REDEMPTION3
「ラッセル」
アドレー・ラーズバードは控え室付近の通路にいた執政官ラッセルに対して声をかけた。
「アドレーか。順当に勝ち残っているようだな」
「まあな。それよりもお主、フェイト殿を助けおったな」
ラッセルは顔をしかめて「何のことだ」と聞きなおす。
「ワシの目を節穴とでも思っているのか。あの光は【光牙師団】の、それも一級以上構成員でなければ使うことはできん。ヴァンはアリアスで留守番、クレアはあの時何もしておらなんだ。となればあの光を放つことができるのはワシか、そうでなければお主しかいないじゃろ」
そう言われたラッセルはふっと鼻で笑う。
「私がフェイトを助ける必要はないだろう」
「いや、そうでもない。お主はフェイト殿を高くかっておる。ここでジャンケンキングの称号をつけさせておいて、シーハーツ国内での発言権を強くしてやるつもりなのじゃろう」
だが、それを聞いたラッセルはまた笑った。
「奴を使わなければならない理由はない」
ラッセルはそう言い残して、通路の奥へと歩み去った。
「ふん。相変わらず秘密主義か。まあ仕方あるまい。ワシはワシの出来ることをするだけよ」
アドレーはそのまま会場の方へと向かった。
『それではいよいよ、決勝トーナメントを開催いたします!』
レフェリー兼リングアナのグレイが宣言すると、会場がわれんばかりの歓声をあげる。
誰もがこの一対一のトーナメントを楽しみに来たのだ。そして、先ほどのバトルロイヤルの二回戦で既にめぼしい選手のチェックは終了している。そしてこういう場合にえてして発生するのがいわゆるトトカルチョの類だ。優勝者、準優勝者を順番どおりにあてる方式のものだ。
その胴元が実はシーハーツ女王ロメリアだというのは一部の知識人しか知らない事実だが、それはこの際どうでもいい。
問題は予想倍率の一番人気がアドレー、二番人気に支持されているのが、フェイトだということだった。
「どういうことだよ。僕は何の実績もないっていうのに」
「決まってるじゃない。あなたはネルを破り、またファリンとタイネーブも破った。その期待度をかってのことよ」
控え室でマリアがフェイトに言う。控え室自体はいくつか存在しているようだが、ここにはフェイトとマリアの二人しかいなかった。
「それにまだ予想倍率でしょ。トーナメントの組み合わせが決まれば自然と優勝者と準優勝者は同じブロックにはいないわけなんだから、倍率はこれから変動するもの」
「そうと分かっていても、複雑だな」
「何言ってるのよ。私だって圧勝で勝ち上がったのに人気薄なんだから。まったく、知名度って得よね」
フェイトは押しも押されぬシーハーツ救国の英雄だ。そうした人気票も集まっているものと思われる。
「ところで、フェイトは優勝したら誰に何を望むの?」
マリアの素朴な問いに、フェイトはふと言葉につまる。
「僕は──自分の身を守ることばかりで、何も考えていなかったよ」
「あきれた。誰だって自分のために戦ってるのに、あなたはそんなことも考えないのね」
「そういうマリアはどうなんだよ」
「私? そうね」
ふふん、とマリアは得意そうに笑顔を浮かべる。
「優勝したら、教えてあげるわ」
「……あまり聞きたくないなあ」
どう考えても、マリアの笑顔からは対象が自分だということが明らかだった。何をされるのかは分からないが、マリアが優勝しないことを願うばかりだ。
「ほら、フェイト。そろそろトーナメント表が発表されるわよ」
「ああ。相手を確認しておかないとな」
Aブロック
フェイト vs ルーファ
ディオール vs ブルー
Bブロック
クレセント vs セイレン
ランド vs クレア
Cブロック
アルベル vs ルージュ
オーディス vs ノワール
Dブロック
マクウェル vs クラウン
ジャック vs レッサー
Eブロック
マリア vs グレイ
フレッド vs サラ
Fブロック
エデン vs ライト
アクア vs エレナ
Gブロック
イライザ vs アイーダ
ウェルチ vs ソフィア
Hブロック
エリザ vs レスター
ブラウン vs アドレー
(アドレーさんは反対のブロックか。一回戦はルーファ──聞いたことないな。もし勝ち上がったとして、二回戦は──ブルーさんか、強敵だな。三回戦は──げ)
Bブロックにクレセントとクレア。どちらが勝ちあがってきてもやりづらいのは間違いない。
(まあ、ベスト8まできたらそんなもんか。ベスト4はアルベルで問題ないだろうし)
そのアルベルもルージュにノワールと、師団長のいるブロックで難敵ぞろいだが、それでもアルベルの方が意気込みが違う。Dブロックのマクウェルと勝負になるだろう。
(マリアはEブロックか。Fブロックは──エレナさん? それに、嘘)
アクア。
アクアとは、もしかしてあのアクアだろうか。エヴィアの娘の。
(……なんか、強敵な感じがする)
もちろんそれは単なる推測だが、番号札を百枚集めてバトルロイヤルにも勝ち残ったならそれは実力だろう。
Gブロックにはソフィアと、魔女っ子イライザ、そしてウェルチ。これはアイーダは貧乏くじを引いた。
そしてHブロックにアドレー。同じブロックにはブラウンとエリザがいる。って、エリザ?
(結構一般の人も参加してるんだなあ。マクウェルさんは一応城の研究者だけど)
なんていうことを考えていると、すぐに一回戦が始まる。Aブロックから順に行われるので、一回戦第一試合がいきなりフェイトだ。
「がんばってね」
「ああ」
マリアの声援を受けて控え室からリングに向かう。通路を抜けて晴天の下に出てくると、大歓声がフェイトを迎えた。
『フェイト・ラインゴッド選手の入場です!』
歓声と共にフェイトがゆっくりと歩み、そしてリングロープをくぐった。
『続きまして、ルーファ選手の入場です!』
フェイトに勝るともおとらないほどの歓声が生じる。
フェイトは知らないものの、このルーファという人物、『現代のライゼール』という異名を持つ優秀なアーチャーである。その矢、的をそらすことなし。三十代半ばにして現役を退いた彼のことをシーハーツ国民はよく知っている。
「君が、フェイト・ラインゴッドか」
「僕のことを知っているんですか」
「この国で君のことを知らない人はいないだろう。救国の英雄よ。君はもう少し、自分というものを理解した方がいい」
リング上で睨み合う二人。リング上には稲妻が走り、炎の戦士たちを照らす。その二人に対してグレイがルールを説明する。
『決勝トーナメントは三本先取で勝利となります。お二方とも、その点については問題ありませんか?』
「ない」
「ありません」
『では、勝負を開始します。位置について!』
お互い一歩身を引き、右腕を後ろにかまえる。
一歩踏み込めば、相手の喉笛を掻き切れるほどの距離で、二人の間でオーラが飛び交う。
(強い)
このルーファという人物、さすがにアーチャーだけのことはあり、標的を見据えて集中する力はたいしたものだった。隙が全く見当たらない。このまま勝負すれば、勝てない。
お互い正攻法の戦いだけに、実力の差ははっきりと出る。
『ジャンケン!』
二人が足に力をためて、踏み込む──
『ポン!』
フェイトが繰り出すパーをルーファはかいくぐりながら、二本の指でフェイトの肩を貫く!
「ぐあああああああああっ!」
「勝負はこれからだぞ! ジャンケン!」
続けて繰り出される拳がフェイトの下から唸りを上げてくる。アッパーカットだ。
『ポン!』
だが、今度はフェイトがそのグーを逆に踏み込んで左手で相手の顔面を張った。ルーファの体勢がよろめく。
観客席のネルが手を強く握り締める。
「一対一」
「まだ、これからよ」
隣にいるマリアも真剣な表情だった。お互いにダメージ1ずつ。決着は恐らく、最終局面まで長引くだろう。
『ポン!』
次の攻撃でフェイトの拳がルーファの鳩尾にはいり、さらに次の攻撃でルーファのチョップがフェイトの胸板を打つ。
二対二。完全に勝負は、最後の一回へと移った。
「勝負だ!」
ルーファは何も武器を持っていない状態のまま、弓を構えるポーズを見せた。
「何をするつもりだ」
「現代のライゼールは、武器なくとも攻撃できるのだということを見るがいい!」
その手に施術によって武器が生まれた。施術の弓と、施術の矢。
「くらえ、オリオン・アロー!」
施術の矢が、フェイトに迫る──
(これしかない!)
フェイトは右手に力をためて、気を放つ。
「ショットガン・ボルト!」
オリオン・アローの放つ闘気がチョキを、ショットガン・ボルトの放つ闘気がグーを形づくる。
そのショットガン・ボルトが、ルーファのオリオン・アローを打ち砕き、そのままルーファを弾き飛ばした。
「勝てたのか?」
倒れているルーファを見ながらフェイトが呟く。そしてグレイがフェイトの手を高く上げた。
『三本、それまで! 勝者、フェイト・ラインゴッド!』
ひときわ大きな歓声。肩、そして胸と鮮血を散らしながら得た薄氷の勝利だった。
「ルーファさん」
それでもフェイトは敗者に手を差し伸べる。ふ、とルーファは笑ってその手を取った。
「強いな。それでこそ救国の英雄だ。私のような中途半端な人間ではかなわんか」
「いえ、ルーファさんも強かったです。紙一重の勝利でした」
「紙一重、か。随分と厚い紙だな。勝てる気がしない」
ルーファはそのままリングを下りた。そして、グレイがフェイトの手を高々と上げる。
こうして、フェイトはからくも一勝を上げた。
戦いは波乱もなく、順調に過ぎていく。
Aブロック第二試合はブルーが一ポイントも落とさず順当に勝利した。
Bブロックはクレセントとクレアがそれぞれ勝ち上がる。
そして、問題のCブロック。
「まさか、本当にアンタとやれるとは思わなかったよ、アルベル」
既にリングに上がっている二人が、これまでの戦い以上に火花を散らせていた。
「ふん、弱いものは引っ込んでいろ。俺は弱者をいたぶる趣味はない」
「ふざけるな!」
ルージュが『ジャンケン』の掛け声と共に手刀を振るう。だが、アルベルはその攻撃を義手の指二本で受け止めた。
「くっ」
「そら、次だ!」
ジャンケン、の掛け声に合わせてアルベルが右腕を振るう。ルージュは手を開いてそれを受け止めようとしたが、アルベルの右手はまたしても指二本だった。その指先がルージュの掌をしたたかに打つ。
「あうっ!」
「この程度で俺と戦うなど、百年早い」
二刀流。それこそがアルベルの強さだ。右からでも左からでも、相手の弱点を正確に突く。
「とどめだ! 剛魔掌!」
闘気をまとった二本の爪が、パーを出したルージュの体を鋭く切り裂く。
「あああああああああああっ!」
吹き飛ばされたルージュはリングの上に仰向けに倒れた。
『三本、それまで! 勝者、アルベル・ノックス!』
観客席からはブーイングが出るが、それでもアルベルは平然として観客席にいるフェイトに向かって言った。
「あと二つだ。それまで、負けるんじゃねえぞ」
宣戦布告。フェイトは真剣な表情で頷く。
「もちろんだよ。アルベル、君には負けないし、君に当たるまで負けない」
続くな。
もどる