「はい。間違いありません。アーリグリフはシーハーツに戦争を仕掛ける。これは規定の路線のようです」
 フェイトが持ち帰った情報とミラージュの持ち帰った情報を照合すると、確かに現在アーリグリフは戦争の準備真っ最中ということだった。
「じゃあ国王は僕たちに戦争の手伝いをしろってことなのか? ふざけるな!」
 フェイトが強く床を蹴りつける。クリフがぽりぽりと首筋をかいた。
「あのなあ、フェイト。向こうは戦争に勝つためだったらそれこそ俺たちを拷問してでも協力させようとするだろうさ。それを寛大にこうして迎えてもらってるだけでも、随分心が広いと思うぜ?」
「だからって、どうして僕たちが戦争に協力なんかしなきゃいけないんだよ」
「だったら断ればいいだろ。別に掌返して拷問してくるようなこたあねえだろ」
 気楽な様子で言うクリフに、フェイトは苛立ちすら覚える。
「ま、この寒いのだけはどうにかしてほしいとは思うけどな。でも、この国が戦争を起こすっていうのを俺らが止めなきゃいけない理由もねえし、それこそ条約違反だ。あとは傍観してるしかねえんじゃねえのか?」
「それはそうだけど」
 だが、無駄な戦争を起こせば、あのハイダの時のように必要のない死者が出てしまうということなのだ。
「ごめん、ちょっと頭を冷やしてくる」
 フェイトは言って、部屋を出た。
「やれやれ、生真面目だねえ」
「あなたが大雑把すぎるんですよ、クリフ」
 窘められて、クリフは肩をすくめた。
「とはいえ、やっかいなことに巻き込まれねえうちに、とっとと出ていくのが賢いやり方だな。東のグリーテンとやらに行ければいいんだが」
「そうですね。文明レベルはこちらより随分上のようです」
「この星のことが分かったら早速動くぞ」
「はい」






STAR OCEAN 3 IF
【シーハーツ戦役】


第二話:煌く刃の鼓動






 フェイトは再び物見の塔へとやってきていた。さすがに夜ともなれば見張りの兵士も少ない。
 夜に降る雪は、自分が世界から閉ざされたような感覚すらある。街の光も全く見えず、この世界に誰もいなくなってしまったかのような。
(この星の人たちを犠牲にして、何故戦争なんかしたいんだ?)
 それが分からない。フェイトには人命を犠牲にすること以上の価値があるものなど知らない。
 自分もバンデーンの奇襲に巻き込まれて、家族やソフィアと離れ離れになり、こうして今は未開惑星に落ちてしまっている。
 何故、人は戦うことをやめないのか。
 夜の街に疑問をぶつけても、帰ってくるのは雪と風だけであった。
 その時。
「動くんじゃないよ」
 いつの間にか、背後を誰かに取られていた。
 首筋に、夜の雪よりも冷たいナイフ。耳元に女性の熱い声。
「誰──」
「おっと、質問するのはこっちだよ。あんたは、あの空から落ちてきた物体から出てきた人間だね?」
「答える必要は──」
 ぐい、と喉に圧力がかかる。本気だ。
「おとなしく答えた方が身のためだよ」
 フェイトは相手に悟られぬよう、携帯通信機のボタンを押す。そして消音にしてクリフからの声が聞こえないようにした。
「ふざけるな。どうしてこんなことをするんだ。話がしたいっていうんなら、こんなことしなくたって正面から話せばいいじゃないか。それとも、シーハーツの人間っていうのはこんなことをしなければ話もできないような人間の集まりか!?」
「どうして、私がシーハーツの人間だと?」
「アーリグリフの人たちは粗野だけど、正面から戦いを挑んできた。この国に、あなたのように後ろから攻撃してくる人はいなかった。それに、今の僕を邪魔に思うのはアーリグリフじゃない。シーハーツの方だ」
「よく状況を分析しているね。その通りだよ。でも、これは必要なことさ。あんたとの交渉を有利に進めるためにはね」
「交渉?」
「そうさ。選択肢は二つ。このまま私の言うことを了承して生きてこの街を出るか、それとも私の言うことを了承せずこのまま雪の下に眠ることにするか、選びな」
「なんだよ、それ」
 自分が命の危険にさらされているというのに、フェイトの心の中には理不尽なものに対する怒りがこみあげてきた。
 そんなものは、交渉とも選択ともいわない。ただの脅迫だ。
「あなたも、シーハーツの人間として僕に協力を求めるということですか」
「そうさ。あんたたちのような高い技術を持った人間をアーリグリフに渡すわけにはいかないのさ」
 どうして、誰も彼も自分には説明をしてくれないのか。
 クリフやミラージュも自分について何か隠している。この国の人たちも何をしようとしているのか何も教えてくれない。
 何も知らない状況で戦うのは、真っ平ごめんだ。
「脅迫すれば相手が言いなりになると思っているのか?」
「もしそうならないというのならこの場で殺すだけさ。相手に引き渡すよりはずっといい」
 彼女は本気だ。
 フェイトにとってはそんな理不尽な理由で殺されるわけにはいかない。
「あなたたちは何が目的なんですか」
 とにかく今は、時間を引き延ばすのが先だ。
 相手はここに見張りがいないと思い込んでいる。もちろんこの星の文明レベルでは通信機の存在など知るはずもない。クリフが到着するまで持ちこたえればそれでいい。
「あんたたちはグリーテンの技術者だろう?」
 グリーテン。東の方にある文明レベルの高い地域。一応この国ではグリーテン出身ということで通してはいる。
「そうだと言ったら?」
「その技術を貸してほしいのさ。アーリグリフから私たちの国を守るためにね」
 そこだ。
 はたしていったい、戦争の理由はどこにあるのか。
 あの聡明なアーリグリフ王が本当に戦争を望んでいるのか。だが、ここまでの自分の経験から、ナイフをつきつけられているシーハーツの方がはるかに信用がならない。
「アーリグリフは本当にシーハーツに侵略しようとしているのか」
「そうさ。アーリグリフは現在の王に変わってから急速に軍事力を増した。今ではどこの国よりも高い軍事力を持っている。その国に侵略を受ければ、我が国も危ない。そんなところにあんたを協力させるわけにはいかない」
「はっきりと言っておく」
 フェイトはそれを聞いて答えた。
「僕はアーリグリフにもシーハーツにも技術協力はしない。僕が戦争なんかに協力するのはごめんだ」
「……そうかい」
 彼女の手に力がこもる。
「じゃ、仕方がないね」
 殺される。
 そう覚悟を決めた瞬間だった。
「マイト・ハンマー!」
 自分もろとも、彼女を吹き飛ばす『力』に救助される。手荒な救出方法だったが、命は助かった。
「助かったよ、クリフ」
「なぁに、お前が連絡くれてなければやばかったっつーの。そいつがシーハーツの手先ってわけか」
 現れたクリフとミラージュがフェイトを背にかばうようにしてシーハーツの隠密と対峙する。
 フェイトははじめて、その女性の姿を見た。
 夜の闇にも映える紅の髪。それと同じくらい熱のこもった瞳。
 救援がきたことにその表情はたじろいでいるが、その女性はフェイトがこれまでに出会ったどの女性よりも『美しい』女性だった。
(こんな人が、人殺しをする、だって?)
 フェイトは目を疑った。その女性はクリフとミラージュによって、屋上の縁に追い詰められる。
「あんた、名前は何ていうんだい?」
 だが、その女性はまっすぐに自分を見つめていた。
「フェイト。フェイト・ラインゴッド」
「フェイト……」
 何故か、彼女は少しだけ哀しそうな目をする。
「私はシーハーツの隠密、ネル・ゼルファー。あんたの命は必ず、私がもらいうける」
 すると、彼女は身を翻して夜の闇の中に──跳び込んだ。
「何を!」
 フェイトが慌てて近づく。だが、もはや女性の姿は闇に消えてなくなっていた。
「やれやれ、とんでもねえ奴だな」
 クリフもあきれて塔の下を見つめる。もちろん闇にまぎれて、彼女の姿など見えようはずもない。
「ご無事でしたか、フェイトさん」
 ミラージュは懐からハンカチを取り出して、喉にできた一筋の傷にあてがう。
「あ、ありがとうございます」
 顔を少し赤くして、フェイトは手当てされるがままになった。
「それにしても、シーハーツか。どうやら俺たちは、随分やっかいなモンに巻き込まれちまったみてえだな」
 クリフの言葉にフェイトが頷く。
「でも、どうして戦争なんかするんだろう」
「さあな。戦争の理由なんか探せばいくらでもあるんだろうが、いつの時代だって戦争は起こってるんだぜ? 経済格差が問題になったこともあれば、自分の野望を実現するためだってのもある。ま、いずれにしたってやっていい戦争なんてもんは一つもねえさ」
 全くだ、とフェイトも頷く。行っていい戦争など一つもありはしない。
「国王陛下に話を聞きたい。どうして戦争なんか行わなければいけないのか」
「だな。ま、危なくなれば俺とミラージュでここにいる奴らを蹴散らして逃げりゃいいさ」
「お前の強心臓には感心するよ」
 というより、この男はそれができると信じている──いや、分かっているのだ。
「さて、随分と冷えちまったし、戻ってゆっくり寝ようぜ。すべては明日だ」
 クリフの言葉で、三人は物見の塔を出て行く。
 最後にフェイトは振り返って、女性の消えた闇を見つめた。
(ネル・ゼルファーか)
 あんなに綺麗な女性でも、戦争に対して命をかけている。
 いったい、戦争なんかに何の意味があるというのだろう。






 翌日。
 エリスが呼びにきて、フェイトたちは国王の私室へと招かれる。今回は公式な食事会ではなく、あくまでも私的なものとして呼んだとのことだった。
 国王の他には見張りの兵士が二人いるものの、それ以外は誰もいない。四人での食事だ。
 昼時なのでそこまで豪華というほどでもなかったが、なんとか食べきるのがぎりぎりというくらいには出される。
「国王陛下」
 会話しながらの食事だったので、フェイトも気軽に尋ねた。
「何だ」
「おそれながら。今度の戦争のことです」
 国王は手を止めると、じっとフェイトを見つめてきた。
「今度の戦争は、アーリグリフから仕掛ける、というのは本当ですか?」
「本当だ」
 この聡明な王をもってしても、戦争という手段を放棄することはできないというのだろうか。
「何故、そんなことをするのですか?」
「理由か。あげればいろいろあるがな。一番の理由は、夏の寒波のおかげで食糧が不足している。このままいけば平穏無事に冬を越すことはできまい。それが理由だ」
 アーリグリフは南半球にある南方の国。冬には雪が降る四季の変化に富む地域性だが、逆に夏場に農作物が取れなければ飢饉が発生する。
「では、ここにある食事は──」
「お前たちをもてなすのに限界の量だ。これ以上の量を基準にしたなら、今年の冬は本気で余裕がなくなる。恥ずかしい話だがな」
「僕たちは、この国の経済状況に負担をかけるつもりもなければ、だからといってこの国に協力するつもりもありません」
「うむ。これは余の言い方が悪かったようだ。これをもってお前たちに恩義を感じさせるつもりなど毛頭ない」
 国王ははっきりと答える。下手に借りを作るわけにはいかない。
「お前たちが協力できないというのは、戦争に反対しているせいなのか?」
「ま、それが一番なんだが、それより俺たちの国にも事情があってな。俺たちの技術を国の外に漏らすのは重罪なんだよ」
 クリフが簡単に説明する。なるほど、と国王は頷く。
「だが、余はお前たちの技術を提供してもらいたいわけではない。お前たちへの頼みというのは別のものだ」
「別?」
 フェイトは尋ね返した。
「そうだ。戦争となれば、必要なものがある。人、金、食糧、武器。どれを欠いても勝利はない。特に今問題となっているのが武器でな」
 戦争での武器といえば、この時代なら剣や槍、弓といったものが相場だ。
「シーハーツの連中は、施術による兵器を使ってくるのだ」
「施術……兵器?」
 フェイトは首をかしげる。クリフとミラージュを見るが、二人も首を振る。
「グリーテンには施術はないのか? 体に紋様を施し、その力をもって魔法を使うという」
「それは」
 紋章術のことではないか。
「似たようなものならありますが」
「うむ。その施術を使い、戦争で使う兵器を奴らは開発している。サンダーアローといって、完成間近だということだ。お前たちに頼みたいというのは、そのサンダーアローを使えないようにしてほしいのだ。もし、その兵器が使用されたとしたなら、おそらく我がアーリグリフ三軍のうち、一軍が軽く消滅するだろう、それほどの威力だということだ。これでは戦争を行っても勝ち目はない」
 一軍が消滅。それはもう、ミサイルの威力をこえている。だが、
(そんなの、オーバーテクノロジーじゃないか。この文明レベルで、そんな兵器なんか作れるはずがないぞ)
 一度実際に見てみたい、とも思う。
 だが、そんな兵器があるのだとしたら、それはシーハーツのど真ん中で開発しているはずだ。
「僕たちに、シーハーツに潜入しろというのですか」
「そうだ。そしてサンダーアローを使用不能にしてもらいたい。どうだ、これでもそちらの法では罪となるのか」
「それくらいなら……どうなんだ?」
「歴史に干渉するのは問題があります。まあこうして国王陛下と謁見させていただいている時点で既に重罪です。が、もういまさら言っても仕方のないことですし。どのみちここまで関わってしまっている以上、我々がこの世界に干渉することは避けられません」
 ミラージュが返答する。ということは、フェイトの考え次第ということだ。
「……少し、考えさせてください」
「ああ。だが、それほど時間があるわけではない。サンダーアローの完成は近いという報告を受けている。もしサンダーアローを本気で完成させようというのなら、我々は一刻も早く戦争を開始しなければならないのだ」
「分かりました」
 そこで、食事会はおひらきとなった。
 そして、フェイトには運命の選択をすることが課せられたのだ。





第三話

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