組曲『Ghost』





Overture










「ああ、随分と早かっ──」
 ネルは戻ってきたフェイトに声をかけようとしたが、その様子があまりにおかしいことに口をつぐんだ。怒っているようにも見えるが、それだけではない、相手の感情が完全に読み取れず、何を話せばいいか分からなかった。
「ネルの言った通り、かなり『変わった』人みたいだね」
 憮然とした物言いに、よほど怒っているということが分かる。ただ、それだけではない何か別の感情がそこに混ざっていることも。
「興味を引かれたかい?」
「正直に言うとね。あんな変わった人がいること自体びっくりだよ。というわけで、ネル。あの子がどういう子なのか、教えてくれると助かるんだけど」
「惚れたのかい?」
「さすがに少し会っただけでそれはないよでも、興味を引かれているのは間違いない。あんな変わったことはそうそういないから」
 そう、変わっているというレベルではない。何なのだ、あの達観した見方は。
「ネルは『霊』って信じるかい
「なんだい、やぶからぼうに」
「アイーダが最後に言ったんだ。冗談ということにされたけど、最後だけは彼女の本気があったように思う」
「霊っていうのは、神の使者としての精霊とか悪霊とか、そっち方面かい? それなら過去にいくらでも出現例があるけど」
「いや、幽霊とかそっちの類」
「それは分からないね。人は死んだらアペリスの下に還るとされている。もちろんオカルトでそういう存在があるのは知っているけど、実在するかとなると、見たことがないものを信じる気にはなれないね」
「僕もさ。でも、アイーダはそのとき、目に見えるものに対して信じる、信じないという疑問はないって言った
「まさか」
 ネルは苦笑した。
「じゃああの子には、目に見えないものが見えているっていうことかい?」
「冗談でないとしたら
 フェイトはだんだん分かってきた。これから自分が何を調べればいいのかということが。
「彼女の経歴と、言動を知りたい。どうすればいいかな」
「連鎖師団『土』の団長に聞くのがいいんじゃないかい? ノワールならちょうどシランドに来ているよ」
「会ってもいいかな」
「アンタに会うのを拒否するような団長はいないよ」
 ネルはマフラーに顔を埋めて言う。それだけフェイトが誰からも信頼されるようになったということだ。
「じゃあ早速」
「ちょっと待ちなよ。いくらなんでも、すぐにってのは急ぎすぎだよ。私からノワールに言っておくから、今日中には話をさせてあげるよ。それよりも先に、ここにアイーダの経歴があるから、こっちを見ておきな」
「ありがとう、ネル」
「礼はいいよ。いつもアンタはそれ以上のことをしてくれてるからね。たまには恩返しでもしておかないと罰が当たるってもんさ」
 ネルはそう言って執務室を出ていく。残されたフェイトは手渡されたアイーダの経歴を見た。






 連鎖師団『土』四級構成員アイーダ

 出身地:ペターニ
 年齢:19
 指揮:47
 武力:62
 政治:78
 人望:46
 血統限界値:30%
 特記:士官学校次席卒業。士官学校時代の成績、および血統限界値から卒業と同時に軍三級構成員が授与される予定であったが、本人が固辞したため四級構成員となる。勤務地はシランドを希望。連鎖師団『土』において事務の仕事を受け持つ。






(やっぱり、当たり障りのないことしか書かれてないな)
 経歴しか書かれていないのだから、当然といえば当然だ。
 それにしても、自分と同い年とは。人は見た目では判断できない。
 あとはいろいろな人間から話を聞くしかない。となると、この時期の仕官学校卒業者となると──
(ええっと、ファリンさんがそうなのか。あとそれから、首席卒業がクレセント・ラ・シャロム? 風の二級構成員だっけ。それからイライザ・シュテンノって、あの魔女っ娘を自称している子だよな)
 ということは、この代の士官学校卒業者は優秀だ。上位がそろって二級構成員となっている。その三人よりも血統限界値が高いアイーダが四級のままというのは、本人がそれを望んでいるからか。
(まあ、ファリンさんに聞いてみるのが一番かな。他の人たちってあんまりよく知らないし)
 というわけでファリンを探しに行くことにしたが、考えてみればどこにいるのかはよく分からない。
(そのうち見つかるか。先に連鎖師団の人たちに話を聞いてみるのもいいし)
 フェイトはそう結論づけると立ち上がって連鎖師団の詰め所へと足を向けた。
 シランド城内は六師団の詰め所がきちんと分かれて存在している。さすがに光牙師団『光』はシランド市街地に勤務地があるため、全員がこの城内にいるわけではない。城内にいるのは数名の事務方と、二級構成員以上の管理職だ。
 連鎖師団の詰め所に来ると、全員が立ち上がって敬礼してくる。さすがにそこまでのVIP待遇を期待していたわけではないのだが。
「こんにちは、ちょっと話を聞きたくてきたんだけど、いいかな」
 フェイトが連鎖師団の構成員たちに話を聞こうとすると、そこにいた三名の構成員たちは笑顔で答えてくる。
 そうして話を聞いたところ、アイーダの評判はすこぶる悪かった。
 曰く、自分の仕事以上のことは絶対にせず、周りと協力しようとしない。
 曰く、話しかけても答えない。明らかに邪魔そうな態度を取られる。
 曰く、連鎖師団の団長ノワールとは仲が悪い。
 曰く、軍が保有していたルムを一頭、意味もなく殺していた。これについては始末書を書かされたとのこと。
 エトセトラ、エトセトラ。
「フェイト様はアイーダに興味があるんですか? だったらやめた方がいいですぜ。あいつは確かに外見は美人でも、人間らしい感情がまるでない。おとなしくネル様と付き合っておくべきで
「いや、僕とネルはそんなのじゃないから。っていうか、勝手にそういう噂を流さないでくれないかな」
「そんなことないですぅ。も〜、六師団ではフェイト様を口説き落とすのはネル様かクレア様かで、賭けの対象になってるんですから
「あ、駄目だよそれを言ったら!」
 男一人と女二人。シーハーツは女性の師団員が多いが、特に事務方はその傾向が強まるようだ。
 だが、その三人ともに嫌われているアイーダというのが少し可哀相ではある。もっとも、仲良くしようとしないアイーダの方にも大いに問題はありそうだが。
「ありがとう、いろいろ参考になった
「また来てくださいよ。フェイト様ならいつでも大歓迎ですから」
「ネル様よりサービスたくさんしてあげますからぁ」
「お勤め、お疲れ様です」
 今まで話したことがない人でも、こうして会話をするだけでつながりが生まれていく。些細なつながりはやがて大きな結束となる。国づくりというのはそこから始まる。
「あ、フェイトさ〜ん」
 と、連鎖師団を出たところで目的のファリンに出くわした。
「あ、ファリンさん。ちょうどよかった」
「え? もしかしてフェイトさん、私を探してくれてたんですかぁ?」
「ええ、ちょっと聞きたいことがありまして」
「スリーサイズなら上から──」
「いやいやいやいや! そうじゃなくて、別のことです! っていうか、今本当に言うつもりだったんですか!
「フェイトさんなら、あ〜れ〜って言いながらお相手してもかまわないですよ〜?」
「ええとですね、アイーダのことについて聞きたいんです」
「アイーダ?」
 きょとん、とファリンは目を丸くした。
「アイーダがどうかしたんですか? また問題起こしたんですか?」
「また、ってもしかして、ルム殺しの件ですか?」
「アイーダの武勇伝はそれくらいじゃないですよ〜。夜中に施術を連発して城や建物を破壊するのはいつものことですから
『いつものこと』だから、連鎖師団のメンバーは何も言わなかったんだろうか。それよりもルム殺しの方が彼らにはインパクトが強いのかもしれない。
「なんでそんなことをするのか、理由を聞いたことはありますか?」
「いいえ〜。アイーダには何を聞いてもろくに返事してくれませんからぁ。付き合いづらいんですよね〜。それに私には親友がいましたから、余計に話すことは少なかったですぅ」
「親友? タイネーブさんですか」
「いえいえ〜。アレはネル様の部下になってからの付き合いですからぁ。私は仕官学校時代からずっと他に仲のいい子がいるんですぅ」
「そうだったんですか。初耳です」
「フェイトさんにも今度紹介してあげますね〜。クレセントって子なんですけど、とっても可愛いんですよぉ〜」
 にこにこ笑いながらファリンが言う。こんなに彼女が笑顔で誰かのことを話すのは初めて見る。なるほど、よほどその相手のことが好きなのだろう。
「ファリンさんが紹介してくれるならいい子なんでしょうね。ぜひ今度紹介してください」
「そうですねぇ、勤務地が基本ペターニかグリーテンですからぁ、機会がなかなかないですけど、絶対今度紹介しますからぁ」
「楽しみにしてます。それはそうと、アイーダのことって詳しいのは誰か分かりますか?」
 ん〜、とファリンは頭をひねる。
「誰もいないと思いますよぉ。だってぇ、アイーダ、誰とも話そうとしませんからぁ」
「会話をしたこともないですか?」
「そりゃ、何度かはありますけどぉ、なんかうまくはぐらかされてるっていうか、馬鹿にされてるっていうか」
「……どんな話だったんですか?」
 だいたい想像はつく。それでも聞いておきたい。
「なんでしたっけ、霊がどうこう言ってたような覚えがありますけど
 やはり。
 彼女にとって、その質問には何か意味がある。
「分かりました。ありがとうございます」
「ふぇ? もういいんですかぁ?」
「ええ。アイーダについてどれくらいご存知なのか聞きたかっただけですから」
「そうですかぁ。じゃあ、次は私のスリーサイズの話でしたねぇ」
「いやいやいやいやいやいや!」
 発表でもしたいのだろうか。フェイトはなんとかファリンと止めると、その場から逃げるように立ち去る。
 フェイトはそうしてネルの執務室まで戻ってくると、既にネルも戻ってきていた。隣には『土』師団長ノワールの姿もある。
「よう、フェイト! アイーダの件で聞きたいって?」
『土』師団長ノワール・フォックスは六師団長の中でも一番若い。その割に背が高く、体もしまっている、完全な戦闘タイプ。どこかクリフに通じるところがある。その名前の通り、漆黒の髪を短く刈り上げている。
「お久しぶりです、ノワールさん。今日はありがとうございます」
「なあに、お前さんの依頼なら断る理由はねえよ。それよりまたブルーも誘って飲みに行こうぜ」
 ブルーというのは『風』の団長だ。先日、三人で飲みに行ったところ、ノワールだけが酔いつぶれたという結果に終わった。紋章遺伝子のせいか、フェイトは酒に酔っても酔いつぶれるということがない。まあ、そのフェイトに付き合うことができるブルーもたいしたものだが。
「で、なんだ。アイーダだったか」
「はい。どんな人なのか、詳しく聞きたいと思いまして」
「あいつなあ。なんだ、もう会ったのか」
「ええ。でも、どうも要領を得ないんですよね」
「冗談ばっかりで煙に巻くのがあいつのやり方だからな」
 話していると確かに分かる。ノワールは間違いなくアイーダを嫌っている。
「話に聞きましたけど、ノワールさんはアイーダとあまり仲良くないらしいですね」
「誰から聞いたんだよ。っていうか、まあそれなりに知られちまってるしな」
「何があったんですか?」
「たいしたことじゃねえよ。あいつが会うなりいきなり『女遊びはほどほどにしないと火傷をしますよ』なんて言うから、ついカッときて
 それはまた、会うなり言われるのはあまり嬉しくない。
「ところでノワール。それはいったいどういう状況で言われたんだい?」
「え?」
 びく、とノワールが反応する。
「女遊びの帰りだった、なんていうオチはないだろう
「な、何言ってるんすかネル様! 俺はそんな女遊びなんて最近はあんまりやってませんよ!」
「最近?」
「あんまり?」
 語るに落ちるとはこういうことか。ネルがため息をついて叱責する。
「っていうことは、してるってことだね。全く、上に立つものが風紀を乱すなってあれほど言ってるのに」
「いや、でも、本当にここのとこは全然ですよ!」
「それもアイーダに言われてからっていうオチかい?」
 ぐ、とノワールが詰まる。
「でも、そうなるとアイーダは、ノワールさんが女遊びをしていたことを知っていたっていうことか」
「そうなるかな。そういうのは正直に言うと、気味が悪いな」
「アイーダがノワールさんのことを好きでストーキングしていたっていうのでないとしたら」
「俺は美人は好きだがストーカーは嫌いだぞ」
「偶然ですね、僕も以前、美人のストーカーもどきに会ったことがありますけ
「……マリアが聞いたら怒るんじゃないのかい」
 ネルが苦笑しながら言う。フェイトは肩をすくめた。
「アイーダの場合はストーカーとは違うみたいですね。僕も会った瞬間に言われまし
 三級構成員の階級章ならいらない、とアイーダは言った。本来知らないはずのことを知っている。そうした秘密がアイーダにはある。
「少なくともアイーダには相手のことが分かる、何らかの方法があるってことだね」
 少しずつ分かってきた、アイーダの秘密。
 だがまだ分からないこともある。夜中に突然施術を乱発したり、ルムを殺したりと、問題行動も多い。
 それを全部、確かめなければ。
(ここまできたら、正面突破だな)






 それから二日。フェイトはまた公園へやってきていた。
 公園の奥まで行くとなると、一時間程度の休憩では時間が足りない。アイーダは休暇のときには公園まで出かけているということになる。だとしたら休みの日を確認して向かえばいい。それほど難しい作業ではない。
 日差しの良い昼前。今日も散歩の人たちは多い。前に見かけた人がまた歩いている。相手も気づいたようで会釈。こちらからも会釈。
(さて、この辺りだったよな)
 と、散策コースに入って、木々の中を見回してみる。
 すると──
「!!!!!!」
 その、大きな木の下。
 太い枝に吊るされたロープ。そのロープが、その下の人物の首に絡まっている。
 黒い、ショートカット。反対側を向いていて、その顔こそ見えないが、それはまぎれもなく。
「アイーダ
 慌てて彼女のもとへ駆けつける。足取りが重い、遅い。
「アイー……」
 すると。
 その体が、くるり、と回転して、開いた目が自分を見つめた。
「なあんちゃって」

 世界が、凍りついた。

「…
「……」
「……は?」
「すみません、冗談です」
 アイーダは自分の首に絡まったロープを自分の手で解く。よく見たら、しっかりと足がついていた。どうして気づかなかったのか。
「いいかい、アイーダ」
「はい」
「君の冗談は度が過ぎている。それに、冗談っていうのは気心の知れた相手じゃないと、やっても効果がないんだ。君の場合は逆効果。相手を怒らせても仕方がないよ」
「そうなのですか」
 無表情で小首をかしげる。
「それは失礼いたしました。今後気をつけたいと思います」
 やはり。
 彼女は今の一連の行動をわざとやっている。それもただ、相手を怒らせるために。
 それなら、こちらも対抗手段をとらせてもらう。
「なるほど」
 そして、フェイトは言った。
「君はそうやって、相手に嫌がられるような言動をわざとすることで一人になろうとしているのか」
「……何を根拠におっしゃるのですか?」
「君の後ろにいる『霊』が教えてくれた
 すると、アイーダは珍しく勢いよく、ばっと後ろを振り返る。それからもう一度自分を見て、尋ねてきた。
「本当に見えるんですか?」
「いや、冗
 すると、アイーダの白い顔に、朱色が差した。瞬時に、彼女の手が動いて、自分の頬が叩かれる。
「そのような冗談を言わないでください!」
「……なんだ、君もからかわれたら怒るの
 自分が我慢したというのに、この差はなんなのか。さすがにムッときた。
「なんですって」
「君も冗談で相手を傷つけているだろう。それなのに自分のときだけはやられたら怒るのかい?」
「い、今のは、フェイト様の方に悪気があったでしょう!」
「あったね。じゃあ聞くけど、悪気がなければ相手を傷つけてもいいのかい?」
 う、とアイーダが詰まる。
「君が今まで人にやってきたことっていうのはそういうことなんだよ。悪気のない冗談なら許されるなんて、そんなことを考えられたら困る。現実に周りの人たちはみんな、君の冗談に巻き込まれて気を悪くしているんだからね」
 するとアイーダはしばらくうつむいてから、そのままうなだれるように頭を下げた。
「すみませ
 小さなアイーダがますます小さくなる。
「反省していればいいよ。別に僕だって君を傷つけたいわけじゃない。ただ分かってほしかっただけだか
「それでも、すみません」
「ああ。そうしたら、話を始めようか」
 ようやくこれで話が始められる。それに、今の反応からすると、やはりキーワードはそれに違いない。
「いきなり本題から聞くけど、君は『霊』が見えるの?」
「は?」
 小さなアイーダはきょとんと黒い目を丸くする。
「どうしてそんな話になるんですか?」
「アイーダは他の人にも霊について尋ねてみたことがあるみたいだから。つまり君は、霊というものに対して興味関心を持っているか、でなければ本当に見えたりするかのどちらかだと思った」
「確かにオカルトは嫌いではありません」
 アイーダは頷いてから目を伏せる。
「つい一ヶ月前のことです」
 静かな声。妙な迫力を持ってフェイトの耳に届く。
「若いカップルがこの公園の散策コースを歩いていました。昼時で、天気も良かったのですが、突然男性の周りが暗く、寒くなり、そして何も見えなくなったところに声が聞こえてきました。それは女性の悲鳴でした。何があったのかと、男性は目をかっ、と見開きました。すると──」
 フェイトがその話に真剣に聞き入る。
「そこは、病院のベッドの上でした」
「は?」
「日射病です。医者はそう判断していました。悲鳴は、倒れた男性の相手の女性が上げたもの。そう診断されています」
「……それで?」
「おしまいです」
 これについてどう答えろと言うのだろう。
「オカルトの話なんだよね
 するとアイーダは真剣な表情を浮かべながら、ぽん、と手を叩いた。
「そういえばそうでした」
「いやいやいやいや」
 フェイトもさすがに疲れてきた。先ほど冗談は言わないと約束したばかりなのに──
(……?)
 どうも会話がおかしい。いや、違う。
 今の場合、間違っているのは。
「アイーダは、その男性が倒れたのは日射病のせいじゃないと思っているのか」
 アイーダは何も表情を変えない。
「どうしてそう思いますか?」
「医者の判断に対して懐疑的な言い方をしたのが一つだけど、よく考えたらおかしいよね、こんな場所で日射病なんて」
 散策コース。高い木が何本も連なっている。今日もほとんど雲はない。
 そして、葉の間から木漏れ日が差し込んできている。
「こんな少しの日光で日射病なんてありえない。もし本当に散策コースで倒れたのだとしたら別の理由
「そうでしょうね」
 アイーダはそれから二度頷く。
「意外です」
「何が?」
「今のではぐらかすことができると思いました。フェイト様は意外に人の話をよく聞いています。まあ、気づくまでに随分時間がかかったみたいですが」
「それはアイーダがきちんと説明してくれないからじゃないかな」
「きちんと説明しても、誰も聞き入れてくれませんから」
 アイーダは冷めた目でフェイトを見る。
「その男性が倒れた理由が日射病なんかじゃないと主張しても、医者はそう診断しているし、別にその男性が死んだわけでも体調を悪くしているわけでもない。今までどおりぴんぴん生活してます。そんなことを掘り返しても誰も何も得をしません」
「そりゃそうだろうけど。でも、アイーダはじゃあなんで」
「私の目的が、そこにあるかもしれないからです」
 アイーダが目を閉じる。
「フェイト
 そして目が開く。その目が──
(色が)
 先ほどまでの黒じゃない。どこか紫がかった、妖しげな目。
「もしも、男性の意識を奪ったのが霊だとしたら、どうしますか。その霊はまだこの場所にいるかもしれない。次に通りかかった誰かにまた悪さをして、意識を奪うかもしれない。何も問題がなければいい。ですが、次は襲われた人が死なないとも限らない。それを知ったとしたら、フェイト様はどうしますか」
「それが本当なら、退治しようと思うよ」
「それが普通です。ですが、私の言うことなんて、誰も気にとめません。私は昔からずっとこうでしたから、私が何を言ったところで霊退治などしてくれる人は一人もいませ
 それは当然だ、とフェイトは思う。
 何しろ根拠が薄弱だ。日射病にかかるのは場所的におかしい。それは確かにそうだが、その原因が霊などという非科学的な話になるのも変だ。
 昔から同じような話ばかりしてきたのなら、確かに人付き合いができなくても仕方のないことだが。
「霊の仕業だっていう根拠がアイーダにはあるの
「普通、そういう話になりますよね」
 次にアイーダを見たときには、その目は元に戻っていた。
「フェイト様から見れば、私は変なオカルトにはまっている変わった子、もしくはかわいそうな子、というところでしょうか」
「いや、そんなことは」
「かまいません。ずっと昔から同じように見られてきましたから、今さらそれが一人増えようがどうしようが私には関係のないことです。でも、これで分かったのならもう行ってください。私はこれ以上、フェイト様と話す必要も理由も何もないですから」
 そう言って、アイーダは再び木のところまで行くと、そこに腰を下ろした。
 嫌われてしまった。それは自分の発言が全てだ。
 フェイトは何も言うことができず、その場を立ち去ることにした。
(でもこれで、霊にこだわっているのは間違いないことが分かった)
 彼女は『根拠』と言ったら怒り出した。つまり、根拠がなくても彼女は信じている。いや、
(もしかしたら彼女には本当に見えているのかもしれないな)
 見えていて、それでも『根拠』などと言われたらどう思うか。
 他の人には見えない。自分だけには見える。そんな存在。
(怒るのも無理ないよな)
 霊が見えるという冗談を言った。もしも彼女が霊を見ているのだとしたら、霊を見ることができる初めての仲間ということになる。
 彼女にとってはあまりに辛い冗談ということになる。
(でもまさか、本当にいるわけが……)
 ない。のだろうか。
(それなら確かめてみればいい)
 フェイトはそう思って、次の作戦を開始することにした。






おいで……こっちに……

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