DNA

第2話 フントム






 なかなかヘビィな展開だ。自分が宇宙に上がった途端、クリフの失踪に、ミッドガルドの国交断絶宣言。ミッドガルドにはこれから行くつもりだっただけに、どうすればいいのか悩みどころだ。
「ミッドガルド大使はたしか地球にいたはずよね?」
「ええ、ロレンタ外務大臣ですね。ロレンタ女史も国交断絶宣言と同時に雲隠れしました。いまやミッドガルド大使館はもぬけの空です」
「用意周到ということね。でも、引き上げたのではなくて、雲隠れ、なのね」
 引き上げるというのなら話は分かる。だが、何のために隠れたのか。
「ロレンタを中心に、地球で何かをするつもりなのかしら」
「何か、とは?」
「地球にいる要人といったら誰かしら」
「まさか、暗殺?」
「可能性の一つよ。それで?」
「そうですね、地球代表は今、地球にはおりません。それ以外に銀河連邦の要職に就いている人物がいるわけでは」
「そう。なら、いったい何が目的なのかしらね。それともムーンベースにいるラインゴッド研究所の誰かとか」
「特定はできませんが、地球における警戒レベルを上げるように指示を出します」
 リードは自分の後ろにいた女性の副官にそのことを指示する。
「クリフがどの辺りを飛んでいたかは分かっているの?」
「クラウストロ本星を出て、テトラジェネシス方面へ向かったことは確認が取れています。ですが、そこから先は分かりません」
「宇宙は広いもの、最後の寄港地と方向くらいしかわからないわよね」
 マリアは別の画面に宙図を出す。
 クラウストロ本星はセクターζ(ゼータ)にある。太陽系方面へ向かったということは、エリクールがある隣のセクターα(アルファ)を通り、セクターη(イータ)へ向かうことになる。もっとも、惑星ミッドガルドもセクターηにあるのだ。テトラジェネシスへ向かったように見えても何の問題もない。
「途中の宇宙基地に寄った形跡はない? たしか、エクスキューショナーの攻略拠点となった第二十宇宙基地がセクターα内にあったはずだけど」
「照会してみましたが、立ち寄られてはいないようです」
 余計なことをせず目的地へ急いだということか。まあ、その方が現実的だが。
「それにしてもミッドガルドか。どうしたものかしらね」
「さすがに敵対国家というわけではありません。国交断絶後、銀河連邦代表のエレーヌ女史がミッドガルドのアーリィ大統領と話しましたが、国交断絶は開戦宣言ではないと断言しておられます。確かに武装艦隊を惑星周辺に配置してはいますが、侵攻してくる様子はありません」
「でも侵攻してきたときには地球までなんて一瞬よ。備えは?」
「セクターα方面は第二十基地がありますからそこに軍を集結させています。セクターθ(シータ)方面はムーンベース第五宇宙基地に軍艦を集めました」
「無難なところね、と言いたいところだけど」
 マリアは首をかしげた。
「そんな軍の機密をぽろぽろと話していいの?」
「この宇宙を守ってくださった英雄に隠し事などありませんから」
「随分と評価されたものね」
「というより、あなたへのお詫びを兼ねているとお考えください。ヘルメスがしたことは決して許されることではありませんから」
 誠実な人間だ、とようやくマリアは相手への警戒を解くことにした。
「分かったわ。それじゃあ一つ聞きたいのだけれど、ミッドガルドへ行くことはできる?」
「無理でしょう。まずあの星に下りることは不可能だと思います」
「それだけ配備が完全だっていうことね。でも、クリフの消息も気になるし、それにミッドガルドのアーリィ大統領には個人的に用事があるのよね」
 打診していれてもらうことはできないか、と考えたそのときだ。
「マリア!」
 マリエッタが突然大声を上げる。
「どうしたの?」
「武装した艦が五隻! ディプロを囲むようにしているわ」
「なんですって?」
「映像、出るわ!」
 別スクリーンにその五隻の航宙艦が表示される。
「これは、ミッドガルドの国章!」
「ふうん。宣戦布告してないくせに、軍艦が出張ってくるなんてたいした根性じゃない」
「通信が来たわ」
「つないで」
 マリアはそのまま、画面が切り替わるのを待つ。やがて切り替わったところに現れたのは、若い美青年だった。
「僕はミッドガルド軍務大臣のロウファといいます」
「今日は千客万来ね。宣戦布告もなしに軍艦を出すなんてどういうつもり?」
「我々は銀河連邦と事をかまえるつもりはありません。ただ、あなたが宇宙に出てきたことを知って、迎えに上がったのです」
「迎え?」
「はい。ミッドガルドへご案内します、マリア・トレイターさん」
 まったく、宇宙に出てきたとたんにこれか。
「そうね。アーリィ大統領には私もいくつか用事があるから、誘い方次第では行かないでもないけど」
「誘い方、ですか?」
「ええ。もしも断ったら撃沈もやむなし、なんていうこの状況下だと皮肉の一つも言いたくならない?」
「撃沈するつもりはありません。ですが、逃がすつもりもありません。我々にはあなたが必要ですから」
「『私』じゃないでしょう。どうせ私の中に眠っている力がほしいのでしょう」
「いえ、あなたの力を私たちは必要としていません。ただ、あなたは僕たちの動きを妨害するおそれがある。今はそのおそれを少しでも少なくしておきたいのです」
「勝手な言い分ね。つまり、私が宇宙に出てこなければ、狙われる必要もなかったということ?」
「有体に言うとそうです。もし可能でしたら、今すぐあなたが隠れていた星へ戻っていただけると幸いですが、そういうわけにもいかない事情がおありでしょう。だからお誘いしています。ミッドガルドへ来ていただけませんか、と」
「断ったら?」
「不本意な行動をとらざるをえません」
「つまり連行するということね」
「そういうことになります」
 少し考えてからマリアは決断した。
「分かったわ。ミッドガルドに行かせてもらう」
 ロウファは目に見えてほっとした様子になった。
「ありがとうございます」
「ただし、私一人でよ。この船は見逃してちょうだい。私一人の都合で、船に迷惑をかけるわけにはいかないから」
「マリア!」
 マリエッタが叫ぶ。だが、マリアは手を上げてそれを制する。
「そちらの船が妨害をしないというのであれば、僕の名誉にかけて約束いたしましょう」
「いいわ。長距離でそちらの船に行くから、正確な座標を教えてちょうだい」
「分かりました。すぐに送ります」
 通信が切れて、メールが送られてくる。
「悪いわね、マリエッタ」
「何を言ってるのよ! せっかく、せっかくまた会えたのに……どうしてまた一人で行くなんて!」
「あなたこそ何を言っているの? 私があなたたちを頼らないと思っているの?」
 マリエッタが首をかしげる。
「ディプロはすぐにエリクールへ戻って、フェイトにこのことを教えてちょうだい。私とクリフがミッドガルドに捕らえられた。多分、レナスやシルメリアとも関係すると思う。すぐに助けに来て、って」
「マリア」
「だから、ディプロが捕まるわけにはいかないのよ。お願い」
 マリエッタは顔をしかめる。
「……無茶はしないで」
「多少の無茶はもう慣れっこよ」
「お願い、マリア。私たちを不安にさせないで。私たちはみんな、あなたが好きなのよ」
「分かってるわよ。だから、お願い」
 迷惑とか、そういうことではない。信頼しているからこそ、後で迎えに来てくれると信じているからこそ、今は一人で行くべきところだ。それに、ミッドガルドに入るチャンスはそうそうあるものではない。
「というわけだから、私はちょっとミッドガルドに行ってくるわ、リード大将」
「あまり、歓迎はできない展開ですけどね」
 リードは肩をすくめた。
「とにかく、無事をお祈りしています」
「ありがとう」
 そうしてマリアは通信を切ると、長距離転送室へと向かった。
「リーダー」
 リーベルが不安そうに見る。そしてスティングも。
「大丈夫よ。あとのことは……任せたわよ」
 そして転送室に入り、一人、転送装置を稼動させる。
 目を閉じて、転送に体を任せる。そして目を開いたときは、もう見たこともない内壁。
「ようこそ、僕の艦へ」
 音声が流れてくる。扉が開いた。そちらへ進むように、ということだろう。
 部屋を出たところで、武装した兵士四人がこちらに銃を向けていた。
(随分危険視されているわね。もっとも、その程度の銃では私は殺せないけど)
 アルティネイションの力は随分と磨かれている。彼らの銃を一瞬で砂に変えることくらいは簡単だ。それとも、彼らをまとめて石にしてしまった方がいいか。
「随分な出迎えね。こっちから会いに行こうって言ってるんだから、素直に道を開けなさい」
 気迫で相手をどかせると、兵士たちにはかまわずその間を通り抜けていく。既にここは敵地。何があっても不思議ではない。
 艦橋にたどりつくと、先ほどの美青年が出迎えた。
「ようこそ、僕の艦へ」
「ようこそって、あなたは相手に銃を突きつけるのが礼儀だと思っているの? 随分手荒な歓迎じゃない」
「あなたの力をそれだけ怖れているということです。アルティネイションの力があれば、この船などすぐに航行不能にすることくらいは簡単でしょう」
 さすがに簡単ではない。自分の近くにあるものを変化させる程度が精一杯だ。だが、それを素直に吐くわけにはいかない。切り札があると思いこませておくくらいがちょうどいい。
「それから、僕にアルティネイションの力は通用しません。僕らエインフェリアは対紋章力が百%です。嘘だと思うなら、試されてもいいですよ」
「ふうん。通用しないのはあなただけなのね?」
 逆に尋ねる。エインフェリアに通じなくとも、他の艦や人間に通用するのであれば全く問題はない。自分はいつだってこの場所から逃げることができる。
「それから、ディプロは拿捕させていただきます」
 だが、次の言葉にマリアの表情が変わった。
「約束が違うわよ」
「先ほども申し上げました。僕たちの妨害をしないのであれば、と。あの艦はマリアさんを助けるために今後僕たちの妨害をすることでしょう。ですから、あの艦を見過ごすことはできません。それに、あなたがここから脱出できないようにするための人質にもなります」
「それを私が見逃すと思っているの?」
「アルティネイションを使ったら、こちらも容赦はしません。あなたの力がどれほどかは分かりませんが、この艦も含めて五艦からの一斉射撃。あの小さな艦で防ぎきることができると思いますか? それともあなたの力ならそれすらも防ぎきれるのですか?」

 ──どうする。

 確かにこの艦を沈めるのはたやすい。だが、他の四艦にまで手を回すことはできない。そしてロウファは確実にそれを実行する男だろう。
(負けたわね)
 少なくとも安全は図ってくれるのだ。それならば、ミッドガルドについた方がいいのかもしれない。いや、そうしてどんどん自分が泥沼にはまっていっているのだろうか。
 いずれにしても、自分が反抗すればディプロは終わりだ。
「分かったわ。素直に従いましょう」
「それが懸命です」
 ふう、とロウファも息をついた。
「よし、拿捕しろ──なに?」
 そのときだった。
 宇宙の深遠から放たれたビームが、ディプロを囲んでいた艦の一つを貫いた。
 直後に、爆発。
「な、何が起こった!?」
 次々に来るビームが他の三艦を全て撃沈していく。
 そして、その正体が目前に姿を現す。
「これは……見たことのない艦だ」
 小型艦だった。だが、航宙艦シールドを軽く打ちぬけるほどのクラスの砲撃だ。その性能には現在の銀河連邦、いやバンデーンですらかなわないだろう。
『事情はすべて聞いた。女を解放しろ。でなければ、こっちから行くぞ』
 音声だけが届いた。とげとげしい言葉だった。マリアにはその声に聞き覚えがなかった。
(誰?)
 だが、答えるはずもない。それに今は自分が動揺してロウファに隙を見せないことが必要だ。
「マリアさんを助けに来たということですか。ですが、それなら話は早い。彼女に危害を加えられたくなければ、ただちに投降──」
『そちらの言い分は分かった。ただちに殲滅する』
 そして一方的に通信は切れた。
「どういうつもりだ、おい!」
 ロウファが声を荒げる。が、次の瞬間、艦内で爆発が起きた。
「何事だ!」
「敵です。敵が強襲揚陸艦を使ってこの艦に入り込みました!」
「馬鹿な」
 強襲揚陸艦というのは、敵艦を制圧するために使うための艦で、使い捨てを覚悟とするものだ。数人分が乗れるだけのスペースしかない艦だが、相手の艦に接舷するなり、高温を発して外壁を溶かして通路を作り、中に入り込むという、とんでもない代物だ。
「侵入者を殺せ!」
 艦内に指示を出すロウファ。だが、しばらくしてから逆に『敵、殲滅不可能』とだけ連絡が帰ってくる。
「なんだと」
 ロウファが額に汗を浮かべる。
「どうやら、こちらの勝ちみたいね。おとなしくディプロを逃がしておけば、こうはならなかったのに」
 それは虚勢だった。マリアにしてもこの展開は全く予想していない。自分を救出に来たのが誰かも分からない。だが、それが全部自分の策だという演技をしてみせた。
「ですが、まだあなたがいる」
 ロウファは槍を手にすると、マリアの喉につきつけた。
「僕だけではなく、僕の槍にもアルティネイションは通用しませんよ」
「随分と都合がいいわね」
 相手がそうやって強気になっている以上、逆らってもいいことはない。今は、その救世主を待つだけだ。
 やがて、
「ここにいたか」
 その男が、姿を現した。
「動くな。マリアさんの命を助けてほしいのなら──」
 だが、そこから先の言葉はなかった。男が放った武器が、ロウファの槍を弾き飛ばしていたからだ。
 その隙に、マリアは男の方へと逃げる。
「くっ」
 ロウファはその男と対峙した。
 背の高い男だった。真っ白な髪と、顔に一つ傷を負った男。
「何者だ、貴様は」
 男は棒を手にした。その棒の先から、エネルギーの刃が生まれる。
 これは鎌だ。高エネルギーの巨大な鎌。
「死神に名前などない」
 死神と名乗った男は、一撃でロウファの体をその鎌で貫いていた。





Plastic

もどる