DNA

第1話 Red zone






 目を開ければ、そこは見慣れた小部屋。自分はまたここに戻ってきた。今までの気持ちは、髪と一緒にあの星に置いてきた。これからは、自分の力でこの宇宙に出ていかなければならない。
 マリア・トレイターが長距離転送室から出ると、待ち構えていたリーベルが笑顔で出迎えた。
「お帰りなさい、リーダー!」
「リーベル。もう私はリーダーじゃないのよ」
「いいえ、あくまでもリーダーはリーダーです!」
 頑として譲らないリーベルに苦笑で応えると、マリアはそのまま艦橋へ向かった。
「おかえりなさい、マリア」
「ええ。またやっかいになるわね、マリエッタ」
「遠慮しないで。私たちは友達でしょう?」
 既にリーダーという職種から解き放たれた以上、マリエッタも遠慮する必要はない。まだクリフがリーダーだった頃、二人でオペレーターをしていたときのように、何の隔たりもない関係がそこにある。
「スティングも、悪かったわね」
「気にするな。新ディプロは人手不足なんだ。マリアが戻ってきてくれたおかげで俺も楽ができる」
「って言ってるけど、いいの、マリエッタ?」
「スティングは人前ではおどけてみせますけど、仕事に関してはプロフェッショナルですから」
 それはマリアもよく分かっている。直情的なリーベルよりも、沈着冷静なスティングの方が重要な任務をまかせることが多かったのは、そのプロ意識によるところが大きい。
「それで、今のディプロは何をしているの? 今さら反銀河連邦なんて言っても意味のないことだし」
「ええ。今はクリフさんの指示で、あちこち飛び回っているところです。現地調査が主な任務ですけど、エクスキューショナーの影響があればそれを消して回るような、後片付けみたいなものですね」
「そう。それなら私も力になれるわね。平和になったとたんやることがなくなる戦争屋となんら変わりないのが残念だけど」
「そうですね。戦争っていうのは、一種の祭みたいなものですから。昔、マリアの故郷の地球で出版された本にもあったそうですよ。伊達と酔狂で革命をしている、って」
「どんな本よ。でもまあ、言いたいことは分かるわ。仲間と一緒に生死をくぐりぬけるのは楽しかった。脱落者が出るのは苦しいし、辛い。でも、大きな目標に向けて、全員で走っているのは、本当に楽しかった。今はもう、これだけしかいないのね」
 マリアを中心に、リーベル、マリエッタ、スティング。もうディプロにはこれしか残っていない。
 艦は基本的に二人もいれば動かすことは可能だ。だが、現地調査となれば待機班と現地班に別れるのが鉄則。三人で人手不足だというのは当然のことだ。スティングとリーベルが出撃している間、マリエッタはここに一人で残ることになるのだ。
「それで、この艦はスティングがリーダーなの?」
「まさか。俺がそんなことできるわけないだろ。リーダー代行はマリエッタさ。リーベルもそれで認めてる」
「そう。それなら私は今度からマリエッタの部下になるというわけね」
「何言ってるの。あなた以上にリーダーにふさわしい人がいるはずないでしょう。ねえ、リーベル?」
「もちろんです! マリエッタの指示も的確ですけど、やっぱりリーダーの下で動くのが一番ですから!」
「でも」
「いいのよ。それに、マリアが宇宙に戻ってきたのは、フェイトさんのことが吹っ切れたから……というだけでもないんでしょう?」
 マリアの表情が強張る。そう。この宇宙に戻ってきたのは、別に未練を断ち切っただけが理由ではない。
「ええ。クリフから聞いてると思うけど、エレナ・フライヤという女性を探すことが一番の目的よ。もちろん、ディプロの任務を妨げるつもりはないけど」
「リーダーの決定なら何も問題はありませんよ!」
「リーベルの言う通りだな。俺たちはこう言うのはなんだが、この宇宙が今より少しでもよくなることを目指して動いている。マリアがしようとしていることがその目的にずれてなければ、それは優先事項となるはずだ」
「みんなあなたの仲間よ、マリア。以前と変わらず、自信を持って私たちを導いてちょうだい」
 三人からの信頼の視線を受けてマリアは頷く。
(ああ、やっぱりここが、私が本来いる場所なのね)
 エリクールでも信頼や友情はあった。フェイトと過ごす時間は貴重だった。背中を合わせて戦ったネルも大切な仲間だ。
 だが、やはり長い時間を共に過ごしてきた仲間は違う。フェイトやネルとも長い時間が経ったように思えるが、このメンバーとは比にならない。
 クリフに拾われ、この三人の仲間になってからいつも四人で力を合わせてきた。
 そして三人とも、自分の気持ちを知って、気持ちよくエリクールで過ごさせてくれた。
 全てに決着をつけて戻ってきたら、彼らは変わらずに自分を受け入れてくれた。
 これほどの仲間が、果たしているだろうか。
「私は幸せ者だわ。こんなにいい仲間にめぐり合えて。私を助けてくれたクリフとミラージュ、それに宇宙に感謝、ね」
「そうね。この宇宙がなかったらマリアとめぐり合うこともなかったのだから」
「リーダーと一緒にいられて、とても幸せです!」
「リーベルほどじゃないが、まあこの四人でつるんでるのが一番楽しいからな」
 全員が同じ気持ちなのだ。そして、三人は自分がまた戻ってくるのを待っていてくれたのだ。
「待たせて悪かったわね、みんな」
 だが、三人は笑顔を見せるだけで、何も応えなかった。言う必要もないことだ、とその顔が語っていた。






 だが、順調だったのは最初の十日だけだった。しばらく前から連絡が取れていなかったクリフだが、丸一ヶ月たっても何の音沙汰もない。この不自然な状況にさすがのディプロメンバーも違和感を強くしていた。
 クリフは現在、銀河連邦各国の調整役、橋渡し役的な立場にいる。クラウストロ代表ということで、政治的な役割を一手に引き受け、各国首脳と会って親善を深めるのが仕事だという。前線で戦うことが好きなあの男にとって、それがどれだけ苦痛を伴うものか、マリアにはよく分かる。
 だが、クリフはその政治的な能力も持ち合わせる有能な人物だ。あの男ほど型にはまらない人間はいない。政治家としても戦士としても一流。本当に、自分にとっては理想とする『父親』だった。少々面倒見が良すぎるところはあるが。
「クリフがいなくなって、銀河連邦の様子はどうなの?」
「もともと決まった場所にいる人じゃないから、大きな混乱はないみたいね。でも、全く音信がないので、銀河連邦も不思議には思っているみたい。クラウストロ本星にも問い合わせがあったわ」
「そう。いろいろと相談したいこともあるのだけれど、いないものは仕方がないものね」
 エレナ・フライヤのことは一つだが、同時にもう一つ。惑星ミッドガルドの件だ。アーリィ大統領がいったい何を考えているのか。そして、レナスやシルメリア、ブラムスがいったいどう動くのか。それによって宇宙は何か変化することがあるのか。
 一つの星の中で終わるような権力闘争であれば、自分たちが介入する必要はない。だが、この宇宙を支配するとかいうような内容であれば、当然戦わなければならなくなる。
「マリア」
 と、考えにふけっているとマリエッタから声がかかる。
「銀河連邦から、ディプロに直接通信が入っています。超長距離通信です」
「というと、地球からかしら?」
「そのようです」
「相手は?」
「銀河連邦軍大将リード、となってます」
「リード大将? もしかして、あの第十八宇宙基地をアールディオンから取り返したって言う、英雄リード?」
「そのリード大将です……どうしますか?」
「どうもこうもないわ。スクリーンに出して」
 それほどの大物から直接お呼びがかかったのだ。もはや自分のことは知られていると思っていいだろう。
 何しろ自分は銀河連邦軍司令長官ヘルメスの死に関与している。自分が直接殺したのではないにせよ、自分が原因なのは明らかだ。
 スクリーンに映し出されたのは、もう四十歳になる壮年の男性。だが、アクアエリーのヴィスコム提督のような威厳のある顔つきではない。むしろ飄々とした感じで、気張った感じのない、きわめて自然体な男性だった。
「はじめまして。自分は銀河連邦軍の司令長官なんてものをやっている、リード・マーベリックといいます」
「マリア・トレイターよ。高名なリード大将から直接通信をいただけるとは思ってもみなかったわ。いったいこの小さな艦にどんな御用かしら?」
 だが、スクリーンに映ったリードはしばらくマリアの顔をじっと見つめていた。
「なに?」
「いえ、すみません。あなたがマリア・トレイターかと思うと感慨深いものがありまして。実は自分は先のエクスキューショナー戦で、あなた方のことをリョウコ・ラインゴッド博士から聞いていたものですから。あなたは自分を高名と評してくれましたが、本来ならあなたの方が高名な存在でなければつりあわないというものです。何しろ、この世界をFD人から守ってくれたのですから」
 マリアは瞬時に警戒レベルをMAXまで上げた。
(リョウコ博士から聞いている? しかもFD人のことまで知っている。いったい、何者?)
 何から聞けばいいのか、判断がつかない。余計なことを言ってボロを出すわけにはいかない。
「ああ、警戒させてしまいましたか。自分で言うのもなんですが、自分は敵ではありません。あなたがヘルメス長官殺害に関係しているのも知っていますが、別にそのことでとがめるつもりもありません。というより、あれはヘルメス長官が先にあなたを洗脳したのだから、むしろ罪は銀河連邦にあります。どうか、お許し願いたい」
 リードは深く頭を下げた。
「……随分詳しく知っているのね」
 マリアが言うとリードも頭を上げて苦笑する。
「銀河連邦軍は事実上、自分しか動かす人間がいないのです。自分なんかが司令長官になってしまうのですから、深刻な人手不足ですね」
「あなたの業績を考えれば当然とも思うけど」
「本当に柄じゃないんですよ。見て、そう思いませんか。ヴィスコム提督に比べて今の司令長官は威厳がないな、と」
 それは納得せざるをえないが、リードもそれを年下の女性に平気で言うあたり、なかなかの大物だ。こういうことは普通、思っても口にしないものだ。
「いろいろと聞きたいことはあるけど、まずあなたの目的は何?」
 マリアは直球で尋ねた。駆け引きはあまり好きではない。こちらの知りうる情報をただで渡すことはしないが、相手の引き出しによっては考えないでもない。
「目的?」
「わざわざ宇宙に出たばかりの私にコンタクトをとる。なんの裏もなくすることではないでしょう?」
「ああ、そういうことですか。ええ、もちろん理由はあります。クリフ・フィッター氏の件です」
 なるほど、銀河連邦軍もクリフの失踪について重く考えているということか。
「クリフ氏はある日を境に忽然と消えました。クラウストロ本星にも尋ねましたが、どうやらクラウストロでもその所在を知っている様子がない。となると、クリフ氏の居場所に一番近いのは、たとえ宇宙に出て日が浅くとも、あなたしかいないということになります」
「買いかぶりよ。私たちだってこれから探そうっていうところなんだから」
「ええ。マリアさんにも分からないのは承知の上で尋ねるのです。クリフ氏の行方を」
 知らないのを分かっていて、教えろという。その矛盾はいったい何なのか。
「無茶を言う人ね」
「無茶ではありません。今、あなたに一通のメールを送らせていただきました。それはクリフ氏が失踪する直前一週間に届いた、重要度Aに相当するメールです。総数は約五百件。この中にクリフ氏の失踪に関係があると思われるものがあれば、教えていただきたいのです」
「五百件全部に目を通せというの?」
「いえ、内容はこちらでは入手できなかったので、送信者しか分からないのです。ただ、クリフ氏の交友関係が分かるだけでもこちらとしてはありがたいと思っています。いったい今どこで何をしているのか。それが分からなければこちらも手の出しようがありません」
 わらにでもすがる、というところだろうか。無論、手掛かりがほしいのはこちらも同じだ。情報だけは手に入れておくのは助かる。
「マリア、メールが到着しました」
「まわして」
 マリアのコンピューターにメールが転送されてくる。
 一件ずつ見ていく暇などない。送信者の名前だけを一気に見ていく。
 すると。
「あった」
 予想通り。
 もしもクリフが今、宇宙で起こっている『何か』に巻き込まれることがあるとすれば、その相手はこれしかない。

『送信者:アーリィ・ヴァルキュリア』

 内容は不明だが、クリフ失踪の五日前に届いたこのメールに何か関係があるように思われる。
「多分、これね」
「ミッドガルドのアーリィ大統領ですか。何か理由はございますか」
「詳しいことは私にも分からないわ。ただ、アーリィ大統領が何かをしようとしていることだけは分かる」
「何かというのは、たとえばこの銀河連邦を支配するとか、そういうことでしょうか」
「分からない。そんな簡単な話ですめばいいのだけれど。FDの例もあることだし」
「エターナルスフィアを作ったゲーム会社、でしたね」
 ぞくり、とマリアの背筋が震えた。
「……そんなことまで知っているの」
「自分の知識はすべてリョウコ博士から教わったものばかりです」
「なら、リョウコ博士はそれを知っているっていうこと? 私たちはFDの正体を教えていないというのに?」
「リョウコ博士は自分が知る限り、類稀な科学者でしょう」
 何故かそこだけぶっきらぼうな様子になったリードに、マリアは首をかしげる。
「リード大将はリョウコ博士が嫌いなんですか?」
 と、つい興味で尋ねてしまう。
「あなたの前で答えるようなことではありませんが、この世界で一番苦手な相手です」
 マリアはロキシ博士には最後に少しだけ会話をすることができたが、リョウコ博士とはまだ一度も会ったことがなかった。
 自分の、実母。
(どんな相手なのかしらね。一度会っておいた方がいいのかも)
 もっとも、自分の親はトレイター夫妻だけだと思っている。そもそも自分のことを知っておきながら、有事でもなくなった今、自分に会いにこないような母親を認めるつもりもない。
「ですが、予想していたとはいえ、やはりミッドガルドですか……これは少し厄介ですね」
 リードは顔をしかめる。
「何が厄介なの?」
「実は、昨日のことです。我々がミッドガルドが怪しいと睨んだのも逆に、それが理由だったのですが」
「昨日? 私たちは辺境ばかり旅してるから、あまりよく事情が分かっていないのだけれど」
「ええ。実は、ミッドガルドが銀河連邦との国交を一方的に断絶すると言ってきたのです。ミッドガルド近辺は既に武装した宇宙艦隊によって近づくものを許さない構えです」





ファントム

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