DNA

第3話 Plastic






 ロウファという人物は決して実力的に低いわけではない。体つきも身のこなしもしっかりしている。それなのに、この『死神』と名乗る男はロウファに回避する暇すら与えずに、あっさりと殺してしまった。
 マリアはその神技のような動きを見た。もしかしたら、フェイトよりも強いかもしれない。それこそ力だけならクラウストロ人とも充分に渡り合えるほどの。
「助けてくれてありがとう、死神さん」
 その『死神』に話しかける。いずれにしても敵ではないのは明らかだ。先ほども『女を解放しろ』と言ってきたくらいだし、彼が自分を助けようとしているのは間違いない。
「俺に礼を言う必要はない。俺はただ雇われただけだ。マリア・トレイター。お前を連れてこい、とな」
「私を?」
「そうだ。お前が宇宙に出るということは、銀河連邦、ミッドガルド、さらには他の勢力など、さまざまな陣営に影響を与えるということだ。そのくらいの覚悟はもちろん、持ってきたのだろうな」
「ま、ただですむとは最初から思っていないわ」
 さすがに、立て続けに今度は第三勢力まで出てくるとは思わなかったが。
「あなた、名前は?」
「死神に名前などない、とさっき言ったが」
「嘘ね。死神だなんていっても、結局は個体判別が必要になる。それが名前というものよ。それに、あなたは本当の死神じゃない。私は本物を見ているから分かる」
 ロメロにフォスター。確かにマリアは死神と呼ばれておかしくないような相手と渡り合ってきた。その言葉に嘘偽りはない。
「面白い女だ」
 死神は肩を震わせて笑った。
「俺の名は、エイルマット・P・タナトス」
「へえ。死神でタナトス、ね。洒落てるわね」
 するとエイルマットは顔をしかめた。
「何のことだ?」
「あら、分からずに死神って名乗ってたの、もしかして?」
「俺が死神なのは見れば分かることだろう。死神は大鎌で生者の命を奪うものだ」
「確かに一般的にはそうね。ただ、地球の地方神話に、死を司る神タナトスっていうのがいるのよ。だから死神だっていうのなら随分洒落てるなと思っただけ」
「そういうことか」
 エイルマットは唇を上げた。
「残念だが、そうした意味合いはない、というよりも初めて知った」
「そうみたいね。でも、それならどうして死神なの? ただ単にその武器を持っているからというわけではないのでしょう?」
「簡単なことだ。俺自身が本当に死神のようなものだからだ。かつていた仲間は俺を残してすべて死んだ。俺だけが生き恥をさらしている」
「何を言ってるのよ。生き残ったのなら、死んだ人の分まで一生懸命生きなさい。全力で生きたなら、たとえ死んでも仲間たちは許してくれるわ」
 するとエイルマットはマリアをまじまじと見つめる。
「なに?」
「いや、お前は言わないんだな。生き残ったのには意味があるのだから、その意味を果たせというようなことをだ」
「言わないわよ。だったら死んだ人には生き残る理由がなかったみたいじゃない。あなたの仲間がどこでどう死んだのか知らないけれど、あなただけが生き残ったのなら、それは単なる偶然であって、死神とか運命とか、そんなわけの分からない理由は必要ないわ。でも、生き残っているのに自分から命を軽んじるのだとしたら、それはあなたの仲間に対して失礼というものよ。あなたの仲間だって、死にたくて死んだわけじゃない。それならあなたは精一杯生きることを考えるのが仲間に対する礼儀というものよ」
「礼儀、か」
 エイルマットは左手で頭をおさえた。
「地球人というのは本当に、面白い考え方をするものだな」
「地球人に限ったものでもないでしょうけど」
「俺は地球人には何かと縁がある。お前を連れて来てほしいという願いを聞き届けたのも、お前が地球人だと聞いたからだ」
「へえ。昔の仲間が地球人だとでもいうの?」
「そうだ」
 迷いなくはっきりと答える。そう、とマリアは頷く。
「いい仲間を持ったみたいね」
「そうだな。悪くはなかった」
「ま、そうした話をしたいのは山々だけど、まずはこの場所を離れましょうか。もう中には誰もいないでしょうけど、あまり落ち着いて話ができる環境じゃないもの」
 死体の山。さらには敵艦の中。これではさすがに落ち着くというものではない。
「なら俺の艦に来い。お前を連れていく」
「待って。仲間がいるのよ。あの、拿捕されそうになっていた艦。説明をしなければついていくわけにはいかないわ」
 するとエイルマットはしばらく考えて「分かった」と答えた。
「仲間がいるのなら一度戻れ。もしよければ仲間と一緒に来てもかまわない」
「いいの?」
「別にお前以外の人間を連れてきてはいけないとは言われていない」
 随分アバウトな死神だった。それとも、死神にとって死者は多い方がいいということだろうか。
「じゃあ、私は一旦戻るわね。あなたは?」
「強襲揚陸艦で来たからな。ここの小型艇で自分の艦に戻る。お前もそうすればいい」
「そうね。じゃあ、ドックへ行きましょうか」
 そうして二人はドックへ向かい、宇宙服を上から着ると、それぞれ小型艇に乗り込んだ。
「六時間後に連絡を入れる。それまでに一人で行くか、仲間を連れて行くかを決めておけ。セクターθ(シータ)まで行くことになる。俺の艦でなければ時間がかかる。全員で来るならお前たちの艦は置いていくことになるが、そのあたりも考えておけ」
「分かったわ。もう一度、助けてくれてありがとう」
 エイルマットは「ああ」と答えると、先に自分の艦へと戻っていった。
「無愛想な奴ね。でも、アルベルよりは紳士的だったかも」
 アルベルは相手構わず喧嘩腰になるところがあった。だが、彼は違う。確かに雰囲気は似ているが、仲間を失った悲しさ、辛さをそのまま強さに変えている。失ったことがないアルベルとは人間的なところで大きな違いがある。
(とにかく今は、戻ってどうするかを決めないといけないわね)
 マリアもまた、小型艇でディプロへと戻っていった。
 およそ三十分のフライトの後、マリアの小型艇はディプロに収容される。無論、ディプロには余分な小型艇をいつまでも保管できるだけのスペースはない。スティングによってただちに情報媒体とレアメタルだけが分解され、それ以外のハードウェアは全部宇宙に捨てることとした。
「おかえりなさい、マリア」
「ごめんなさい、マリエッタ。私が気が回らなかったから、あなたたちまで拿捕されるところだった」
「ええ。正直、どうしようかと思ったけど、助けてくれたあの艦はなんなの?」
 エイルマットの艦は、ディプロから距離二万km、ざっと一惑星よりも少し遠いところで静止している。
「ええ、そのことで話があるのよ。実はあの艦のパイロットから招待を受けたわ」
「招待?」
「なんでも、私を連れてこいという依頼を受けたみたい」
 マリアの言葉に、マリエッタが不思議そうな顔をする。
「ええと……話が見えないんだけど、じゃあマリアはどうしてここに戻ってきたの? 相手は了承しているの? マリアは行くつもりなの?」
 立て続けの質問。確かに今のは説明を略しすぎた。
「まず、あの艦のパイロットは、明らかに私に用事があった。ただ、あくまでも依頼を受けただけで、私に用事があるのはその依頼主、ということね。その依頼主は不明。ただ、セクターθ方面に向かうと言っているわ」
「地球のある方角ですね。それで、マリアは行くつもりなの?」
「ええ。それで、仲間にそのことを言わないわけにはいかないからと言ったら、じゃあどうするかを決めてこい、と言われたの。そうしたら六時間後に連絡を入れるからそれまでに決めておけ、とも」
「じゃあ、マリア一人で?」
「そうね。みんな一緒にとも考えたのだけれど、やっぱりマリエッタたちには、エリクールに行ってきてほしいのよ」
「フェイトさんを連れてくるのね?」
「ええ。私一人の力じゃ、多分今度の敵には勝てそうにないから。フェイトとネルがいてくれれば助かるわ」
「分かったわ。でも、そうね」
 マリエッタがスティングとリーベルを見てから言う。
「リーベル。あなた、マリアについていってあげて」
「え?」
 突然の指名に、リーベルが動揺する。
「ど、どうして」
「決まってるじゃない。一人で行かせて安心できるの?」
「まさか!」
「だったら、あなたが責任をもってマリアを守りなさい」
 マリエッタが真剣な表情で言う。リーベルも頷く。
「分かった。ではリーダー、お願いします!」
「そうね。確かに一人よりは二人の方がいいわね。マリエッタたちもエリクールまで行ってくるのに人数が必要なわけじゃないし、ありがたく借りていくわ」
 まるで物か何かのようにリーベルが扱われているが、当の本人が幸せそうにしているのだからかまわないのだろう。一方でスティングは肩をすくめた。リーベルのことが好きなマリエッタの馬鹿正直さを皮肉ったものだ。
「じゃあ、ディプロは当初の予定通り、もう一度エリクールに戻って、今度はフェイトさんを連れてくる。フェイトさんと合流したら、どちらへ向かえばいいの?」
「そうね。最終的にはセクターι(イオタ)を目指すことになるから、一旦第八宇宙基地へ向かってくれるかしら。その辺りでうまく落ち合うか、そうでなければセクターθまで来てもらうことになるかもしれないわ」
「うん。気をつけるのよ、マリア」
「大丈夫よ。少なくともミッドガルドよりは安全なのは間違いないわ」
 そう。あのエイルマットという人物が、自分のためにならないようなことをするとはどうしても思えない。ツンとしてはいるが、仲間思いで感じのいい青年だ。
(いったいどこに連れていくつもりなのかしら。楽しみね)
 それからマリアは通信設備を動かす。相手は無論、銀河連邦のリード大将だ。
「こちらディプロ、応答願います」
 少し経って、画像が出る。
「こちらリード艦隊『フェアリーテイル』のプライアです」
「『ディプロ』のマリアよ。リード大将とお話ができるかしら?」
「少々お待ちください。最優先でおつなぎいたします」
 最優先、ときた。少なくとも今の人物も自分のことをある程度は知っているようだった。それがどこまでかというのは分からないが。
「お待たせしました。ご無事でしたか」
 やがて画面にリードが現れる。
「ええ、なんとか。助けてくれた人もいたことだし」
「それはなにより。それで、ミッドガルドで何が起こっているのかはつかめましたか」
「たいしたことは何も。話す前に相手が死んじゃったもの」
「それはそれは。あなたが?」
「いえ。その、助けてくれた相手というのが」
「そうでしたか。それではその方にもお礼を言わなければなりませんね」
「まあ、それはこちらのミスだからかまわないけど。でも、ミッドガルドは私のことを知っていたわ。当然といえば当然だろうけど」
「アルティネイション、ですか」
 改めてその名前が出てくると、やはり自分のことは銀河中に知れ渡っているのだな、と思う。
「どうして私のことをミッドガルドが知っていたのか……やっぱり、一度行かないといけないわね」
「ですが、今はそのときではありません。ミッドガルドのことを調査しないことには」
 確かに情報なしに突入するのは勇気ではなく無謀だ。だが、クリフのこともある。もし今も拷問を受けているようなら──あの男が拷問でくたばるとは思わないが──当然ながらすぐにでも助けに行かなければならない。
「私を助けてくれた人が、私を招待してくれているのよ。そこで少し情報収集をしてこようと思う」
「助けてくれた相手……こちらの遠距離通信では確認ができませんが」
「ここから距離およそ二万キロメートルのところにいるわ。画像をまわしましょうか?」
「ありがとうございます」
 マリエッタが通信を送る。その瞬間、リードと、そして『フェアリーテイル』の艦橋が一様にどよめいた。
「どうしたの?」
「いえ、さすがの私も驚きました。この艦は『ファントム』ですね」
「ファントム?」
「ええ。かのエクスキューショナー戦のとき、絶体絶命だった義勇軍を救ってくれたのが、あのたった一隻の船でした。こちらから連絡を取ろうとしても、全く応答がありませんでした。そして一隻で一七八のエクスキューショナーを沈めると、どこへともなく飛び去っていったのです」
「一七八?」
 それはとんでもない撃墜数だ。だが、それも頷ける。先ほど、一瞬で四隻のミッドガルド艦を打ち抜いたのだ。それも、あの不規則な砲撃の仕方は──
(マニュアルよね、おそらく)
 オート射撃の命中率は高いが、どうしても誤差が生まれる。それに対してマニュアル射撃は狙ったところにピンポイントで当てることができる。とはいえ、
(自分で判断して、一瞬で射撃ポイントを見出して、当てる。達人でなければ無理よね)
 しばらくリードは考えていたようだったが、やがて頷く。
「よければ、向こうの艦長に会わせていただけないものだろうか」
「私が決めることじゃないわ。話を通すくらいならできるけど」
「お願いする」
 銀河連邦の司令長官直々に頭を下げられては、マリアも反対する理由はない。
「分かったわ。駄目だったらごめんなさい」
「ええ。別に、会えなかったからといって問題になるわけではないんです。ただ、しっかりとお礼を伝えたい。それだけですから」
「もし断られたら、それだけでも伝えておくわ」
 そして通信が切れると、マリアはあわただしく出発の準備を行う。
 ディプロに持ち込んだ荷物自体、それほど多くはない。だから今さら持っていかなければいけないものなど多くはない。
 やがて、時間になって、エイルマットからの通信が入った。といっても、単に座標が指定されただけのもの。余計なことを話すつもりはないらしい。
「彼らしいというべきかしらね」
 マリアは苦笑して、リーベルと共に長距離転送室からエイルマットの『ファントム』へと跳んだ。





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