして勝ったんですぅ。だからアペリス教ではぁ、ジャンケンは神聖な決定方法なんですよぉ〜?」
「絶対嘘だ」
「だからこの十年に一度行われるジャンケン大会ではぁ、シーハーツの誰もが『ジャンケンキング』を目指して戦うんですぅ〜」
「意味分からないですから。その大会の価値も意義もぜんっぜん分からないですから」
「というわけでぇ〜、フェイトさんも〜、マリアさんも〜、ソフィアさんも〜、みんなシーハーツに住んでいるわけですから、参加資格は充分にありますからぁ〜」
「いらない。ほしくない」
「まま、そう言わずにぃ、娯楽の一つと思って気楽にやればいいんですよぉ。ほら、最初の戦いがもう始まりますよぉ」
 ファリンの言葉の後で、ラッセル執政官が言葉を続ける。
「全師団員、および全施術士、そして全官僚はすみやかに番号札を受け取ること。また、一般参加者は既に番号札を配布済みだ。これより十日の間はフリーバトルとなる。戦場はアリアス、ペターニ、シランドに限るものとする。クリア資格は100枚の番号札だ。では諸君、健闘を祈る」
 ラッセルの言葉もまた腑に落ちないところが多かった。ファリンに説明を聞く。
「城に所属している人だけでやるんじゃないの?」
「はい〜。これは国をあげてのイベントですから、参加希望者は一ヶ月前までに申し出て、あらかじめ番号札をもらっておくんですぅ。明日から街で会った人とジャンケンを交わして、勝った方が相手の持っている番号札を手に入れるんですぅ。そしてぇ、100枚になったらぁ、本戦の出場資格が手に入るんですぅ〜」
「じゃあ、十枚持ってる人と八枚持ってる人とかがジャンケンをしたら」
「当然、勝った方が十八枚持っていくことになりますぅ」
「だったら最初のうちは戦わないで、たくさん持ってる人から奪っていけばいいじゃないか」
「それがうまくいかないのがこのゲームの面白いところなんですよぉ。勝負を挑むのは、絶対に枚数が多い方からしか勝負を挑めないんですぅ〜。だからぁ、枚数が一枚だと、同じ枚数を持っている相手にしか勝負を挑めないのでぇ、最終的には誰にも勝負を挑めなくなっちゃうんですぅ。そして勝負を挑まれた場合はぁ、絶対に勝負から逃げるわけにはいかないんですぅ」
「じゃ、最初のうちは枚数を稼いで、あとは自分よりも少ない相手をどんどん狙っていくってことか」
「はい。もちろん、枚数の多い相手が挑みに来るまで待つ方法もありますけどぉ、勝負を挑まれないと終わりですからぁ、そういう冒険に出る人は少ないんですぅ」
 たかがジャンケンに随分としっかりしたルールがあるものだ。全く。
「馬鹿じゃないの、この国」
 いつの間にか近づいてきていたマリアが代弁する。
「ううぅ〜、マリアさん、ひどいですぅ〜」
「素直な感想よ。フェイトもそう思うでしょ?」
「まあね──って、マリア、その手に持っているお守りはなんだい?」
「ああ、これ? アペリス教のお守り。勝負事に強くなるって」
 やる気まんまんじゃないですか、姐さん。
 フェイトは大きくため息をついた。






 ちなみに、この戦いがアリアスやペターニでも行われるのは、単に任務地から全師団員をシランドに集めるのが事実上不可能なため、各地で人数をしぼり、そして残った全員をペターニに集結させて戦わせることになる。
 どこまでも馬鹿らしく意味のない戦いがここに幕を開けようとしていた。






 ──アリアス──

「ぽんっ!」
 アリアスでは既に師団員、一般参加者に番号札が配られ、各地で熱い戦いが繰り広げられている。
 見張りの兵士も任務を投げ打ってこのフリーバトルに全力を尽くしているのだから、この国大丈夫かと本気で思わなくもない。もっとも戦時中ならば大会自体開かれないのだろうが、こういう平時ならば問題ないのだろう。
 ヴァン・ノックスは深夜までかかって敵を倒しながら番号札を集めていた。今倒した相手から12枚の番号札を奪い取る。
「これで38枚か。随分集まってきたな。あと少しか」
「あら、ヴァン。随分と溜め込んでいるみたいね」
 首にかかっている38枚の番号札が、一斉に動く。そこにいたのは──
「く、クレア様」
「でも、ちょうどいいことを聞いたわ。私は今75枚。あなたの38枚を手にすれば、私はアリアスで一抜けね」
「親子制覇ですか。ですが、そうはさせません」
「いい度胸ね──勝負よ!」
 そして二人が身構える。【光】師団員は正々堂々がモットーだ。余計な小細工や駆け引きなどはない。
「一回勝負!」
「ジャンケン!」
 ヴァンが飛び上がる。クレアも空中へと飛び上がり、二人が交差する──
「ぽんっ!」
 ヴァンの唸るグーを、クレアがパーで押さえ込む。そしてそのまま、ヴァンを地面に叩きつけた!
「甘いわね、ヴァン。あなたはグーを出そうとするとき、不自然に右の顔が引きつる。それを直さないと私には勝てないわよ」
「そんな癖を見抜いているのはあなただけですよ、我が最愛の上司」
「じゃあ、これはもらっていくわね。大会とはいえ、仕事を休んでペターニにいけるのはいい身分というものね」

 クレア・ラーズバード。113枚、クリア。
 ヴァン・ノックス。GAME OVER。






 ──ペターニ──

「じゃあ、私はグーを出しますから♪ 手加減してくださいね♪」
 にこにこと笑った外側天使内側悪魔が腕を振る。
「じゃんけん、ぽん♪」
 相手がチョキを出したため、この小柄な金髪の女の子は順当に勝ち上がる。
「ありがとうございます♪ 私の優勝を願っていてくださいね♪」
 と笑顔でいいながら心の中で(ほんと男って単純でバカ)と毒づいていた。
(ま、これでフリーバトルは問題ないからいいけど。何があっても優勝しないといけないから)

 クレセント・ラ・シャロム。107枚、クリア。






 ──シランド──

「手加減はしないわよ」
 マリアは自分の前に立ちふさがった【炎】の構成員とにらみ合う。そしてお互いに手を出した、そのとき──
「重力の檻に取り込まれなさい!」
 グラビティビュレットが相手の体を包む。そして──
「じゃんけんぽんっ!」
 素早く、腕を振った。相手はその腕を振れずにいる。
「おそだし、ね。あなたの反則負け。これからは相手を選んで喧嘩を売ることね」
「ひ、卑怯、な……」
「卑怯? これはルール無用のバトルなんでしょう? あなたは戦う相手を間違えた……それだけのことよ」

 マリア・トレイター。121枚、クリア。






 そう、各地で有力者が順当に勝ち上がりを続けている中で、八日が過ぎてもまだ一戦もしていない人物がいた。
 フェイト・ラインゴッド。誰にも戦いを挑まず、誰からも戦いを挑まれていない。もっともこの時期まで来ると、もはや誰も一枚程度の番号札にはかまっていられない。枚数計算を重ねて、誰と戦うのがいいのかを冷静に見ている時期なのだ。
 そんな彼の下に現れたのが、真紅のクリムゾンブレイド、ネル・ゼルファーであった。
「あんた、何やってるんだい、こんなところで」
 こんなところというのは、シランドの自宅であった。このフリーバトルの期間中、家から外に出ず、誰とも戦わなかったのだ。
「別に。ただ、無駄に戦うことはできない」
「拒否は認めないと言ったはずだよ。それに誰かから戦いを挑まれたらあんたは受けなきゃいけない」
「それは国の都合だ。ぼくがジャンケンをする理由にはならない」
「約束を違えるというのかい?」
「僕はジャンケンをするなんていう約束はしてないって」
 ため息をつく。だいたい、たかがジャンケン一つでどうしてそこまで熱くなれるのかがフェイトには理解できない。
「それじゃああんたは私たちに、アペリス教の教えに背けと言っているのかい?」
「そういうわけじゃない」
「あんたの言っていることはそういうことさ」
 そんなわけあるか。だいたい、アペリスのジャンケンの相手がトライアってどういうことだ。
「ここに99枚の番号札がある。それにあんたの番号札を足して100枚」
「ネル」
「勝負だ、フェイト。逃亡は認めないよ」
「くっ……やるしかないのか」
 ネルがマフラーに顔をうずめて、上目遣いでフェイトを見る。フェイトも右腕を後ろに回してタイミングを計る。
 そして、二人が、動く。
「ジャンケン!」
 大きく右腕を──振る。
「ポン!」
 二人ともその手は、大きく開かれていた。
「嘘だろ!?」
「くっ……」
 表情を歪めるネル。だが、続けて二撃目が放たれる──
「あいこで!」
 二人の右腕がまた伸びる。
「しょ!」
 同じく右手を開いたネルに、フェイトは──指、二本。
「僕の勝ちだね」
 だが、敗れたネルも決して悔しそうな表情ではなかった。
「さすがだね、フェイト。負けたよ」
「でも、ネル。僕は」
「フェイト。あんたは自分のためにもこの戦い、降りたら駄目だ」
「どうして」
「この戦いに勝ち残って優勝したら、ジャンケンキングの称号と同時に、誰でもいいから参加者のうち一人に自由に命令できる権利が手に入るんだ」
 聞いてないから。
「……どうしてそういう」
「クレアだったらまだいいけど、ソフィアとかファリンに捕まったら何をされるか分からないよ? 苦しみたくなかったら勝ち残るんだね」
「……なんでみんなでそうやって、僕をジャンケン大会に出場させたがるんだい?」
 するとネルは笑って答えた。
「それが、アペリスの導きだからさ」

 フェイト・ラインゴッド。100枚、クリア。
 ネル・ゼルファー。GAME OVER。












 続かない。





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