REDEMPTON5






『さあ、それではいよいよベスト16の戦いを始めます! 選手入場、フェイト・ラインゴッド! そして、ブルー・レイヴン!』
 控えからスタジアムにフェイトとブルーが姿を現す。当然、歓声──と思いきや、何故かスタジアムはしんと静まり返っていた。
「あれ?」
 一回戦の様子から、フェイトはすっかりまた歓声が上がるものだと思っていたが、何故か誰も何も声を上げない。
 それもそのはず。
「な、なんだよこれっ!?」
 スタジアムは突如、ガランとしていた。
 先ほどまで五万人が収容されていた大型競技場とは思えない変貌ぶりだった。というか、あの人々はいったいどこへ消えうせてしまったのか。
「これはどういうことなんだい、グレイ」
 見もしない、聞きもしない、スタジアムの中のリング。太陽は中天にさしかかり、眩しい光がスタジアムに注いでいる。ブルーはその前で苦笑しかしていなかった。
『あ、ええとですね、おそらく昼ごはん時なので、みんな食事に行かれたのかと』
「食事って、五万人全員が!?」
『はい。何しろ次が、決勝トーナメントで最大の注目を集めているクレクレ対戦なものですから、その前に食事を終わらせようという方がたくさんいるみたいで』
「なんだよそれっ!」
『先ほど私に質問された方も『次回はクレセントvsクレアですか』とか、食事に出ていかれた方も『そしてクレセント対クレアですか』とか、この競技場を走って出ていかれた方は『次回は大注目のクレクレ対決ですね!』とか、もう誰もこの試合の存在すら頭にないみたいで』
「粛清してやるっ!」
「落ち着け、フェイト」
 リングの上でマントをたなびかせているのはブルー。若干表情に悲哀が見える。
「自分自身が原因だと分からないほどの間抜けかお前は」
「つか他人のネタ、パクらないでくださいよ、ブルー! てゆーか絶対僕のせいじゃないですよ、これっ!」
「私にとっては好都合だ。お前と決着をつけるのにギャラリーは必要ないからな」
 そしてマントを脱ぎ捨てて構える。フェイトもそれに応じて身構えた。
「お前の行動パターンは読みやすい。一回戦の勝負は見せてもらった。お前の手はほぼ分かっている。あと一回、これでお前のパターンを確定する」
「何を」
「言っているかどうかは試合が終わったときに分かる。いくぞ、フェイト! ジャンケン──」
『ポンッ!』
 フェイト、チョキ。ブルー、パー。フェイト一本先取。
「これでも同じことが言えますか、ブルー」
「ああ。今のは試したんだ。お前が何を出してくるかを。そして予想通りだった。お前は本当に素直だな、フェイト。ここから先はもうお前は一本も取れない」
 不気味にブルーが笑う。そしてブルーの周囲で風が起こった。
「いくぞ。虚空師団【風】の団長の力、とくと見るがいい」
「のぞむところだ! いくぞ、ジャンケン!」
『ポンッ!』
 ブルー、パー。フェイト、グー。ブルー一本。
「なっ」
「試合はまだだぞ、フェイト! ジャンケン──」
『ポンッ!』
 ブルー、チョキ。フェイト、パー。これでブルーがリーチだ。
「どうして」
「だからお前は分かりやすいと言っている。お前の行動パターンを分析すれば、次に何を出してくるかは予測がつく。私はお前に勝てる手を出しているにすぎない」
「くっ」
 フェイトは素早く頭の中で考える。最初にチョキ、次にグー、そしてパー。単純にそういう順番で出しているとか、そういうことではない。おそらくは次にこれを出すだろうという予測がブルーの中でできているのだ。
 もう一度パーで勝負するか。
 いや、ブルーはそれを見越しているかもしれない。もしチョキを出してくるとしたらグーを出すべきか。いや、その裏をさらにかいてパーでくるだろうか。
「さあ、とどめだ、フェイト!」
「くっ」
 何を出しても勝てる気がしない。フェイトはやむなくグーを出そうと腕を振りかぶった。
「ジャンケン──」
「待ちなっ!」
 だが、その戦いを制止した人物がいた。
 リングアウトに立つ、赤い髪の女性。
 ネル・ゼルファーだった。
「ネル!」
「悪かったね、フェイト。ちょっと遅れた」
 そのネルの右手にハンバーガー。左手にコーラ。素敵な手荷物だった。
「ネルまで」
「そんなことよりフェイト、ブルーを倒す方法を教えてあげるよ」
 フェイトの苦情はあっさりと流され、ネルは手早く説明を開始した。
「ブルーはこのシーハーツで一番の『読心術』の使い手だ。いや、読心術っていうのはおかしいね。ブルーはその人物の思考パターンを読み取って、どういう順番で出せば勝てるかということを頭に入れているんだ」
「じゃあ、僕が次に何を出そうとしていたかっていうのは」
「ああ。分かっているはずさ。だからアンタは相手の土俵で戦ったら絶対に勝てない」
「僕にどうしろっていうんだよ」
「コレさ」
 ネルはハンバーガーを食べきってから、フェイトに二つのサイコロを手渡した。
「これは?」
「封魔師団に伝わる奥義、ダブル・ダイス」
「ダブル・ダイス?」
「ああ。耳を貸してごらん」
 ごにょごにょ、とネルからの説明にフェイトが頷く。そして、そのダイスをしっかりと握って、再びブルーと向き合った。
「どのような作戦を立てたかは知らないが、お前の次に出す手は──」
「ええ。ですから僕は、自分の考えを捨てることにしました」
 フェイトは自信をもって、ダイスを二個、右手から左手へと順番に投げた。
「どういうつもりだ?」
 ブルーはリングに転がった二つのダイスを見て尋ねる。
「このダイスの目に従って、次の手を決めます」
 ブルーは顔をしかめた。その通りにするならば、これは確率論だ。
「なるほど、考えたな、フェイト。だがそうなると既にリーチをかけている私の方が有利だぞ?」
「二回のジャンケンに連勝する確率は25%。でも、この一回だけなら50%。この一回に勝てばいいんです」
「なに?」
「一回勝てば、勝率は今度は25%から50%に上がる。一回ずつを勝っていけばいいんだ。僕があせる必要はない」
 このリーチをかけられた状況においてフェイトは余裕すら見せていた。その態度に逆にブルーの方が動揺する。
「くっ、ならば──勝負!」
『ジャンケン、ポンッ!』
 フェイト、チョキ。ブルー、パー。これで二対二。
(危なかった。もし僕がさっきグーを出していたら負けていた)
 改めてブルーの能力に戦慄する。まさに戦慄のブルー。
 だがこの場合追い詰められたのはブルーの方だった。もはやフェイトのダブル・ダイスを防ぐ手はない。
 フェイトが再びダイスを左手と右手で放る。それから身構えた。
「いきます!」
「くっ!」
 フェイトが接近し、ブルーと打ち合う。
「ジャンケン、ポンッ!」
 フェイトのチョキとブルーのチョキがぶつかりあい、激しく火花を散らす。
「あいこで──」
「待った!」
 フェイトはそのブルーの動きを止めてもう一度ダイスを拾いにいく。せこせこ拾う姿は昔の地球のお笑い芸人のようだった。
 そして三度、フェイトは右手でまとめて放る。
 だがブルーはダイスの目を見て、不敵に笑った。
「ダブル・ダイス、破れたり!」
 そしてまた、二人の距離が近づく。
『ジャンケン!』
 二人の右腕が伸びる──
「最初に振った時と目が同じだぞ、フェイトッ!」
『ポンッ!』
 ブルーのグーがうなりをあげてフェイトの顎をとらえ──なかった。それを回避したフェイトの平手がブルーの頬を張り倒していた。
「な……?」
 ブルーがリング上に崩れおちる。三対二。勝負あった。
「何故だ、出目が同じなのに、どうして出す手が違った?」
「2つのダイスの組み合わせが36通り」
 フェイトが倒れたブルーに説明する。
「でも、右手のダイスを先に振ったか、左手を先に振ったか、同時に振ったかでさらに×3、合計108通りの出目があるというわけです」
「なるほど──投げ方が毎回違っていたのは、出目が同じになった場合のことを考えて、か。完全に騙されたな」
『勝者、フェイト・ラインゴッド!』
「楽しかったよ」
 決め台詞を残して立ち去るフェイト。
 でも歓声はなかった。フェイトの心は満たされなかった。






 五分後。
 あっという間にスタジアムは超満員。次の対戦に注意が向けられていた。
「二回戦の第一試合、フェイトさんが勝ったんだってよ」
「へえ、てゆーか第一試合があったんだ。知らなかった」
 などという台詞が聞こえてきたものだから、フェイトは泣きながら「粛清してやるっ!」と叫んでいたが、五万人全員がそう思っているのだからどうしようもない。
『それでは、選手入場です! クレセント・ラ・シャロム! クレア・ラーズバード!』
 会場はこの日最大の盛り上がりを見せた。
 シーハーツ男性陣にとってクレアやネルを凌駕するほどの人気を誇るクレセントに、押しも押されぬシーハーツ軍筆頭で公式(?)ファンクラブまであるクレア。それはもう注目しないはずがなかった。
「まさかこの場で、あの戦いの再現が起こるとはね」
 ネルがマフラーに顔を埋めながらリング上を見つめる。
「あの戦い?」
「ああ。ザ・フロンティア・ポリスという場所で行われた戦いさ。今では文献の中にしか残っていないけれど、当時は『フェイ−クレ戦争』といって、」
「もうその先は聞きたくないからいい」
 強引に話を切るフェイト。非常に残念だった。誰もが。
「クレア様♪ 手加減はしませんよ♪」
「ええ、私こそ。この戦い、私は負けられませんから」
 リング上では既に火花が散っている。声援が二人に飛ぶ。その声援の量はおよそ24:13というところだろうか。
「クレセントは優勝したら何を望むの?」
「私ですか?」
 クレセントはリングアウトにいた人物──フェイトと目が合う。にっこりと笑っているが、フェイトはその後ろに悪魔の姿を見た。
「大好きな方の、ハートをいただきます♪」

 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!

 競技場は大興奮。クレセントの思い人が誰だとかいう話が会場の五万箇所で行われているが、その中でフェイトは滝のような涙を流していた。



 ハート=心臓。



(いやだ、いやすぎる!)
 クレセントが優勝したら本気でナイフで刺されるかもしれないとフェイトはクレアを心の底から応援する。
「そういうクレア様は、何を望まれるんですか?」
「私は」
 クレアは頬を染めて、やはりリングサイドを見る。
「大好きな方の傍にいること。それだけでも十分なのですが……」

 うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!

 今度もまた会場が揺れる。この二人から思われているフェイトは二人のファンから五万回殺されることだろう。合掌。
「でも私はもっと実質的なものを求めることにしました」
「実質的?」
「ええ。お父様、アドレー・ラーズバードの、国外追放です」

 しーん。

 その辛辣な娘の台詞に、アドレーは泣きながら震え、会場は誰も何も口にしなかった。
「幼い頃からあの父にどれだけ振り回されたことか。この大会で、二度と父と会わなくてもすむという権利を私は勝ち取ります」
「こ、こ、こ、この親不幸モノがぁぁぁぁっ!?」

 アドレーは激怒した。必ず、かの親不孝者の娘を更正しなければならぬと決意した。アドレーには女心が分からぬ。アドレーは、シーハーツの漢である。施術を使い、勝手気ままに暮らしてきた。けれども娘に対しては人一倍に愛していた。今日未明アドレーはスタジアムに入り、敵を倒し味方も倒し、十六人しか残らぬ二回戦までやってきた。アドレーには父も、母もない。女房もない……かもしれない。二十三の、自分の跡をついだ娘と二人暮らしだ。この娘には、自分が見込んだたくましい一青年を、近々、花婿として迎えさせることにしていた。優勝するのも間近なのである。アドレーは、それゆえ、花嫁の衣装やら祝宴のごちそうやらを取り決めに、はるばるあちこち出かけていたのだ。まず、その品々を買い集め、それから花婿を決めるためにこのバトルに参加した。アドレーには竹馬の友があった。ネーベル・ゼルファーである。今はシランドの町外れで、墓の下に眠っている。その友に、娘の結婚の報告をするつもりなのだ。久しく墓参りをしていなかったものだから、訪ねていくのが楽しみである。バトルが進むにつれてアドレーは、娘の様子をあやしく思った。自分に対する視線がつめたい。もう既にベスト16まできて、緊張するのはあたりまえだが、けれども、なんだか、緊張のせいばかりではなく、娘の視線そのものが、やけに冷たい。豪快なアドレーも、だんだん不安になってきた。ベスト16で敗れた若い衆をつかまえて、娘に何かあったのか、二十年前に娘と話していたときは、いつでも自分のことをパパと呼んで、自分のことを愛していたはずだが、と質問した。若い衆は苦笑をして答えなかった。しばらく待って第二試合となり、今度は真剣にリングの上にいる娘の発言を待った。すると娘は答えた。アドレーは頭を強く振って、もう一度若い衆に聞きなおした。若い衆は真剣な声で、答えた。
「アドレー様の、国外追放です」
「なぜ追放なのだ」
「娘にかまいすぎる、というのですが、実際かまいすぎです」
「娘がそう申しているのか」
「はい、初めはアドレー様の王宮追放を、それから、シランド追放を。それから、国外追放を。それから、ゲート大陸追放を。それから、エリクール追放を」
「おどろいた。娘は乱心か」
「いいえ、乱心ではありません。父親に近くにいてほしくはない、というのです。このごろは父親の名前が出ることをもお嫌いになり、少しくアドレー様のことを口にする者は閑職に回されてしまいます。ご命令を拒めば師団から追放されます。今日は六人、追放されました」
 聞いて、アドレーは激怒した。「あきれた娘だ。放っておけぬ」

「はい、そこまで」
 マリアのアルティネイションがアドレーを石化させる。久々の奥義に一同が戦慄する。
「このお父さんは試合までこのままにしておくから、さっさと試合始めちゃってちょうだい」
『は……はい、分かりました』
 がくがくぶるぶると震えているグレイ。
『それでは、ベスト16の第二試合を始めます。両者、位置について!』
 二人が構える。そして、グレイのコール。
『三回勝負! ジャン、ケン──』












 続くっ!





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