REEMPTION11






「フェイト、決勝進出、おめでとう」
 もう一つの準決勝、アドレーvsマリアの試合前。マリアは控室に引き上げてきたフェイトに声をかける。
「ああ。決勝はもちろん、マリアが相手なんだろ?」
「さあ、どうかしらね。あの人、こちらの予想の斜め上を行くから」
「違いない」
 アドレー・ラーズバード。『タイタンボイス』に表れるその力はまだ未知数。この準決勝まで来ていながら、いまだに一度も危険な場面に出くわしたことがない。
「さすがに前回キングってところだな」
「ええ。まあ、あの『タイタンボイス』については、その正体はもう分かっているのよ」
「え?」
「問題は攻略法ね。万が一のときのためのフラガラックは使っちゃったし、切り札がないのよね」
 ふう、と彼女は一息つく。
「正体が分かったって?」
「ええ。ソフィアの試合がヒントになったわ。けどそれをどうやって克服するかが問題よね」
「それはいったい」
「まあ、試合中に分かるわ」
 マリアはそういって身を翻す。
「でも、勝つのは私よ」

 颯爽とリングに向かうマリアの姿が、とても頼もしく見えた。






「さあ、準決勝のもう一試合が始まります! ここまで強敵を撃破してきたマリア・トレイター!」
 身軽にトップロープを飛び越えてリングインする。この戦いの中、女性で唯一残っている点で彼女への評価は高い。観客席から大声援。彼女もその声に手を振って応える。
「対するは前回キング! アドレー・ラーズバード!」
 紹介を受けて現れたアドレーは、真っ白な着物を羽織っての登場だった。まるで時代劇だ。
 ゆっくりとリングに入ってきたアドレーに、マリアが笑って挑発する。
「あなたが着物を羽織るなんて珍しいわね。それともなに、死装束のつもり?」
 だがアドレーも鼻で笑い返す。
「ふん。これはな、リングに上がるまでのカムフラージュよ」
「はあ?」
「そう、これを会場に見せ付けるための、な!」
 ばさり、とアドレーは着物を投げ捨てる。
 そして、その背に。

 娘★愛

「アドレー・ラーズバード! 3Pモード、見参!」
 会場が揺れる。前回キングの、そしてクレアの父親としての雄雄しい姿に、会場の全てが拍手を送る。
「フェイトさん」
 クレアは観客席ですぐ近くにいたフェイトに笑顔で語りかける。
「な、なんでしょう」
 もちろん笑顔は作られたものだ。証拠に目が冷え切っている。
「ディストラクションであの男を消してくれませんか」
「笑顔で言う台詞じゃないですよ、クレアさん」
 あまり刺激をしない方がいい。フェイトは危うきに近づかないことにした。
「お主はワシの娘とフェイト殿が結ばれるのを良しとせんようだな」
 そうこうしているうちに、リング上ではアドレーとマリアの挑発合戦が続いている。
「ま、本人が嫌がっているものを強制するのはよくないでしょ?」
「そういうお主は何が望みだ? お主もまさかフェイト殿を?」
「まさか」
 ふっ、とマリアが笑う。
「私はほしいものがあったら、こんな戦いに参加しなくても自分の力で手に入れるもの。はっきり言わせてもらうと、娘のためとか言って勝手に押し付けるあなたの考え方は疑問ね」
「クレアが望んでいることをかなえてやるのが親の務めではないか」
 リング上で火花が散る。
「すみません、ちょっとアレ、殺してきていいですか」
 クレアが立ち上がろうとするのを回りが全力で止めていたのはご愛嬌。
「ではお主の望みを言え」
「望みはないわ」
 マリアはきっぱりと答える。
「望みがない、だと? ならばお主、何のためにこの戦いに参加している」
「決まってるじゃない。一番になるためよ」
 マリアが戦闘体勢に入る。
「勝つこと。それが私の望みよ」
「ふん」
 アドレーが笑う。
「その程度であったか。何の願いもなく戦う者は、信念を持つ者には勝てぬ。それをこの場で思い知るがいい!」
 アドレーの筋肉が競りあがっていく。まさに格闘家。肉弾戦を得意とする男の体。
「アドレーさんってなんで施術士なんですか」
「私にその質問をしないでくださいね、フェイトさん」
 にっこりと微笑むクレアが怖すぎる。
「それでは試合、はじめ!」
 グレイのコールで二人が動き出す。
「マリアはタイタンボイスの攻略法が分かっているのかい?」
 ネルが尋ねる。
「いや、ただその正体は分かったと言っていた」
「クレア。あんたもあの技の正体が分かっていないのかい?」
「わかっていたら、とっくに皆さんに教えています」
 それもそうだ。クレアは父親が勝ち上がることを望んでいない。
「最初の一撃が、来る!」
 五万の観客全員が注目する最初の一撃。
「じゃんけん!」

「ぐーっ!」

 その声に導かれるように、マリアは右腕で、

「落ちろ、蚊トンボ!」

 そのグーで、アドレーの顔面を殴りつけた。
「な、なんだってー!?」
 マリアの攻撃には迷いがなかった。アドレーは両手を大きくパーに開いているので、これでアドレーが先制したわけだが、マリアのグーパンチでアドレーはコーナーポストまで吹き飛ばされた。
「なんだこの漫画的展開」
「まさか、ノックアウト勝ちを狙ったんじゃ」
「相手を行動不能にするのはルール違反だよ」
 ソフィアの発言にネルが冷静に答える。
「いいひゃんひひゃほう。へはいへらうは?」
 アドレーが立ち上がって人語ではない言葉を放つ。
「何て言ったんだ?」
「多分『いいパンチじゃのう。世界狙うか?』じゃないかな」
「なるほど──はっ、まさか、マリアの奴!」
「分かったみたいね」
 マリアはグーで殴りつけた右手をぶらぶらさせている。渾身の力で殴りつけたので手を傷めたのだろう。
「アドレー。あなたのタイタンボイスはこれで封じたわ。これでもう『追加効果』は得られないわよ」
「追加効果?」
「そうか!」
「そんな高度な技を使っていたのか!」
 フェイトとネルがその言葉の意味に気づく。ソフィア一人が分かっていない。
「ど、どういうこと?」
「アドレー様はもともと【光】の団長なのは知ってるかい」
「はい。もちろん」
「つまり【光】の戦い方の根本、相手の動作から敵の手を読み取る力を、アドレー様は備えてるってことさ」
「じゃ、じゃあ、あのタイタンボイスは?」
 そう。
 アドレーの戦い方は結局クレアと変わらない。相手の行動を読んで、手を出す。それだけだ。
「あのタイタンボイスは、相手の行動を確実にするための『追加効果』なのさ」
「追加?」
「そう。たとえば対戦相手が次の手をグーにするか、チョキにするか悩んでいる。アドレー様はそれを感じ取って、グーと叫ぶことによって相手の手を決めさせてしまうのさ」
「じゃあ、手が決まっていたら」
「そのときはその手を言うだけでいいのさ。手を出した本人すら、その声に導かれて手を出したように思ってしまうだろう。だいたい、三ポイント先取の戦いなら、そこまで気づかれることもない」
 なんという高度なテクニック。つまり、タイタンボイスとは単なる見せ掛け。その声が問題だと見せかけておいて、実際は相手の行動を読み取る目が一番の問題だったわけだ。
「ただ、その追加効果はやっかいだったから消させてもらったわよ」
「ふん。ほろへいろれはひのほうへひはおわっはほほほうはよ」
「『ふん、この程度でワシの攻撃が終わったと思うなよ』だそうです」
「よく分かるね、ソフィア」
 まあ言いそうな台詞ではあるが。
「はひひは、ほろへふふははふ!」
「『ワシには、この施術がある!』だそうです」
 いちいちアドレーの言葉を翻訳するソフィア。そして、

「ひーりんふ!」

 効果、発動せず。
「……ヒーリン『グ』?」
「喋れなくて効果が発動できなくなったみたいだね。これはある意味、サイレンスより強力」
 ネルとフェイトが冷たい目でアドレーを見る。
「これで勝負あったわね、アドレー」
 マリアがにやりと笑う。
「さあ、行くわよ! トライデントアーツ!」
 足転闘気法でアドレーに攻撃する。だが、アドレーはにやりと笑った。
「はうれはり!」
「『敗れたり!』」
「はー!」
「『ぱーっ!』」
 口内を怪我してなお『タイタンボイス』を続けるアドレー。が、しかし。
「え?」
 その闘気が、自然とパーを形作っていく。
 それをアドレーのチョキのオーラが切り裂き、今度はマリアをポストへと弾き飛ばした。
「ぐっ」
 その衝撃に顔をしかめる。これで二対〇。
「そんな、私は確かにグーを出したはず」
「ふん。ほろはひろほうへひは、ほろへいほらろほほっはは」
「『ふん。このワシの攻撃が、その程度だと思ったか』」
「な」
「それじゃあ」
「ほろほうり」
「『その通り』」
 アドレーが客席のフェイトを指差す。
「はひろはいはんほいふは、ひゃふはっひひはへはふほ」
「『ワシのタイタンボイスは、百八式まであるぞ』」
「どこの波動球よ、まったく。なら、こちらも全力を出すしかないわね」
 マリアの紋章遺伝子が輝く。
「そうしないと、あなたをノーダメージで行かせることになる」
「マリア!」
 観客席からフェイトの声が飛ぶ。
「大丈夫よ。見ていて、フェイト。少しでもあの人を倒す役に立ててくれれば」
 見破ったと思えた『タイタンボイス』。だがそれはいくつかある技の一つにすぎないのか。
 ならば、信じるものはただ一つ。
「この私の紋章遺伝子をもって」
 マリアの力が発動する。
「いくわよ、アドレー!」
 マリアが突進する。
「その身に刻め! 神技!」
 そして飛び上がり、上空から攻撃する。
「あれは!」
「準決勝の相手だった、レナスの!」
「ニーベルン・ヴァレスティ!」
 その巨大な闘気が膨れ上がり、アドレーに向けて放たれる。
「忘れておるようじゃのう、お主。準決勝でどうやってその技を破ったのだ?」
 いつの間にか、アドレーが会話できるようになっている。
 そして、彼の手には、銀色の短剣──
「まずい、罠だ、逃げろマリアーっ!」
「──後より出でて、先に立つもの──」
 そしてマリアの気がグーになったのを確認して、アドレーは技を跳ね返す。
「きゃああああああああああああああああっ!」
 アドレーのパーが、マリアの技を全てキャンセルさせ、マリアは空中から力なく落ちる。
「まさか、アドレーさんがフラガラックを」
「アドレー様、まさかその短剣、自ら開発したというのですか?」
「これか? これはな、亡き妻の形見じゃ」
 はっはっは、と豪快に笑うアドレー。だがこれで決着はついた。
「勝者、アドレー・ラーズバード!」
 三対〇。見事なストレート勝利だった。
「く、うう……」
「さて、これで決勝はワシとフェイト殿になったわけじゃが、お主の力と頭脳はちと困りものじゃのう」
 アドレーはにやりと笑うと、リングに倒れているマリアに近づく。
「な、何をするつもりだ!」
「何、決勝が終わるまで、少し黙っていてもらうだけよ」
 そしてアドレーはそのマリアの顔めがけて、両手を開いた。
「ねぇ〜んねぇ〜ん〜ころ〜り〜よ〜、おこ〜ろ〜り〜よぉ〜」
 その声にいざなわれるように、マリアの意識が徐々に薄れていく。
「良い子眠々拳。これは、ワシが術を解かぬ限り、永劫に眠り続ける施術じゃ」
「馬鹿なっ!」
「そういえば、フェイト殿はこの戦いに対する望みがなかったんじゃったのう」
 アドレーが悪役のごとく笑う。
「ワシに勝てたならばキングとして命令してみせるがいい。無論ワシもキングの命令ならマリア殿の目を覚まさせてやってもよい」
「ふざけるな!」
「いずれにしても勝負は決勝! いずれにしても勝つのはワシだがな! ふははははははは!」
 悪役笑いのまま、アドレーが控室に引き上げていく。
 あとに残されたのは、まるでどこかの女神のごとく眠り続けるマリアだけだった。
「……マリアだけに、女神?」
「……じゃあ、私らがセイントだね」












 俺たちの戦いはこれからだ!──





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