「あ、ディオンくん」
 エレナは自分の部屋をいつものように掃除している青年に向かって話しかけた。
「はい?」
「ちょっと質問があるんだけど、あのサンダーアロー」
 あの兵器は危険だ。
 核のように放射能が出るものではないとはいえ、あれが完成して実際に使用したならば、何千人、何万人という単位で犠牲者が出るだろう。
「あの兵器、ディオンくんが使用責任者だとしたらどう使うか、言ってみて」
「あ、はい」
 今までその質問をしたことはない。
 だが、有識者ならば、無闇やたらに使うものではないということは分かるはずだ。
「あの兵器がもし完成したならば、その被害は甚大なものになります。アーリグリフの一連隊なら簡単に殲滅できると思います。ですから、サンダーアローの威力を相手に認めさせ、戦意を喪失させることができれば、それで充分です。アーリグリフに対する抑止力とすることができれば充分です」
「ふむ」
 その考えはエレナのものと完全に一致する。そして、今ごろクレアがその兵器を完成させるために必要な銅鉱石を取りに行っている。
「おっけ〜。それじゃ、最終テストにしようかな」
「はい?」
「今日の戦争学、あたしの変わりに講師やってくれるかな〜? あ、今日のは二級構成員になったばっかりの人たち集めた基礎的な奴だから。今度のアーリグリフとの戦争で必要な知識をまとめてあげて」
「はあ。かまいませんが」
 答えてからディオンは気づいた。
 つまり、そのテスト──無事に講師を務め上げることができれば、今回の戦争は自分にサンダーアローを任せる、そうエレナは言っているのだということに。






STAR OCEAN 3 IF
【シーハーツ戦役】


第六話:伏せる竜の躍動






「さてみなさん。今日はこれから少しの間、僕と一緒に戦争について学んでもらうわけですが、最初に考えてほしいことがあります。戦争とは何でしょうか?」
 そう質問されてすぐに答を出せといわれても難しい。会議室に集まった六人のメンバーはお互いに顔を見合わせた。
「ええと、それではそうですね【炎】のイライザ・シュテンノさん」
「にゃっ!?」
 突然指名されるとは思っていなかったのか、魔女っ娘の格好をしたイライザは素っ頓狂な声を上げる。
「ええっとぉ、殺し合い!」
 だが、その場ですぐに切り替えて答を出せる辺り、伊達に魔法少女を自称はしていないということか。
「なるほど、いい答ですね。その通りです。もちろん答は一つじゃありません。他にはどうですか? では【光】のグレイ・ローディアスさんはどうですか?」
 尋ねられて、騎士の鎧を着て出席しているグレイは頷いて答えた。
「はい。相手の国を制圧するための武力行使、だと思います」
「そうですね。それも正解です。それに、戦争の本質にかなり近い答です」
 戦争の本質。
 そう言葉を使ったディオンに、六人の意識が傾く。
「戦争というのは、どこまでいっても暴力と暴力のぶつかり合いです。それはイライザさんの言った通りです。ですが、戦争というのは目的があって実行するものです。つまり、国が、自分の要求を武力を使って押し通そうとする行為、それが戦争というものです。別に他国を制圧することばかりを目的にする必要はありません。略奪、権益奪取、または侵略に対する防衛にしても、結局は武力を使った問題解決の行為ということになります」
 噛み砕いて説明するディオンに、六人は納得するように頷く。
「では、戦争を起こすのは誰ですか?」
 誰、という質問は難しい。全員が一様に黙り込む。
「それでは、【水】のルパート・グルスさん」
 長髪のどこかとぼけたような男が頬をかく。
「ん〜、その国の、国民だと思います」
「そうですね。国民の協力なしに戦争はできません。アーリグリフも、シーハーツも。いい答だと思います。でもやはり、答は一つではありません。他にはどうですか? では【風】のクレセント・ラ・シャロムさんはどうですか?」
 小柄で童顔の女性が目を輝かせて答えた。
「わが国で言えば女王陛下です♪ 軍の統帥をなさっておりますから♪」
「さすがに正規の訓練を受けておいでですね。その考え方は軍人として最も正しい考え方です。あとは、戦争の本質を加えればもっといい答になります。
 さきほどの言った通り、戦争とは武力行使のことです。その武力行使の決断はどの時点で行うか? それは政治の段階で行われます。つまり、戦争を起こすのは政治家だということです。我が国でいうならば、その決断をすることができるのは女王陛下、ラッセル執政官、それにクリムゾンブレイドのお二人ということになります」
 戦争は政治に従属する。その意識が六人の中に定着する。
「では、みなさんはこれからアーリグリフと戦争をしますが、その際にみなさんは政治のことを知っておく必要があると思いますか? それとも必要ないですか? どちらか、それでは挙手にしてみましょうか。一応理由は後で聞かせてもらいますけど、それじゃあ必要だと思う方」
 三人の手が上がった。
「なるほど。半分同士というわけですね。じゃあ手を上げなかった【光】の、今回はただ一人一級構成員としてきてくださいました、ヴァン・ノックス様」
 美丈夫と名高いヴァンは男女問わず、全ての騎士の憧れの的だ。実力だけならばクリムゾンブレイドと肩を並べるといわれている。
「我々軍人は、政治に介入するべきではありません。知る必要はないと思います」
「そうですね。ヴァン様は非常に大切なことをおっしゃってくださいました。軍人は政治に介入するべきではない、と。まさにその通りです。先ほど確認した通り、戦争は政治に従属するのです。決して戦争が先にあるわけではありません。ですが、政治のことについてみなさん軍を率いられる方は、政治のこともしっかりと分かっていてほしいと思います。というのは、国家の方針をしっかりと分かっていれば、間違った判断をすることが軽減できるからです」
 自分の判断、自分の決断が国にとってどういう影響があるのかということを常に考える。それが将官に求められる資質だと、そうディオンは言う。
「さて。それではそろそろ戦争の要素の話にまいりましょう。ここからは少し覚えてもらうことが多くなります。戦争の中で回避しなければならない四つの要素。これをしっかりと覚えてください。
 一つは危険性です。兵士の命の危険、敗北の危険、そうした危険に立ち向かう精神を養う必要があります。命の危険があった場合、誰しも冷静ではいられません。それでも平常心を保つためには精神を鍛えないといけません。普段からの心構え、それにこれは大事なことですが、経験をすること、つまり戦争に馴れることが大切です。
 次に体力です。戦争はおそろしく体力を使います。僕も二年前の戦争に参加しましたから分かりますけど、体力が尽きたら兵はもう動きません。常に兵士の体力をフルにしておくことが指揮官にとって必要です。
 続いて運です。戦場では人間の活動以外の現象が勝敗を分ける可能性があります。たとえば天候。雨が降れば敵兵の姿は見えなくなりますし、雪が降れば進軍速度は鈍ります。
 そして最後ですが、いい表現がないんですけど、そうですね。摩擦、と呼んでおきましょうか。今までの三つはそれでも我々の手で解決可能ですが、摩擦は対処が難しくなります。逆に、この摩擦が分からなければ戦争は分からない、勝てないと言っていいでしょう。そうですね、では【土】のレスターさん」
 気難しそうな男が頷く。
「例えばレスターさんの部隊が拠点の防衛を任されていたとします。ですが旗色悪く、撤退しなければならないとレスターさんが判断した場合、どうなさいますか?」
「本陣に使者を立てて撤退の要求をするが」
「そうですね。独断で拠点を放棄するわけにはいきません。妥当な判断だと思います。
 さて、そこで問題です。使者は送ったのにも関わらず、全くその返事がない。どうしたのかと思っていたら、途中でケガをしてしまってまだ本陣にたどりついていなかった──となればどうしますか」
 む、とレスターは言葉に詰まった。
「つまり、摩擦とは【予測しえない不測の事態】ということです。それにいかに対処するか、それは理屈ではないのです。みなさんが経験を通して解決できる知恵を身につけるしかありません。そのためにはまず、戦争における優先事項をきちんと把握しておくことが必要です。不測の事態に何から解決しなければならないかということを考えなければなりません」
 ふむ、と全員が頷く。
「そこで指揮官となるみなさんには、絶対に必要な資質が二つあります。それは、不確実な情報や不測の事態にあってもなお真実を見抜くことができる知性と、その自分の考えを信じて行動する勇気です。決断が遅くなればそれは必ず致命傷となりますが、即断即決すれば被害は最小限にとどめられます。いかに早く正確に判断するか、そして行動するかが将としての器を決めます」
 全員が理解したのを見計らって、さらにディオンは言葉を続ける。
「そして同時に、兵士たちにとって信頼される必要があります。兵士にとって一番最上の将官は、迷わないリーダーです。こうと決めたらこう、自分の決断に責任をもって突き進むことが大切です。ですが、覚えておいてください。そういう兵士たちの方にも軍人として求められる資質があるのです。さて、それは何だと思いますか。そうですね、イライザさん」
「ん〜、冷静な思考力?」
「そうですね。大切な資質です。周りが見えていない兵士は無駄死にすることが多いですから。ではレスターさん」
「剣の腕……というわけではなさそうだな」
「いえ、大切なことです。力を伴わない行動には結局のところ、実行力が伴いません。では、グレイさん」
「忠誠心ではありませんか」
「そうですね、騎士として非常に大切な要素です。忠誠度が高ければその分統一した行動が可能となります。軍人にとって一番大切なものは、軍人魂、なのです」
「おいおい、今度は精神論かよ。まさか最後には必勝の信念があれば勝てるとか言わねえだろうな」
 突っ込みが入ったのはルパートだ。ですがディオンは「まさか」と笑った。
「そうですね、どちらかというとイライザさんの答とグレイさんの答が合わさればいいというところでしょうか。軍人として勇敢であることは大切なことです。恐怖を振り払って戦場に赴く。そうしなければ戦う以前に負けてしまうわけですから。ですが、軍人魂と勇敢は異なります。軍人魂とは、個人として勇敢に戦うのではなく、その戦おうとする心を抑え、軍人として作戦や上官からの命令に従おうとすることをいいます。戦争の恐怖に耐え、いっさいの秩序を乱さずに命令どおりに行動する。統一された指揮・行動。それこそが戦争の勝敗を決する最大の要素です」
 そしてさらに、全員がそれを理解したのを見計らって、ディオンはさらに続ける。
「では次の質問です。今、勝敗、という言葉を使いましたが、勝敗というのは何をもってつくことになるか、それは分かりますか。ではルパートさん」
「そりゃたくさん死人を出した方だろ」
「それも一つの基準ですね。ただ、実際の死者数を計測するのが難しいという問題点がありますけど。では、ヴァン様はいかがでしょう」
「戦場を放棄した方が敗者、ではないかな」
 美丈夫の言葉にわが意を得たりと頷くディオン。
「その通りです。勝敗を決めるのは【追撃戦】にあると言っても過言ではありません。相手を撤退させ、引き上げる敵に襲い掛かり、いかに敵兵を楽に仕留めるか、それが勝敗の境目です。その段階に行くまでには、相手の戦意を喪失させなければなりません。ただ、逆を言うならもし我々が敗戦の憂き目にあったときには、追撃戦を受けることを念頭に置かなければなりません。その余裕は常に持っておくべきです。
 退却する時には、一斉に行うと脱落者を生みます。一連隊ずつ、一大隊ずつ、一小隊ずつ引き上げていく、そうして味方が完全に引き上げたのを見て、殿(しんがり)が最後に引き上げる。そうすれば最悪の場合、追撃戦を受けても被害が出るのは殿だけです。つまり、殿には自分たちの命を預けられるくらい、信頼できる人物に指揮を取らせなければなりません。勝ち戦の時には殿というのは必要なくなりますが、その余裕を持たない軍は始めから勝利することなどできないのです。
 ではさらに尋ねますが、その勝敗をつける決着はどこでつきますか? これは難しくないですね、ではクレセントさん」
「はい♪ 会戦です♪」
「さすがです。今度のアーリグリフとの戦争でも、どこかで決着をつける場所が設けられるでしょう。ですが、全ての作戦は会戦での勝利のために行われなければなりません。アリアスからこちら側に引き込んで倒すか、それともアリアスから向こうの丘陵地帯で戦いとなるか、さらにはアリアスで攻城戦となるか、それは分かりません。ですが、その会戦で決着をつけることになるでしょう。その際、勝敗のつき方は三通りです。
 一つは敵戦力の壊滅。戦争に勝つにはこれがもっとも理想的です。戦争で実際に働くのは軍です。その軍がなくなってしまえばいいのです。ただ、そのためにはあまりにアーリグリフ軍は強いというべきでしょう。
 次に敵本陣の占領。これはさすがに無理ですね。我々が別働隊を出して首都アーリグリフを落とす、なんていうのは夢物語です。
 そして最後に、敵軍の戦意の喪失。戦う気力さえなくしてしまえば撤退させることは充分に可能です。私たちが今回の戦いで目指すのは、そこになります」





「おつかれ〜」
 六人の将官が出ていくと、末席に座っていたエレナが講師ディオンに声をかけた。
「あ、お疲れ様でした」
「ん、いい出来いい出来。さすがだね、ディオンくん」
「いえ、自分はまだまだです。これからもご指導ご鞭撻、よろしくお願いします」
 この若者は、本当に礼儀正しい。
 それを見て、エレナもディオンならばサンダーアローを無闇に使わないだろうと確信した。
「おっけ〜。それじゃ、サンダーアローについては任せるから、効果的に使ってね」
 ディオンは声もなく頷く。緊張しているのだろう。
「それにしても、ディオンくん、話が上手だね〜。これから全部講師の仕事はディオンくんに任せようかな」
「でも緊張しましたよ。なかなか思ったようにはいかないものです」
 ディオンが眼鏡を直しながら答えた。
「ん。でもま、これでアーリグリフ戦は見通しが立つかな。光、炎、土、闇の四つ、それだけ動けばかなりの数を動員できるしね」
「はい。ですが、僕なんかが軍に加わっていいんでしょうか」
「作戦参謀ということで推挙しておくよ。クレアやネルとも面識あるんだよね?」
「あ、はい。一応ですが」
「なら問題ないよ。がんばって」
「分かりました」
 そうしてエレナもその会議室から出ていく。





 ふう、とディオンは会議室の中で一息ついた。
 そして、その口元が、かすかに微笑んだ。





第七話

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