REDEMPTIN6






『ポンッ!』

 クレアのチョキに対して、クレセントはグー。なんと、最強を誇るクリムゾンブレイドがプリティブロンドに一ポイント先取を許した。
「な」
 驚きの表情でクレアがクレセントを見つめる。やったぁ♪ などと相変わらずの声で喜び跳ねるクレセント。
(何故? あの子は一瞬肩が開いたときはパーを出すはずなのに)
 クレアの所属する光牙師団【光】は、とにかく正攻法のジャンケンを行う。
 相手が次に何を出してくるのか、それを相手の細かな動作から鋭く見極め、そして弱点を的確に突く。それが光牙師団のモットーとするところである。
 まあ、昔のアドレーが率いていた時代は予想の通り『力ずく』のジャンケンだったが。
「このままではクレア様は負けるな」
 フェイトの背後に立った人物が言う。振り返るとそこにはブルーがいた。
「ブルー。どうしてですか」
「見ろ。クレア様は相手の一挙一動を正確に分析し、次に何を出すのかを瞬時に判断して攻撃を仕掛けている。クレア様はシランドに務めているあらゆる人間の癖、動作を全て頭の中にインプットしているのだ」
「ぜ、全員?」
「そうだ。六師団で18000人、そして官僚が中央だけでも12000人。それだけのデータをあの方は頭に入れている」
「どうしてそこまで」
「国をまとめるものとして、部下のことは全て頭に入っていなければならない、という信条がクレア様にはある。だが、逆にそれがこの試合に限ってはアダとなった」
「アダ?」
「その法則はクレセントにだけはあてはまらない。分かるか、フェイト。どうしてあいつだけがクレア様の包囲網をかいくぐれるのかということを」
「クレセントだけ? ま、まさか」
 フェイトは瞬時に理解した。そう、彼女の中には二つの性格がある。天使と悪魔の顔が。しかもその本性はどちらかといえば悪魔の方だ。
 つまり、天使のような動作をして相手に攻撃方法を読ませておいて、手を出すその一瞬だけ、表面にその悪魔の顔が浮かび上がる。その悪魔は、天使の弱点を補うように手を出してくる。
 天使がグーを出そうとすれば、悪魔はチョキを。
 天使がチョキを出そうとすれば、悪魔はパーを。
 天使がパーを出そうとすれば、悪魔はグーを出すようにしている。
 そうすれば、クレアの攻撃に対して、完全なカウンターを当てることができるのだ。
「そのことに気付かない限り、クレア様は勝つことができない」
「でもクレアさんだって、クレセントのことは」
「気付いていないさ。そうでなければ、あれほど動揺はしないだろう。クレセントのことを知っているのは、私とお前、それにファリンだけだ」
 リング上のクレセントはそうした会話をフェイトとブルーがしていることに当然気付いていた。
(やっぱりあの二人は分かるみたいね。ま、いいけど。いずれにしてもここでクレア様を倒さないとね。私はこのために、このバトル、ここまで勝ち抜いてきたんだから。そう。今日こそ──フェイクレのクレが、クレセントのクレであることを証明する日!)
 無論、そんな心の叫びを臆面にも出さない。一ポイントを先取した喜びを満面に出している。
「さあ、この調子でいきますよ、クレア様♪」
「どんなトリックを使ったか分かりませんが」
 クレアは相手の癖を少しも見落とすまいと、相手の髪の毛一筋すら見逃さずに注視する。
「あなたの癖は全て見切っています、クレセント」
「でしたら──勝負♪」
『ジャンケン!』
 クレセントが懐に入り込む。相手の虚を突く動きこそ虚空師団の信条。背後に回りこんで、自分の癖を悟らせない。
 だが、クレアはその動きすら見切っていた。自分の左から回りこんでくる。その隙をついて繰り出してくる拳。左足と右肩に力が入っている。これは、グーの体勢。
『ポンッ!』
 クレア、パー。そしてクレセント──チョキ。クレセント、リーチ。
 会場がどよめく。まさか、あのクレアが、クリムゾンブレイドが、決勝トーナメント二回戦で敗退だというのか。
(どうして)
 間違いはないのだ。彼女の過去の戦績から、百%、自分の考えは間違っていない。彼女は間違いなくグーを出すはずだったのだ。それなのに、何故。
「さあ、一気に決めますよ♪」
 クレアが考えをまとめるよりも先にクレセントが動いた。ここはスピード優先と踏んだのだろう。このあたりの機敏さも虚空師団ならではだ。
(どうすれば──くっ)
 クレアの全身から汗が吹き出る。このプリティブロンドの攻撃が全く読めない。
 彼女の踏み込みがいつもより深い。この体勢はまぎれもなくチョキ。自分の目は間違いなくそう言っている。だが、自分のそれ以外の感覚器官が全て否定している。
(ままよ!)
『ジャンケン、ポンッ!』
 クレセント、パー。クレア──チョキ。クレア、一ポイント奪取。
 客席から歓声が上がる。その手を見たクレセントが驚いたような顔を見せたが、すぐに不敵に笑った。
「クレア様、裏をかいたんですね♪ でも、私の秘密に気付いたわけじゃないですね♪ だとしたら、私の方がまだ有利ということです♪」
 その通りだった。今のは苦し紛れの一手。しかも相手にそれが悟られてしまっているのだから、今度はそれを逆手に取られるだけだ。
(どうすれば)
 クレアは完全に追い詰められていた。クレアとて、この戦いに絶対に負けるわけにはいかない。
 フェイクレのクレは、クレアのクレなのだから。
「いきますよ、クレア様♪」
 左右にステップを踏んだクレセントが、瞬時に自分の下にもぐりこむ。そのまま腕を振り上げてくる。この体勢は、グー。だが、そのまま出してくるのか、それとも今までどおりこちらがパーを出すことを見越してチョキを出してくるのか。それとも自分がそれをふまえてグーを出そうとするのを逆手にとってパーを出してくるのか。
 分からない。分からない。分からない。
『ジャンケン、ポンッ!』
 もはや自分すら信じられず、クレアは自分でも何を出したのか分かっていなかった。
 クレア、チョキ。クレセント──チョキ。
「用心されてますね、クレア様♪」
 そのまま背後を取られる。視界からクレセントが消えた。そのクレセントを目で追う──
「クレアッ!」
 だがその時、自分の大切な友人の声が響いた。
「クレセントの動きを見るな! 目を閉じるんだ!」
 目を、閉じる?
 だが、親友のことを心の底から信じているクレアは言われたとおりに目を閉じた。すると、視力が無くなった分だけ、肌に風を感じた。
 背後から、クレセントが攻撃してくる風を感じる。その風に合わせて、自然に手を繰り出していた。
『あいこで、しょ!』
 クレセントの拳をすり抜け、クレアの手刀が相手の首筋に落ちる。あうっ、とうめき声をあげてクレセントが倒れた。
(今のは)
 クレアはリングサイドのネルを見る。ネルは親指を立てていた。
「クレア様は、一つ高みに昇ったな」
 それを見たブルーが感嘆したように言う。
「というと?」
「視覚を封じることによって、他の感覚を高める。大昔、金色の鎧を着た戦士がそう戦ったという記録が残っている。その高みに達したのだ」
「それってエリクールの話じゃないですよね」
 鋭い突っ込みが入るが、ブルーは無視して話を続ける。
「だが、クレセントもただでは退くまい」
 ブルーが愛弟子を見つめて言う。
「クレア様が乙女ならば、クレセントは獅子。光速拳の使い手だ。互角の勝負ならばこの戦い、長引くやもしれん」
 戦いは、ブルーの考えたとおりとなった。
『ジャンケン、ポンッ!』
 クレア、グー。クレセント、グー。
『あいこで、しょ!』
 クレア、パー。クレセント、パー。
『あいこで、しょ!』
 クレア、グー。クレセント、グー。
『あいこで、しょ!』
 クレア、チョキ。クレセント、チョキ。
 互いがすれ違うたびに体力が削られていく。だがそれでも決着はつかない。まさにクレクレ対戦に相応しいバトルとなった。
「ワンサウザンドウォーズだ」
「ワンサウザンド?」
「ああ。千回あいこを繰り返しても決着がつかない、まさに膠着状態のことを言う。よほどの実力者同士でなければこれは起こらないのだが」
 ブルーが感慨深く言うが、あいこの確率は33%でしかない。そのうち決着がつくだろう、とフェイトは思った。
 だが、甘い。
 二人はこの後十五回のグーと、二十三回のチョキと、十八回のパーを出したが、それでも決着がつかなかった。
「さ、さすがですね、クレア様♪」
 もはやクレセントも足に来ている。だがそれはクレアも同じだ。むしろ視力を閉ざしている分、疲労はクレアの方が濃い。
「たいしたものですね、クレセント。まさかここまで私と互角に戦うとは」
 お互いが呼吸を整える。そして、息をぴたりと合わせた。
『ジャン、ケン!』
 お互いが、鋭く踏み込む。その瞬間だった。
「クレア、今だ!」
 ネルが声をかける。その時、フェイトは見た。
「く、クレアさんの目が、開いた!」
 そしてクレアは。クレセントの踏み込みが深いことを。
 最後にもう一度だけ、自分を信じることにした。
 部下をずっと見続けてきた、自分を。
「天舞、宝輪!」
 クレアの背後にアペリスの文様が浮かび上がった。それは、相手の五感までをも奪うとされる、禁断の奥義。
 クレア、グー。クレセント──チョキ。
『勝者、クレア!』
 がくり、とクレセントは崩れ落ちた。肩で息をしていたクレアが、グレイに高々と手を上げられる。
「なるほどな」
 ブルーはそれを見て深くうなずく。
「どうしてクレアさんが勝てたんでしょうか」
「クレセントは疲れ始めていた。だから『切り替え』がうまくいかなかった。天使の顔が出そうとした手をそのまま出した。だからこそクレア様は勝つことができた、ということだ。全く、ジャンケンは奥が深い」
 リング上では倒れたクレセントにクレアが手を差し出す。
「大丈夫ですか、クレセント」
「クレア様、お強いです♪」
 笑顔を見せるクレセントだが、若干それが弱々しい。
「あなたにだけは負けられなかったのよ。何しろ、フェイクレのクレの座は渡せなかったから」
「うう、残念です♪ この戦いに何がなんでも勝ち残って、フェイクレセント小説を書いてもらうつもりだったのに♪ でも、私独自のコネと人脈で、絶対にクレセント小説を書かせてみせますから♪」
 そんな人脈はどこにもないが、ひとまず戦いは終わった。
 かくして、準々決勝第一試合は、フェイトvsクレアと決まった。






『続きまして第三試合の選手入場です。アルベル・ノックス! そして、ノワール・フォックス!』
 歓声が起こる。その半分以上はブーイングだ。アルベルを否定する声は試合が進むほど高くなる。
「ちっ。せっかく師団長対決が実現するところだったのにな。落とし前はつけてもらうぜ、アルベル」
「邪魔だ」
「なにぃ?」
 アルベルはおそろしいほどに冷静な目で相手を睨む。
「俺は弱者をいたぶる趣味はない」
 リング上は既に激しく火花が散っている。
 確かにノワールは強い。シーハーツの六師団長は、フェイトに敗れたネル以外、全て順調に予選を勝ち上がってきた。当然ノワールにもそれだけの力はある。
 だが、相手のアルベルもまた強い。その師団長の一人であるルージュも破っているし、予選ではラオも倒しているのだ。その実力はブーイングを行う者こそがよく分かっていることだ。
『それでは、第三試合、始めます。位置について!』
 ざっ、と踏み込む。至近距離だ。
『三回勝負! ジャンケン、ポンッ!』
 唸りを上げるノワールの拳をアルベルはパーで包み込む。
「にゃろう!」
 そのまま放り投げられるが、器用に空中で体勢を立て直すと着地前に施術を使う。
「アースグレイブ!」
 スタジアムが揺れる。施術によって生じた揺れの影響を受けたアルベルがバランスを崩す。
「もらった、ジャンケン──」
『ポン!』
 だが、その隙をついて繰り出したチョキに、アルベルは拳をあわせた。鈍い音がした。
「所詮、クソ虫はクソ虫か」
 指の骨が折れている。もはや右手は使えない。残っているこの左手だけでノワールは勝負に出るしかない。
「【土】術奥義!」
 一本も取れないまま終わることはできない。ノワールは師団長にのみ許されている大施術を唱えた。
「其は汝が為の道標なり、我は頌歌を以て汝を供養の贄と捧げよう!」
 ノワールの目が光る。
「カルネージアンセム!」
 滅多に出番のないノワールの最強奥義が、こんなところで初お目見えとは誰も思わなかった。毒の刃が鋭くアルベルを切り刻む──はずだった。
「吼竜波!」
 五本の刃を、たった二匹の竜がかき消してしまう。そしてそのエネルギーは術者であるノワールに襲い掛かった。
「がはっ!」
 ダメージを受けて倒れる。致命傷ではない。アルベルが手加減したのかもしれない。
『勝者、アルベル・ノックス!』
 三対〇。圧倒的な強さでアルベルは勝ち上がった。












 いつまで続く?





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