Seventh Heaven

第11話 game






 フォスターはさすがに冥神というだけのことはあって、反則並の強さだった。
 この世界における強さというのならば、おそらくはルシファーと同レベル、いやそれ以上に設定されているだろう。
 見たことのない紋章術、それを一瞬で詠唱するスピード。もちろん術だけではない。剣こそ持たないものの、打撃だけで充分に戦える格闘術、そのスピードとパワー。クリフが三人いてもかなわないのではないか、というくらいに強い。
「汝、美の祝福賜らば、我その至宝、紫苑の鎖に繋ぎ止めん」
「引け!」
 フェイトの言葉に、ネルもマリアも大きく跳び退る。
「アブソリュート・ゼロ!」
 冥神による氷の究極紋章術が部屋の中で暴れまわる。
「無駄にパラメータを上げてるわね」
 マリアが氷の槍を回避しながら言う。
「簡単に倒せる相手じゃないよ」
 さすがに冥神フォスター。簡単に倒せる相手などではない。
「僕が突破口をつくる。二人は援護を」
「無理よ。あいつの力、化け物並よ。っていうか化け物だけど」
 わざわざ聞こえるように挑発する。ふん、とフォスターは笑って相手にもしない。
「ルシファーと一緒ね。なら勝ち目はあるわ」
 こういう自分が居丈高になっているような相手は、自分が強いと信じている分、油断が生じる。その隙をつけば倒せるものだ。ルシファーがいい例だ。
「いい、フェイト。私の言う通りに動いて」
 マリアが素早く指示する。フェイトはその指示に頷くと素早く動いた。
「黒鷹旋!」
 遠距離から大刀を放つ。その剣に合わせてフェイトが間を詰める。
「甘い」
 フォスターはその大刀を、左手で自ら受けた。大刀はその左手を貫く。
「なっ」
 間違いなくダメージは与えた。だが、これでネルの得物はなくなってしまったことになる。
「プルートホーン!」
 重力波がフォスターに放たれるが、それも全く意に介さず、突進してくるフェイトを迎え撃つ。
「ブレードリアクター!」
 剣による多段攻撃。大きく振り下ろして、返す刀で切り上げ、最後に剣で貫く。その攻撃パターンが、
「遅い」
 残った右手で、その剣を掴む。完全にその剣を握りつぶす。
「なっ」
 三人とも唖然とした。
 いくらフェイトの剣が以前の『ミスリルソード』ではないとしても、まさか自分の体そのものを盾として相手の得物を奪うとは。
 そして、至近距離から──
「いけない、フェイト下がって!」
 声が飛ぶ。だが、遅い。
「其は忌むべき芳命にして偽印の使徒、神苑の淵に還れ、招かれざる者よ」
 高速真言がフェイトの目の前で行われる。
 回避行動に移っても、間に合わない。
 だから、フェイトは逆の行動を取った。
「セラフィックローサイト!」
 堕天使の輝きがフェイトを直撃する。それに対し、フェイトは自らの紋章遺伝子を発動させた。
「イセリアル・ブラスト!」
 紋章遺伝子の破壊の力。それが堕天使の輝きと正面からぶつかりあう。
 激しい光が、部屋から影を奪った。
 ──マリアのミスだった。
 ネルの黒鷹旋で相手を回避行動に移し、プルートホーンで動きを止め、フェイトの剣でダメージを与える。相手の隙を作るのが最優先だった。
 だが、相手はそれを予期したのか、それとも単にそれこそが防御スタイルだったのか。フォスターは全ての攻撃を自らの手と体とで受けた。そして攻撃を返した。体は防御に専念し、攻撃方法は紋章術。それも本来この世界ではありえない究極紋章術。ロメロとかが使っていた奴だ。
 フェイトはその攻撃を防がれて、その紋章術を回避することを諦めた。そのかわりに自らも最大の攻撃で応戦したのだ。
 激しいスパークは五秒も続いた。だがそれは、見ているネルとマリアにとっては何時間にも感じられた。
 光がおさまったとき、二人の体には大きな損傷はないように見えた。だが、フェイトは明らかに全身にダメージを受けていて、フォスターの方はといえばさほどのダメージも受けていないような様子だった。
「なかなかやるな、住人」
 フォスターは笑った。
「紋章遺伝子の力か。あの娘のものさえあればいいと思っていたが、なかなかに素晴らしい。貴様だけではない。そちらの娘、先ほどの石化術も素晴らしかった。それに、」
 フォスターはネルを見た。そして皮肉げに笑う。
「まあいい。今さら何を言ったところで始まるまい」
 フォスターは護身刀“竜穿”を右手から抜き取り、投げ捨てる。そしてプルートホーンの傷口に手をあて、一瞬で回復する。
「今は、あの娘を手に入れることが優先だ」
 そして一歩、フェイトの方に近づく。
「セラは、渡さない」
「貴様にそれはできん」
 傷ついた左手でフェイトを大きく弾き飛ばす。脳震盪が起きて、フェイトは立ち上がることができなくなる。
「アルティネイション!」
 だが、その間隙をついてマリアが紋章遺伝子を発動させた。一瞬でも動きを止められればいい。その程度の気持ちで放った技だ。だが、
「一度見た技がそうそう通用すると思うか」
 フォスターは意思の力だけでアルティネイションを破る。その体には全く変化は生じず、瞬時に間合いを詰める。
 殺される。
 マリアはそう判断した。だが、無抵抗でやられるつもりなど、ない。
 自分には使えない技だが、見よう見まねで『育ての母』の技を使った。
「マイトディスチャージ!」
 前方広範囲にエネルギー波を放つ。それが足止めにすらならないということを知っていながら。
 やすやすとその攻撃を全て体に受けながら、その右手が鋭く振り下ろされる──

「待ってください!」

 その声が、マリアの命を救った。
 もちろん、全員がその声には聞き覚えがある。
 マリアと全く同じ服装、全く同じ髪型、全く同じアクセサリ。
 それは、セラだった。
「あなたが必要なのは、私なんですよね。だったら、私以外の人に手を出さないでください」
 セラは真剣な表情で言う。
「無論」
 フォスターは堕天使の笑みを浮かべたまま答える。
「私が必要としているのはお前だ。それ以外には何も必要ない」
 もはや死に体のマリアなど眼中にないのか、傷だらけのフォスターがゆっくりとセラに近づく。
 だが。
「悪いけど、そういうわけにはいかないよ」
 その間に割って入ったのは、真紅のクリムゾンブレイド、ネル・ゼルファーであった。
「邪魔だ、クリムゾンブレイド」
「駄目だよ。私たちはセラをあんたに渡すわけにはいかないんだ。あんたはこの世界を支配すると言った。私たちはそのあんたを許すわけにはいかない。たとえあんたが神だったとしても」
 冥神フォスター。その相手を前に、堂々と啖呵を切る。その姿は凛々しくも、どこか線が細い。
「死ぬぞ」
 フォスターは少し力を溜めた。ネルを一撃で倒す技を放つつもりなのだろう。
 紋章術を使わないというのは、正直助かる。
 突進してきてくれた方が、武器のない自分にとっては迎撃しやすい。
 最強奥義で、何としても止める。
「封神醒雷破!」
 突進してくるフォスターに対し、神ですら封印するという最終奥義、薄青色の雷がフォスターに向かって奔る。
「くうっ!?」
 はじめて、フォスターは突進を止めて防御に全精力を注ぐ。
 今までフェイトやマリアの攻撃でも全てをその身に受けていたというのに、ネルのこの攻撃だけは回避したのだ。
(何故?)
 傍から見ていたマリアだけがその疑問を持った。
「く、くううううううっ」
 だが、それでもフォスターは耐えた。その雷を受けきって肩で息をしていた。
「やるな、クリムゾンブレイド」
 フォスターは呼吸を整えて、尋ねた。
「名前は、何と言ったか」
 ネルはフェイトの回復時間を考えた。このまま戦闘を継続するより、インターバルを置いた方がいい。
「ネル・ゼルファー」
「ネルか。ネーベルめ。厄介なものを残していったものだ」
 フォスターは両手をしっかり握って睨みつけた。
「ならば、私の最大奥義で葬ってくれる!」
 死の翼が、はためく。
「我、久遠の絆断たんと欲すれば、言の葉は降馬の剣と化し汝を討つだろう!」
 究極紋章術──!
 ネルは後ろにいるセラをかばうようにして、その魔法を受けようとかまえる。
「ふぉすたあああああああああああっ!」
 だが、叫びは別の場所から来た。
「フェイト・ラインゴッドか!」
「ディストラクション!」
 破壊の光が再び部屋を照らす。
 さらに。
「封神──」
 重ねて。
 ネルが、連続で技を放った。
「──醒雷破!」
 前後から放たれた奥義が、フォスターの体を覆った。
「ばかな」
 その光が収まったところに、フォスターが立っていた。
 その言葉を口にしたのは誰か。
 意識が朦朧としているフェイトでも。
 見ることしかできなかったマリアでも。
 衝撃破からセラをかばったネルでもなかった。
 言葉は、フォスターのものだ。
「嘘だ、この私が」
 ごふっ、と血を吐き出す。
「残念だったわね、フォスター」
 ようやく立ち上がったマリアが言った。
「何となく読めたわよ。あなたがこの戦いの中で何に気づき、そして何をしたかったのかが」
 マリアの言葉に、フォスターは笑う。
「ふふ、ふふ……気づかれたところで、もうどうにもならぬ、この体は」
 ぼとり、と左腕が落ちた。
「もはや、修復不能だ」
 がくり、と片膝をついた。
「だが、私は一つのキャラクターを失ったにすぎん。私が操るキャラクターなど、このクラウドだけではない。いくらでもいる。それを忘れないことだ」
「また、何かを企むっていうの? でも、残念ね。成功しないわよ」
 マリアは平然と答えた。
「だって、私たちが倒すもの」
「ふん」
 フォスターはつまらなさそうに言った。
「貴様らに我が野望を止めることはかなわぬ。何故なら──」
 ごほっ、とさらに吐血する。
「それは、貴様らが──」
 だが、それ以上を語ることはできなかった。
 フォスターは倒れ、そして。
 息を引き取った。
「倒したのかい?」
 ネルがおそるおそる尋ねる。
「ええ。とんでもない奴だったけど、もうこれで起き上がってくることはないでしょう」
 マリアが答えた。それを聞いてほっと一息つく。
 そして、セラがその倒れたフォスターに近づく。
 倒れた彼の顔をじっと見た。
「クラウド……?」
 彼女がその時何を思っていたのか。
 それは結局、最後まで誰にも分かることはなかった。






 まだ脳震盪から完全に立ち直ることができなかったフェイトをネルが支えるようにして洞窟を出ると、ちょうどセラを追いかけてきたファリンとクレセントに出会った。
「ほえぇ? もう終わっちゃったんですかぁ?」
「うーん、残念です♪」
 二人の声を聞くと、フェイトはようやく日常に戻ってきたような気がした。いずれにしても、これで全てのことは終わったはずだった。
 ただ一つのことを除いては。
「ま、今考えることでもないし、まずは帰ってからゆっくりと考えましょ」
 マリアがそう言う。フェイトも頷く。
 もちろん、誰もが考えることは同じだった。
 それは、セラをどうやって元の世界に戻すか、ということ。
「あれぇ? フェイトさん、大丈夫なんですかぁ?」
 まだふらついているフェイトにとことことファリンが近づく。
「ああ。大丈夫だよ。頭がふらふらしてるだけだから、少しすれば直るから」
「ん〜、それじゃあ、よくなるように、おまじない、してあげましょうか」
 いったい何を考えているのかフェイトには分からなかったが、せっかくだから受けておこうかと「お願いします」と軽く答えた。
「じゃあ」
 そのやり取りを見ていたクレセントが軽くため息をついた。
 瞬間、フェイトの唇に暖かいものが落ちた。
「ふぁ、ファリンさんっ!?」
 慌てて飛び退く。だが、もう遅い。
 そのキスの現場は、百パーセント、ネルに見られていた。
「……どういうつもりだい?」
 それはフェイトに対して言われたものか、それともファリンに対して言われたものか。
 だが、居直ってしまったファリンにはもはや怖いものなどなかったらしい。
「あ、ネル様ぁ。勝てないとは思いますけど、私もフェイトさんの争奪戦、参加させてもらいますぅ」
「ファリンさん?」
「それから、クレセントも参加するみたいですからぁ。クレセントはもうフェイトさんにキスしたみたいですしぃ」
「ばかっ、ファリンっ!」
 思わず地が出るクレセント。だが、底冷えのするようなネルの「へえ」という声とその千倍冷たい視線がクレセントを射抜いていた。
「……いい覚悟だね、あんたたち」
 ネルが怒りの頂点に達したらしい。フェイトにとって幸いしたのは、彼はあくまで『奪われた』側であって、ネルの怒りの矛先は『略奪者』たちに向けられたということだろう。
「逃げますよぉ、クレセント!」
「ファリンのばかぁっ!」
「逃がすかっ!」
 隠密たちが恐るべきスピードで山を駆け下っていく。それを見送ったフェイトが苦笑した。
「全く、あなたも随分と罪つくりね」
 髪の短くなったマリアがフェイトの肩をぽんと叩く。
「……僕にそんなつもりはないんだけど。ネル一筋なんだけどなあ」
「分かってるわよそんなの。あの二人だって本気でネルからあなたを取り上げてやろうだなんて考えてないでしょ」
「考えられたら僕が困る」
「そうね。でもまあ、少しあの二人が羨ましいかも」
 マリアはそう言ってフェイトの目を真剣に覗き込む。
「マリア?」
「ごめん、フェイト。これで最後にするから」
 言うなり、マリアは──自分に唇を重ねてきた。
「マリ──」
「私、宇宙に戻るわ」
 そして、彼女は空を見上げた。
「あなたへの想いは、髪と一緒に切り捨てたもの」
 もはや、この星にとどまる必要はない。
 そう、彼女は力強く言った。
「そうか。今まで助けてくれてありがとう」
「どういたしまして。ネルと結婚式を挙げるときは必ず連絡をよこしなさいよ。何があっても駆けつけるから」
「分かった。絶対に連絡する。何しろ、僕のたった一人の姉なんだから」
 そうして、二人は笑った。





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