「そう。ターゲットの捕獲ないし殺害には失敗したというの。あなたほどの腕前をもってしても」
 月の雫を集めたかのような流れる銀色の髪。そして、聞くものの心を和ませる落ち着いた優しい声。
 シーハーツの誇るクリムゾンブレイド、光牙師団『光』の団長、クレア・ラーズバード。
 彼女は同じクリムゾンブレイドのネル・ゼルファーから報告を受けていた。
「悪かったね。最初から息の根を止めておけばよかったよ。ただ、どこまで本気かは分からないが、技術協力はアーリグリフにもシーハーツにもするつもりはないそうだよ」
「そう。どうなるか分からないとはいえ、本人がそう言ってくれたのは少しありがたいわね」
 もちろん二人ともそんなことを心から信じるはずがない。グリーテンの技術者が向こうについたというのなら、あの施術兵器を完成させるだけだ。
(本当はネルに行ってもらうのがいいのだけれど)
 ネルにはやってもらうことがある。これからもう一度、アーリグリフへ戻ってもらわなければならないのだ。
 今度こそ確実に、フェイト・ラインゴッドを暗殺するために。
「今度は封魔師団『闇』の全力を尽くすよ。もちろん、私も含めて、ね」
「期待してるわ。それじゃあ私は、サンダーアロー完成のための道具を集めるから」
「クレア」
 ネルは顔をしかめた。
「危険だよ。あんたが行くことは」
「私以上に適任者がいるというの? あなたに行ってもらえれば一番だけれど、でもあなたには陛下からおおせつかった大切な任務があるわ。これは私の仕事よ。大丈夫、ルージュにも協力させるから」
 サンダーアロー完成に必要なもの。
 それは、大量の銅鉱石である。






STAR OCEAN 3 IF
【シーハーツ戦役】


第三話:翳る王国の野望






 フェイト・ラインゴッドはスパイが手に入れてきたというサンダーアローの図面を見て目を丸くした。
 その兵器は地球文明でいうところの二十一世紀レベルの水準に達していた。もしこれを使用されたら、確かに何千人という兵士が光の中に消え去るだろう。
(こんな兵器を作らせるわけにはいかない)
 戦争に協力するつもりもなければ、アーリグリフに積極的に協力する理由もない。ただ、この銃すら使われていない世界で、この施術兵器サンダーアローはあまりに強力で、あまりに危険な道具だった。
 協力はしないが、この兵器の完成を阻むことだけは手を貸す。それがフェイトの出した条件であった。だが、それだけでも十分に国王陛下は喜んだ。当然だ。もしこのサンダーアローが使われたなら、自分の軍が窮地に立たされるのだから。
「このサンダーアローを利用可能な状態にするには、致命的ともいえるミスがあるんです」
 国王アーリグリフ十三世、疾風団長のヴォックス、風雷団長のウォルター、漆黒団長のアルベル。まさに最高幹部会議である。その中でフェイトは流暢に説明を行った。クリフとミラージュが万一を考えてその近くに待機している。
「施術で生み出したエネルギーを効率よく発射させる、その導線に問題があるんです。この問題がクリアできない限り、高エネルギーを発射することはできません。今のままではまさに欠陥品です。戦争で使えるレベルではありません」
「分かりやすく言ってもらおうか」
 ヴォックスが苛々したように言う。
「結論から言うと、現在これに使われているのは鉄です。ですが、もしこれを銅にしたならば、それだけで完成するのです」
「銅か」
 国王が頷いて近侍の兵士に資源地図を持ってこさせる。
「これだけのテクノロジーを発明した国です。おそらくこの問題点には気づいているはずなんですけど」
「それはおそらく、銅を使いたくても使えない理由があるのだろう」
「理由?」
 その理由というものはすぐに分かった。銅の産出地の分布図を机に載せる。銅の産出地はアーリグリフに集中していた。
「銅はシーハーツでは取れない。アーリグリフでのみ産出が可能というわけだ。これではシーハーツの者はどうすることもできまい。ならばこの兵器が完成することはないということだ」
 ヴォックスが大きな声で笑う。だが、フェイトは首を振った。
「僕なら、取りに行きます」
「どこへだ」
「このアーリグリフへ」
 なっ、とヴォックスが腰を浮かせかかる。ウォルターは楽しそうに、ほう、と呟き、アルベルは、ふん、と鼻を鳴らした。
「取れる場所があるのならそこから取る。たとえ危険があったとしても、それで自分の国が救われるというのなら、命を惜しまない人はいるでしょう」
「確かに技術者の言う通りじゃな。ワシが奴らの立場でも同じじゃろうて」
 風雷のウォルターが頷いて答える。
「アーリグリフで銅が取れるところはどこですか?」
「ここだな。ベクレル鉱山」
 国王は指で場所を示す。シーハーツとの県境にかなり近いところにある。
「アリアスが近いな」
「ではアリアスからの道を完全に封鎖させよ。そしてベクレル鉱山に兵を配置するのだ。決して銅を奪われてはならん」
「いや、陛下。いい方法がありますぞ」
 ヴォックスが手を上げて会話に入る。
「なんだ」
「先にアリアスに攻撃を仕掛けてしまうのです。占拠してしまえばもはや奴らは鉱山への道を絶たれます」
「ふむ。他の者はどう思う」
 国王は自分で結論を出さずに回りの意見を求める。こういう場合、対立する意見を言うのはウォルターの役割だ。
「アリアスを落とすことができるという保証はなかろう。シーハーツの連中はわしらを防ぐだけでいいのだ。銅を奪うことが最優先なのだから、主力をそちらに傾け、アリアスは防戦一方にさせる。わしらが攻めあぐねている間に銅を奪われたらどうする」
 もちろんヴォックスも一流の指揮官だ。愚直に『先に占領してしまえばいい』などという根拠のないことは言わない。
「いい方法がある」
 アルベルが冷たい笑みで言った。
「俺が鉱山に行く。そこで奴らを倒せばいい。あとは戦争でも何でも勝手にやればいい」
「小僧。お主一人で何ができる」
「黙れジジイ。主力が来るってんならそれを迎え撃つのもこっちの主力がやればいいことだろうが」
 自分が主力と言い張るアルベルは確かに実力が伴っている。ふん、とヴォックスがつまらなさそうにするが、あえて何か言うというわけではないようだ。
「僕も行きます」
 フェイトは力を込めて言った。
「そなたがか」
「はい。僕はシーハーツの人たちに話を聞いてみたいんです」
 昨日、フェイトはあの美しい女性から何も聞くことができなかった。
 戦争をしようとしているアーリグリフは間違っている。それはフェイトにも分かっている。
 だが、あの女性からは何一つ良い印象を受けることはなかった。
 シーハーツとはどのような国なのか。
 確かめたい。
 できることなら、戦争など起こってほしくない。
 シーハーツの人たちは戦争を望んでいるのか、そうではないのか。
 確かめたいのだ。
「一つお願いがあります」
「なんだ」
「もし可能なら、僕たちが戻ってくるまで、アリアスへの侵攻は見合わせてほしいんです」
「なんだと!」
 叫んだのはヴォックスであった。戦争推進派としては当然のことだろう。
「理由は?」
 国家の一大事を客人の意見で変えることはできない。それが分かっていながら国王が尋ねる。
「はい。もし戦争を回避することができる道があるなら、その方がいいに決まっています。もし戦争を止める方法があるなら見つけたいと思います」
 クリフが表情を変えた。ヴォックスは立ち上がり、アルベルも顔をしかめている。
「戦争を止めるか」
 国王は苦笑した。
「それは無理だ」
「無理ではありません。皆さんが無理だと思い込んでいるだけです」
「おい、フェイト」
「戦争なんかで人が死ぬなんて間違っている。戦争を止められるのならそれにこしたことはありません。違いますか」
「違うな」
 ヴォックスが立ち上がってフェイトを見下ろしてくる。
「戦争は国家の利益のためにやるものだ。個人を優先するなど馬鹿げている」
 フェイトに間違いがあるとすれば、それはここがいまだ中近世の時代であったということだ。
 この時代はまだ個人の権利という考え方が存在しない。国を優先する時代なのだ。
 フェイトはこの浮世を分かっていない。
「じゃああなたは、戦争で自分の恋人や子供を失っても耐えられるんですか!? 僕は嫌だ。僕の大切な人が、僕と関係ないところで死ぬなんて絶対に嫌だ!」
「開きなおっちまったか」
 クリフが右手で頭を抱える。ここまで国王に対して反対する言葉をぶつけた以上、ただですむはずがない。
「軟弱者め。たとえ自らの妻子を犠牲にしてでも戦争に勝つことが優先だ! それが武人としての心であろう!」
「じゃあ戦争で亡くなった人たちの家族はどうなるんですか! 恋人や子供たちは武人なんかじゃないんだ! 国が勝手に決めたことで殺されるなんて真っ平だ!」
 ヴォックスは鬼のような形相で言い立てるが、決してフェイトも折れない。真正面から見返して徹底的に反論する。
 クリフはもう、なるようになれ、と投げ出していた。もちろん注意深く相手が実力行使に及ばないかだけは警戒する。
 だが、その睨みあいは国王の仲裁により終わった。
「よかろう。出兵はしばらく見合わせる」
「陛下!」
 ヴォックスが叫ぶ。それに対してフェイトは安心したように微笑む。
「早まるな。当初の予定通りに行うというだけのことだ。出兵は予定通り来月八日──あと二十二日だな。その日に行う」
 あと二十二日。
 結局戦争を止めることはできない。それを国王から宣言された。
 だが。
「戦争を止めることはできないんですか」
「できん。そのために今まで準備をしてきたのだ。一度くだした決定を覆すことは難しい」
「人の命がかかっていてもですか」
「人の命と国の決定とは関係がない。残念だがな」
 やんわりと国王はなだめる。もともとこの国と関係がないフェイトの意見を聞く必要すら本来はない。
 だが。
「だが、そなたが話をしたいというのを止める理由はない。アルベルに同行し、好きなようにしてくるがいい。だが、戦いになったときは控えよ。我々は戦争をしているのだ。邪魔をされるわけにはいかない」
「分かりました」
「それ以外は自由に行動するがいい」
 行動の自由を与えられたフェイトは丁寧に頭を下げた。
「ではアルベルは人選を急げ。ヴォックスは戦争の準備、ウォルターは万一に備えて道の封鎖の準備をせよ。それからそなたらは少し残ってくれ」
 三軍の長が退室した後でフェイトたち三人はその場に残る。何を言われるのか、と身構えていると国王は羊皮紙に何やらものを書き始めた。
「実はお前たちに会ってもらいたい人物がいる」
 そして王印を押し、それをフェイトに渡した。
「これは?」
「釈放状だ。これからヴォックスを任地へ送る。そうしたら牢屋に行ってこの人物を釈放させてやってくれ」
「釈放?」
「そうだ。実はこの春から俺に対して戦争を反対していた男がいる。その男がヴォックスの目に留まり、ついに牢へ入れられることとなった」
 フェイトが顔をしかめる。その人物を自分に任せるということは、つまり。
「国王陛下は戦争に反対なのですか?」
「いや。決断を下したのは俺だ。そのことを後悔などしていない。これしか方法がなかったのも事実だ」
「ですが、戦争はよくありません」
「その通りだ。戦争はよくない」
 国王からその言葉を聞かされてフェイトの顔が輝く。
「だが、俺は国王だ。国王は個人より国を優先しなければならん。その俺が判断して今回の戦争は是とした」
「はい」
「それを分かってもらおうとは思わん。だが、この場でそうした発言は控えてくれ。ヴォックスがうるさいからな」
 戦争に反対なのかと聞けば、国王は「否」と答えるだろう。王の立場がそれ以外の答を許さない。
 だが、心の中では戦争など起こしたくないのではないだろうか。
「この人物を助けて、僕たちはどうすればいいですか」
「それが治める領地へ連れていってくれ。そこならばヴォックスの手も届かん。あそこは領主への信頼が厚い場所だ。それを捕らえようとする者は住民が抵抗して防ぐだろう」
「お名前は」
 国王は答えた。
「ミハエル子爵。生真面目だが、この国になくてはならない人材だ」





第四話

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