DEMPTION10






「いよいよ準決勝か。負けられないな」
 フェイトは精神を集中させる。ここまでも接戦が続いていたが、次の試合もタフな試合になるだろう。何しろ、あのアルベルを全く相手にしなかったほどの実力の持ち主なのだ。
「負けるんじゃないよ、フェイト。あと二つなんだからね」
「分かってるよ、ネル。僕だって自分の身は大事だからね」
 マリアやアドレーが何を企んでいるのか分からないし、そもそもレッサーという男が何者かも分からないのだ。
 ただ、レッサーがかなりの実力者であるということは分かっている。そのレッサーを相手にどう戦えばいいというのか。
 風の読心術、光の心眼術を使いこなす、正体不明の坊、レッサー。
(正体が分からなければ攻略のしようもないけど)
 試合に勝つには相手の手をいかに読むかが全てともいえる。正体不明というのはそれだけで優位な立場を取ることができるのだ。
『さあ、それでは選手入場です!』
 歓声が上がる。その声に導かれるようにフェイトが会場入りする。
 ルーファ、ブルー、クレアと、師団長クラスを立て続けに撃破してきたフェイトはまさに優勝候補筆頭のアドレーに次ぐ実力の持ち主だった。
 だが一方で、反対側のサイドから登場するレッサー。こちらも強敵アルベルを撃破しているのだ。どちらも力は充分。
 互いにリングインしてにらみ合う。
(この圧倒的な威圧感……できる!)
 フェイトはその威圧感をいつかどこかで感じたような気がしていた。だが、その正体が分からない。
「お主には、二つの選択肢がある」
 いつかどこかで聞いたフレーズをレッサーが言う。
「潔く死んで冬木市の英霊となるか、高町家の冥王に嫁ぐか。さあ好きな方を選べ」
「それフェイト違うっ! つかどっちもやだし!」
「ほう?……ならば」
 ミイラ男は構えに入る。
「少し、頭、冷やそうか」
「お前が冥王かよ!」
『それでは、準決勝第一試合、フェイトvsレッサー、はじめ!』
 グレイのコールで二人が動き出す。
『じゃんけん!』
 フェイトの姿が消える。これはクレア戦で見せたストレイヤー・ヴォイド方式。
『ぽん!』
 現れたフェイトのグーに対し、レッサーはたやすくグーで応戦する。
「あいこ?」
「ほう、なかなかやるな」
 レッサーは少しも戸惑う様子もない。
「この私に心を読ませぬとは。だがしかし!」
 レッサーはさらに調子を高める。
「お主の一挙手、一投足まで私の目には全て丸裸だ。お主が次に何を出すか、容易に──」
「黙ってろ!」
 そしてフェイトは駆け出す。む、とレッサーは本当に黙った。何かどことなくデジャヴ。
 繰り出されるフェイトのチョキ。レッサーは何故かあっさりとパーで一点先制された。
『おおおおおおおっ!』
 正体不明、謎の僧侶、レッサーがついにポイントを落とした。さすがは救世主、やるときはやる。
「そうか!」
 ネルが叫ぶ。
「分かりましたわ!」
 クレアもだ。
「気づくのが遅いわい」
 アドレーは最初から知っていたというような口ぶりだ。
「え、何が?」
 リング上のフェイトだけが分かっていない。
「そいつの──いや、その方の正体だよ! いいかいフェイト、レッサーという言葉をさかさまに読むんだ!」
「レッサー? ええと、ーサッレ」
「馬鹿!」
「馬鹿!」
「KY!」
 何故か大量にののしられる。しかもなにかひどい暴言を吐かれた気がする。
「だってさかさまにしろって! ネルが!」
「違うよ! きちんとさかさまにするんだよ! レッサーはLESSAR、つまり、これをさかさまにするとRASSEL。つまり、そこにいるミイラ男の正体は、ラッセル執政官なのさ!」
「な、なんだってー!?」
「ほう、よく気づいたな、ネル」
 するとそのミイラ男の体の中心に亀裂が走り、上の方から二つに別れていく。包帯の意味がない。
「こ、これはターミネーター2! 古い!」
「や、やはりあなたでしたか。ラッセル執政官!」
 現れたのはいつもの気難しそうなラッセル。このベスト4まで残っていた正体不明の男がまさか、この国の上層部だったとは。
「今年のメンバーは、六師団でもかなわぬと思ったのでな。私も参加することにしたが、よく気づいたな、ネル」
「はい。陛下にさんざん黙らされている執政官をいつも見ておりましたので」
 それはネルがひどい。この場で言うことじゃない。
「だが、私がどれだけ本気でこの場に臨んでいるか分かるまい!」
「執政官は何が望みなのですか!」
「決まっておろう! それはフェイト、お主よ!」

 場が凍る。

「……執政官に、そんな趣味があったとは存じませんでした」
「すみません、ラッセルさん。僕にはそんな趣味はないんです」
「それにしてもすごいカミングアウトっぷりね。さすが執政官ともなると度胸が違うわ」
 ネル、フェイト、マリアと立て続けに言葉が出される。というより、会場五万人の白い視線がラッセルに突き刺さる。
「何を馬鹿なことを言っておるか! 私はフェイトを正式にシーハーツ軍に入れ、国力の増強を考えておるだけだ!」
「今さら」
 はっ、と鼻で笑うフェイト。
「き、き、きさまぁ〜!」
「黙りなさい、ラッセル。見苦しいですよ」
 すると貴賓席にいた女王が声をかける。
「はっ……いえ、ですが」
「あなたの嗜好をとやかく言うつもりはありませぬが、あまり品位というものを損なわぬように」
 厳重注意。哀れラッセル。
「ど……どいつもこいつもおおおおおおおおっ!」
 ラッセルの怒りが頂点に達し、後ろで一つしばっていた髪の毛が逆立ち、金色に変わる。
「ま、まさかあれは、伝説の!」
「何だっていうんだ?」
「あれは、純粋な怒りの気持ちに達した者がなれるという、スーパーエリクール人!」
「怒りの内容がえらくちっちゃいな、おい」
「いいいいいくううううぞおおおおおおおっ!」
「何かキャラ変わってるよ!」
「かまえるんだ、フェイト。来るよ!」
『じゃんけん!』
 うなるラッセルの右腕。
「これしかない!」
 フェイトは究極奥義、イセリアルブラストで応戦する。
『ぽおおおおおおおん!』
 フェイトのグーが、ラッセルのパーに吹き飛ばされる。その衝撃波でフェイトの体がリングロープまで吹き飛ばされる。
「なんてパワーだ」
「でもまだイーブンだ。いけるよ!」
 ネルの声援が飛ぶ。
「そうはいっても、あのラッセルさん、勝てる気しないよ!」
「大丈夫。相手はラッセル執政官なんだ。それを忘れちゃ駄目だよ!」
「相手はラッセル?」
 今のネルの言葉はヒントだ。だが、こうしている間にもラッセルは迫ってきて、次の手を繰り出そうとしている。
 そのとき、今までのラッセルとの思い出が、走馬灯のように頭をよぎる。

『ですが陛下』
『黙りなさいラッセル』

『そなたらは』
『黙りなさいラッセル』

『そのようなことができるはずが』
『黙りなさいラッセル』

『お主を差し出せば』
『黙りなさいラッセル』

 ……何か、黙りなさいと言われている場面しか記憶にないのはどうしてだろう。
(はっ、そうか!)
 分かった。
 ネルの言いたいことが。そして、このラッセルを止める方法が。
「ジャンケン!」
「戻りなさい、ラッセル!」
 フェイトが大声で命令すると、ぽんっ、と音がしてラッセルが元のすがたに戻る。
 その擬音語と同時に、ラッセルのパーに対して、フェイトはチョキを繰り出した。
 おおおおおっ、と会場がざわめく。
「ほ、本当に戻っちゃった」
「スーパーエリクール人ってたいしたことないのね」
 傍から見ていたマリアがため息をつく。
「ふ、ふふふふ、甘い、甘いぞ、フェイトよ!」
 だが、さらに力を蓄えたラッセルが『変形』していく。
「な、なんだ!?」
「見るがいい、これが最終形態! スーパーエリクール人スリー!」
 髪が逆立つどころか異常に伸びて、しかも顔つきやら体つきまでが変化する。
「出てこいとびきり全開ぱぅわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「なんかラッセルさんがアビ化してるううううううっ!」
「こらフェイト! あんたはもリーチかかってるんだよ! さっさととどめさしなよ!」
「だってネル! あれ反則! もう人間の枠からはみ出てるよ!」
「仕方ないよ、執政官だからね」
「それですむの!? 執政官だったらなんでもありなの!?」
「いいから黙りなよ、フェイト。どんなに形が変わったって、あれはラッセル執政官なんだよ」
「ラッセル執政官は『ぱぅわぁ!』とか言わないよ!」
「ちょっとハイになってるだけだよ。大丈夫」
「あれが『ちょっと』!? 形容詞間違ってるから!」
 そうこうしている間にもラッセルは近づいてくる。
「ゆぅぅぅぅぅくぅぅぅぅぅぞぉぉぉぉぉっ!」
「早くしな、フェイト! ラッセル執政官が元に戻りそうなことを言うんだよ!」
「ええええ、えっと、えっと」
『ジャンケン!』
 既にじゃんけんの体勢に入っているラッセル。
(ままよ!)
 フェイトは、その長く伸びた髪を指さす。
「その髪、頭皮に負担が大きそうですね!」
 瞬間、ラッセルの姿が元に戻った。
『ぽんっ!』
 フェイトのグーが、ラッセルの横っ面を殴り倒す。Vサインのラッセルがリング外まで吹き飛んだ。
「それまで! 勝者、フェイト・ラインゴッド!」
「恐かった、恐かったよう」
 がくぷると震えている勝者の姿が、やけに印象的だった。






「つつつ……まったくフェイトめ、手加減を知らぬ奴だ」
 戦い終わって医務室。ラッセルが治療を受け終わり、貴賓室に戻ろうとするところへ来客があった。
「ふん。やっぱりお主が絡んでおったか」
「む、アドレーか」
 すっかり能面に戻っているラッセルが答える。
「どうだった、婿殿は」
「まあまあだ。シーハーツの今後を担う人材としては問題ない」
「ほう。貴様の眼鏡にかなうのなら、クレアの婿としてふさわしいな」
「クリムゾンブレイドの夫ならば、この国の重鎮として招いても問題はあるまい。だが、フェイトはネルの方が好みなのではないか?」
「ふん。だとしてもジャンケンキングになるワシの命令は絶対じゃからのう」
「やれやれ」
 ラッセルは苦笑する。
「だが、お前にはその前にもう一人、片付ける相手がいるようだがな」
 アドレーも笑う。
「なに。決勝戦はワシとフェイト殿で決まりよ。まあ、貴賓席でゆっくりと見ておるがいい」
 はっはっは、と笑いながら去っていくアドレーを見送って、ラッセルは、ふん、と鼻を鳴らした。












 もう終われ。





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