翌日。子爵の家にいたフェイトたちは、アーリグリフ三軍の組織図を検討していた。
 ミラージュが手に入れてきたアーリグリフ軍の詳細は、おそらくシーハーツの者なら大枚をはたいてでも買いたいと思うほどの内容だった。
 アーリグリフ三軍の構成、その氏名、官席、階級、配置、所持している武器に出身地と、三軍の名簿がほとんど完璧な状態でコピーされていた。
「ミラージュさん、これ、どうやって手に入れたんですか?」
 思わずフェイトはうなって尋ねた。
「秘密、です」
 にっこりと笑うミラージュ。
 怖い。
 この人だけは敵にしてはいけない、とそう思った。
「もしかして、ヴァンガードで僕のことを見つけたのはミラージュさんなんですか?」
「それ以外に誰がいるってんだ、阿呆」
 その答はミラージュではなくクリフから出た。
「情報収集・分析、総合格闘、責任感にリーダーシップ。事務から艦長まで何でもござれのオールマイティ女だぜ。
「クリフ?」
 その言葉に嫌味なところを感じたのか、ミラージュが殺気をにじませてクリフに近づく。
「あ、ああ、えっとさすがですねミラージュさん。僕、尊敬します!」
 と、フェイトが必死になだめないと、またクリフが死にそうな気がした。






STAR OCEAN 3 IF
【シーハーツ戦役】


第五話:猛る戦争の息吹






 そして調べた結果、アーリグリフ三軍は決して一枚岩ではないということだ。
 ヴォックス公を中心とする戦争推進派と、できるだけ戦争は遅らせようとする中庸派のウォルター伯。この二人が軍の中心だ。
 三軍最後の一人アルベルは、どちらの意見にも耳を貸さない。どちらかといえば六対四、いや、五十一対四十九くらいの割合でウォルター側、というところか。いずれにしても戦争に肯定も否定もせず、ただ自分が戦いたいという意識だけが突出している人物だった。
 そんな人物が一軍を率いているのだから、【漆黒】が一枚岩にならないのは当然のことだった。ミラージュの調査結果、副団長のシェルビー以下、半分以上の【漆黒】がヴォックス寄りだった。残りの半分は純粋にアルベルの強さに惹かれている者たちらしい。つまり、こういう言葉が適切かどうか分からないが、アルベルの『人徳』に惹かれているものが半分いるということだ。
「あの男にかあ!?」
 疑わしい、とクリフは言う。だが、フェイトは決して疑っていなかった。
 最初の日、自分に切りかかってきたアルベルを止めたのは、彼の副官であるサイファという女性だった。あの女性は心からアルベルを敬愛している様子だったのだ。
 それに対して【風雷】はおおむねウォルター伯の意思統一がなされ、【疾風】はヴォックスが完全に掌握しているという状態だ。まさに軍が完全に二つに割れている状態だ。
 それも全ては、アルベル・ノックスという気まぐれな男がキーパーソンとして働いているからだ。もし彼がいなくなれば、流れは一気にヴォックスに傾くことになるだろう。
 だからといってアルベル自身は戦いたくてうずうずしている人間だ。ウォルター伯にしても諸刃の剣というところだろう。
「深いんだか浅いんだか」
「二分されているっていう意味では、底は浅いとみるべきだろうね。全てはヴォックスだ。この人物を説得することができれば」
「できると思うか?」
 それは無理だ。ヴォックスは戦争をするために生きているような感じがする。どれほどの間違いが生じたとしても、彼から戦争を取り上げることはできないだろう。
 どうにかして、戦争を止める方法がないものだろうか。
「失礼する」
 そこにミハエル子爵が入ってきた。慌てて資料を隠そうとしたが、それはもう遅い。ミハエルは机上のものを見て笑った。
「軍の組織図に、名簿か。よく手に入れられたものだ」
 だがそれを咎めたりはしなかった。機密だというのに、かまわないのだろうか。
「私のことなら気にするな。別に機密が盗まれたところで私が責任者ではない。責任を取るならヴォックスが取ればいい」
 と、辛口評価であった。
「ミハエル子爵はヴォックス公がお嫌いですか」
「自分を投獄した男を好きになれる人物がいたなら、私はその人物の信者になってもいいぞ」
「失礼しました」
 本気で嫌いらしい。あまり逆鱗に触れることは言わない方がいいとフェイトは学んだ。
「それにしても、こんなものを手に入れて何をなさるおつもりか」
「いえ。戦争を止める方法を考えていたんです。そのために、今の三軍の構成を知っておこうと思って」
「なるほど。戦争をか。それは難しいな」
 子爵は空いていた椅子に座る。昨日の衰弱した様子などどこ吹く風の、精力的な態度だった。
「難しいですか」
「ああ。現に、戦争に反対した私は投獄された。私の仲間たちも残らず処刑されたよ」
 つまり、この国で戦争を否定・反対する者はヴォックスによってそういう扱いを受ける、ということなのだ。
「やっぱヴォックスを殺すしかねえか」
 そうクリフは言うが、だがそれでも子爵は首を振った。
「違う。こと、ここにいたってはヴォックスが死んでも無駄だ。アーリグリフ十三世が存命の限り、絶対に戦争は止まらない。たとえヴォックスなくとも、王が生きている以上、絶対に戦争の撤回はない」
「な」
 はっきりと言い切ったミハエルの前に、三人は言葉をなくす。
「それが王というものだ。王は自分の発言を撤回しない。そうすれば国を弱らせる元だ。一度決めたことを実行し、その結果は全て国王に跳ね返る。そういう性質のものだ」
「じゃあ、戦争を止めるにはどうすればいいんですか」
「もう一度言うが、こと、ここにいたっては無駄だ。止める方法などない。もしも止めれば兵士たちのクーデターが起きて、あとは兵たちが勝手に戦争を始める」
 つまり。
 頭をすげかえても、本質は変わらない。
「そう。始めるべきは今年の春の段階で、軍を縮小することだった。そして農業政策に力を入れることだった。今となっては飢饉で食糧もなく、略奪以外にこれを解消する他はない」
「シーハーツから援助を受ければいいじゃないですか」
「全くその通りだ、フェイト殿。だが、それを選ぶくらいならば、国王も、ヴォックスも、そして兵士たちも、略奪する方を選ぶのだろうよ」
 いまいましいことだ、とミハエルは吐き捨てる。
「絶対に、戦争は回避できないんですか?」
 フェイトが尋ねる。すると、ミハエルは腕を組んで考えた。
「うまいところをつくな。物事に絶対はない。その通りだ。人間のしていることならば、人間の手で変えられるのが道理というものだ」
 まず、とミハエルは前置きした。
「認識しておいてもらいたいのは、この戦争は周到に準備されたものだということだ。春の段階から農業政策に力をいれず、軍備増強に力を入れたというのは、冬を前に戦争を起こす予定だったからに他ならない。つまり、規定の路線の既に最終段階に入っているのだ。これが戦争回避が難しい理由の一つ」
「はい」
「それから、上層部が戦争を行いたいと考えており、その考えが兵士たちまで浸透してしまっている。兵士だけではない。国民までもがそうだ。国が全体となって戦争に臨もうとしている。この状態で止めるのは、先ほどはクーデターと言ったが、国民感情からも反発を受けるだろう。王家を軽々しく見る傾向が生まれ、国力は間違いなく弱まる。これが理由の二つ目だ」
「はい」
「三つ目に、他に選択肢がないというところに追い込まれていることだ。つまり食糧不足だな。これを解消する手段がない以上は、武力行使などいくらでも正当化される。というか、それをしない国王を国民がなじるだろう。食べ物がないなら奪ってこい、とな。残念だがそれがこの国の現状だ」
 どれをとっても解消するのは難しい。しかもそれをあと二十一日の間でどうにかしなければならないのだ。
「これらの原因を並べて、戦争を回避する方法がたった一つだけある」
 三人の目が輝いた。
「それは?」
「簡単なことだ。こちら側の戦意がなくなればいい。つまり、敵が、アーリグリフ三軍より強ければいい。勝てない戦をするくらいなら戦争を回避する手段を選ぶだろう」
「え……」
 それは、つまり。
 シーハーツに、サンダーアローを完成させろ、ということなのか……?
「敵の施力兵器のことは聞いた。現在開発中の兵器があり、その完成を卿らが阻もうとしているということも」
「どこからその話を」
「私の情報収集力を甘く見られてはこまる──と言いたいところだが、今回は情報提供者がいてな。【漆黒】団長の副官が私に教えてくれた」
「サイファさんが?」
「お前たちの素性が分からなかったのでな。現在の王宮の動きとあわせて情報を仕入れた。こちらからもいくつか情報を提供するハメになったが、まあ問題はない」
 自信に満ち溢れたその態度が、逆にフェイトを不安にしていく。
 ならば、この人物は自分に言うのだろうか。シーハーツの施力兵器を完成させろ、と。
 だが、子爵は何も言わない。
「僕に……どうしろって言うんですか」
「何も。ただ、私はどのみちアーリグリフは勝てないと思っている」
「何故ですか」
「古来より、戦争には三つの勝因あり、という。天の時、地の利、人の和だ。季節は冬、ただでさえ食糧が不足する時期だ。私がシーハーツの指揮官ならアリアスを放棄し、ペターニまで引く。そして敵軍を国内に引き入れて補給路を断ち、兵糧攻めにする」
「あ……」
 なるほど、と頷く。
 何も、シーハーツはアリアスにこだわる必要はないのだ。アリアスを守ることが難しいのなら、アリアスを失うことを前提に戦略を組み立てればいい。
 アーリグリフ軍がアリアス前で軍を展開するのなら、補給はほぼ問題なく行われるだろう。だが、シーハーツ領内に攻め込めばどういうことになるか。ただでさえアリアスには川が流れている。補給路が断たれれば軍隊は終わりだ。
「問題は【疾風】は空を飛んで戻れるということだが、少なくとも【風雷】【漆黒】の両軍は敵国内に孤立することになるだろう。いかにヴォックスといえども【疾風】だけで戦えると思っているはずはない。そして地の利。シーハーツ領内に攻め込んでも簡単には都市を落とすことはできん。各地の占領政策もあれば、抵抗運動もあるだろう。一気に一国を滅ぼすというのはまずもってありえないことだ。あとは人の和。既に調べて分かったと思うが、決してアーリグリフ三軍は一枚岩ではない。ヴォックスの足をウォルターが巧妙に引くだろう。そうなればアーリグリフに勝因など一つもない。それに対し、その全てをシーハーツは持っている。これで勝てないというのなら、シーハーツの指揮官は目先のことばかり考えて大局を見失った道化だ」
 フェイトはつくづく納得する。確かに子爵の言うことはもっともだ。
「では、このまま放っておくんですか。戦争を止めるようなことはしないんですか」
「難しい戦いに臨むくらいなら、私は別の戦いをする」
「別の?」
「そうだ。いかにアーリグリフ軍の被害を少なく撤兵させるか、そして戦後どのような講和条約を結ぶか、あらかじめプランをねらなければならん。ただでさえ負ければ領民は苦しむ。それを少しでも軽減させなければならない」
「はじめから、戦争を止めるのを放棄するんですか」
「戦争を止められるのは君だけだろう、フェイト・ラインゴッド」
 その言葉に、フェイトの動きが止まる。
「さきほども言った通り、もしこの戦争を止めたいのならば、敵に強力な武器を持たせ、デモンストレーションをさせることだ。君の見立てではその兵器は一軍を軽く葬るほどの火力があるらしいな。それを荒野の中で一度放つだけでいい。そうすればアーリグリフ軍の戦意など落ちる。一人の犠牲者も出ない。だが、私はそれを強制はしない。何故なら」
 子爵は立ち上がった。そして困惑するフェイトを見下ろす。
「君はこの国の人間ではないからだ。この国のことはこの国の人間が決めるべきことだ。君がいずれに加担するかは知らない。だが、いずれに加担しても、それは君の自己満足であって、それ以上でも以下でもない」
「僕に、何もするなって言うんですか。戦争を止められる可能性があるのに、何もしてはいけないんですか!」
 そのフェイトの言葉に、ミハエルは少し顔を和ませた。
「すまない。君を責めるつもりはなかった。それに君たちは私の恩人だからな。私も熱くなりすぎた。すまない、許せ」
 ミハエルの言葉がフェイトを落ち着かせていく。そうだ。熱くなる理由はどこにもない。
「もし」
 ミハエルは真剣な表情でフェイトを見た。
「領民が餓えに苦しむこともなく、戦争で被害を出したくないのなら、たった一つだけ方法がある。それには君の協力が必要だ」
「僕の?」
「そうだ。君にしかできない」
 もちろん、そう言ってくれるのなら、自分は何でもする。
 戦争だけは、止めてみせる。
「何でも言ってください。やれるだけのことはします」
「ああ。仮にサンダーアローができたとする。その場合、デモンストレーションを行ってこちらを威嚇しなければならない。そして戦争を回避することができるかもしれない。だがその場合、領民はどうなる? 餓えに苦しみ、結局は救われない」
「はい」
「ならば、敵国の指揮官に現状の全てを伝え、食糧融資と引き換えに銅を引き渡すのだ。もちろん、水面下でな」
 フェイトは唾を飲み込む。
「秘密外交も時にはよしだ。だからこれは君たちにしかできないことだ。ベクレル鉱山に行く者にしかできないのだ」
「でも、明日はアルベルも一緒に行くんですよ?」
「そこだな、問題は。だが、アルベルには別の餌を与えればいい」
「別の?」
「そうだ。彼は戦う相手がほしいのだ。だから戦争が起これば戦う回数も増える。そう考えている。だったら、君がその相手になればいい」
 さすがに。
 その言葉には誰もが言葉を失った。
「つまり、ベクレル鉱山でアルベルと戦うのだ。君が勝てば見逃してもらい、君が負ければ全てはなくなる。アルベルもそういう勝負は好きな男だ。きっとこの件については見逃してもらえるだろう。それに奴も、ヴォックスのことは好きではないのだからな」





第六話

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