アーリグリフ三軍のうち、アルベルの率いる【漆黒】は他の部隊と比べて組織系統が一本化されていないのが特徴である。
 団長の考えが表れているといってもいいのだろうが、まず【漆黒】の全てをアルベルが仕切るということがない。雑務は全て副団長のシェルビーが行っている。というより、事実上【漆黒】を取り仕切っているのはシェルビーで、アルベルは象徴のような扱いになっているのが現実だ。
【漆黒】の構成は、五連隊に遊撃隊と親衛隊を加え、総数で約六千人。数からいえば竜部隊を中心に構成する【疾風】の二千人よりは多く、もっとも人数の多い【風雷】の一万五千人よりは少ない。
 とはいえ、この六千人が統一して動くことはない。副団長は一千人からなる各連帯に命令して行動させるが、その連隊長がまず自分の部隊を自由に動かすことができる行動権を持っている。
 そんなシステムを採用したのはアルベルだった。
 彼はそれこそ自分の周りにいるメンバーすら必要なかったが、副官のサイファをはじめとして、アルベルを心底慕うメンバーから構成される親衛隊二百五十人のみを率いている。それ以外の部下は部下として考えていない。
 名前だけは【漆黒】団長としてはいるものの、そんなものにはアルベルはこだわっていない。だからシェルビーが団長をやりたいというのならやればいいのだ。そんなものは彼は全くといっていいほどこだわっていない。
 彼の望みはただ一つ。

 敵と、戦うこと。それだけだ。






STAR OCEAN 3 IF
【シーハーツ戦役】


第七話:染まる黒の剣閃






 王都アーリグリフの中に設けられている【漆黒】の詰め所に出向いたフェイトは、そこで熱烈な歓迎を受けることとなった。詰め所に入るなり、彼は五十人近い黒騎士たちに取り囲まれたのだ。
 もちろん敵意や憎悪などではない。全員が気さくな顔を浮かべていた。そしてアルベルと一騎打ちをした自分のことをもっと知りたいという様子だった。
「ああ、あなたがフェイト・ラインゴッドさんですね。お噂はかねがね聞いています。お待ちしていました」
【漆黒】とはきっと気難しい人間ばかりなのだろうとフェイトは完全に誤解していたが、実際のところは全く正反対だった。にぎやかとか、活動的とか、そういった言葉がとにかく相応しい。ここのメンバーは本当に心から信頼しあっているというのがよく分かった。
 二百五十人からなる親衛隊ということだが、この親衛隊は本当によく組織されていた。組織化をしたのは副官のサイファだ。まさかアルベルがそんなことに時間を割くはずがない。
 二百五十人のトップにアルベル(サイファ)が立ち、二百五十人を五十人ずつ五つの中隊に、一つの中隊を五人ずつ十の小隊に編成し、中隊長が小隊長をまとめ、サイファが中隊長たちを取りまとめるという縦のラインが完全に出来上がっていた。
 行動がいちいち組織化されて無駄がないし、この輪の中にいるだけで安心感を覚える。
 よくもまあ、これだけの組織を造り上げたものだとフェイトはこれを造ったサイファをこそ感心した。
「君は?」
「あ、これは遅れました。僕はリジュンといいます。親衛隊の第三中隊長を務めています。フェイトさんのことはもう僕たちの間では語り草になってますよ」
 自分と同じくらいの歳だろうか、綺麗な黒い髪が腰までも伸びている美少年だった。背はフェイトよりも若干小さい。だが、しっかりと剣技に必要な筋肉はついていた。
「語り草って、僕がこの国に来てからまだ何日かしか経ってないけど」
「でも、城でアルベル様と互角に戦われたんですよね? 一太刀を凌いだのもすごいですけど、結局アルベル様が倒すことができずに終わったってことは、それだけ強いっていうことじゃないですか」
「アルベルと同じ、か」
 アルベル・ノックス。
 最悪の場合、このベクレル鉱山の件では彼と剣を交えなければならない可能性もある。
 自分がアルベルを倒し、それをもってサンダーアローに必要な銅鉱石を持ち帰らせる。
 だが。
(本当に銅鉱石を持ち帰らせていいのか?)
 そもそも、最初は自分はサンダーアローの開発を止めるつもりで協力を願い出たはずだ。あの兵器は危険すぎる。それなのに自分は今、サンダーアローを相手に持たせることで抑止力に使おうとしている。
(抑止力が何を招くかはわかっているはずなのに)
 宇宙に出る前の地球がそうだった。西暦二千年の前後、敵国に対する抑止力として備えた兵器は、自らの星を何百回と破壊してもあまりあるエネルギーを持つようになった。
「アルベルと痛み分けになったのは、サイファさんが止めてくれたからだよ。そうでなければ倒されていたのは間違いなく僕の方だった。アルベルは強い」
「はい。僕たちの憧れの剣士ですから」
 その言葉でフェイトは理解した。──なるほど、この親衛隊というのは、単にアルベル・ノックスという人物に心底ほれ込んだ人間の集団なのだ、と。
 親衛隊に入る条件は、アルベル・ノックスを心から敬愛しているということ。
 それで二百五十人の精鋭を手に入れているのだから、このアルベルという人物がいかに信頼のある人間かということが分かる。同じように副団長のシェルビーが愛されているかと考えれば、おそらくは全く正反対の結果となるだろう。
「そうそう、アルベル様と何合か打ち合って怪我もしてないっていうんだからたいしたもんだよ、アンタ!」
 今度はフェイトよりもはるかに大きな体格の男がやってきた。自分より随分と年上だ。黒い鎧が一段と凄みを増す。
「俺は第五中隊長のアランだ。今回の同行メンバーだ。よろしくな」
「あ、はい。よろしくおねが──」
「畏まんなくてもいいぜ! 他にも何人か一緒に行くことになるからよ、仲良くやろうぜ!」
 ばん、とアランはフェイトの背中を叩く。ごほっ、とフェイトは噎せ返った。
「おいこら馬鹿力。んなことしたらフェイトさんが壊れるだろが」
 逆に今度は小柄な少女が近づいてきた。黒い鎧なのは当然のことなのだが、彼女はこのアーリグリフには珍しい浅黒い肌をしていた。さらには額と右頬に裂傷の痕。可愛い顔についた戦士の証が痛々しい。だが表情は剣士として凛々しく、威厳のようなものすら感じられた。小柄だが、歳はフェイトよりいくつか上のようだ。
「オレはフローラ。第二中隊長で、今回のメンバーだ。オレんとことアランとこから二小隊ずつ出すことになってんだ。よろしく頼むな」
 サイファとフローラの他にはこの親衛隊には女性はいないらしい。
「はい。よろしくお願いします」
「ま、アランの言う通りあんまりかしこまんなくてもいーぜ。オレらはみんなオマエのこと気に入ってんだよ。アルベル様が唯一認めた男だってな」
 にぃっ、とフローラが笑う。口は悪いが話しやすい女性だった。
「親衛隊はみんな、アルベルのことが好きなんですね」
 当たり前だ、というように三人の中隊長はそろって笑った。そして他の団員たちもみんなが頷いている。
 この親衛隊は本当にアルベルを中心とした組織だった。アルベルのために命をかけることなど造作もないだろう。
「何をしているのですか」
 そこに凛とした声が響く。親衛隊を仕切る女傑、サイファ・ランベールのお出ましだった。
「任命されたメンバーはただちに準備を行いなさい。他の者はかねてからの指示に従い、修練場へ急ぎなさい」
 その指示で一斉に【漆黒】騎士たちが動く。三人の中隊長だけがフェイトの傍に残った。
「ご迷惑をおかけしたようで【漆黒】を代表してお詫び申し上げます、フェイト様」
 サイファは丁寧にお辞儀をした。
「いえ、そんなことないですよ。ここの人たちがあまりに気さくで、ちょっと驚いただけですから。みんなアルベルのことが好きなんだなあっていうのがよく分かりました」
 サイファはそう言われて微笑む。
「そうですね。実力が高いことも必要ですが、それ以上にこの親衛隊は信頼ができるかどうかが一番なんです。アルベル様を心酔していなければ入隊はさせていません」
「全く、これだけの組織を造り上げられるんだから、サイファ様が副団長になっちまえばいいんですよ」
 アランが不満そうに言う。だがサイファはにこりともせず「私には荷が重い」とだけ答えた。
「でも、僕も同じ意見です。シェルビーは【漆黒】をまるで自分のものだと言わんばかりです。【漆黒】はあくまでアルベル様のものです。それを組織化しなおすことができるのはサイファ様だけだと思います」
 メンバーの中で最も若いリジュンが熱弁をふるう。
(【漆黒】って、内部は統一されてないのか?)
 フェイトがその会話を慎重に聞く。サイファは少し悩んでから答えた。
「現状の組織を認めたのはアルベル様です。私たちがとやかく言うものではありません。それに、おかげで五人の連隊長の色分けができました」
 ぴく、と三人の中隊長が反応した。
「シェルビーの方につく連隊長が多いのが残念ですが、五人の連隊長のうち二人まではこちらの味方だということがはっきりしました。何かあればシェルビーを排し、一気に【漆黒】をアルベル様のものとすることができるでしょう」
 おお、と三人が声を上げた。
「そっか、【飛燕】が味方なのはわかってたけど、じゃサイファ、もう一つは【皇龍】か?」
 希望に満ちた目でフローラが尋ねる。
「ええ。よかったわね、フローラ。あなたの恋人と戦わずにすんで」
 へっ、と彼女は鼻の頭をかく。
 だが、暗号のようなもので話されると、フェイトには何の話をされているのかが分からなかった。
「ああ、これは失礼いたしました」
 サイファが謝罪の旨を伝えてから【漆黒】の説明を行った。
 まず【漆黒】は第一連隊から第五連隊まで、一連隊につき千人の騎士が配属されている。連隊にはそれぞれ呼び名がつけられていて、それを率いる連隊長が存在する。
 第一連隊【飛燕】が情報・伝令の統括を行う組織。残りの四隊が実戦部隊ということになる。
 第二連隊は【玄武】、第三連隊は【麒麟】、第四連隊は【鳳凰】、第五連隊は【皇龍】。それぞれの連隊長には独立して行動する指揮権を持っている。
 だが、そのうち【玄武】【麒麟】【鳳凰】は完全にシェルビーに従っている状態だった。【飛燕】はそもそもがアルベルによって創設された情報統括部隊であり、これはアルベルの信頼が高い人間が連隊長をしているので、間違いなくアルベル側だ。
 最後の第五連隊【皇龍】、ここだけが旗色を見せていなかったが、連隊長で【黒龍】と名高いロッド・レイゼンがアルベルを支持するのは当然のことだ、とサイファに語ったらしい。
 こうして現状、五つの連隊はアルベル派とシェルビー派に完全分裂してしまったのだ。
「でも、どうしてアルベルは自分で【漆黒】を指揮しようとしないんだ?」
 単純な疑問がフェイトの中に出てくる。だがそれを聞いたサイファは微笑をたたえて答えた。
「アルベル様が軍を率いているところをご想像できますか?」
 ある意味、とんでもなく失礼なことをサイファは言っている気がするが気のせいだろうか。
「それはともかく、アルベル様が【漆黒】団長となったとき、既に不穏分子は多々この中にいたのです。だから、アルベル様が指揮をしやすいように、まずははっきりと色分けをしようと考えたのだと思います。その結果、たったの三年でここまで色がはっきりと分かれました。あとはアルベル様の色に染まらないものは切り捨てるだけです」
 準備は整った、とサイファは言う。だが、肝心のアルベルがGOサインを出さないことにはそれが実施されることはないのだろう。
「だが、もうすぐ戦争になるのに、そんなことを言っていていいのかい?」
 そんなフェイトの質問は四人の微笑と、サイファの言葉で決着がついた。
「我々親衛隊さえアルベル様のお傍にあれば【漆黒】本体がどうなってもかまいません。いざとなれば団長命令でシェルビーに【玄武】【麒麟】【鳳凰】を率いさせて先鋒を命じさせて突撃させれば余計な手間が省けます」
 合理的にシェルビー一味を排除するために今度の戦争を利用する。そもそも【漆黒】にとって、組織を浄化するためにはこの戦争は必要なものなのだ。
「分かりました。それを念頭において作戦を立てるということになるんですね」
「ええ。ですが、戦争はまだ二十日も先のことです。その準備はリジュン、頼みましたよ」
「お任せください、サイファ様。他の隊長と協力してきちんと準備しておきます」
 リジュンは優しそうな顔に決意を見せて答えた。
「フェイト様。今回ベクレル鉱山へはアルベル様と私、それにこのアランとフローラ、およびその部下十名ずつ。これだけのメンバーで向かいます」
「分かりました。同行させていただきます」
「はい。話はうかがっています。敵将と話をしたい、ということでしたね」
「はい。僕は正直、戦争には反対なんです。戦争をしてもいいことは何もないと思っています。だから、敵が何を考えているのか確認したいんです」
 三人の中隊長が難しい表情を浮かべたが、サイファは何も気にすることなく頷いた。
「ええ。私たちはフェイト様を止めたりはいたしません。どうぞご存分にご自分の考えを通してください」
「ありがとうございます」
 と、そこへもう一人の同行者が現れた。
「いやあ、遅れたな、わりぃわりぃ」
 クリフ・フィッターである。だが、この男に対しては【漆黒】はフェイトほどの熱狂を見せなかった。あくまでも【漆黒】にとって特別扱いされるのはフェイト一人だけのようだ。
「あれ、ミラージュさんは?」
「来ないぜ。あいつは別にやることがあるからな」
 ミラージュはミハエル子爵の屋敷にとどまり、一度子爵領まで同行してから、その後でシーハーツに潜入するというのだ。
「そんな危険な」
「お前な、いい加減俺たちのことも少しは分かれ。俺たちはクラウストロだぜ?」
 確かにクリフが恐れるほどの相手だから力が強いのは分かる。だが、女性を一人で行かせるというのはどうなのだろう。
「じゃあお前が止めてみろ。あいつはどんなことだってためらわないし、一度決めたことは絶対変えない女だぜ」
 過去に何かあったのか、クリフは一度体を震わせた。
「分かったよ。でも、危険なことはしないように後で伝えておいてくれよ」
「大丈夫だってのに」
 そこでミラージュの件は打ち切りにした。
「では、準備ができたのならまいりましょう。アルベル様もお待ちでいらっしゃいます」





第八話

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