Seventh Heaven
第4話 macaroni
フェイトが医務室に入っていくと、中には監視のためか、光牙師団が三人ついていた。しかもその中の一人は、数少ない二級構成員だ。
「フェイトさん」
よくクレアの傍にいる人物。名前はグレイ・ローディアス二級構成員。フェイトと同い年で、ヴァン・ノックスの覚えがめでたい人物だ。
「やあ、グレイ。セラは目が覚めたかい?」
「いえ、まだですけど、その」
「分かってる。これは光牙師団の任務だって言いたいんだろう? 大丈夫、クレアさんから許可はもらったから」
その言葉を聞いてグレイもほっとしたようだった。おそらくフェイトが来ても入れてはいけないと言われていたのだろう。彼はフェイトとは仲がいい。どうやって追い返せばいいのか、そればかり考えていたに違いない。
「それに、ちょっと教えてほしいことがあるんだ」
「なんでしょうか」
「僕もこの事件については単独調査をする権限を与えられた。光牙師団とは違う方向から調査しようと思っている」
「はい」
「そこで、二つだけ教えてほしい。一つは大聖堂で最初にセラを発見した人と、もう一つは亡くなったラオという人物について」
「それは」
さすがにグレイは詰まった。どう答えていいのか分からない。なにしろ、一切の情報の流出は誰であれ禁止するというお達しが出ているのだ。
そして、グレイがこうなると絶対に口を割らない人物であるというのはフェイトにも分かっていた。何しろクレアが認めて二級構成員まで上がった人物だ。公務の公正さについては疑いようがない。
ネルがタイネーブやファリンをどれだけ重用しているかで充分にそれが分かる。
「じゃあ、抵触しないところだけ。発見した人物は別に教えてもらってもかまわないことだろう?」
「はい。神官のリンファさんです」
「ありがとう。それじゃもう一つだけ。先のアーリグリフ戦争で、ラオはどんな功績をあげたんだい?」
「ラオは確か、疾風の将軍を二人倒していたはずです。光牙師団の中でもそんな功績をあげた人はほとんどいません」
「昇級はしたの?」
「四級から三級に、ですね。功績だけ考えればさらにもう一つ上がってもよかったんでしょうけど」
「けど?」
「あいつは、ちょっと素行が悪いので、差し引いた形になってます」
フェイトは今の言葉から、その背後にある事情を斟酌する。
「ありがとう」
それだけ分かればフェイトには充分だった。クレアが何を考えているのか、だいたい想像はつく。
可能ならあとでネルから教わりたいところだが、負担ばかり彼女にかけてこれ以上の迷惑をかけるわけにはいかない。
(ラオか。殺された方に問題ありってことだな。これはラオのことを知っている人から聞くのが一番早いな)
そのことに気づいたのは、クレアの言葉の中にちょっとした違和感を覚えたからだ。
『私がラオの件は光牙師団で扱うと決めました』
その言葉の言い方に、何か別の意思を感じた。
ただこの事件を解決したいというのではなく、この事件を明るみにしたくないという。
きっと、何かがある。
それには、現場を見た人物に接触することが一番だ。
「ちょっとセラと話がしたいんだけれど、やっぱり三人ともいなきゃ駄目なのかな」
「はい。そればっかりは。何が手がかりになるか分かりませんし」
「いや、いいよ。すまない、無理なことばかり言って」
「いえ」
グレイが両手で頭を下げるフェイトを止める。
と、その時だった。
「う、ん……」
ベッドから声がした。
「セラ」
その声に導かれるように、フェイトは彼女のベッドの傍に近づく。
「セラ、目が覚めた?」
「あ、はい。私」
頭がぼうっとしているのか、右手で頭をおさえていた。
「何だか、頭がすごく重いです」
「ああ。辛いなら今日はゆっくり休むといい」
「ありがとうございます」
「いいよ。それより、一つ聞きたいんだけれど」
「はい」
「今朝のことは、覚えてる?」
二度、瞬き。
だが、彼女はそれ以上の反応は示さなかった。
「今朝?」
「うん。セラはどこか行かなかった?」
「いえ、昨日はずっとぐっすり眠ってました」
「そっか。分かった。じゃ、もう少し眠るんだ」
フェイトは優しく言うと、セラは微笑んで目を閉じた。
すぐに寝付いたのを確認して、ベッドを離れる。
「グレイ」
「は、はい」
「悪いけど、彼女の目が覚めても尋問は後にしてくれるかな。まあ、君ならそんなにひどい質問をするとは思えないけど」
「はい。でも、今のは」
「うん。覚えてないっていうか、多分あまりの出来事に記憶の蓋を閉ざしたんだと思う。だって、彼女は間違いなくその時の光景を見ていたんだろう?」
「と、聞いてます」
そう。
セラは、今朝の事件を全く覚えていない。それは今の一連のやり取りから明らかだ。
もしもこれが狙ってできたのなら、たいした演技力だと言わなければならないだろう。
(四肢を分断されたって? セラにそんなことができるわけないだろ)
その方法も動機も、セラには不可能なのだ。
「僕はちょっとそのリンファさんに会ってくる。とにかく状況を詳しく知りたい」
「分かりました」
「もしネルが来たら、大聖堂かリンファさんのところにいるって伝えて」
「分かりました」
そして、フェイトはその部屋を出た。
まったく、自分にはどうしてこうも厄介なことばかり舞い込んでくるのだろう。
だが、あのか弱い少女を放ってはおけない。
必ず助からなければならない。
(まずは、状況確認か。現場と、第一目撃者。それに──)
情報を流してくれそうな人物で心当たりといえば、一人か二人だ。
(ルージュさんなら教えてくれるかもしれないけど、さすがに光牙師団のことは分からないだろうしな。だったらもう一人に頼むとしようか)
あの厳格な人物──ヴァン・ノックスが答えてくれるかどうかは半分賭けだが、おそらくは事件を解決するのが先決だと考えてくれるだろう。
まずは大聖堂。
今日は完全に信者の参拝を中止し、神官たちが元の状態に回復するよう清掃中だった。
あちこちに飛び散った血痕を拭き取り、清めの塩を撒いていく。こういうところは地球の古い習慣と同じらしい。
(アペリス教の聖典に塩の話があるのかな)
ふとそんなことを考えつつ、フェイトは中の様子をうかがう。
すると、一人の神官が近づいてきた。
「お久しぶりです、フェイト様」
「大神官様」
フェイトはあわてて直立不動となる。
この美しい女性は、シーハーツ女王の妹姫だ。
「このたびは大変なことになってしまい、申し訳ありません」
「フェイト様が謝る理由はありません」
くす、と大神官は微笑む。
「それに、あの少女は犯人ではないのでしょう?」
「ええ、もちろんです」
「ではなおさら謝る必要はありません。彼女こそ、この国の何かに巻き込まれた被害者というべきでしょう。謝るのはこちらの方です」
「そんな、もったいない」
フェイトにしてみると、女王のようなカリスマを備えた女性も緊張するが、実際のところ一番緊張するのはこの大神官である。
何故かは分からないが、無制限の優しさに包まれると、まるで母親にでも抱かれているかのような錯覚に陥るのだ。
(もっとも、母さんはこんなに優しい人じゃないんだけど)
と、考えてから思わず背後を確認する。
「それで、できれば第一発見者のリンファさんに話をうかがいたいんですけど」
「ええ。今は自室で休ませております。ほどほどに願います」
「心得てます」
そうして、おそれおおくも大神官自らその部屋に案内するという栄誉に預かったフェイトは、緊張しながらその神官の部屋に向かう。
リンファという人物は決して身分の高い人物ではない。ただ、血統限界値が高いために神殿でスカウトした人材ということだった。
「はじめまして。いつもお噂は聞いております、フェイト様」
春の桜色の髪、そして漆黒の瞳。小さな顔が愛らしくフェイトに向けられる。
「はじめまして。このたびはご迷惑をおかけします」
「いえ。今はもう大丈夫ですから。フェイト様のお聞きになりたいことは、全てお答えします」
既に来訪の目的は分かっていたようだった。それはそうだろう。今、彼女を訪ねる理由などそれ以外にはありえないのだから。
「うん。じゃあ、座っていいかな」
ベッドの上に腰掛けている女性の前に椅子を置いて、そこに座る。
感情を見せない菩薩の笑みがフェイトに向けられる。神官とはやはりこのように落ち着いた笑顔を浮かべるのが商売なのだろうか。
「まず、発見した時だけれど、時間は分かるかな」
「六つ目の鐘の直後に開けましたので、朝の六時で間違いないかと」
「ありがとう。その時の大聖堂の様子は?」
「私が鍵開けですので、他にもちろん人はいませんでした。入ったのは正面からなのですが、扉を開けた瞬間に噎せ返るほどの血の匂いが鼻をついて、吐きそうになりました」
「その、言いたくないならいいけど、殺害現場はどの辺りで、どんな様子だったのかな」
少しリンファは悩んでから、紙を取り出して説明した。
アペリス神像の前に教壇があり、そのすぐ手前に血まみれのセラが座っていた。その周辺は血溜まりとなっていたが、既に乾いていたところをみるとけっこうな時間が経っているようにも思われた。そして、彼女のすぐ前に四肢のない胴体、そして周辺に手足がいくつか切り取られて無造作に投げ捨てられていた。血はあまり飛び散っていなかったが、最前列の椅子にはかかっていたように見えた。
(本当に四肢が切り取られたとなると、けっこうな出血量になるよな。普通に死んだだけでも後から後から流れてくるんだから)
考えてから、フェイトはもう一つ尋ねる。
「まさかとは思うけど、死体に触ったりは」
「してません」
大きく首を振って答える。当然といえば当然だ。
(死体をクォッドスキャナーで調べたら何時ごろに亡くなったか分かるかな。それじゃあ解剖室だな)
それはそれとして、まだ聞かなければならないことがあった。
「それじゃあ、セラの目は開いてた? それは覚えてる?」
「そこまでは。開いていたようにも思えますけど、断言できません」
「ありがとう。セラが何かを話していたっていうことも?」
「それはありません。私の足音と悲鳴以外は、何も音はしていませんでした」
「あと、その後の経過が聞きたいんだけれど」
尋ねると、それにはてきぱきとした返答があった。悲鳴を聞きつけて城内の見回りの兵士が二人、飛び込んでくる。そして現場を確認した二人のうち、一人が人を呼びにいき、もう一人はセラと死体とを調べ、自分を部屋の入り口付近へと誘導した。そして、何人かが駆けつけてきて調査が始まった。
「来たのは誰か、分かる?」
「最初の二人は存じませんけど、後から現場を仕切られたのは、ヴァン・ノックス様です」
「ヴァンが?」
ちょうどいい、とフェイトは思った。
ラオのこともヴァンには聞きたかったのだ。であれば、この機会に両方とも尋ねてしまおう。
puppy love
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