Memory

第5話 the Memory & the Sky






「もう、こんな雨の中」
 マリアは全力で駆けるアミーナの後を追いかけていた。かなり早く走っているはずなのに追いつかない。もちろん彼女の向かった先は分かっている。このまま行けばシランドにたどりつく。この間のこともある、フェイトに何かあったとしか思えない。
(まったくもう、せめて晴れの日にしてほしいわね)
 髪と服とが水を吸って重い。それでも足はとまらずにただ駆けていく。
 この先に。
 何か、不吉なことがあるような気がして。






「奥義!」
 ブラムスとフレイが離れた瞬間、フェイトは片手で剣を上段に振り上げて飛び上がった。
「この技は」
 くっ、と呻いてフレイが間を空けようとする。だが、それは戦術の失敗。片手で剣を振り回すフェイトのリーチは普段よりも長い。しかも上段から振り下ろすのだから勢いが違う。渾身の力をこめた一撃がフレイの脳天に落ちる。
「ファンネリアブレード!」
 これはあの地下迷宮でレナスのエインフェリア、カシェルが使っていた技。
 フレイは避けきれないと悟ると左腕を出してその腕輪で受け止めた。衝撃で完全に破壊されたが、フレイへのダメージは完全に防がれた。
「レナスのエインフェリアのもの」
 フレイの顔が歪む。アーリィもレナスもシルメリアも、ことごとく大神オーディンに逆らう。その事実が彼女を苛立たせる。
「いまいましい戦乙女たち! 誰に作られたかも知らないで!」
 フレイの小さな体に闘気の炎が灯る。
「まずい、くるぞ!」
 フレイの最強奥義。その両手に白いスパーク。
「神技!」
 だが、この技がある限りこちらも手が打てない。何とか打開策を考えなければ。
「エーテルストライク!」
 回避すること自体は問題ない。だが、回避すれば当然背後で爆発が起こる。今度は街とは反対の方角なのでよかったが、何度もシランド方面へ放たれると困る。
「あらあら、逃げ回るしか能がないの?」
 実際それしかできない。何しろフレイの攻撃は早い。攻撃しようと思えばカウンターで攻撃される。
(カウンター?)
 フェイトの頭の中で素早く戦術を構築する。とにかく、ものはためしだ。
(いや、やってみる価値はある)
 ブラムスと視線を交わす。あの攻撃を防げば隙ができる。そこをブラムスに攻撃してもらえれば。
「行くぞ、フレイ!」
 フェイトは剣を構えて斬りかかる。
「あら、今度は特攻かしら」
 フレイのエネルギー弾が次々に被弾し、ダメージが蓄積される。
「その程度で私を倒そうなんて、甘すぎるわね」
 瞬間移動。
「その程度で僕を出し抜こうっていうのも甘すぎるんだよ!」
 瞬時に跳ぶ。そして、
「リフレクトストライフ!」
 神に、確実にヒットした。その渾身の力を込めた攻撃は、確実にフレイにダメージを与えた。
「一度ならず、二度までも!」
 だが、逆に激昂したフレイがエネルギー弾を炸裂させる。フェイトがダメージを受けながらも何とか踏みとどまる。
「もう許さない! 浄化してあげるわ!」
 両手に今まで以上のエネルギーが集中する。来た。
(僕に、力を)
 手に握る剣に力がこもる。
 そして、フレイの攻撃にタイミングを合わせる。
「神技!」
 フレイが両手を突き出す。同時にフェイトも剣を振りかぶった。
「神技!」
 一瞬、フレイが戸惑うがかまわずに攻撃を続ける。
「エーテルストライク!」
 スパークが、一瞬でフェイトに到達する。
 その攻撃に、カウンターをあてる!
「ニーベルンヴァレスティ!」
 ディストラクションの力を込めたミスリルソードを放つ。これはレナスがロメロを滅ぼしたときに使った技。それの応用だ。
「なっ」
 エーテルストライクはフェイトを直撃したが、同時にミスリルソードもフレイの体に突き刺さる。そして、ディストラクションの負荷に耐え切れなくなって、ついに今までフェイトの得物としてその手の中にあった剣は、砕け散ってしまった。
「がらあきだぞ、フレイ」
 その一撃を受けたフレイは呆然としていた。その隙にブラムスは必殺の一撃を放つことができる場所まで近づいている。
「ブラッディーナックル!」
 上段からフレイを叩き落す。そして、
「デッドリーレイド!」
 その下にもぐりこんで、ジャンプしながらアッパー攻撃。さらに、
「イモータルブロウ!」
 何度もそのアッパーを繰り返し放つ。
「轟然たる我が魔力の胎動」
 なおも拳に力をためる。これが、力を極めた者の、奥義。
「奥義! ブラッディカリス!」
 爆炎と共に、強烈なアッパーが何度もフレイをヒットする。
 見ていたネルには分かる。あれは、あの一撃、一撃がフェイトのイセリアルブラストと同じだけの魔力を秘めている。
 それが何発、いや、何十発入っただろうか。
 人間ならば最初の一撃で確実に死亡している。それほどの力。
「さすがにフレイだな。この一撃に耐えられるか」
 地に降りたフレイは、片手を地面につけて、歯を食いしばりながらブラムスを睨みつけている。
「あなたの今の攻撃なんて、そこの人間が予想外に力があったせいでしょ。過信するのはおよしなさい」
「この体の条件ではお前にはかなわぬからな。たった一撃で拳がぼろぼろだ」
 見ると少年の拳は血まみれだった。骨もきっとくだけているだろう。それだけの威力で攻撃したということだ。
「でも、その奇跡ももうないわよ。そこの人間にはもう力は残されていないし、何より武器がもうないのだから」
「だがお前もかなりの力が失われている」
「ええ、否定はしないわ。ただ、あなたの方がダメージは大きいのじゃないかしら?」
 少年ブラムスは顔をしかめる。以前の体のつもりでブラッディカリスを放ってしまったため、体中のあちこちで悲鳴があがっている。部分的に毛細血管が破裂しているところもあれば、神経が断絶したところもある。全快にはかなりの時間が必要だろう。
「だからといってここで放り投げるわけにはいかん。貴様とは決着をつけなければならんからな」
 今度は左手を握る。ブラムスの気が拳にたまる。
「もう同じ攻撃は受けないわよ」
「隙があれば話は別だ」
「ならば、試してみることね!」
 瞬間移動せずフレイは駆け寄る。どうやらその力を放つのも今のフレイには難しいようだ。
 ブラムスの鋭い一撃も、フレイには全てお見通しだ。一瞬でさらに懐にもぐると、両手で連打をブラムスの腹部に叩き込む。
「ぐほっ」
「まだまだ!」
 その小さい体がくるりと回転し、ムーンサルトキックをブラムスの顎にきめる。
「これに耐えられる?」
 強く握った拳が、落ちてくるブラムスの側頭部を痛烈に打つ。小柄なブラムスの体は地面を五メートルも滑り、水しぶきが舞う。
「ぐ、う……」
「そこまでね、ブラムス」
 と、ゆっくりフレイが近づく。だがそのふたりの間に割って入ったのは、唯一まだダメージを受けていないネルだった。
「ああ、あなたも倒さないといけなかったわね、影星」
 フレイがエネルギー弾を生み出す。
「何をしている、影星。逃げろ」
 ブラムスが立ち上がるのも大変という様子で体を起こしながら言う。
「ふざけるんじゃないよ。一度味方にした相手を見捨てるなんてことはできないさ」
「光星の命に関わるぞ」
「フェイトはそんなに簡単に死にはしないよ」
 それより、ここでフレイを食い止めなければブラムスは無駄死に。そうなると回復したフレイがフェイトとネルを襲うのは分かりきっていること。
 ここで止めなければいけないのだ。
「いい覚悟ね!」
 エネルギー弾を放つ。無論、その一撃がどれほど重いものかは分かっている。だから遠慮なく、ネルも自分の全力を尽くす。
「封神醒雷破!」
 自分が使える最高の施術を放つ。だが、それでようやくそのエネルギー弾を一つ、消滅させる程度の力にすぎなかった。
「その程度?」
 フレイは続けて、二つ、三つとエネルギー弾を生み出していく。
「くっ」
「雑魚は引っ込んでなさい!」
 三つのエネルギー弾が同時に放たれる。
「封神醒雷破!」
 負けじと同じ技を放つ。その三つのエネルギー弾はそれによってかき消される。
「?」
 フレイが不思議そうに顔をしかめる。
「変わった人間ね。力を強くしたのに、それすらも消滅させるなんて」
 ふう、とフレイは脱力する。
「じゃあ、これならどう?」
 肉弾戦。神速で近づくフレイ。だが、それこそネルが待っていた瞬間。
「鏡面刹!」
 スピードなら仲間の中でも一番のネルだ。決してフレイ相手でも劣りはしない。そのネルが小太刀で連続攻撃をしかければ、フレイとも互角の肉弾戦ができる。
「へえ?」
 フレイは自分のスピードについてくる相手を見て微笑む。
「たいしたものね、人間のくせに!」
 その姿が消える。瞬間移動──
「風陣!」
 直後に自分の周囲に竜巻を起こす。その中に入り込もうとしたフレイが動きを風に阻まれる。
「なっ」
「もらったよ! 裏桜花炸光!」
 ネルの渾身の一撃がフレイの体を弾き飛ばす。打撃戦なんて柄ではなかったが、これもネルの最終奥義の一つだ。
「おのれ、人間!」
 またしてもフレイは両手に白いスパークを生み出す。
 その技を使わせなければならなくなるほどフレイを追い詰めたのか、それともその技によってネルが追い詰められたのか。
「神技!」
 両手にためた力を、一度に放出する──

『ニーベルン・ヴァレスティ!』

 だが、先に放たれた槍がフレイを貫いていた。
「な……?」
 二度目の技。だが、フェイトはまだ倒れたままだ。ならば、いったい誰が。
「……ネルを、いじめちゃだめ」
 槍が放たれた場所にいたのは、フレイと同じく小さな姿をしてはいるものの、浅葱色の鎧に身を固め、雨にぬれたアミーナの姿であった。
「し、シルメリア……か」
 ブラムスがなんとか立ち上がると、その神々しさすら感じる少女を見つめる。
「アミーナ!」
 ネルが叫ぶ。アミーナはその手に戻ってきた槍を構えると、ダメージが蓄積されたフレイに向かって突進する。
「ヴァルキリー風情が、この私に手傷を!」
 だが、その槍の腕前はまだ未熟なのか、あっさりと回避されると、フレイの拳が彼女を痛烈に打った。
「アミーナ!」
 地面に倒れたアミーナをネルが抱き起こす。
「アンタ、なんで私なんか」
 アミーナは何も言わずに、えへっ、と笑うと気を失う。どうやらここまでが彼女の力の限界だったらしい。
「くっ」
 アミーナを抱きしめながらネルは満身創痍のフレイに立ち向かう。
 相手は確実に消耗している。あと一歩だ。フレイ撃破まであと一歩。
 だが、決め技がない。どこまで追い詰めたとしてもフレイを撃破するのは難しいように思える。
「シルメリア」
 気づくと、ブラムスがすぐ隣に立っていた。
「ようやく会えたな、シルメリア」
 ブラムスの手が、優しく彼女のぬれた髪を撫でる。
「ブラムス、アンタ」
「感謝する、影星。私をこの娘に会わせてくれて」
 ブラムスの体が変調する。
 そして。
「シルメリアよ。お前に、魂を返そう。そうしなければこの場を切り抜けることはできそうにないからな」

 直後、アミーナの体は浅葱色の光で包まれた。





天使

もどる