Seventh Heaven

第6話 plastic smile






 一方、ネルが病室についたときにはもちろんフェイトはそこにいなかった。
 監視役として病室にいたグレイから、フェイトが神官リンファのところへ向かったというのを聞き、これはしばらくはち合うことはないとため息をついたときだった。
 奥のベッドから吐息がもれてきたのが聞こえた。
 ネルが顔をしかめてから、グレイを目で牽制すると、その奥のベッドへと向かう。
 うっすらと、彼女は目を開いていた。
「目が覚めたかい?」
 彼女は冷たい目と声で尋ねた。
「ネル、さん」
 なんとか体を起こそうとする彼女を、ネルは逆におしとどめてベッドに寝かせる。
「すみません」
「気にすることはないよ。具合が悪いのに無理する必要なんか全くない」
「はい」
 ネルにも、一目見て分かった。
 確かに、この少女は何もしていない。それどころか、朝のことを全く覚えてすらいない。どうしてこんなに具合が悪いのかと頭をひねりそうな様子だ。
「何か、あったんですか」
 セラが真剣な表情で見つめてくる。
 その彼女も、まさか自分がその当人だとは気づくまい。
「まあ、いろいろとね。いくつかあんたに聞きたいことがあるんだけれど、いいかな」
「え、あ、はい」
 セラは寝ながらとはいえ、少し緊張したような様子になった。
「あんた、昨日はフェイトと一緒にいたのかい?」
「はい。といっても、何度かフェイトさんに来てもらって、話をしたくらいですけど」
「あいつは優しいからね。なんとなく、自分と同じようなイメージをあんたに抱いているんだろうね」
「同じ?」
 どういう意味かと尋ねる彼女に、ネルは小さな声で言った。
「あいつは、正式にはこの国の人間じゃない。この国では、異端、にあたるんだ」
「異端?」
「国が違えば人は違うとはよく言ったものだけれどね。あいつは必死にこの国の中で自分の居場所を作ろうとしている。そんな中で、あんたが目の前に現れた。記憶のないあんたを、右も左も分からないこの国の中に一人にしておくことができなかったんだろう」
「フェイトさんが」
 話しながら、ネルはフェイトの心を探っていた。
 この少女と話しながら、フェイトは何を考えていたのだろう。そして、今この少女を助けるためにどのような思いでいるのだろう。
 だとしたら、自分は彼の助力を最大限に行うだけだ。
「今、フェイトはあんたのために全力を尽くしている。だから、あんたに彼を助けてほしい」
「私が、フェイトさんを?」
「ああ。だから、思い出してほしいんだ。別に、失くした記憶を、なんてことは言わない。今朝、あんたが見たはずの光景を。誰が、あんなことをしたのかを」
 ばらばらになった体。
 その血溜まりに座っていた少女。
「見ていたはずなんだ、あんたは」
「わ、たし──」
 その体が、大きく震える。
「はっきりさせたいのは、あんたは昨夜、自分の意思で出歩いたのか、それとも、強引に大聖堂に連れ込まれたのか、そこなんだ」
「わたし、私が、大聖堂、に……?」
 彼女の反応を見る限りでは、どうやら今朝のことは完全に覚えていないようだった。
 だが、そこで何か恐ろしい体験でもしたのか、そのことを思い出そうとするだけで恐怖を覚えるような、そんな様子だ。
 とはいえ、これではっきりしたことがある。
(セラのこの様子が演技じゃないとしたなら)
 そう。結論は出た。
 ──セラは、自分の意思で大聖堂に行ったわけでもない。また、呼び出されたわけでもない。
(何しろ、大聖堂に自分が居たことも、行ったことも覚えてないくらいだからね)
 だとしたら、何故彼女はあの場所にいたのか。
 自分から行ったのではなく、抵抗するのを無理矢理に連れて行かれたのでもない。
 だとしたら。
(なんだっていうんだい、いったい)
 どうやら、捜査は暗礁に乗り上げてしまったようだった。






 そもそも。
 セラ、という少女の存在自体がもともとはイレギュラーなのだ。
 そのことに気づくのに一日の時間を要したものの、フェイトは今後の方針についてネルと話し合うため、夜になってから彼女の部屋へやってきていた。
「セラとは話さなくていいのかい?」
 入るなり、皮肉たっぷりにネルから話しかけられる。それを聞いたフェイトは苦笑して答えた。 「今はセラと話しても進展はないよ。それより、今後のことをネルと話し合った方が有意義だ」
「ふうん。でも、セラはあんたに会いたがってるんじゃないのかい?」
「それを言うなら、僕が一番、いつだって会いたいのはネルだよ」
 思わぬ切り返しを受けて、逆にネルの方が顔を赤く染める。悟られないように、彼女はマフラーに顔を埋めた。
「まったく、あんたは」
 それで彼を許せるあたり、自分もお人よしなのだろうか。
「それで、あんたは何をしたいんだい?」
「だいたい見えてきたんだ。犯人が。まあ、犯人というよりは、原因、って言った方がいいのかな」
 それを聞いたネルも表情を強張らせる。
「言ってみな」
「まず、セラ自身が問題なんだ。彼女は決して普通の女の子じゃない。あの水中庭園で、あの閉ざされた部屋で見つかったっていう、異分子だ」
 ネルはまだ要領を得ない。だが、フェイトは確信を持って言えた。
「あの子も、生粋のエリクール人というわけじゃない。きっと、FDがらみなんだ」
「FD世界の? でも」
「うん。彼女自身がFD人というわけじゃないと思う。でも、セラはFD人の誰かによって用意された『NPC』なんだ」
 NPC。ノンプレイヤーキャラクター。誰かによって操作されるキャラクターというわけではなく、イベントと共に決められた行動をするプログラムされた架空の存在。いまやこの銀河系で唯一自由意思というものを持たない存在。
「言いたいことは分かったけど、それならどうすれば解決するっていうんだい?」
「たいがいの場合は、時間が経過することでイベントが進むのがセオリーなんだけどね。でも、もし今の僕の推論があっていたとしたら、一つ大きな問題がある」
「この世界は独立した。つまり、イベントの『仕掛け人』がどうなっているのかっていう問題だね」
 さすがにネルは飲み込みが早い。既に『エターナルスフィア』の仕組みは完全に理解できているようだった。
「そう。誰が設定したイベントなのかは分からないけど、間違いなく誰かがこのイベントを作ったんだ。問題は、これが自動的にイベントが進行するものなのか、それとも、別のパターンかが分からない」
「別パターン?」
「うん。つまり、本来独立しているはずのこの『エターナルスフィア』にイベントの仕掛け人が入ってきているかもしれない、っていうパターン」
「それって」
 すぐに二人の脳裏に思い描かれたのはエレナ・フライヤだ。もちろん今回の犯人がエレナというわけではない。エレナと同じように、この世界に現在存在する人物がいる、ということだ。
「エレナ様以外に、この世界に入り込んでいる奴がいるってことかい?」
「うん。それも、ごく最近にね。この世界はFDからは完全に独立したけれど、二つの世界は決して無関係なわけじゃない。前はセフィラでブレアさんと話すことだってできたし、エレノアさんはフラウの姿で今でもこの世界にちょくちょく顔を出してる。まあ、セキュリティが厳しくなってるみたいだったけど」
 それを聞いたネルが真剣に考え込む。
 確かに、この異常な事件はFDから考えた方が話が早い。
 過去の事件を考えてみれば、ヘルメスといい、エレナといい、フラッドといい、先日のシルメリアの件にしても、すべてはFD人が何かしらの形で関与している。
「だとすれば──」
 と、ネルが話しかけようとしたとき、そこに飛び込んできた女性がいた。
「ネル様、ネル様ぁ!」
 入ってきたのはファリンであった。いつもほんわかとしている彼女が取り乱すなど、珍しいことだ。
「どうした?」
 尋ねると、すぐに返答があった。
「不審者が、セラさんの病室に入り込んでますぅ! 今、グレイさんたちが必死に応戦してくださってますぅ!」
 二人はさっと顔を見合わせる。
「すぐにクレアに連絡しな! 私たちは現場に向かう!」
 そうして。
 一瞬にして、このシランド城内が喧騒に包まれることとなった。






 病室についた二人は、その惨状を見て愕然とした。
 倒れている光牙師団が三人。そのうち二人は。
「くっ」
 ラオの時と同じように、首も、四肢もちぎれていた。
 そしてもう一人、グレイだけは重傷を負ってはいるものの、まだ意識があった。
「グレイ!」
 だが、その左右の腕は既になかった。
 胴体も大きく裂けて、そこから腸がはみ出している。足にも大きな裂傷。体中が自らの血で真っ赤に染まっている。
「フェイト、さん」
 苦しげに、グレイがささやく。
「しっかりしろ、今すぐに手当てを」
「無駄、です」
 彼も【光】の二級構成員。自分の状態も、これからどうなるかもよく分かっているという目だった。
 信じられない。
 今までグレイとはずっと仲良くしてきた。そしてこれからも彼とはそういう関係でいられたはずだった。
 どうしてこんなことになってしまったのか。
「あいつは、人じゃ、ない」
 うわごとのように呟く。少しも無駄な言葉を喋ることはできない、という様子だった。
「あいつ? 誰のことだ?」
「風、使い──」
 こふっ、と残っていた血を吐き出す。
「グレイ!」
「奴は、セラさんを連れて、カナンへ」
「カナン」
「守りきれなくて、すみま、せん」
「大丈夫だ。セラは僕たちが必ず取り返す。だから、グレイ──」
 最後に。
 グレイは、にっこりと笑った。
「さよ、なら──」
 がくり、とその首が力なくうなだれた。
「グレイ!」
 だが、もはや答えるだけの力もなく、そのままグレイの体は動かない。
「グレイ! グレイ!」
 ただ口元に笑み。フェイトに見守られながら【光】の二級構成員は永遠にその命を閉ざした。
(くそっ)
 こんな、簡単に。
 人の命が、奪えるものなのか。
「ネル! カナンへ急ぐぞ!」
「分かってるよ」
 二人は病室を出るなり、大聖堂へ向かう。
 そして、ネルが急いでその隠し通路を開いたところで、応援が来た。
「あなたたち?」
 クレアが驚いた様子で尋ねてくる。その後ろにはヴァンと、それに何故かクレセントまでいる。
「セラさんをさらった男が、カナンへ」
 それだけで、クレアも状況を察したらしい。
「クレセント! フェイトさんたちと一緒に行ってあげて」
「分かりました♪」
「ありがとうございます」
「それじゃ、行くよ」
 ネルが先頭で入り、二人もその後から続いた。





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