Seventh Heaven

第1話 Ceramic Girl






「へえ、イリスの野にこんなところがあるなんて知らなかったよ」
 フェイトはその遺跡を目にして正直な感想を述べる。サーフェリオ水中庭園。古代シーフォート王国時代の遺跡で、アペリス教の神殿にまつわるものだという。
 フェイトとネルは連日の激務が続いたため、女王より数日間の特別休暇を言い渡されることとなった。そこで、せっかくだから旅行にいきたいなどという話が起こったのだ。とはいえ、旅行といってもこの辺りで行くことができる場所など限られている。どのみちシーハーツ国内のほとんどをめぐっている二人にとっては、いまさら目新しい街などない。
 だが、この遺跡だけは別だった。ここは今まで放置されていた場所で、考古学者がたまに現れて調査をしていくくらいである。フェイトも今まで来たことなど一度もない。
 かくいうネルも、子供時代にクレアと何度か来て探検ごっこをしたとか、その程度なので中の構造などほとんど覚えていない。
「ま、たまにはこういう先の見えないものもいいんじゃないかと思ってね」
「ああ、わくわくするよ。もともとこういうゲームみたいなのは大好きだし」
「気に入ってもらえてよかったよ」
 ネルとしては二人で旅行ができるのならどこでもよかった。ただ、最近はずっとフェイトが自分に合わせてくれている。ならば、たまには自分がフェイトに合わせてやろうという気になったのだ。
 ネルがいくつかフェイトにあげた候補地のうち、一番反応が強かったのはこの遺跡だった。ネルにとっては遺跡の何が面白いのか分からないのだが、子供の頃の冒険心を思い出すと、フェイトも同じようなものなのかもしれないと納得することにした。
 それに、このサーフェリオ水中庭園はかなり広い。一日では全部を回りきることができないほどだ。それだけの広いダンジョンを攻略するとなれば、ゲーマー・フェイトとしては腕が鳴るというものだった。
「考古学者はいろいろ調査に来ているのかい?」
「そうみたいだね。今はこの辺りも安全だけど、昔はこの遺跡にモンスターもいたんだ。だから、昔はこの遺跡は封鎖されていたんだ」
「じゃあ、今はモンスターとかはいないのか」
「そうだね。目に見えるところのモンスターはアーリグリフとの戦争が始まる前に一斉除去したから、新たに住み着いた奴がいない限りはモンスターはいない。その頃かな、遺跡が徹底的に発掘されたのは」
「じゃ、目新しいものとか、誰も見たことがない場所とかは、もうないんだ」
 少し残念そうな顔をするフェイトだったが、ネルは意味ありげに笑った。
「ネル?」
「ま、詳しくは後で説明するよ。まずは入らないかい?」
 そうして、二人は遺跡に入る。
 大きな石段をゆっくりと降りると大きな回廊に出る。いくつかの石柱が石の屋根を支えていた。
「けっこう、しっかりした技術だな」
 柱をじっくりと見たフェイトはそんなことを呟いた。
「分かるのかい?」
「一応、こう見えても地球じゃ大学まで行ってたからね。建築技術は専門じゃないけど、かじったことはある。ま、母さんの影響かな」
 リョウコは聞いたら何でも答えた。知らないことなど何もないかのように。
 その柱の形はエンタシスの柱。少し中央部が膨らむ。古代のパルテノン神殿と同じ形だ。
(やっぱり、製作者が同じ人間だから、共通点も出てくるのかな?)
 そんなことを考えながら、さらに二人は奥へと進む。
 壁画に天上画があらゆるところに描かれ、アペリス神話が物語となって表れてくる。
「すごいな。こんな神殿は地球にだってない」
 考古学者が熱を入れるのが分かる気がした。特に神話を中心に発掘を行っている人にとってはこの神殿は宝の山に見えるだろう。
「まさか、あんたがこの遺跡をそこまで気に入るとは思わなかったよ」
 ネルは正直な感想を伝える。
「新しい僕の一面が見られて嬉しいだろう?」
「馬鹿」
 一言で切り捨てるが、それでもフェイトは嬉しそうにしている。
 彼が喜んでいるのは、確かに遺跡が素晴らしい出来だったからだが、そればかりが理由ではない。
 その遺跡に、自分の最愛の女性と二人きりだというこのシチュエーションが嬉しいのだ。
 先に立って歩こうとする彼女を、フェイトは後ろから抱きしめる。
「フェイト」
「ありがとう、ネル。こんなところを紹介してくれて」
 場所が場所だけに、少し気がひけなくもなかったが、どのみち誰も見ているはずがない。ネルは安心して後ろの彼に体を預けた。
「あんたが気に入ってくれたなら一番だよ」
「でも、ネルはつまらないんじゃないのかい?」
「私も同じだよ」
 何が同じなのか、フェイトには分からない。
「つまり、あんたと一緒なら幸せってことさ」
「今日のネルは、また随分と素直さんだ」
「私の新しい一面が見られて嬉しいだろう?」
 後ろにいる彼に頭だけ振り返って挑発的に笑う。フェイトも笑って、彼女に正面を向かせた。
「ん……」
 唇を重ねる。
 その行為がどれだけの幸せなのか、と頭の片隅にそんなことを思い浮かべる。
「ネル」
「何だい?」
「二人っきりでいられるなら、あまり帰りたくなくなってきた」
 正直なことを言うフェイトに、ネルは思わず笑った。
「私もさ。たまにはこういう休暇も悪くない」
「そうだね」
「それじゃ、もう少し奥に行こうか。あんたの求めているものがあるかもしれないよ」
「求めているもの?」
 だが、やはり意味ありげに含むネル。フェイトも行けば分かるとそれ以上の追及はしなかった。
 そして神殿の最奥にたどりつく。この広間も徹底的な調査が行われたのだろうが、子供の頃にここに何度も入って、モンスターたちと戦っていたネルにとっては、さらに隠された秘密があることを知っている。
 ネルは懐から、一枚のメダルを取り出した。
「それは?」
「これは、封鎖された扉を開く鍵さ。私とクレアがここで見つけたもの。あまりに綺麗だったから持ち帰ったんだけど、おかげで扉が永久に閉まったままになった。考古学者にはあまり嬉しくないことだろうね」
「子供の時のネルって、随分と活発だったんだな」
「普通の貴族の娘って感じじゃなかったね。クレアやルージュだってそうだよ。三人で色々なことをした。ただ、ルイーズ家はうちらと違って父親が厳格な人だったから、シランドの外に行くことはできなかったからね。ここによく来たのは私とクレアだけなのさ」
「ルージュさんの父親が、厳格?」
 今ひとつ想像つかないフェイトであったが、そんな疑問もネルから手渡されたメダルにかき消される。
「そこの窪みに埋めてごらん。扉が現れるから」
「へえ」
 そうなるとこのメダル自体に興味が出てくるが、それは後の話。今はこのダンジョンを目一杯楽しもうと思った。
 ゆっくりとメダルをはめると、フェイトの正面の壁に、ゆっくりと亀裂が生まれる。
 そして、石壁が徐々に二つに分かれていった。
「うわ」
 人が三人ほど横に並べばいっぱいというくらいの幅の通路が、その奥に続いていた。
「扉って、このことか」
「ああ。面白いだろう? でも、私たちもこの奥は行ったことがないんだ。さすがに緊張するね」
 ネルが武器を手にした。つまり、子供の頃にこの扉を封印したことによって、この奥は誰も入ることができなくなってしまった。結果として、モンスターが今でも生き残っている可能性があるということだ。
「わくわくするよ」
 フェイトも新調した腰の剣を確認して、先にその通路に入っていった。
 だが、フェイトの剣ではこの通路の幅はいささか狭すぎた。もしもこの通路で戦いになれば、ネルの援護を受ける形で、素手で戦わなければならないだろう。
 ゆっくりとフェイトは奥へ進む。
 やがて、その奥に扉が現れた。敵は幸い、一体も出なかった。
「開けるよ」
「ああ」
 そうして二人は、神殿の本当の最奥にたどりつく。
 そこは、祭壇だった。
 サーフェリオ水中庭園の謎は、祭壇がないこと。だが、その祭壇はこうして隠されていたのだ。
「結構広いな」
 普通、祭壇は信者がたくさん入れるようにするため広くするのが普通だが、ここはシランドの大聖堂と同じくらいの広さがある。国のどこの神殿でも見られない規模だ。
 天上も高く、十メートルくらいはあるだろう。全てが石壁でできていて、アーチ状となっている。もちろん天上と上下左右の石壁には壁画。そして、奥の壁の前に祭壇が備えられていて──
「……あれ?」
 その祭壇の上に。
「ネル、あれ」
 フェイトは指をさしてから、駆けつける。
「まさか」
 ネルもその祭壇に近寄った。
 高さ一メートルほど、横幅二メートル、縦幅一メートルほどの石で出来た祭壇の上。
 そこに、一人の女性が横たわっていた。
 そっとネルが手をとってみる。暖かい。きちんと生きている。
 だが、理由は分からないが寝ているのとは違う。どうやら気を失っているようだった。
「どうして、女性がこんなところに」
 フェイトはその女性を見つける。
 自分と同じくらいの歳の、綺麗な女性だった。蒼い髪が神秘的に輝き、胸元にペンダント、そして月の形をしたヘアブローチをつけている。髪と同じ色の服を着て、ミニスカートから白い脚が伸びている。
 そして何より特徴的だったのは、その耳。長く、尖っている。
「とにかく、連れて帰ろう」
 フェイトが言うと、ネルが頷いた。
 せっかくの休暇には違いなかったが、こんな状態で眠っている女性を見捨てていけるほど、二人は酷い心の持ち主というわけではなかった。






 そして女性を連れ帰ってくると、シランドは既に夜もふけていた。
 遺跡の中で一晩過ごすつもりだった二人にとっては予定外の帰着となった。当然、二人の姿を見かけることとなった人物から「どうしたのか」と訪ねられることになる。
 その筆頭はもちろん、親友のクレアだった。
「あら、今日は帰ってこないんじゃなかったの?」
「事件が起きてね」
 後ろで完全に体力を使い果たしたフェイトが、それでも女性をおぶったままクレアに微笑みかける。
「すみません。ちょっと、遺跡で女性が倒れてたものですから、こちらまで連れてきたんです」
「あらあら」
 クレアはフェイトが背負っている女性を見て、素直な感想を言った。
「随分と可愛い子ですね。ネルよりもこちらの女性の方が気に入りましたか?」
 その言葉に、ネルの周辺空気が凍りつく。フェイトはそれに気づかない振りをした。
「そんなことはないですよ。でも、倒れている人を放っておくわけにはいきません」
「そうですね。医務室へお連れしましょう」
 会話に入れてもらえず、不満な表情を浮かべたネルを置き去りにするかのように二人が医務室へ向かう。ため息をついたネルはなおも不満そうにその後ろに続いた。
 医務室に入り、彼女を横にする。女医がすぐに診察するが、結論は「何ともない」の一言だった。
「理由は分からないが、気を失っているだけだ。おそらくすぐに目が覚めるだろう。精神が衰弱しているところも見られない。いたって健康体だ」
 ほっと一安心した三人であった。
「さて、それじゃあ私は戻るわね」
 クレアがそう言う。仕事がまだ残っているのだという。
「それじゃあ私も」
「ネル? 今日のあなたは休日なのよ? それもあなたが私以上に働いたせいで、過労で倒れる直前まで行ったせいでしょう。せっかくもらった一週間の休暇なんだから、お見舞い以外の理由でこの城に入ることはクリムゾンブレイドである私が許しません」
 きっぱりとクレアが言い切る。そして笑って近づき、耳元でささやく。
「フェイトさんの家で、優しくしてもらいなさい」
 その言葉に、顔が真っ赤に火照る。
「クレアっ!」
「それじゃあ、フェイトさん。ネルをエスコートしてくださいね」
「え? あ、はい」
 フェイトは突然話を振られてあいまいに頷くと、クレアが楽しそうに医務室を出ていくのを見送った。
「なあ、ネル。クレアさんはお前に何て言ったんだ?」
 明らかに態度のおかしいネルに対して尋ねるが、彼女は「知らないっ!」と大きな声を出して医務室を出ていった。
「あ、おい。待てよ、ネル!」
 その後を追いかけたフェイト。その二人の行動を見ていた医者がこっそりと笑っていた。
「若いねえ」
 その呟きは、医務室を出た二人に届くことはなかったが。





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