Seventh Heaven
第７話 chocolate disco
案外知られていない事実だが、フェイトは自分の身を守ることに長けている。
身を守る、といっても武力的なことではない。余計なことを言わない、という意味だ。口は災いの元。雉も鳴かずば撃たれまい。このシーハーツで彼ほどそれを忠実に実践している者はいないだろう。
地下洞窟を抜ける際にも、彼は細心の注意を払った。
払いながらも、彼はネルに先行してもらい、クレセントに近づいて小声で尋ねた。
「一つ質問があるんだけど」
にっこりと笑ってクレセントが「なんでしょう♪」と答える。
答えたのはいいのだが、その心の中でどのようなことを考えているのかは不明だ。
「クレセントは、いつもそういう話し方をしてるの？」
ほんの一瞬、鋭くクレセントの殺気がフェイトだけを包む。
初めて見たときのクレセントは確かにこんな感じだった。だが、その後に二回、クレセントと会って話したが、こんな歌うような話し方はしなかった。
というより、クレセントの印象は既に『背後を取ってナイフをつきつけてくる女性』というイメージで固まってしまっている。だが、そんなことを言ったら今度は何をされるか分からないので言わない。
「余計なことは詮索しない方が身のためだと思います♪」
「だからネルに聞かれないようにしてるんじゃないか」
そう。もしもそんな質問を聞かれようものなら、クレセントは確実に自分の命を仕留めにかかるだろう。
この童顔で、この無邪気な笑顔を見せられたら、誰でもこの少女に対して保護欲を覚えるのは当然のこと。実際、自分も彼女の本性を見る前まではそうだったのだから。
「尊敬するよ。心から」
「てへっ♪」
てへっ、じゃない。
ここまで自分を偽れることを尊敬してはいるものの、それは半分は皮肉なのだ。
「質問はそれだけですか？」
確かにそれだけだったのだが、フェイトの中には今回のクレセント来訪について、少なからず疑念を抱いている。
「今する話じゃないのかもしれないけれど、もしかしてクレセントがシランドに来たのは、グリーテン方面に何かあったからなのかい？」
「それは、守秘義務に反するのでこたえられないです♪」
「まあ、今回のセラの件とは関係ないとは思うけど。でも、クレセント。もし僕にできることがあったら言ってほしい。僕の立場っていうのはけっこう身軽なものだから、うまく立ち回れば有効に動けると思う」
国というしがらみを背負った者は表立った活動をすることができない。だが、正式にシーハーツの人間ではないフェイトならば、多少の無理は通る。
「お言葉だけいただいておきます♪ そういうことを決めるのはクレア様ですから♪」
「……でも、その話し方はやめた方がいいとおも」
瞬間的に、フェイトの腹に膝が入った。その体術のキレの鋭さに、思わずフェイトはうずくまる。
「あれ、フェイトさん、どうしたんですか。具合でも悪いんですか？」
ネルに本性を気づかれまいと、あくまでも表面上はいつもどおりだ。
（悪魔だ）
彼女にはできるかぎり近づかないようにしよう、とフェイトは心に固く誓った。
「何やってるんだい、あんたたち。カナンに出るよ」
少し足取りがにぶっていた二人に、前から声がかかる。フェイトはやれやれと心の中で毒づいてから、カナンへと出た。
聖地、カナン。
この数年、ここは何度も戦いの場となった。
バンデーン人の襲撃のときも、マリアが洗脳されたときも、エレナが星船を軌道する前にもここで戦いがあった。
何故、カナンなのか。
単にセフィラがそこにあっただけなのか。いや、セフィラを守るための空間としてカナンという地があったのなら、この地そのものにセフィラを守るための要因があったに違いない。
だが、今はそんな疑問を解決する余裕はない。セラをさらった仮面の男がこの中へ入っていったのだから。
「そこまでだ！」
エレナの旧実験室。
そこに、意識をなくしたセラを抱えた金髪の男がいた。
「案外に早かったな」
金髪の男は少し困ったような声をした。
このようなところまで逃げてきて、いったい何をするつもりだったのかは分からない。だが、金髪の男がこの場所に来なければならない理由があったのには違いない。
「あんた、まさか」
その男を見た瞬間、ネルが反応した。
「覚えていたか」
その男が苦笑する。もちろん、忘れるはずもない。その金色の髪、白いローブ。全てに見覚えがある。
クリムゾンブレイドとしての初任務。あの日、彼女の中に『倒さねばならぬ敵』として設定された人物。
「クラウド！」
「また会ったな、勇敢なるクリムゾンブレイドよ」
残虐そうな顔が笑みを浮かべた。
「強くなったようだな。見違えたぞ」
「ふざけたことを」
ネルは短剣を構える。フェイトも、そしてクレセントも武器を取った。
「セラを放せ！」
フェイトが叫ぶ。その声に、クラウドは首を振って笑った。
「残念だが、私にはこの娘が必要なのだ。私の研究のためにはな」
「あんたまさか、まだ」
ネルは顔をしかめる。その脳裏に浮かんだのは、初任務の時に何度も戦った敵のことだ。
「ホムンクルスの製作、まだやってたのか」
「貴様には関係のないことだ、クリムゾンブレイド」
クラウドは一歩引き下がる。さすがに三対一では分が悪いと思ったのだろうか。だが、余裕をなくしているという様子ではない。
「セラをどうするつもりだ」
それを聞いたクラウドはくつくつと喉の奥で笑う。
「私が興味を持つのは、この娘の紋章遺伝子だ」
フェイトが目を見開く。
紋章遺伝子。遺伝子情報に直接上書きされた紋章。
それはフェイトやマリア、ソフィアが持っているものと同じ。
「セラに紋章遺伝子が」
「そうだ。この娘の力が必要だったからこそ、私はこの娘をこの時代に呼び寄せたのだ」
──そうだ。
この男は、確かに言った。
『紋章』と。
「お前、この星の人間じゃないな！？」
フェイトが叫ぶ。それを聞いたクラウドが驚いてフェイトを見た。
「それはこちらの台詞だ。まさかこんなところに地球人がいるとはな。貴様の使っている言語は紛れもなく地球語。何故こんなところに──いや」
クラウドという男性は少し考えてから気づいた。
「そうか。貴様」
クラウドは逆に一歩、前進した。
その瞳が、信じられないものを見るかのような驚愕の色を帯びる。
「貴様、フェイト・ラインゴッドか。あのロキシ・ラインゴッドの息子か」
「僕を知っているのか」
クラウドはそのフェイトをじっと見つめていたが、すぐにまた一歩退いた。
「残念だ。貴様がここにいるのなら、他にいろいろとやりようもあったのだが。まあ仕方あるまい。私が欲しいのは紋章遺伝子、この娘だ」
「セラをどうするつもりだ」
「紋章遺伝子を取り出す方法など、一つしかないだろう？」
殺す、ということか。
それだけはさせない。
「見逃せると思っているのか」
「思ってはいないさ。だが、この娘は人質になる」
「いや、ならない」
フェイトは断言した。クラウドが一瞬怯む。
「殺して紋章遺伝子が手に入るなら、お前はもうそれを実行しているはずだ。やり方は分からないけど、ただセラを殺しても紋章遺伝子は手に入らない。だからお前は実験設備のあるこのカナンへやってきたんだ」
「ふむ。さすがにロキシによって遺伝子を操作されたもの。頭がよく回る」
それが挑発の言葉だということはよく分かっている。その程度のことで動揺などはしない。
「ならば、一度引き上げるしかないな。さすがに私も三人を相手に勝つつもりはない」
一人と三人。
それ以後、互いに言葉はなかった。ただ動く時をお互いに探している。
最初に動いたのはクレセントだった。
逃げ道を塞ぐように通路の反対側へと移動しようとする。だが、それを牽制するかのようにクラウドが『アシッドレイン』の魔法で防ごうとする。
その隙を狙って、フェイトとネルが動いた。接近戦だ。逃がさないためにはゼロ距離で戦い続けるしかない。
だが、その程度のことはクラウドも分かっている。距離を保ちつつ、魔法で牽制しながら退いていく。細かく魔法を放ってくるのでなかなか近づけない。
──と、そのクラウドの背後にクレセントがまわっていた。
「にゃは♪」
足止めを受けているように見せかけておきながら、ネルにフェイト、クラウドすらその動きをつかませなかったクレセントは、打撃でクラウドに当身を打ち、セラを奪い返した。そのまま距離を置く。
「ちっ」
クラウドは距離を詰めてきた。迎え撃とうとフェイトが剣を構えたが、それよりも早くクラウドの掌がフェイトの鳩尾を打つ。
がはっ、と息が落ちる。呼吸が止まり、膝をつきそうになる。だが、それを根性だけでフェイトは耐えた。
だが、
「くっ」
生じたものは、風。クラウドの周りに生じた小さな竜巻がフェイトとネルを引き離し、別々の方向へと吹き飛ばす。
『風使い』
最後にグレイが言い残した言葉。そう、この男は風を操ることができるのだ。
（紋章術か。だがこんな魔法、見たこともないぞ）
フェイトが足止めを受けている間にクラウドはネルに狙いを定めた。逆にゼロ距離に接近され、腕を絡め取られると逆に剣を奪われ、彼女の後ろに回った彼が剣を彼女の首にあてた。
「動くな。今度の人質には命の保証はない」
フェイトとネル、あのルシファーとの戦いを生き残った二人を軽々と倒すほどの能力に、誰も声が出ない。
「ウルへ来い。ただし、フェイト・ラインゴッド。お前一人で、その娘を伴ってだ。他に誰かを連れてきた場合は、人質の命はないと思え」
「ネル！」
フェイトは動こうとしたが、クラウドの剣がさらに首にめりこんでいく。
ネルと、目が合う。
「では、待っている」
次の瞬間、二人の姿は転移装置を使う時のように、光となって消えた。
secret secret
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