REDEMPTIO






『続きまして第四試合を始めます。選手入場です。マクウェル! そして、レッサー!』
 第四試合は歓声というよりも、どよめき、という方が近かった。
 マクウェルは押しも押されぬシーハーツの客員研究者である。その能力が高いことは誰もが知っている。だが、その対戦相手のレッサーなる者が問題だった。
 全身を包帯でぐるぐる巻きにし、その上から神官服を着て、錫状を持っている。顔まで包帯で巻いているので、その正体が分からない。
 いかにも私は『秘密持ってます!』といわんばかりの格好だ。
「不思議な男もいるものだな」
 マクウェルは目の前のミイラ男に向かって言う。
「だが、私にも目的がある。この戦いに勝ち残れば、予選で敗れているアンサラー師匠に古代書を譲っていただく予定でな。誰かは知らぬが、ここで消えてもらう」
 だが、それを聞いたレッサーは鼻で笑った。
「何がおかしい」
「おかしいとも。自分の力を過信し、身の程を知らない男を見るのはな」
 痛烈な皮肉だった。マクウェルは腕をまくって戦闘体勢に入った。
「ならば、私の力を見るがいい」
「ふっ。やる前から勝敗は見えている」
 ミイラ男は錫状を持った体勢でマクウェルの攻撃を待った。
『三回勝負! ジャンケン、ポンッ!』
 マクウェルのパーに対して、レッサーはチョキ。
「なに!」
 マクウェルが自信を持って出した手をあっさりと返される。
「どうした。それで終わりか」
「くっ。貴様、施術使いか」
「施術などなくとも貴様ごとき相手にならぬわ」
『ジャンケン、ポン!』
 マクウェルはまたしてもパー。だがレッサーもチョキ。
「何故だ」
「貴様程度では勝てん。百回やっても私が百勝する」
「ぬかせ!」
『ジャンケン、ポン!』
 マクウェルのチョキに対し、レッサーはグー。
 三本先取。アルベル同様、レッサーもまたパーフェクトでベスト8まで上がってきた。
『勝者、レッサー!』
「アペリスのご加護を」
 錫状を鳴らし、レッサーはリングを下りる。
 その不気味さに、会場は冬の海のごとく静まり返っていた。






『さあ、続きまして第五試合です。マリア・トレイター! 対するは、サラ!』
 マリアの登場である。相手は虚空師団【風】の一級構成員、サラであった。【風】はベスト16まで三人が残っていたが、さすがにそれ以上を勝ち抜くは難しく、ブルーもクレセントも敗れている。【風】としては最後の砦だった。
 このサラという女性は『美しい』容姿をしているということで団の枠を超えて知名度が高い。もちろん指揮権のある二級以上構成員の名前は全て暗記しているのは軍属であれば当たり前のことだが、何しろこの容姿だ。透き通るような水色の髪が背中まで伸び、はらりと風に舞う絵はこの世のものとは思わせないほどだ。さらにはその肌のきめ細かさ、そして美しさの中に愛くるしさまで取り込もうとするかのような、大きな丸い瞳。
 そして何より彼女は、誰よりも笑顔を周囲に振りまき、決して絶やさないことだ。
 そんな彼女には残念ながらファンクラブがない。ネルとクレアにあって彼女にないのは、ある決定的な理由がある。
 それは。
「ブルー様ブルー様ブルー様っ! 今からサラが戦いますから、見ていてくださいませっ!」
 観客席のブルーを見つけて両手で大きく手を振る。そう。彼女は自分が誰を愛しているのかということを決して隠さない。この二人が【風】の師団長と一級構成員なのだ。困った話である。
「美人の奥さんですね」
 フェイトが素直に言うと、ブルーは笑顔でこめかみを引きつらせ、その右手でフェイトの頭をリンゴのように握りつぶそうとした。
「余計なことを考える頭はこの頭か?」
「痛い、痛い、痛いですってブルーっ!」
「余計なことを言うこの口もお前には不要だな」
「ひゃ、ひょっ、ほんひでやらなひへふははいほっ!」
 そんな城外のバトルはともかく、マリアとサラがリング上で向かい合う。
「あなたがサラさんね。噂は聞いてるわ。本当に綺麗なのね」
 マリアも偏差値にすれば80くらいの容姿はあるのだが、彼女はそれを誇らない。彼女は彼女で人生の師であるミラージュの美しさにはかなわないと本気で考えているからだ。だから外見については美しいものを素直に美しいと感じることができる。ネルとクレアとサラとを並べたら赤と銀と水色とでさぞ絵になるだろうと本気で思った。
 だがそんな賞賛は、さほど彼女を喜ばせるわけではなかったようだ。彼女は自分の体をいとおしそうに抱きしめて答えた。
「ありがとうございます。でも、私がそうあるのは全て、ブルー様のためですから」
 ここまで思われればブルーも男冥利につきるというものだが、サラの場合は半分ストーカーが入っているので現実に困っているという意味合いの方が強い。
「当然のことだけど、優勝したらもちろん願うのはブルーなんでしょ?」
 マリアが分かりきった答えを聞く。
「いいえ?」
 だが、サラはきょとんとして答えた。これは意外、と会場中が思った。
「私の願いは、クレア様に、もう少し【風】の予算と人員を増やすようにお願いすることです」
 このバトルは人事権まで操れるのか、とフェイトは頭が痛くなった。
「意外ね。絶対ブルーと結婚するっていう話かと思ってたのに」
「いいえ。このような強制的な結婚というものを、私は好きにはなれませんから。それに、サラは夢見ているのです。いつの日か、ブルー様が私を迎えに来てくださる日のことを。だからサラは、自分を押し付けたりはしません」
 そんな台詞こそが押し付けそのものなのだが、そんなことにサラは気付かない。というか会場中が盛り上がって二人の仲を祝福しようとしている。ブルーは泣きたくなった。
「立派な心がけね。いい奥さんになれるわ」
「ありがとうございます。でも、バトルは手加減しませんから」
「当たり前よ。私だって譲れないものをこの戦いにかけてるんだから」
 そして二人が戦闘体勢に入る。
『それでは、第五試合、始めます! ジャンケン──』
 マリアがグラビティビュレットを放つが、既にその技は会場中の誰もが知っている。サラが回避しながら近づく。無論、マリアとて一つの技にこだわって戦っているわけではない。
『ポンッ!』
 サラのパーを、マリアのチョキで叩き落とす。
「くっ」
「悪いけど、そこのグレイほどじゃないわね。マグネティック・フィールド!」
 マリアの周囲に磁場が発生し、サラの動きが止まる。
「うっ」
『ジャンケン、ポンッ!』
 拳を握り締めた状態だったサラをマリアが突き出す。二対〇。
「強いな、マリアは」
 シーハーツの二級構成員、一級構成員を相手に完全に優位に試合を進めている。意外な強敵がここにいた。
「まずいな」
 だがブルーが顔をしかめた。
「どうしたんですか」
「サラの顔つきが変わった。本気モードだ」
 言われて見ると、確かにサラの顔から笑みが消えている。
「本気になると、どうなるんですか」
「ああ……」
 ブルーが言いよどむ。そしてリング上のマリアも、相手が本気になったことを認めて警戒しているようだった。
「あいつは、本気になると──」
『ジャンケン!』
 お互い、鋭く踏み込む。
『ポンッ!』
 そして、マリアはグーを出した。

「──弱くなるんだ」

 マリアのストレートがモロに顎を捕らえる。指を二本立てていたサラがそのまま気を失って倒れた。倒れてもなおVサインを出しているところに悲哀を感じた。
「うわ、あっさり」
「ああ、だからまずいと言った」
 ブルーはため息をついた。グレイはとりあえず勝者の手を高々と上げる。
『勝者、マリア・トレイター!』
 長く時間をかけた割りに三対〇という圧勝劇であった。






 エデンvsアクアは、エレナを破ったアクアの三対〇ストレート(あいこもなく三回で決着がつくこと)で決着。ネルはあのジャンケンマシンを何とか見極めようとしていたが、どうにも理解不能らしい。

 あの機械には何かがあるというのは分かるのだが、それ以上を悟らせない。次の対戦はマリアvsアクアだ。さすがにこの相手にはマリアも苦戦するかもしれない。
 そして、もう一人の紋章遺伝子組、ソフィア・エスティードの出番となった。一気に巻き起こる歓声。ああ、ついに自分も観客に認められる日が来たんだ、とソフィアは喜んだ。
 直後、
『イ・ラ・イ・ザ! イ・ラ・イ・ザ!』
 その歓声が全て、対戦相手のイライザ・シュテンノのものであったと知り、危うく鉄パイプを振り上げそうになる。
「みんなぁ、今日はありがとぉ〜っ! イライザ、今日もがんばるねーっ!」
 まるでコンサート会場のノリでイライザが四方の客に手を振っている。その姿までがソフィアの癇に障った。
「負けないもんっ!」
 猫ロッドをイライザに向ける。だがイライザはそんなソフィアにもアイドルスマイルを向ける。すると会場のボルテージがさらに上がった。
『悪を倒せ! 悪を倒せ! 悪を倒せ!』
 さすがに会場五万人からのブーイングにソフィアも引く。観客は全員がイライザの味方だった。
「どう思う、マリア?」
「この戦いの勝ち負けが、ってこと? 決まってるじゃない。ソフィアの勝ちよ」
 だがこの姉はあっさりと勝敗を予言してみせた。あまりにもあっさりと言う。
「どうして?」
「あのね、フェイト。ソフィアは出番も少ないし、パーティに参加してからずっとレベル1で上げてもらえなかったっていう過去の実績もあるし、エンディングタイムも一番短いし、ゲーム序盤と終盤とで全然性格変わってたりするし、鉄パイプ振り回す目が据わってる絵に恐れおののいた人が多いのも事実だし、はっきりいってヒロインとしての扱い受けてないところはあるけれど、それでもメインキャラには違いないのよ。腐ってもメインキャラ。人気が勝敗を決めるのじゃないっていうことが分かるわよ」
 自信満々のマリア。まあ、それを言ってしまえば物語は成り立たないのだが、事実だから仕方のないことではある。
 だが、今回の相手はソフィアにとっていささか強大だった。
 何故ならば。
「私がどうして魔女っ娘イライザと呼ばれているか、分かりますか?」
 イライザが笑顔で尋ねる。
「それは、私がさまざまな『魔女』の力をこの身に宿すことができるからです!」
 そして彼女は両手を天に翳した。
「エロイムエッサイムエロイムエッサイムわれはもとめうったえたりー」
「それってっ!」
 ソフィアが何か言うよりも早く、やけに気合の入らない口調でイライザがばらんがばらんが呪文を唱える。するとどこからともなく、妙な歌声が聞こえてきた。
『たいく〜つなときは、わ〜るいやつら、た〜げっとにきば〜らし〜』
 やけに低い声がソフィアの背筋を振るわせる。
 直後、イライザの目が光った。
「あああああああっ! ざけんじゃないわよっ! アタシの出番がこれだけってどういうことよっ! いきなりドラグ・スレイヴ!」
 リング上で爆発が起こる。何故か燃え上がった炎がグーの形になっているところが笑える。それに吹き飛ばされたソフィアは律儀にチョキを出していた。
 きゃうん、とリングに落ちてきたソフィアがダウン寸前の声をあげる。だが、既にイライザは元に戻っていた。
「こんな感じです」
「どんな感じなんですかっ!」
「まだまだ行きます。エロイムエッサイムエロイムエッサイムわれはもとめうったえたりー」
 すると今度のイライザはどこかその姿に影を帯びる。そしてまた歌が聞こえてきた。
『だ〜りんそ〜ぜぁ〜ゆあ〜(中略)ゆ〜あ〜の〜どり〜〜〜〜〜〜〜ぃま〜』
「こ、今度は何よぅっ!』
 すると、突如どこからともなく犬が駆け寄ってきてイライザの肩に乗る。
「好きにな〜る好きにな〜る好きにな〜る」
「それは某魔女ヒロインですかっ!」
「アンジェロストライク!」
 発射された某名犬は器用にチョキのオーラを放ってソフィアに命中する。ソフィアはまたしても律儀にパーを出していた。
「さあ、とどめですっ! エロイムエッサイムエロイムエッサイムわれはもとめうったえたりー」
 するとイライザの後ろに何故か白と黒の美少女が出てきた気がする。瞬間、
「いける」
 マリアが呟いた。
「なんだって?」
「あの技ならソフィアは多分、かわせる」
「どうしてだい」
 フェイトは真剣に尋ねる。マリアも真剣に答えた。
「オチが見えるからよ」
 言っている意味が分からないが、フェイトはリング上に目を戻した。すると、例のごとく歌が聞こえてくる。
『ぷりっきゅあっぷりっきゅあっぷ〜りきゅっあ〜ぷ〜りきゅっあ〜』
 するとその歌声に導かれるかのようにソフィアの目が光る。
「プリキュアの美しき魂が、邪悪な心を打ち砕く! プリキュアマーブルスクリュー!」
 その手のひらから雷が発射されるが、ソフィアも同じように紋章術を放った。
「サンダーストラック!」
 相手が雷で来るのが分かっているのなら、同属性の魔法で打ち破ればいい。それだけの能力がソフィアにはある。その雷がチョキの形となってイライザの雷を打ち破って、相手にダメージを与えた。イライザが悔しそうに唇を噛む。

「ありえない!」

「それがオチっすか」
「そうよ。予想できたでしょう?」
 フェイトとマリアがリングサイドでそんな会話をかわしていたが、これで気を取り直したソフィアがさっさとサイレンスをかけ、イライザの言葉を封じる。
 こうして逆転勝利を収めたソフィアが準々決勝にコマを進めた。
「ってちょっと、私が勝ったシーンがないんですけどっ」
 確かに人気で勝敗は決まらなかったが、人気でシーン数は変わった。イライザ的に言えば、勝負に勝って試合に負けたというところか(激しく違う)。
 ちなみに、ソフィアの勝利に対しては会場全体からのブーイングがあったことだけは追記しておく。






 なお、石化を解かれたアドレーvsエリザは予想の通りアドレーの三対〇ストレート。エリザ談「鼓膜が破れるかと思った」とのこと。
 こうして準々決勝の組み合わせが確定した。






 フェイト vs クレア
 アルベル vs レッサー
 マリア  vs アクア
 ソフィア vs アドレー












 続かない続きます続く続くこと続けば続け





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