「僕たちに、この国に協力してほしい……ですか」
 さすがにその話を持ちかけられたフェイト・ラインゴッドは頭を悩ませた。
 それは未開惑星保護条約で禁止されている内容だ。もしこれを破ってしまったら、たとえ自分が未成年であったとしても容赦なく重罪に課せられる。
 だが、自分がこだわるのはそれだけではない。そもそも自分はルールを破ることが嫌なのだ。
 潔癖症と呼ばれようと、ルールを破るということは今まで優等生を歩み続けてきたフェイトにとっては耐え難い苦痛なのだ。
「そうだ。是非とも協力を願いたい。グリーテンの技術者よ」
 国王、アーリグリフ十三世は自分たちに向かって頭を下げた。臣下たちがどよめく。
「やめてください。僕たちには僕たちの事情があります。たとえ陛下といえども、頼まれたからといって簡単に頷けるものではないんです。とにかく、この件は一時保留にさせてください」
「一時、ということは検討はしてくれるのだな?」
 言葉尻をとらえられ、フェイトは顔をしかめる。隣でこっそりクリフが「ばぁか」と呟くのが聞こえた。
「少し、僕たちだけで話をさせてください」
 そうフェイトが言うと、国王は別室を用意してあると近衛に案内をするよう指示した。
「では、どうぞこちらへ」
 フェイトたちは案内されて客室へと連れて行かれる。
(はあ、とんでもないことになっちゃったなあ)
 これから先の多難を考えると、思わずフェイトはため息が出ていた。






STAR OCEAN 3 IF
【シーハーツ戦役】


第一話:雪降る街の旋律






 フェイト・ラインゴッド、クリフ・フィッター、ミラージュ・コースト。三人が乗った船、イーグルは航行中バンデーンの襲撃を受けてエリクール二号星に不時着することとなった。
 だが、舵が制御不能になっていたこともあって、着地場所を選ぶことができなかった。
 そのため、未開惑星保護条約を大幅に無視するような場所に墜落した。
 王都アーリグリフ。おそらくこの星で五本の指に入るほどの重要地。何といってもアーリグリフ王国の首都にあたる。
 いったいどうなることかとイーグルを降りてみたところ、彼らの待遇はきわめて良好だった。不審人物として牢屋に入れられたり、拷問されるということもなかった。
 それどころか、このアーリグリフの人たちは自分たちをグリーテンという国の技術者だと考えているらしい。
(どこだよグリーテンって)
 そういえば墜落前にこのエリクール二号星についてのデータを確認したが、確か東側にある文明が発達した大陸があるとか。おそらくはそこにある国の名前か何かだろう。
 いずれにしても自分たちは何も知らなさすぎる。これからこの星にどれだけの期間いることになるのかは分からないが、慎重に行動しなければならない。
「とにかく、私たちを無事に保護してくださるようで安心しました」
 本当に不安がっていたのか分からないような様子で話しかけたのはミラージュ。この国が安全だと分かった段階で彼女も自分たちに合流していた。
「まあな。下手すりゃ不審人物扱いで拷問されたって仕方ねえところだ。ま、この寒さばかりはちぃとこたえそうだな」
 既に三人には冬用の暖かい服が用意されている。何から何までいたれりつくせりだ。
「失礼いたします」
 と、そこへ城の使用人だろうか、メイドの服装をした少女が入ってくる。黒いショートカットの、可愛らしい顔立ちをした娘だった。
「アーリグリフへようこそおいでくださいました。城内の者は、一同そろって皆様を歓迎いたします」
 三人はそれぞれにくつろいでいたり、かしこまっていたりしながらその少女の言葉を聞く。
「本日はお疲れだろうという陛下のおはからいで、こちらの方へ食事を運ばせていただきます。その後はゆっくりとおくつろぎください。よろしければ明日の昼にでも、食事を一緒したいという陛下のご意向です」
 フェイトはクリフを見る。好きにしろ、と視線で返された。
「じゃあ、ありがたくご一緒させてもらうよ」
「はい。国王陛下がお聞きになりましたら喜ばれると思います」
 小柄な少女が愛くるしい笑みを見せる。
「それでは、時間になりましたら食事を運んでまいりますので、それまでどうぞごゆるりとおくつろぎください」
「あ、ちょっといいかな」
 フェイトが呼び止めると、少女が「はい?」と尋ね返した。
「よければ街をちょっと歩いてみたいんだけど、城から出てもかまわないのかな」
「すみません。私の口から簡単に返答はいたしかねます。まず、城内につきましては立入禁止の場所以外は自由に行動されてかまいません。ですが、城外については少しお待ちください。すぐにはからって、外出できるようお願いしますので」
「うん。ありがとう。えっと……」
 そこまで言って、フェイトは少女の名前を聞いていないことに気づいた。
「名前は、何ていうのかな」
「私の、ですか?」
 少女は驚いて目を丸くする。
「ただのメイドによくしていただき、ありがとうございます。私はエリスといいます。よろしくお願いします」
「ああ、ありがとうエリス。これからもよろしく」
 エリスは頭を下げると客室を出ていく。ふう、と一息ついて振り返るとクリフがにやにやと笑っていた。
「なんだよ」
「いや、なに。お前さん、随分と女を口説くのが早いと思ってな」
「なっ、何言ってるんだよ。今のはそんなんじゃないってば」
「クリフ。冗談がすぎますよ」
 慌てるフェイトと、たしなめるミラージュ。そしてクリフは肩をすくめて「はいはい」と答えた。
「さてと。せっかく城内の見学はお許しが出たんだ。どうする?」
 自分も別にすることはない。食事といってもまだ昼過ぎ。夕食には早い時間帯だ。
「僕はちょっと城の中を回ってくるよ。クリフはどうする?」
「そうだな。俺はしばらくゆっくりしてるぜ。ミラージュ、お前は?」
「では私もこの国のことを少し調べたいと思いますので、図書館にでも行こうかと思います」
 三人がそれぞれ自分のするべきことを決め、フェイトとミラージュが城内の探検に出る。
「それにしても」
 そこでミラージュがくすっと笑った。
「なんですか?」
「いえ、意外に落ち着かれていますね、フェイトさん」
 確かに自分でも意外だと思う。これだけ状況がめまぐるしく変化しているというのに、自分はかなり冷静だ。
 子供の頃から、自分はずっと醒めていた。慌てることなく、動じることなく、全てを冷静に処理してきた。
 それがロキシ・ラインゴッドの息子として求められた。
 そうした日々の訓練が、今の自分を造り上げているのかもしれない。
「こうみえても、内心はびくびくしてるんですよ。小心者ですから」
「とてもそうは見えませんね。頼もしい限りです」
 にっこりと笑うミラージュの方が百倍頼もしい。正直、この女性とクリフとがいなかったら、自分はもっとパニックになっていただろう。二人がいてくれるからこそ、自分もいつもどおりでいられるのだ。
「それでは、また夕食時に」
「ええ」
 そしてお互い別々の方向へ移動する。フェイトは城内を散歩がてら、じっくりと見て回った。
 石造りの建物は、フェイトが今まで暮らしていたところにはありえない、天然記念物ものだった。建築技術など比べ物にならない。ただ石を同じくらいの大きさにそろえて積み上げただけというふうにしか見えない。
 だが、自分たちの世界でならばそんな仕事もすべてロボットに任せることができるが、この星の人たちは自分たちの手でそれを行ったのだ。
(人の意思が伝わるよな)
 無味乾燥な地球の建物よりはるかに情熱的だ。
 ずっとそうして壁を見てばかりいると、近くにいた兵士が興味深そうにこちらを見ていることに気づいた。
 ただでさえ自分は興味を集める存在なのだ。ずっと壁にへばりついていたら不思議に思われるのも無理はない。
 その場所を離れて、南側にある塔に向かった。
 そこは物見の塔と呼ばれるところで、アーリグリフの四方を監視するための場所ということだった。
 長い螺旋階段を上ると、そこは雪景色。
 積もった雪の街が、視界に開けた。
(う、わあ……)
 さすがにこれは感動した。
 映像でしか見たことがない雪の街。それが今、自分の目の前に、現実の肌を刺すような寒さと共に広がっている。
 震えるほど寒いというのに、どうしてこんなにも体の奥から熱い感情がこみあげてくるのだろう。
 自然と、彼の目から涙が零れていた。
(綺麗だ)
 ウェザーコントローラーなどされていない、素のままの世界。
 それがこんなにも綺麗なものとはフェイトもまるで思ったことすらなかった。
(人がいる)
 雪の街の中を、人が歩いている。
(子供が遊んでいる)
 雪だまをぶつけあっている子供たちの姿が見える。
(世界は、こんなにも、綺麗だ)
 実感としてこみあげてくる。
(この国に、協力する?)
 確かに国王はよくしてくれている。だが、だからといって未開惑星保護条約を無視するわけにはいかない。
(まずは、この国が何で困っているのかを確認しないとな)
 フェイトはそうしてしばらく街並みを眺めていたが、十分もしないうちに体が冷え切ってしまって城の中へ戻った。
 映像では伝わらない本当の寒さ。
(実際、気温はどれくらいなんだろうな)
 温かい風呂に入りたい、と心から思った。
 城の中を一巡りしたら部屋に戻ろうかとフェイトが考えたときのこと。
 前から歩いてくる、一人の剣士と遭遇した。
 妙な髪形だった。黒と金色。二色構成だ。しかもこの寒い中、肌を露出するような格好。
「てめえがグリーテンの技術者か」
 視線だけで殺せそうな勢いでその男が話しかけてきた。明らかに敵意をもたれているのが分かる。
「そうだけど、君は?」
「ふん」
 彼はじろじろと自分を物色している。そして、自分の腰にさしているレプリケーターの剣を見て目を細めた。
「剣を抜け」
「は?」
「剣を抜けって言ってんだよ、阿呆!」
 彼は言うなり自分から剣を抜いて、フェイトに斬りかかってきた。
「ちょ、なんだよ、いきなり!」
 フェイトはバックステップで下がると、レプリケーターで作った剣を抜いて構える。
「決まってる。てめえがどれだけ剣が使えるか、見てやるって言ってるんだ」
「なっ」
 そんな、頼んでもいないことを勝手に!
 だが、反論する余地もなく彼の剣が次々にフェイトを襲う。
 あるときはかわし、あるときは剣で受け流す。
「ほう?」
 彼が全力を出していないのは明らかだったが、それでもフェイトの目から見ても一流の剣士だった。
 かくいうフェイトも、決して素人ではない。
 ファイトシミュレーターで鍛えた剣の腕は、実のところかなりの剣豪のレベルに達している。しかもユニバーサルバスケやファイトシミュレーターで、一.五Gの重力下でも動けるように訓練されている。エリクール二号星は〇.九G。体が軽くて普段より動きやすいくらいなのだ。
「やるな」
 彼がニヤリと笑う。そして、力強く踏み込もうとする──
「アルベル様!」
 だが、そこへ制止の声がかかった。ちっ、と目の前の人物が悔しそうに剣を納める。
 それを見た自分も剣を納めた。
「いいところで邪魔しやがって」
「申し訳ありません」
 声をかけたのは黒い鎧を着込んだ若い女性だった。その女性は改めてフェイトに向き直って敬礼する。
「はじめまして、フェイト様。私は【漆黒】の団長であるアルベル様の補佐をしているサイファといいます。以後お見知りおきを」
「はあ」
「アルベル様はこういうお方ですから、剣の腕が立つ人には誰かれかまわずなんです。どうかご容赦くだされば幸いです」
「いえ、別に怪我とかしたわけじゃないですから」
「稽古で怪我なんかさせるか、阿呆」
 機嫌悪そうにアルベルは、ふん、とそっぽを向いた。
 まるで子供だ。
「だが、てめえとは一回、決着をつける必要がありそうだな」
「僕は遠慮させてもらうよ」
「逃がすかよ、阿呆。シーハーツのクソ虫どもを倒したら、その後でお前と決着をつけてやる」
「シーハーツ?」
 またよく分からない単語が出てくる。サイファにくわしい説明を求めると、非常に分かりやすい答が来た。

「ええ。我がアーリグリフは、近いうちにシーハーツに戦争を仕掛けます。フェイト様にはそのご協力を要請したかと思いますが」

 初耳だった。





第二話

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