REDEPTION2






「十日間の戦いをよくぞ勝ち残った、英雄たちよ。これより戦いは第二回戦に入る!」

 おおおおおおおおおおおおおおおおっ!

 またしても起こる大歓声。しかもそれは以前の比ではない。
 ここはペターニ郊外に敷設された特設リング。
 何故か四角いリングと四隅にコーナー、そして丁寧に三本のロープまでが用意されている。正直フェイトは頭痛がした。
 そしてその周りを埋め尽くす観客たち。その数はざっと万を数えるだろう。仮設観客席ということで、まるでユニバーサルバスケの試合会場のようなスタジアムとなっている。
(何考えてるんだ、この国。無駄な金使ってる余裕があるならアリアスの復興に使え)
 全くもってその通りだが、平和なときこそ人々はイベントがほしくなるのも事実であった。
「ではこれより第二回戦のルールを説明する」
 ラッセル執政官がリングの中央でマイクを持つ──って、マイク?
「なんだろ、あのマイクって」
「あれはですね、我が社で発明した【拡声器】なのですよ」
 えへん、と突然フェイトの横で胸を張ったのはウェルチ・ビンヤード。
「あれ、ウェルチも来てたんだ」
「もちろんです。だって、私も参加してますから」
 ──は?
「というわけで、ライバルですね、フェイトさん。よろしくお願いします」
「いや、こちらこそ──って、ウェルチも勝ち残ったってこと?」
「ええ。がんばりましたから!」
 親指を立てるウェルチ。
 しかしどうして、たかがジャンケンにここまで熱くなることができるのだろう。
「第一回戦を勝ち抜いた者たちは、これからランダムに四、五人一組となってもらう。全部で三十二組だ。各組ごとに集団ジャンケンを行い、勝ち残ったものが本戦、決勝トーナメントへ進むことができる。心して臨んでほしい」
 また起こる歓声。もうどうでもいいからとにかく試合を進めてほしい。
「では、第一組! グノーバ! ライダー! サン・ロベール! そして──アドレー・ラーズバード!」
 どよめきと歓声が競技場を包む。
 そう。かの先代クリムゾンブレイド、アドレーが参戦していたのだ。いや、このどよめきはそれだけではない。
「まさか、先代キングも参戦していたとはね。フェイト、油断はできないよ」
 こちらもいつの間にか近くにいたネルがフェイトにアドバイスを送る。
「先代キングって、まさか、アドレーさんが!?」
「そのまさか、さ。私たちがまだ師団に配属されたばかりの時。それこそ私もクレアも第一回戦で消え去ったあの戦いで、アドレー様は相手に一ポイントも許さず、完全勝利を達成した。まさに伝説のキングだよ」
「そ、そんなに」
「まあ、最有力候補のネーベル・ゼルファー、つまり私の父が途中で脱落したことが原因なんだけど──始まるよ、よく見ておくんだ」
 リングの上に四人が揃い踏みする。アドレーは首を回してまさに臨戦状態だ。
『えー、それではこれより、リングアナを務めさせていただきます、光牙師団【光】の二級構成員、グレイ・ローディアスです。よろしくお願いします。それでは今回の優勝候補筆頭と目されるアドレー様にお話をうかがいます。アドレー様、今回二連覇をかけての参戦となりましたが、もし優勝したならば、誰に、どのようなことを望みますか?』
『ふっ、愚問じゃ』
 アドレーは客席に向かってVサインを出した。

『我が愛娘、クレアに4Pこすちゅーむを着せることじゃ!!!』

(殺さなければ)
 そのVサインの先にいた現クリムゾンブレイド、クレア・ラーズバードは心の中でそう固く誓った。それと反比例して会場内は興奮のるつぼと化す。確かにクレアのメイド服姿は全シーハーツ国民が見たいと心の底から思っていることだろう。
『──と、一年前のワシならばそう言っておったじゃろう』
 だが、意外にもアドレーはその意見を引き下げた。だが、というからにはそれ以上の危険がそこにはらんでいることになる。
『ワシの望みは、フェイト殿、お主じゃ!』
「え、僕?」
 リング上からアドレーは的確に自分を指差してくる。全員の視線が一斉にフェイトに集まる。
『フェイト殿! ワシが優勝したら、お主にはクレアを嫁にとってもらうぞ!!!』
 その言葉の意味を理解するまでには、会場事態が十秒の時間を要した。だが、ようやくその言葉が分かるようになると、大きな歓声が起こる。
「あ、アドレーさん! 僕は、そんな──」
『おっと。このジャンケン大会では優勝者はどのようなことでも命令できる──それを忘れたとは言わさぬぞ、フェイト殿。思い起こせば三十年前』
 アドレーは少し遠い空を見上げた。
『当時ぴちぴちの二十八歳だったワシは、その大会で優勝した妻の求婚を受けることになったのだ』
 二十八はぴちぴちじゃないだろうとか、そもそもアドレーにぴちぴちは似合わないだろうとか、いろいろ言いたいことはあったが、まあそれはさておき。
 だからといって自分を巻き込まないでほしいと真剣に思うフェイトだった。
「おやおや、負けられなくなったね、フェイト」
 隣にいるネルがくすくすと笑う。
「言っておくけど、アドレー様は本当に強いよ? 心してかかるんだね」
「もしそれでアドレーさんが優勝したら、本当に僕はクレアさんを娶らないといけないのかい?」
「そういうことになっている。この戦いに参加するということは、そうした不利益を覚悟の上で挑むわけだからね」
 理不尽だ、とフェイトは本気で思う。そんな説明を自分は受けていなかった。
『で……では、一組目の戦いをはじめます! 敗れた方は素直にリングを下りてください! 最後まで勝ち残った人が勝者です……いきます!』
 四人の間に緊張が走る。
「じゃん!」
 グレイの掛け声に全員がファイティングポーズを取る。
「けん!」
 そして、手が振り上げられる──
「ぐーっ!」
 アドレーの叫びが、グレイの声を掻き消した。
 すると不思議なことに、他の三人が綺麗にそろってグー、そしてアドレー一人がパーを出していた。
「ふははははははは! これがワシの実力よ!」
 あっさりと敗れた三人はすごすごとリングを下りる。そして、グレイがアドレーの手を高々と上げた。
『勝者! アドレー・ラーズバード!』
 おおおお、という歓声の中で、今の一戦をフェイトは冷静に振り返る。
「ネルさん、今のは」
「ああ。アドレー様得意の『奥義・タイタンボイス』だね」
「タイタンボイス?」
「アドレー様はあのお声で、対戦相手の戦略を無意識に変えさせるのさ。フェイト、あなどっちゃ駄目だよ。アドレー様がグーと言ったからあの三人はグーを出したんじゃない。アドレー様は三人がグーを出すような声を出したのさ。あんたも油断しているとやられるよ」
 そんなものだろうか、とフェイトは首をひねる。
『それでは続けて、第二組の戦いに入ります!』
 グレイの声に、会場が落ち着きを取り戻す。
 そうして、順調に戦いが過ぎていった。






『続きまして第二十八組目! ロード・アックス! ネルヴァ! ラオ・プローン!』
 おおっ、とどよめきが起こる。シーハーツきっての暴れん坊、ラオの登場だった。だが、この組の本当の主役は彼ではなかった。
『そして──アルベル・ノックス!』
 なんだと、と会場のあちこちから喧騒が起こる。さらにはブーイング。完全に悪役扱いだ。
「どうしてアルベルがここに」
 だが、そんな疑問を解決するのがグレイの役割である。ただちにインタビューが入る。
『アルベルさん、どうしてアーリグリフの将軍であるあなたがこの大会に参加されたのですか?』
『決まってんだろ、クソ虫』
 すると、アルベルは剣を抜いて──フェイトの方へとその剣を向けた。
『剣でもジャンケンでも、俺が一番であることを証明するためだ』
 なんて無駄なことを。
 フェイトは本気で頭痛がした。そのためだけにシーハーツに来て、第一回戦を勝ち残ったのだとしたら、本当にバカだ。
 だったら直接勝負しにくりゃいいじゃん。
「アルベル様は、あなたと公式の場で戦うことを望まれたのです」
 と、そのフェイトの背後に立ったのは、彼の腹心サイファ・ランベールだった。
「サイファさん」
「あなたと公式の場で戦うためにこの大会に参加したアルベル様を、あなたは笑えますか」
 心の底から笑ってあげられるけど、とフェイトは思ったが、もし笑ったらサイファのレイピアで細切れにされそうだったので控えておいた。
 だが、そんな中リング上では火花が既に散っていた。
「まさかお前と戦えるとは思ってもみなかったぜ、アルベルさんよ」
 ラオは自分の方が悪役という感じでアルベルに近づく。だが、アルベルは鼻を鳴らした。
「近づくな──クソ虫」
 二人の睨み合いを邪魔するように、グレイが進行をすすめた。
『そ──それでは、試合を開始いたします。位置について!』
 四人がリング中央に位置する。
『じゃんけん、ぽん!』
 グーを出した二人に対し、アルベルはパーで一人を張り倒し、ラオは同じくパーで一人を突き飛ばした。
「少しはやるみてえだな」
「お前もな、アルベルさんよ」
 二人が一触即発の間合いで構える。グレイの掛け声が飛ぶ。
『じゃんけん!』
 二人の拳が唸る。
『ぽん!』
 お互いのグーが、拳が正面から衝突する。お互いの体がよろめくが、決着はまだついていない。
『あいこで!』
 アルベルが右腕をだらりと下げた。だがラオには余裕がある。再度大きく右腕を振り上げた。
「死ねぇぇぇぇっ!」
『しょ!』
 ラオの右拳が空を切る。だが──
「所詮、クソ虫はクソ虫か」
 アルベルは、義手である左手のパーで、それを受け止めていた。
「な、んだと」
「人間には腕が二つある。それを忘れないことだな──気孔掌!」
 うめき声と共に吹き飛ばされたラオはコーナーポストに激突し、そのまま意識を失った。
『勝者! アルベル・ノックス!』
 激しいブーイングが会場に響く。だが、その戦いを見たフェイトは素直に「強い」と呟いていた。
「ふっ。あいつ、随分と腕を磨いてきたようだね」
 ネルが言うと、後ろにいたサイファが「当然です」と答えた。






『それではいよいよ最終組です! フェイト・ラインゴッド!』
 その名前だけで会場が大きく揺れる。まさに現代の生きる伝説、クリムゾンブレイドと並び称されるフェイト・ラインゴッドである。知名度はクレアやネルにも及ばない。何しろそのネルを倒してこの本会場へやってきたのだから、その強さも当然回りから認められている。
「僕の出番のようだね」
「がんばっておいで、フェイト。応援してるよ」
「ありがとう、ネル」
 そうしてリングへと向かうフェイト。そして続けて呼ばれた名前は──
『続きまして残り三人! ファリン! タイネーブ! エヴィア!』
 さらなる喧騒が生じる。
 何しろシーハーツでも有名な豪華絢爛漫才コンビのファリンとタイネーブ。それに一般参加のエヴィアだ。いずれも知名度は充分だ。
「ふふ〜ん。タイネーブみたいなぁ、猪突猛進な相手には負けないですよ〜?」
「女狐。今日こそ、あんたの化けの皮はいでやるからね」
 ファリンとタイネーブはいきなりフェイトそっちのけで火花を散らす。そしてエヴィアといえば。
「……私にはもう、時間がないんだ」
「てゆーかエヴィアさん、どうして参加してるんですか」
 尋ねるとエヴィアは笑顔で「それはもちろん賞金がもらえるから」と答えた。あーそーですかとフェイトも投げやりに答える。
『それでは代表してフェイトさんに尋ねてみましょう。あ、お久しぶりです、フェイトさん』
「あ、久しぶりグレイ」
 突然茶の間の和やかさをかもし出す二人。別にそんなことはリング上ではどうでもいいことだが。
『今回はネル様を破っての第二回戦ですが、今のお気持ちは』
「アドレーさんから挑戦状を受け取ったからね。僕も負けていられないよ」
『というわけで、やる気まんまんのフェイトさんでした! それでは、戦いを始めます! 位置について!』
 リング中央。四人の視線が絡み合う。
『じゃんけん、ぽん!」
 フェイト、グー。ファリン、グー。タイネーブ、グー。エヴィア、チョキ。一人脱落。
「私にはもう、時間がないんだ……」
 本当に死にそうな顔でリングを下りるエヴィア。ちょっと可哀相かな、と本気で思ってしまった。
「フェイトさぁん」
 と、そこへファリンが声をかけてくる。
「次はぁ、タイネーブは絶対、パーを出してきますよぉ〜?」
 心理戦か!
 わざわざタイネーブに聞こえるように言うあたり、さすがはシーハーツ一の腹黒と名高いファリンだけのことはある。
「くっ! 出さないもん! パーは絶対!」
「ふふふ〜ん? そうはいってもぉ、タイネーブの右腕はパーを出したくてうずうずしてますよぉ〜?」
『位置について!』
 三人が身構える。明らかにタイネーブは泣き顔だ。
『じゃんけん、ぽん!』
 タイネーブ、グー。ファリン、パー。フェイト、パー。
「ずるい! あんた今、私にパー出すって言ったからチョキ出すと思ったのに!」
「そんなものに騙されるタイネーブが悪いんですよぉ〜。タイネーブの頭はお猿さんですかぁ〜?」
「きぃぃぃぃぃぃっ!」
 本当に猿のように泣き喚いてリングから飛び降りていくタイネーブ。これで残るはファリンと一対一。
「というわけで、フェイトさん、勝たせてもらいますよぉ〜」
「試みに聞きますけど、ファリンさんが優勝したら誰に何を望むんですか」
「そんなのぉ、決まってるじゃないですかぁ。フェイトさんと、ら・ぶ・ら・ぶ♪」
 負けられない!
 フェイトは真剣に次の戦略を練る。が、その時──
「危ない、フェイト!」
 ネルの声が会場に響く。が、その時既に、フェイトの体は完全に動けなくなっていた。
「こ、これは、体が動かない!」
「ふふふ、ひっかかりましたねぇ〜? 封魔師団【闇】の奥義、影縛り。これでもうフェイトさんは身動きが取れません。ルール無用のジャンケン大会ですから、これくらいは許容範囲なんですよぉ〜?」
 フェイトは先ほどタイネーブを倒したパーを出したままの体勢で固まっている。
「くっ、動け!」
「駄目ですよぉ。さあ、グレイさん。コールをお願いします〜」
『位置について!』
 位置につくもなにも、フェイトはその体勢から動けない。あとはコールに合わせてファリンがチョキを出せば終わりだ。
『じゃんけん!』
 ファリンが飛び上がり、右腕を振りかぶる。
「フェイトぉっ!」
 ネルの叫びが聞こえる。
 その時、会場を眩しい光が包んだ!
「な、なんですかぁ〜?」
「ま、眩しい。なんだ、この光は!?」
 フェイトもその光の正体は分からない。だが、その光によって自分の影が完全に消えていた。ということは──
(体が動く)
 空中から飛び降りてくるファリンと、その右手の動きが正確に見える。
『ぽんっ!』
 フェイトは高々と、拳を天に突き上げた。そのアッパーカットが、ファリンをとらえた。まさに、ウィニング・ザ・レインボー。
「わ、わがジャンケンに、いっぺんの悔いなし、ですぅ……」
 リングに落ちてきたファリンが意味不明なことを呟いて気を失った。
「少しは慣れてきたみたいだな」
「勝者! フェイト・ラインゴッド!」
 こうして、三十二人の決勝トーナメント進出者が、確定した。












 続かないってば。





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