「むう?」
その日、いつもの天体観測をしていたメルトは、星の動きに大きな変化が出たことに驚き、うめき声をあげた。
尋常な動き方ではない。まるで、強引に星を置き換えたかのように、突如現れた新星。だからといって今までの星がいなくなったかというとそうでもない。
ただ、突然現れた星が、大きな光を放ち始めている。
「変わった星でゴザルな」
その星の背後に、もうひとつ重なって星が見える。
「双星……これは何を意味しているのでゴザろうな」
この星の変化が、いったい何をもたらすのか。今の段階で分かっている者はいない。
いや、ただ一人だけ。その星、当人だけは分かっていた。
Fate / Forceless Crescent
【双星のクレセント】
それは私が望んだことだ。
もし、もっと早く出会うことができていたなら、自分は間違いなく彼のためだけに生き、彼の傍にいることだけを考えただろう。
だが、自分が彼に出会ったのは全てが終わった後。既に彼の傍には素敵な女性がいて、自分の入り込む余地など全くなかった。
だから望んだ。
まだ、彼が彼女と付き合う前。自分が関わることができる時代へ戻りたい、と。
(まさか、アーリグリフ戦の前、とはね)
時代を遡りたいと思ったら、本当に遡ってしまった。それも、自分が一番望んでいた時代に。
彼がこの国にやってきた直後、まだ彼と彼女がお互いのことを意識する前。
(ま、神様からのプレゼントだと思うしかないか)
クレセント・ラ・シャロムは、ブルーからの命令を断った。今、アリアスに行く暇はない。何故ならば、今この街には。
(あいつが来ているからね)
ファリンの無事は分かっている。そして、この後、ここで──
「クレセントじゃないか?」
──来た。
このまま、何もなければ、将来彼の恋人となるはずの女性。
ネル・ゼルファー。クリムゾンブレイドにして【闇】の師団長。
「ネル様♪ アリアスからもう、こちらに来られてたんですね♪」
確か前回はこんな会話をしたような気がする。まあ、大きく違わなければ問題ないだろう。
「ああ。昨日のうちには着いてたよ」
「さすが、お早いですね♪ ファリン、大丈夫ですか?」
「ふふ、アンタたちは本当に仲がいいね。大丈夫。怪我はしてるみたいだけど、命に関わるわけじゃない」
「よかったです♪ 後でお見舞いにいきますから♪」
「アンタがついててくれればファリンもすぐに回復するだろうね。ああ、それはそうとちょうどよかった。アンタに一つ、頼みがあるんだけど」
「はい、なんでしょう♪」
何の話かなど分かっている。だが、あくまでも初めて聞いた振りをする。
この時代に戻ってくる条件として指定されたのが、決して自分が未来から来たことを誰にも知られてはいけない、ということだった。
もし知られたならば、自分の魂が消滅するという脅しつきだ。さすがに自分の命がかかっていては慎重にもなる。
そうして、ネルから優秀な医師を紹介してほしいと頼まれたクレセントはすぐにノイン先生を紹介に行く。そして女の子の家に急ぐことになった。
「私も、ご一緒してよろしいですか?」
ここからだ。
自分は絶対に、ここでフェイトに会い、彼とともに行動する。
「もちろん。ノイン先生を紹介してくれたんだから、当たり前さ」
「では急ぎましょう。どちらですか?」
「こっちだよ」
そうして三人はアミーナの家に向かう。
その家の中に入り、先生がベッドに横たわる女性を診察する。その間、寝室から出てきた三人の人物。
一人は人のよさそうなおばさん。
一人は大きな金髪の男。
そして。
(やっぱり)
会えた。会えると思っていた。
蒼い髪の救世主。フェイト・ラインゴッド。
(お前を手に入れるために、私は時間を遡ったんだ)
クレセントは柄にもなく緊張している自分に気づいていた。
(それにしても、なんだか冴えない感じだな。この頃のこいつはこんな感じだったのか。少し見る目が変わったな)
だが、問題はそんなところではない。自分にとって一番大切なのは、家柄によって態度を変えないということ。そして、フェイトはたとえどんな場合であっても、絶対にそのスタンスを変えることはないだろう。
「大丈夫かな、アミーナ」
「まあ、倒れるくらいだから絶対安心とはいえないだろうけどね。ただ、現状では命に別状はないはずだよ」
フェイトの言葉にネルが答える。今はまだ話しかけるのは控えた方がいいだろうか。何事も時と場合というものがある。
(弱い女性が好き、か。確かに今は、目の前に知らない人間がいることよりも、中にいる倒れた女性の方を心配しているという感じだね)
紹介されるまでは黙っていることに決めた。が、もう一人の人物と目が合う。
「おいネル。こっちのかわいいお嬢ちゃんは誰だ?」
ネル様を呼び捨てにする。さすがにクリムゾンブレイドを呼び捨てにできるのはこの国では女王陛下とラッセル執政官、それにアドレー様くらいのものだろう。
「ああ、すまないね。この子は私の部下で、クレセント・ラ・シャロム。医者を紹介してくれたのはこの子なのさ」
「はじめまして♪ クレセントと申します♪」
話を振られたので勢いよく礼をする。
「君が、お医者さんを」
フェイトが真剣な表情で自分を見つめる。
(うわ)
いつも彼は自分を前にすると、疲れたような、困ったような顔ばかりしていた。が、この顔はまずい。自分がまずい。
(何が弱い女性が好き、だ。こいつの方がずっと弱そうじゃないか!)
クレセントは表情には出さず、内面でどぎまぎしたが、やがてフェイトが深く頭を下げた。
「ありがとう」
「いいんですよ♪ フェイトさんのお役に立てたならそれで充分です♪」
言ってからネルが首をかしげた。
「あれ、私、フェイトの名前、あんたに言ったかい?」
しまった。背筋が凍る思いがする。自分が知らないはずの情報を知っている。それだけはあってはならないこと。
「いいえ、報告でうかがっています♪ グリーテンの技術者さんですよね♪」
「ああ、そうか。【風】のブルーにも連絡が行ってたんだったね」
連絡が来ているのは確かだ。が、名前が伝わっているかどうかは定かではない。
まあ、こんなものは時間が経てばどうとでもなる。後で掘り返されても『忘れた』と言い張ればそれですむ話だ。
「歌うように話すんですね」
(あ)
少し落ち着いてきたフェイトの言葉は、まぎれもなく。
(最初に、会ったときに言われた言葉だ)
嬉しかった。そう、彼のこの言葉から始まったのだ。
自分の、彼への恋心は。
「よく、言われます♪」
特に、目の前の男に。
嬉しくて嬉しくて、もう笑顔を止めるのも難しくなってくる。まったく、自分はいつからこんなに恋する乙女になってしまったのか。
「フェイトさん」
そして、真剣な表情になって、フェイトを見つめた。
「本当は、こんなことではお返ししたことにはならないと思っているんです」
「え?」
「ファリンを助けてくれて、ありがとうございました。私は一生かけても、フェイトさんにお礼をしなければと思っていたんです。だからネル様に言われてすぐに分かりました。医者を必要としているのはネル様じゃなくて、フェイトさんの方なんだっていうこと。フェイトさんのために、何かしたかったんです」
「ファリンさん? いや、でも、どうして」
「この子はね、ファリンの一番の親友なのさ」
ネルがフォローする。へえ、とフェイトが頷く。
「本当に、ありがとうございました」
「いや、僕はたいしたことはしてないよ。それに、困っている人を見たら助けるのは当たり前のことでしょう」
そうだ。確かにその台詞も言っていた。
(なるほど。マリアさんの言った通りだね)
困っている人がいたら助けたい。その毒牙にかかったらもう終わり。
(女たらしめ。でも、簡単に根を上げるつもりはないよ。あんたに近づく女性を許したりはしない。たとえネル様やマリアさんが相手だとしてもね)
「それでもです♪」
歌うような話し方に戻す。
「私にとっては何より大切な友人。知っていたなら、私が修練場に乗り込みたかったくらいです♪ 残念なことに、私が知ったのはついさっき、全てが終わってからだったんです」
しょぼん、と落ち込んだ振りをする。
「そうなんですか。ファリンさんはいい友人をお持ちなんですね」
「お褒めいただき、ありがとうございます♪」
クレセントが頭を豪快にさげる。金色ショートカットの髪がふぁさっとたなびく。
「クレセントさん。ちょっと聞いてもいいかな」
フェイトが真剣な表情で尋ねる。
「はい、もちろんです♪」
「クレセントさんは今度のアーリグリフとの戦争を、どう思ってる?」
突然話が百八十度転換した。が、彼の中ではまったく変わっていないはず。つまり、それだけ戦争ということをずっと考え続けている証拠なのだ。
今は自分の入り込む余地はないだろう。少しずつ彼の中に入っていけばいい。
「そうですね♪」
ちらり、とネルを見る。フェイトの考えはきっとネルとは違うだろう。彼を肯定する意見を言えばネルに目をつけられる。なかなかうまくはいかない。
「すまないね。私はちょっとアミーナの様子を見てくるよ」
ネルが診察中のアミーナの寝室に入っていく。いなくなってからクレセントが答えた。
「戦争なんて、ない方がいいに決まっています♪」
はっきりとした言葉にフェイトも頷く。
「そうだよな」
「でも、アーリグリフは攻め込んでくるんです。私たちが何もしなくても戦争は勝手に始まってしまう。自分たちの身を守るために戦うのは、悪いことなんですか?」
「いや、ネルさんにも同じことを言われたよ。おとなしく死ねというのか、ってね」
「私は死にたくないですし、さいわい施力があるからアーリグリフと戦うこともできます♪ でも、一人の力はちっぽけです♪ もし戦争を止める手段があるなら、私はそれに全力を尽くしたいと思います♪」
「戦争を止める、か」
たとえ戦ってでも止めなければ犠牲者は増えるばかりだ。
それはクレセントも、そしてフェイトも分かっている。
「怖い、ですけどね」
ちょっと真剣な口調で言ってみる。
「戦争を止めるためには自分が戦わないといけない。でももし自分が死んでしまえば、それで終わりです。とても、怖いです」
「そうだよな」
彼は悩んで、そして言う。
「なあ、クリフ」
クリフ──もう一人の男性の名前をここでインプット。
「なんだ?」
「今回のアミーナの件で、分かったことが一つあるんだ」
「ああ」
「戦争が始まれば、傷つくのはいつも弱い人からなんだって」
「そりゃま、そうだな」
「だから僕は、僕にできることがあるならやってみたい。自分ができることから目を背けたくないんだ」
「そりゃお前、この国に協力するってことか?」
二人の間で突然会話が進む。
(なんだ、まだ協力するって決まってなかったのか)
自分の言葉が最後の一押しになったのだとしたら、自分は知らないところですごい作業をしてしまったことになる。
(話では、シランドについたときにはもう協力するって話だった。だとしたら、多分私が何を言ったとしても、こいつは自分で決めたに違いない)
「ま、お前がそう言うんならそれでいいんじゃねえのか? まずいことがあったら俺が何とかしてやる」
「こういうときは、お前が本当に頼もしいよ」
クリフは肩をすくめる。と、ちょうどいいタイミングでノインとネルが出てくる。
「ひとまずは大丈夫です」
ノインの言葉に全員が大きく息を吐いた。
「ですが、この病気はずっと安静にしていないと悪くなる一方です」
「先生、それは──」
「大丈夫ですよ。無理さえしなければ、日常生活に支障はありません。でも、あまり遠くへ行くことは控えてほしいですね。薬も置いておきました。私は三日おきに診察にうかがいますので」
「ありがとうございます」
「いえ」
言い残すとノインは家を出ていく。そしてフェイトとネルがアミーナの様子を見に部屋に入っていく。
「悪いな」
残されたクリフが自分に向かって言う。
「はい?」
「フェイトのことさ。あいつがどんな選択をしようと俺はそれを見守るつもりだったが、お前さんのおかげでしぶっていたのが吹っ切れたみてえだ」
「私は思っていたことを言っただけです♪」
「そうだな」
クリフはやれやれ、と息をつく。
「クリフさん。一つ、お願いがあるんです♪」
「なんだ?」
「私も、同行させてもらえませんか?」
本丸を落とすには外堀から。
この人物を味方にしておくのは絶対に悪いことではない、と判断した。
「同行?」
「そうです♪ フェイトさんが戦争を終わらせることができるなら、私はそれをお手伝いしたいんです♪」
「危険なことも多いと思うぜ?」
「かまいません♪ これは私の本心ですから♪」
そう。彼の傍にいること。それこそが自分の本心。
「ま、俺は別にかまわねえけどな。お前さん、この国の人間だろう?」
「はい♪」
「自分の任務を放棄するのはまずいんじゃねえのか?」
「とてもまずいです♪」
素直に答える。が、もちろんそこで止まるつもりはない。
「でも、それ以上に自分がやりたいことが目の前にあるんです♪」
「たとえ、自分の地位を捨ててでもか?」
「はい♪」
「一時の感情で自分を捨てるのはもったいないぜ?」
「それに、フェイトさんとクリフさんには恩もあります♪ ファリンを助けてくれたお礼は何としても果たしたいです♪」
「それも別にたいしたことじゃねえし、医者を紹介してくれただけでありがたいと思ってるさ」
「お願いします」
真剣な口調に変わる。
「私のことなら心配されなくても大丈夫です。私は貴族の娘、シーハーツ軍を解雇になっても問題はありませんから♪」
クリフは頭をかいて答える。
「ま、お前さんがそう言うなら協力してくれるのは助かるけどな」
「ありがとうございます♪」
「そこそこ力もあるみてえだしな。ただ、ネルくらい強くねえと俺やフェイトと一緒に行動するのはきついぜ?」
「がんばります♪」
別に自分が先頭に立って戦う必要はない。フェイトの強さは骨身にしみてよく分かっている。
自分は、自分ができることをするだけだ。
「では、よろしくお願いします♪」
外堀は埋めた。あとは本丸だ。
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