Fate / Forceless Crescent

【双星のクレセント】






 当然ながら、クレセントの同行はフェイトはともかく、ネルが承諾しなかった。
 何しろクレセントは【風】の二級構成員として、しなければいけない業務が山ほどある。たとえアーリグリフ戦には直接関係がないとしても、グリーテン方面は一時たりとも気をぬくことはできない。だからこそ優秀なメンバーがそろっている。
「でも私、ブルー様のお手伝いくらいしかしてませんし♪」
「あんた、自分の位置がよく分かっていないみたいだね。ブルーが一番信頼しているからこそ、あんたを自分のすぐ傍に置いているんだ。それくらい分かるだろ」
「もちろん分かってます♪ ですが、私はそれ以上にしなければいけないことがありますから♪」
「恩返し、かい? だからそれについては医者を紹介してもらっただけでも充分だって言ってるだろ」
 とまあ、この調子で二人がずっと言い合うものだから、なかなか出発することすらできずにいた。なんとか今日中にシランドに到着して、女王陛下と謁見したいのだが。
「フェイトさんは、私がついてくるのは迷惑ですか?」
 フェイトもさすがにそう言われると断りづらい。だが、危険な目にあわせたくないという気持ちに勝るものはなかっただろう。
「迷惑ではないですけど、でもこれから何があるか分かりませんし」
「大丈夫です♪ ネル様には及ばずとも、私も戦う力はありますから♪」
「ええっと……」
 さすがに出会ったばかりの相手を連れていくというのは抵抗があるのだろう。だが、ここで負けるわけにはいかない。
 ネルに、フェイトを、渡さない。
「まあ、俺は別にかまわないぜ」
 助け舟を出したのはクリフ。
「でも、クリフ」
「別にいいじゃねえか。一人増えようが、別にやることが変わるわけじゃねえ」
「そうだけど、でも」
「協力することに決めたんだろ? だったら今さら何人関わろうが同じだ。それなら協力者が多いにこしたことはねえ」
 クリフの言うことは正論だ。だからこそフェイトも強く否定することはできない。
「とにかく、駄目だ」
 ネルがきっぱりと断る。
「あんたは【風】の師団員として成すべき任務がある。それを放置するのはシーハーツ軍の一員として認められない。しかもあんたは二級構成員。他の兵士の見本にならなきゃいけないんだよ」
 もちろんネルが言っていることも当然のことだ。少なくとも責任ある立場である自分が任務を放り出すわけにはいかない。
「分かっています♪」
 クレセントは、自分の首に巻いていたマフラーを取り外す。
「私が本気である証拠です♪」
「……どういうつもりだい」
 ネルの目が細くせばまる。
「もし認めてもらいないのでしたら、私はシーハーツ軍を辞職いたします♪」
 だが、ネルはそれに対して驚愕の色など見せない。
「自分の進退をかけることで、私を脅迫するっていうのかい?」
「いいえ♪ ネル様が認めてくれないのなら、私は自分の意思で自分で勝手に行動するだけですから♪」
「それを脅迫っていうんだよ、まったく」
 ネルはマフラーに顔を埋める。本当に困ったという様子だった。
 フェイトとクリフは何も言わない。まずはネルが責任者としてどう対応するかが先だと考えているのだろう。
「でもやはり、認めるわけにはいかないね」
「では♪」
「待ちなよ。私が認められないって言っているのは、あんたが自分の目的も明かさずに私たちに同行しようと考えていることさ。理由も言わずについてこようだなんて、ムシが良すぎるんじゃないのかい?」
 ──見破られた。
 いや、普通の人間なら気づくことだ。いくら親友の恩返しとはいえ、そこまで自分がこだわる必要などないのだから。
「理由を言えば、認めてくれるんですか?」
 にこにこと笑顔を浮かべながら尋ねる。
「そうだね。理由によっては考えないこともないよ」
「んー」
 クレセントはネルとフェイトを交互に見比べる。
(はっきりさせておいた方がいいかもね)
 現段階ではネルとフェイトは互いにあまり想い合っているというわけではない。それなら、今のうちにネルにはフェイトへの想いを断ち切ってもらった方がいい。
「じゃあ、ネル様、こちらへ♪」
 フェイトには聞かれたくない、とクレセントはネルを連れて距離を置く。
「フェイトやクリフには聞かれたくない話なのかい?」
「もちろんです♪ 真剣ですから♪」
「真剣?」
「私、フェイトさんのことが好きなんです♪」
 ネルが目を見張った。
「好き?」
「はい♪」
 あまりに意外すぎる理由のため、ネルが思考を止める。
「いや、確かに年の割りにはしっかりした奴だとは思うけど、あんた、今日初めて会ったんだろう? それなのに」
「時間は問題じゃないと思います♪」
「それにしたって、あまりに時間が少なすぎると思うよ。あんたは誰とでも確かに仲良くしているけど、そのかわりファリン以外に本当に仲のいい奴なんていないだろう」
「そうですね♪ そのファリンを助けてくれたのもフェイトさんです♪」
 それから一呼吸おく。
「本気です」
 ネルは何も答えられない。
「本気だから、たとえ家も地位も何もかも捨ててでも、フェイトさんについていきたいんです」
「あんたがそんなに真剣に言うのは初めて聞くけどさ」
 ネルはやはりマフラーに顔を埋める。
「それとも、ネル様が私の同行を認めてくれないのは、ネル様がフェイトさんのことを好きだからですか?」
「私があいつを? 馬鹿言ってるんじゃないよ」
 苦笑して否定する。
「素直になった方がいいと思います♪」
「はあ?」
「ネル様はフェイトさんが好きなんです。でも、私もフェイトさんが好きになりました。ネル様に譲るつもりなんて、少しもありません♪」
 これは宣戦布告。もちろんネルは自分が強く言えば、きっと自分から退いてその気持ちに蓋をするに違いない。
 だが、どうせなら正々堂々がいい。どんなことがあってもフェイトは自分のものにする。ネルにだって自分は負けない。出会った時期が同じなら、ネルとフェイトが付き合う前ならば。
「正々堂々、いきましょう♪」
「は?」
「私は、フェイトさんに気に入られるために全力を尽くします♪ だからネル様も、自分の気持ちを否定しないで、全力でフェイトさんに向かってほしいんです♪」
「何を」
「フェイトさんがどちらを選んだとしても、恨みっこなしですよ♪」
「いや、だから」
「というわけで、絶対に同行させていただきます♪ ネル様にフェイトさんを独り占めされたくないですからね♪」
 ふふっ、と笑ってクレセントはネルに抱きつく。
「クレセント?」
「私、ネル様のこと、けっこう好きですよ♪」
「あ、ああ」
「でも、フェイトさんのことは別です。私にとって一番の恋敵。絶対に譲れませんから♪」
 そして離れるとネルの手を取った。
「さあ、行きましょう♪」
「いや、クレセント。私はまだ」
「フェイトさーん! OKが出ましたっ♪」
 戻ってきてフェイトの腕に抱きつく。いい機会なので、胸を押し付けてみる。
「いや、ちょっと、クレセント」
 思ったとおり動揺している。
(やっぱり可愛いな、お前は)
 もちろん可愛いだけではない。フェイトのこういう純朴なところは可愛いが、それ以上に自分が守るべきものを守れる強さ。それが何よりかっこいいのだ。
 それを自分は知っている。多分、今のネルやクリフより知っている。
(元の世界だったら、さすがにネル様にはかなわないけど)
 でも、この世界では自分の方が有利だ。何故なら、自分は気持ちがはっきりしているが、ネルはまだそうではない。
(後は、私の本性をいつ見せるか、だね)
 フェイトは自分を嫌うだろうか。
 元の世界では、まだ自分と一度しか話していない状態で正体を明かしたため、ショックはなかったはずだ。
 だが、今回は既にかなり話し込んだ状態だ。
(あまり、遅くならない方がいいね)
 あとはタイミングだ。一番いいところで話をつけなければ。
「じゃ、話はまとまったな」
「いや、僕はまだ何も言ってないけど、ネルさんはいいんですか」
 ネルは困っていたようだったが「仕方ないね」ともらした。
「一旦、ブルーのところに立ち寄ってから行くよ。ブルーにしばらくクレセントを預かるように依頼しないといけないからね」
「ありがとうございます♪」
「というわけで悪いけど、クレセントを連れていくよ。かまわないだろう?」
「ネルさんがいいなら、僕は問題ないですけど」
(ネル様がいいなら、か。やっぱりもうこいつはネル様にかなり惹かれてきているみたいだね)
 危ないところだ。おそらく、このタイミングで出会ったのが最後の機会だったに違いない。
「というわけで、これからどうぞよろしくお願いします♪」
 ぺこりと頭を下げる。
(そうさ、絶対に逃がしてなんかやるもんか)
 彼を手に入れるためだけに、時間を遡ったのだ。
 必ず、手に入れてみせる。






 そうしてめでたくブルーの許可を手に入れた一行は、一路シランドを目指す。
 街道を通ればシーハーツ兵が常に目につくところにいる。大きく離れない限りはモンスターに襲われることもない。それでも、時折はぐれモンスターが街道に現れることもある。たいがいはこの辺りを守る【光】の構成員が討伐するのだが、ちょうど一行の近くにモンスターが出たので、そのまま戦闘に入った。
 そこでクレセントはフェイトたちが戦っているのを見たが、やはり強い。フェイトの力もさることながら、同行しているクリフという男の速さ、強さは尋常ではなかった。一瞬で敵の懐に入り込むと、鋭い打撃で敵を空中に弾き飛ばす。そこへネルの黒鷹旋が突き刺さる。見事な連携だった。
 無論、クレセントもその動きに遅れるようなことはない。が、三人はまだ余裕があるのが分かるのに、自分だけが全力を出さなければついていけない状態だった。
(なるほど。ついていくのは大変そうだね)
 それでも自分はついていく。
(でも、もし、足手まといになるようならどうする?)
 その場合はさすがについていけない。自分の力が限界に達したらそこまで。
(ネル様くらいの力を手に入れないと駄目ということだね)
 明確な目標だ。それだけの力があれば、フェイトの役に立つこともできる。
「さて、急ぐぜ」
 クリフが言うと、ネルとフェイトが先に立って歩きだす。
 クレセントもそれについていこうとするが、彼女にクリフが小声で話しかける。
「どうだ?」
 何の話かはもちろん分かっている。実力の差をどう感じているかということだ。
「私は迷惑ですか?」
「分かってるみてえだな。まあ、今の段階では迷惑になんかならねえよ。この国でも随分使える方だってのも分かる。修練場にいた漆黒よりはずっと強いぜ」
「ありがとうございます♪」
「ただ、ネル並みになってくれねえとさすがにこの先はきついぜ。何しろ、フェイトの抱えてる問題はもっとでかいからな」
 それを聞いて、この人物がどれだけフェイトを心配しているかということが分かった。
「フェイトさんのこと、大切にされているんですね♪」
「まあ、これでも自称保護者だからな。あいつの安全を守る義務が俺にはある」
「フェイトさんも、クリフさんのことを信頼しているみたいです♪」
「へっ、どこまで本気かは知らないけどな」
 だが言われて悪い気はしないようだった。けっこう単純な男なのかもしれない。
「私がどうして同行したか、クリフさんは分かっていらっしゃるんですか?」
「気づかないのはあの鈍感だけだろうよ」
 なるほど。気づいていて同行を認めてくれたのか。
「ありがとうございます♪」
「礼を言われることじゃねえ。というより、お前には悪いことをしたと思ってる」
「どうしてですか?」
「それを先に言っておこうと思ってな」
 クリフが声をひそめて言う。
「俺たちの世界は、あまり外の世界と関わっちゃいけないっていうルールがあってな。破ったら最高で死刑にもなる。まあ、現時点で既に十回は死刑になりそうなんだがな」
「それは大変ですね♪」
「お前が言うと大変そうに聞こえねえな」
 クリフは苦笑して言う。
「あいつはこれから自分の父親を助けに、ここを出ていかなければならなくなる」
「お父様ですか?」
「そうだ。だからあいつとはそこまでしかいられない。あまり長い期間じゃないと思うぜ」
 なるほど、それで謝ったということか。
 だがそうなると、元の世界ではフェイトがずっとシーハーツに留まっていたが、それはどういうことなのだろう。フェイトは自分の世界のきまりを破ってシーハーツにいるということか。
「たとえばの話ですけど、クリフさんやフェイトさんがこの国に留まるということはできるんですか?」
「なんだ、フェイトを手放さないつもりか?」
 クリフはにやりと笑う。
「それはもちろんですけど、実現可能性の問題として、可能か、不可能か、ということです♪」
 可能なはずなのだ。何しろフェイトはずっとシーハーツにいたのだから。
「無理じゃねえ。俺らの世界の人間にバレなければいいだけのことだ。ただ、俺もフェイトも、この国にはたまたま立ち寄っただけだ。今のところ戻る方法がないからこの国の問題に関わってるが、じきに迎えが来たらすぐにこの国から出ていくぜ」
「グリーテンにですか?」
「ま、そう思っておいてくれていいぜ」
 珍しく歯切れが悪い。どうやら嘘がつけない体質のようだ。
(グリーテンじゃないとしたら、どこ?)
 だが自分にはそこから先が分からない。
「でも、不可能じゃないんですね?」
「ああ。不可能じゃない」
「一度、お父様を助けに戻らないといけないんですね?」
「そうだ」
「じゃあ」
 クレセントは真剣に言った。
「私が、フェイトさんについていくことはできますか?」





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