Seventh Heaven
第10話 twinkle snow powdery snow
ウルの村。
相変わらずひっそりとした田舎村であるが、その雰囲気など今まで一度も来たことがないフェイトとマリアには分からない。
ウルに近い聖地カナンにはクレアとヴァン、そして光牙師団の面々と、それにタイネーブとファリン、クレセント、そしてセラが詰めている。いつでもこちらに来られる体制だ。
「分かってるわね、フェイト。目的はネルの奪還。それだけよ」
「もちろん」
そして彼の隣には、すっかり髪が短くなり、セラと同じ女の子っぽい服装に変わったマリアの姿。
月の形をした髪飾りが二つ、さらには胸元のペンダントまで本物そっくりのものを製作している。
「それにしてもさ」
「何」
「マリアはどうしていつも、そういう格好をしないんだい? その方がずっと可愛いのに」
マリアは大きく目を見開いて隣の弟を見た。
「あなたね」
「何?」
「冗談でもそういうことを言うのはやめなさい。本気で怒るわよ」
「ちょ、ちょっと待って」
さすがにひどく慌てたフェイトが彼女をなだめる。
「僕は何か変なことを言った?」
「その辺りがあなたよね。まったく天然なんだから。ネルが困る様子が目に浮かぶわ」
はあ、とため息をつくマリア。
「私が女の子っぽい格好をしても似合うわけじゃないもの。別に外見がって言ってるわけじゃないわよ。私の性格がってこと。リーダーとして成長してきて、いまさら可愛い格好っていうのもね」
だが、怒りはすぐに収まったのか、先ほどの疑問に答えてくる。
「髪はいつもどうしてたんだ?」
「マリエッタがそういうところ器用だから、彼女に任せてたわ。昔からあまりそういうのこだわったことなかったからよく分からなかったし」
もしもリョウコと一緒に暮らしていたら同じようになっただろうか。ああ見えてあの母親は自分の子供を(ソフィアなんかもだが)着せ替え人形のようにあれこれ服を着させては楽しんでいるところがあった。自分はそういうのが非常にいやだったが、ソフィアは自分の母親よりもリョウコと着物の話をすることが多かったように思う。
「これからそういう格好を増やすといいと思うよ」
「考えてみるわ」
軽く受け答えたところで、山の中腹にたどりついた。
ここに洞窟がある。
「よし、入るよ」
フェイトが先に立って入る。暗い洞窟の中、松明に灯りをつけ、ゆっくりと奥へ進んでいく。
既に相手は自分たちに気づいているだろう。ならば、そのまま前進するしかない。
「最奥は灯りをともす必要がないようになっていた、ってことだけど」
「でも途中は灯りがいるってことよね。ゆっくりと進んでよ、フェイト。後ろも確認してるんだから」
「了解。そこ、足元危ないから気をつけて」
「ありがとう。でも、おかしいわね。何も私たちに対して罠しかけている様子がないわ」
そんな小細工をする必要はないということだろうか。それとも、別の罠を仕掛けているのか。
いずれにしても、まずは最奥までたどりつくことだ。
そして、二人が進んでいくとようやくその先に見えてくる。
少しずつ明るくなる左右の壁。
「あそこね」
「ああ。顔を伏せて見られないようにして。そしてもうしゃべらないように」
マリアが頷いて、フェイトの手をとって引かれるようにしてついてくる。
そして、最奥にたどりつく。
やはり自分たちがこの洞窟に入ってきていることを知っていた様子のクラウドは不敵に笑っている。
その向こうに、両手足が縛られて転がされているネル。
「約束通り、二人だけで来たようだな」
「ネルを離せ!」
フェイトの言葉に、当然というようにクラウドは頷いた。
「無論。だが、その娘をよこすのが先だ」
やはり当然、その交渉になるか。
「セラ」
フェイトは彼女を促す。だが、そこで制止の声が入った。
「駄目だ、フェイト!」
ネルの声が響く。
「私のことはいい。その娘を渡すんじゃない! クラウドは、FDの人間だ!」
その声に、フェイトが一瞬セラを止める。
「FD人?」
「まあ、隠すようなものでもないがな。私はエターナルスフィアに自分のデータを投影させた人間だ」
「でも、エターナルスフィアからのアクセスは禁止されたはず」
「裏コードを持っている者にとっては問題のないことだ。フェイト・ラインゴッド。ここに来るまでに調べさせてもらったが、エレノアもこの世界に何度もアクセスしているだろう」
さすがにFDの人間はその場で情報を検索できる分、情報収集が早い。
「エレノアさんのことも知っているのか」
「エレナがこの星からいなくなったこともな。だが、どちらも私には関係のないことだ。私の目的はただ一つ。この世界に隠された秘儀を見極めるのみだ。あのルシファーが直々にこのエターナルスフィアに準備した二つのオーパーツ、タイムゲートとあともう一つの謎を解決し、その二つの力でこのエターナルスフィアを実質的に支配する。それが私の目的だ」
「馬鹿な」
その荒唐無稽な話を本気で言っているのだとしたら、この人物はどこか精神が焼ききれている。
だが、それを実質可能にするだけの力をオーパーツは秘めている。
「この星のセフィラはなくなったようだが、他にも『この星』にオーパーツはある。それらを全部手に入れて、私はホムンクルスの秘儀を完成させる」
「オーパーツが他にも!?」
「全ての星に用意されているというわけではないが、重要なポイントには複数を配置することがある。地球がそうだし、このエリクールがそうだ。ほしければ探してみるんだな。すぐ近くにあるかもしれんぞ。もっとも作ったのはブレアたちだからどこに何があるかなど分からんが」
「人にすぎた力なんていらない。僕がほしいのはいつだって、僕の手の届く範囲のものだけだ」
「それがこのクリムゾンブレイドか」
そのクラウドの右手がネルの方に開いたまま向けられる。
「その女性を死なせたくないのなら、さっさとその娘をよこせ」
「駄目だ、フェイト!」
クラウドの狂気、クラウドの野望は今まさに聞いた通りだ。
「ごめん、ネル。僕は君だけは誰にも代えることはできないから。セラ、ごめん」
うつむいたままの彼女がゆっくりと近づく。
クラウドが満足そうにそれを見ながらゆっくりと手が下がる。
その距離、五歩。
「ネル!」
フェイトが叫んだ。それに反応したクラウドが、意識をネルの方へ向ける──が、何も変化はない。
「?」
直後、セラの──マリアの体が、クラウドの懐に入り込んでいた。
「アルティネイション!」
そして、力が発動された。
「ぬ、くううっ」
クラウドの体が徐々に石化していく。
「油断したわね。私がセラだと勘違いしたのがあなたの敗因よ。そのまま石になりなさい」
「く、馬鹿な!」
そして。
クラウドの体がそのまま、石へと変わった。
「大丈夫かい、マリア」
力を発動して肩で息をするマリアにフェイトが駆け寄る。
「馬鹿。駆け寄る相手が違うでしょ。私のことは私でやるから、あなたはさっさと自分のお姫様を助けてきなさい」
「分かった。ありがとう、マリア」
そしてフェイトは最愛の女性に近づく。
ネルは憔悴した様子もなく、やれやれ、という様子でフェイトを見た。
「まさかマリアを連れてくるとはね。思いきった手を打ったもんだ。私も騙されたよ」
「ネルを騙せるんだったら、初見のクラウドにとってはもっと簡単だったかな」
手足の拘束をほどいて、ネルを立たせる。
「ネル」
そして真剣な表情で彼女を見つめた。
「なんだい」
「ごめん。君を危険な目にあわせて」
「いいってことさ。私だって油断したんだからさ。それに、あんたは私を助けに来てくれたじゃないか」
「当たり前だろ。僕にとって一番大事な人が他にいるとでも思ってるのか」
「そういうことを本気で言うんじゃないよ。照れるじゃないか」
そして、ネルは自分を助けに来てくれた相手をそっと優しく抱き寄せる。
「助かったよ。ありがとう」
「どういたしまして」
きゅっ、とそのやわらかい体を抱きしめる。
ネルの香りがする。
幸せの香り。
「ほらそこのバカップル。雰囲気出すのはいいけど、私のこと忘れないでよね」
マリアが気だるそうに言う。さすがにそのシーンを見るのは目の毒だ。
「マリア」
ネルが近づいて彼女の髪を優しくなでる。
「わざわざこんなことしてまで」
「仕方ないでしょ。弟の不始末だもの。姉が返してやらないと」
「すまない。私のために」
「いいのよ。私もあなたのことは気に入っているんだもの。これからもフェイトをよろしくね」
そしてマリアもまたネルを優しく抱きしめた。
「あなたが無事でよかった」
「マリア」
「こう見えてもね、私だってあなたのこと心配してるのよ」
「ありがとう。あんたがいてくれて、私もいつも助かってるよ」
何故かフェイトとネルよりも雰囲気が出てしまっている二人を見て、フェイトは所在なさげに頭をかいた。
「それで、こいつはどうする?」
フェイトが二人に話しかける。そして、三人がクラウドの石像を見た。
もちろん元に戻すわけにはいかない。このまま破壊してしまうのが一番だ。
「それじゃあ、やっていいかい?」
フェイトが剣を構えて言う。無抵抗の相手を殺す、壊すというのは気がひける。だが、この人物を放っておくわけにはいかない。
「よし」
フェイトが剣をふりかぶった。だが、そこで動きが止まる。
『そう簡単に私を殺せると思ったか、愚か者めが』
その石像から声が響く。
驚いて三人は一度身を引く。だが、その口が動いたというわけではない。
その石像の中から響いたかのような声だった。
「クラウドか!」
『クラウド。それはこの世界における人の身としての名。だが、私の本当の名は違う。我が名は』
ぴし、という亀裂音と共に石像に皹が入る。
『我が名は、フォスター。この世界では冥神と呼ばれる存在──』
石が飛び散り、その中にいた男が目を紅く輝かせる──先ほどまでとは、明らかに違う。
「この地に、神として降臨するのは実に千年ぶりか……久しいといっていいのかどうか」
自分の体を確かめるかのように、外見の変わらない男は自分の手を握ったり開いたりしている。
「冥神、フォスター」
その名前はよく聞く。神話では畏怖の対象として描かれる神名だ。
だが、現実は。
「なあんだ。スフィア社クビになったサえない男じゃない」
まさか。
神に対してそんな暴言を吐くとは。
「マリアっ!」
「何よ。本当のことじゃない。あのレコダでクビになったのを誰かのせいにしようとしてた勘違い男でしょ? そんな奴に恐れる理由なんか何もないじゃない」
言いたい放題である。確かにスフィア社の中ではたいした力があるというわけではない。自分の担当エリアで重大なミスを発生させてしまい、エターナルスフィアのサーバ全体がダウンする可能性があった。その責任を取って自由退社となったのだ。
一説では、会社内部での政争に巻き込まれたという噂がある。だが、あくまでもそれは噂にすぎない、というよりそれは本人の思い込みにすぎない。何故なら、彼はそんな重役とのパイプが全くといっていいほどなさすぎたからだ。
「よく言った、娘」
青筋が立っている。たとえ単なるデータだと考えていないと口で言ったところで、FD人とエターナルスフィア人とでは意識が根本的に違う。FD人は自分たちのことを『実際に生きている者』という意識があるだろう。その意識を変えることは絶対にできないはずだ。あのブレアにしてもその意識が絶対にないなどとは言えないだろう。
「その大口、叩き潰してくれる!」
直後。
フォスターの背に、死の翼が現れた。
「それにしてもぉ〜」
所変わって聖殿カナン。
他のメンバーたちから二人だけが離れた場所で話し合っていた。
一人はファリン。のほほんとした表情でいつも通り口にしている。
「クレセントはぁ、いっつもそういう話し方で疲れないんですか〜?」
その質問は恒例行事だ。もちろんそんな会話は他に誰かいるところでは絶対にできない。正体を知っている者しかいない状態でなければファリンも口にはしない。
本気になったクレセントはクレアやネルより強いのではないかという恐怖を抱いているからだ。
「またその話か。疲れないと言っているだろう。私は二つの顔を持っている。すさんだ今の顔と、外面のいい顔。どちらも本当の私だ」
「でもでもぉ、私やブルー様と話すときはぁ、こうやってくだけて話すよねぇ〜」
「二人だけじゃない」
「ほえ?」
ぽかん、とファリンは疑問を顔に出す。
「フェイトもだ。あの男、面白い」
そしてびっくりしたように顔をはっとさせた。
「クレセントもフェイトさん狙いなんですかぁ!?」
「いや。あの男はネル様以外の女に興味は持たないだろう。その点は割り切った」
「はああ……びっくりぃ」
「だが、もう唇はもらった」
今度こそ、ファリンはその眠そうな目を丸く見開いた。それに対してクレセントはにやりと笑う。
「ずるいぃ!」
「早いもの勝ちだ。まあ、お前以外の誰にも話すつもりはないがな」
「私もキスしたいぃ! タイネーブといい、クレセントといい、ずるいですぅ〜!」
本音が出ている。ファリンのこういう感情大爆発な発言は珍しい。クレセントの発言が彼女に火をつけてしまったようだ。
「うまく隙をつくんだね。抜けてる男だから簡単に奪えるだろう。あとはネル様と戦う覚悟を持っておくことだね」
「う」
ファリンの熱が急激に冷める。ネルの不興をかってでもフェイトにアタックするか、それとも諦めるか。それは大きな問題だ。
「あなたたち」
と、その二人に声がかかった。
「クレア様♪ おつかれさまです♪」
すぐに笑顔に戻るクレセント。その変わり身の早さはさすがのファリンにもかなわない。
「どうかなされたんですかぁ?」
ファリンもほのぼのとした声で尋ねる。クレアは困ったように顔をしかめた。
「あなたたちのところにもいないのね」
? と二人の表情に疑問符が浮かぶ。
「セラさんがいないのよ。いったいどこへ行ったのか」
その表情には焦り。彼女の考えていることはおそらく一つだろう。
結論。セラは、一人で洞窟へ向かった。
「ファリン、クレセント! あなたたちは念のため、洞窟へ向かいなさい。そしてフェイトさんを援護してあげて」
『分かりました!』
そして二人は全力で駆け出していった。
それを見たクレアが、ふう、と息をついた。
「私だって、本気なんですけどね」
──とことん、フェイト・ラインゴッドという男は罪つくりである。
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