Memory

第4話 The fascinating Rome






 さすがにその言葉は全員を絶句させた。ただ、同席していたラッセル執政官だけは何を話しているのかが理解できていないような様子だ。まあ宇宙のことを話しても、このエリクール二号星で事情をわきまえているのはネルの他に、アドレー、アルベル、ロジャーしかいない。
「む」
 その執政官が突如立ち上がった。そして「私にも用事がある。後は任せるぞ、ネル、フェイト」と言い残して立ち去る。どうやら話が込み入ってきたので、気をきかせてくれたようだった。
 ラッセルがいなくなって、ネルは徐々に体が震えてきた。
 何の冗談だというのだろう。
 この世界はアペリスが創った。いや、そのアペリスすらFD人たちが創ったものだ。だが、このエリクール二号星が創られたのは──自分がいたからだと、そういうのだ。
「話が大きすぎて、ついていけないね」
 頭をおさえながらネルが言う。混乱しているのが隣にいるフェイトにはよく分かった。
「僕もだよ。でも、どうやら──」
「ああ、分かってる。考えてみれば、あのルシファーとの戦いに参加したのが私だってことを考えれば、私が偶然選ばれたんじゃなくて、はじめから必然だったと考える方が正しいんだろうね」
 影星。そう、その言葉を聞いたのは初めてではない。サーフェリオの街にいる星見のメルト。彼が自分のことを確かにそう表現していた。
 光星フェイトに従う八つの星。その一つ、影星。
 自分はその使命を果たすべく、フェイトの影となって、敵から彼の身を守り、援護してきた。
 自分が彼に出会ったのが必然だ。それはいい。それは問題ではない。
「私のために、エリクール二号星が創られたっていうのは、本当なのかい?」
「正確には『影星の住む惑星』ということだがな。FD人たちの中にも派閥があるらしくてな。いつの日か、この世界が独立できるようにといろいろと細工をした奴がいる。私も詳しい話を知っているわけではないが」
 そうしてブラムスは語り始めた。この星が生まれたいきさつを。といっても、それほど長い話でもなかったが。
 FD人たちがエターナルスフィアの主たるゲームステージとして用意したのが太陽系第三惑星地球。ただ、そのFD人たちのうちの一人が、地球と酷似した惑星を創った。その星には地球の『影』となるべく、十則の聖板やカナンといった類似点を設定した。
 そして、いつの日かこのエターナルスフィアがFDから独立することを願い、地球には光星を、そしてエリクールには影星を設定した。
 そう、だから、エリクールに光星たるフェイトが来ることは決まっていたことだったし、影星であるネルがフェイトと出会うこともまた必然だったのだ。
「一つ聞きたいんだけど」
「なんだ」
「その、エリクールを創ったっていうのはやはり」
「エレナと呼ばれる女性だと聞いている」
 やはりそうなのだ。フェイトは重くその言葉を受け止めた。
 この世界のことを想い、そして願い通りにこの星が独立した後、この世界そのものを破壊しようとしている女性。
 エレナ・フライヤ。彼女が、自分たちの生みの親なのだ。
「エレナはこの星にたびたび入ってきていたが、いつしかこの世界に永住するようになった。もっともそれは、FD界でのトラブルが原因だそうだ」
 火災が起こってオリジナルの体が失われた、という話は聞いている。だが、ブラムスの言葉はもっと衝撃的だった。
「エリクールを創ってエターナルスフィアを独立させようとしていたエレナを、文字通り抹殺したということだ」
 抹殺。
 つまりそれは、FD界での火災は、事故ではなく、殺害だというのか。
「事故じゃないっていうのか」
「事故にする方が難しいな。世の中に偶然という言葉はそうそうない。実験中に火災が起きる確率、エレナという女一人だけがエターナルスフィアから帰ってこられなくなったという確率、それらを考えてみるといい」
 確かにおそるべき低い確率だろう。逆に言えば、それらは偶然起こったことではなく、人の手で起こされたものなのだという方が説得力がある。
「なんで、私が」
 ネルはまだ混乱していた。無理もないことだが。
「影星として選ばれたのがたまたまお前だった、と思えばいい。先ほども言ったが、この星はお前のために創られた。とはいえ、お前本人でなくてもかまわん。影星のために創ったと考えればいい。たまたま影星として選ばれただけのことだ」
「どうして私が!」
「何故といわれても分からぬが、今のお前たちを見れば適切な人選だったと思うが? ならば影星よ、お前は影星としての地位を誰かに譲り、同時に光星の恋人たる地位も譲ることに満足できるのか?」
 もちろんそんなことは論外だ。まさか、と応える。
「誰よりも光星を愛すること、それが影星としての運命なのだろう。だからこそお前が選ばれた。お前ならば、光星を誰よりも愛するだろうから」
「フェイトを誰よりも愛するからこそ、影星……」
 そう言われれば納得できないこともない。フェイトが光星として事件に巻き込まれるのなら、そうした運命とは何も関係なしに助けたいと思う。その気持ちが誰よりも強いという自信はある。
 その気持ちが影星の資格だというのなら、受け入れる。
「分かったようだな」
 ネルの顔つきが落ち着いたようなのを見て、少年ブラムスはようやく安心したような表情を見せた。
「ところでブラムス、君は随分FDのことに詳しいみたいだけど、それはどうしてだい?」
「情報をリークする者がいるだけのことだ」
 こともなげに応える。エターナルスフィアが独立したというのに、まだこちらの世界へアクセスできる人間がいるというのだ。
 いや、確かにいるのは分かる。たとえばブレアやエレノア、こうしたエターナルスフィアの製作に関わっている者はアクセスが全くできないわけではない。
「知っているだろう。フラッド・ガーランドという少年だ」
「フラッドが!」
「あの少年はお前のことを執着していた。いや、憎んでいたといった方が近い。何か理由があるのか?」
 無論、ある。あの『もう一つのエリクール』で最後まで化かしあいを行った相手。その記憶はほんのつい最近のことだ。
「それから影星よ、気をつけるがいい」
 ブラムスが話を変える。もちろんその様子がおかしいのは二人とも分かっていた。
「何だい?」
「影星よ。お前はこの星の命運を握っている。お前がいなくなれば、この星は滅びるだろう。そう思っておくがいい」
 突然。
 何げなく言われたその言葉に、すさまじく重たいものが込められていた。
「ど、どういうことだい」
 さすがのネルも、言葉に詰まる。ブラムスが続けて言葉を出そうとするが、その瞬間少年の顔つきが変わって、がばりと天井を見上げた。
「来る」
「え?」
 ブラムスの顔が戦う者の表情に変わる。
「もうすぐだ。奴がこの私に気付いた」
「奴って、まさか」
「オーディンの懐刀、フレイ」
 二人の顔が青ざめる。
「どれくらい強いんだい?」
「私とレナス、シルメリアが総がかりで何とか歯向かうことができるくらいだろう。私もこの不自由な人間の体でさえなければ、それなりに力を出せるのだが」
 不死者ではない体がブラムスの本来の力を妨げている。だがそれはやむなきことだ。
「とにかく場所を変えるぞ。それに光星、影星よ。お前たちもおそらくは狙われる」
「どうして」
「簡単なことだ。シルメリアをかくまっていたからな」
 シルメリア。すなわち、アミーナのことだ。
「でも、アミーナはオーディンたちと対立しているんだろう?」
「そうだ」
「なら僕たちはアミーナの味方だ。ブラムス、君もそうなんだろう?」
「無論」
「じゃあ、協力しよう」
 その言葉にブラムスが笑う。
「強いぞ?」
「覚悟の上さ。いいだろう、ネル?」
「ああ。どのみち狙われるんだったら、最初から戦う態勢を整えた方がいい。街の外に出るよ。草原で出迎える」
「ああ。いくよ、ブラムス」
「いいだろう。人間たちよ、私の足手まといにはならぬことだ」
 少年は不敵に笑った。






 雨の降るイリスの野は、いつもとは全く違う雰囲気だった。これは卑汚の風が出ていたころの姿だ。それくらい暗く、どんよりとしている。
 雨はそれほど冷たくもないが、さすがに服が雨水を吸い込むと動きが鈍くなる。この状態で満足に戦えるかどうかは不安だ。
「来るぞ」
 先頭に立つ少年、ブラムスが言う。そして、雲の切れ目から少女が現れた。
 金色の髪、そして緑色の服。妖精の国から現れたかのような少女。
「久しぶりね、ブラムス。決着をつけに来たわ」
 堂々と正面から決闘を言い渡す少女に、どこかほのぼのしさすら感じるのだが、レナスにせよブラムスにせよ、その実力はフェイトたちを上回るのだ。当然命がけだ。
「決着か。それは既に前の邂逅のときに終わらせていたはずだが」
「あれで勝ったつもりなの? 現にあなたは不死者として滅び、人間として生まれ変わった。もうあなたは以前のブラムスとは違うのよ」
「それはお前にも当てはまるようだな、フレイ。見違えるほど小さくなった」
 するとフレイはかっとなって睨みつけてくる。
「仕様だから仕方がないでしょう!」
「それはこちらも同じだ。いずれにせよ、力と力の勝負。口を挟む必要などあるまい」
 ブラムスは拳を握り締めた。そして後ろに立つフェイトとネルも各々武器を構える。
「光星に、影星」
 続けてフレイは後ろにいる二人に視線を移した。
「シルメリアを奪った罪は重いわ。この場で粛清してあげる」
「言いがかりだ」
「全くだ。神々のするべきこととは思えないね」
「その口を、永久に塞いであげる」
 そして再び視線がブラムスに戻る。
「さあ、私たちの大切な駒、シルメリアを返しなさい、ブラムス!」
 そのフレイの姿が消えた。直後、ブラムスが反転する。
 フレイはブラムスの背後に現れていた。フェイトとネルのすぐ傍だ。
「くらえっ!」
「させるか」
 フレイの紋章術が放たれるが、ブラムスはものともせずに接近して拳を見舞う。紋章術はブラムスをすり抜け、またブラムスの拳は空を切る。フレイは既に後方に瞬間移動していた。
「やっかいな技だ」
 フェイトが冷静に分析する。瞬間移動。相手のやることがわかれば対応も立てられるが、どこに出てくるのかが分からなければどうにもならない。
「それだけではないぞ。奴の力は比類ない。見かけに騙されないことだ」
「それはもう、レナスや君でよく分かってるよ」
 ブラムスやフレイは確かに強い。だが、フェイトたちも決して弱くはない。それに絶対の切り札がある。
「行くぞ、フレイ!」
 ネルが黒鷹旋を放つ。それと同時にフェイトがディバイン・ウェポンを唱えて接近する。
 フレイは大刀が到達する前に消えた。直後、フェイトも技を繰り出す。
「ストレイヤー・ヴォイド!」
 フェイトもまた消える。そして現れたフレイの、さらにその背後を取る。
 勢い良く振り上げた剣が、回避していくフレイの背を掠めた。衣服がはだけ、うっすらと血が滲む。
「ほう」
 ブラムスは感心した。まさか紋章遺伝子を組み込まれているとはいえ、ただの人間があのフレイに一太刀浴びせたのだ。
「この、私が」
 フレイはそれで本気になった。今まではたかが人間と高を括っていただろう。だが、これからは違う。
「くるなら来い!」
 フェイトは身構えた。ミドルレンジ。相手が攻撃してくるには接近しなければならない。瞬間移動をしてきたらストレイヤー・ヴォイドでかわす。正面から接近してきたなら迎撃する。それがフェイトにはできる。
 だが、フレイは何もせずその場にたたずんでいた。いや、違う。
『気』を溜めていた。
「神技!」
 少女の両手に、真っ白な『気』が生じる。まずい、とフェイトは感じた。あの直撃を受けたなら、自分はひとたまりもないだろう。
「エーテルストライク!」
 フェイトは飛び退いた。それは間一髪だった。触れていないはずなのに、巨大な熱量が通りすぎていくのが分かった。
 彼の後ろには、シランド城の前にかかるムーンリットがあった。だが、そのエーテルストライクが橋を直撃した。
 巨大な爆発のあと、橋は、完全に消滅していた。
「なんて威力だ」
 ネルが呻く。さすがにこれほどの力となると、あのロメロなどよりはるかに強い。ロメロの炎は自分を強烈に焼いたが、今の技を受ければ間違いなく消滅する。
(うかつに戦うのは危険だな)
 瞬間移動、そしてエーテルストライク。この二つだけで充分に脅威だ。
「伏せろ!」
 ブラムスから指示が出る。フェイトは考えずにその場に伏せた。
 その頭上を空気の刃が通り過ぎていく。かまいたちか何かだろうか。もし回避していなければ間違いなく首が飛んでいた。
(どれだけ力があるっていうんだ)
 すぐに態勢を立て直すが、直後にフレイが瞬間移動する。
「後ろか!」
 その場所に向かって斬りつける。だが、フレイはバックステップで避けた。そしてカウンターの一撃をフェイトに叩き込む。
 右の拳が、フェイトの鳩尾に入った。
 内臓が全て破裂したのではないかと思うくらいの衝撃。そして、気がついたときには空を見上げていた。
 何が起こったのかわからない。気を失っていたのか。失っていたのならどれくらい時間が経ったのか。
 起き上がろうとするが、もはや戦闘不能状態だった。たったの一撃。それが今の自分とフレイとの決定的な差だった。
「大丈夫かい、フェイト」
 傍にネルがいた。ヒーリングで繰り返し回復している。大丈夫、といいながらなんとか起き上がる。
 その間、フレイはブラムスが押さえ込んでいた。とはいえ、ブラムスも自分の力が全て発揮できるわけではない。このままでは時間の問題だ。
「強いな、あの女の子」
「ああ。今までにないくらいだね。そんな気配は全くないのに」
「見かけは少女でも、神様だな、やっぱり」
 ようやく立ち上がるところまで回復した。とはいえ、体中が痛みを訴える。それを強引に殺してフェイトはふたりの戦いを見つめた。
(僕が何とかできるとすれば)
 たった一つだけある。たとえ相手が神でも、この技ならば通じるはず。
(僕の最強奥義、ディストラクション)
 直接人を相手に使うことには恐怖があるが、この際こだわってはいられない。アミーナはもとより、自分の命までかかっているのだ。
「ネル、フォローを頼む」
「分かってるよ」
 無理だ、とも、やめろ、とも言わない。自分が決めたことを必ず援護してくれる。
 光には影が付き従う。彼女はそれを忠実に実行している。
「なあ、ネル」
「なんだい?」
「この戦いが終わったら、僕らもタイネーブさんたちにあやかって、結婚式のことでも考えよう」
 突然のプロポーズに、ネルは思わず笑ってしまった。
「ああ、勝って、生き残ったらね」
「ようし。これで死ねないな」
 フェイトは集中し、ディストラクションの力を高める。
 そして、ブラムスとフレイが戦うその戦場へ、突進した。





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