ベクレル鉱山に遠くない一軒のあばら家。打ち捨てられたと思われるそこの家に入っていく一人の男の姿があった。
 典型的な金髪碧眼。美形といえなくもないが、全てその目つきが台無しにしている。
 目につくもの全てを傷つけようとするかのような、攻撃的な視線。
 人を殺しても決して変化しないだろう、張り付いた笑み。
 一目見た瞬間に、その男が、残忍で、剣と血と暴力が大好きな男だということが分かる。
 それも、何の理由も目的もなく、ただ戦うことが──いや、暴力を振るうことが楽しいから。
 だが、この男の戦力は国にとって貴重だ。
 これほどに剣を使える戦士が今のシーハーツにはいなかったし、これほどに頼りになる戦力は他にはない。
 ない。が。
「よう、クレア。お前のために出向いてやったぜ」
 上官を上官とも思わないこの男を、クレアは心から嫌っていた。






STAR OCEAN 3 IF
【シーハーツ戦役】


第十話:迫る金色の野獣






 このあばら家に集まったシーハーツ兵はクレアたち指揮官を含めて全部で二十人。
 封魔師団【闇】からはネルが信頼する二級構成員ファリンとタイネーブ。
 抗魔師団【炎】からは団長ルージュ・ルイーズと三級構成員で武力自慢のディルナ。
 そして光牙師団から十六人。全員を指揮するのはクリムゾンブレイドこと、団長クレア・ラーズバード。そして実戦部隊を率いるのがこの男。
 三級構成員。ラオ・プローン。
 家柄はさほど高くはないが、一応は貴族の次男だ。爵位は兄が継ぐため、親が強引に軍隊に入れたという経歴を持つ。
 ただ、本人も気楽に戦うことができるこの職を気に入っているらしく、戦いとなるとすぐに首を突っ込みたがる。二年前の戦いの際も五級構成員として参加し、二度手柄を立てて二度昇格した。何しろ敵将を二度倒したのだから、その実力は推して知るべし。
 そのときの感想が「物足りない」というのだから、この男の実力は群を抜いている。
 だが、その後二年間戦いがなかったことと、アドレーがいなくなった後を引き継いだクレアがこの男を嫌っていることもあり、三級構成員から全く昇格していない。
「遅刻よ。キミね、いい加減にしないとクレアじゃなくて私がキミを処罰するよ」
 無論、ルージュもいい顔はしない。この男の傍若無人ぶりは光牙師団をこえて軍の中でも問題となっている。
「ああ? なんでんなことてめえに言われなきゃならねえんだよ。俺の上司はクレア一人だぜ。なあ、クレア?」
「いい加減にしなさい、ラオ・プローン」
 クレアも威厳を保とうとするが、どうしてもこの長身の男を前にしたら見上げる格好になってしまう。
「ふん、今日も相変わらずいい女じゃねえか、クレア」
「いい加減にしなさい、と言ったはずよ。上官に対してその言動を改めないのなら軍法会議にかけます」
「できるのかよ。分かってるぜ、俺の役割は【歪】のアルベルを倒すことなんだろうが。そんなことが務まる奴が他にいるか?」
 そう。もしそんなことができる者がいるとしたら、クレアかラオのどちらかしかいないだろう。
 だが、クレアがアルベルと対峙するわけにはいかない。彼女には彼女の任務がある。
「ま、俺のクレアを困らせるわけにはいかないからな。この辺にしておいてやる」
「こっちの台詞よ。キミね、今回は私の部下になってもらうから」
「いーぜ、好きにしろよ。どうせ俺はアルベルにしか興味ねえよ。俺は俺でやらせてもらうぜ」
 ルージュのことを上官などとはまるで考えていない。この男はどこまでも自分勝手に動く。
 扱う方がそれをわきまえていれば問題にはならない。だが、この男の態度はチームに対して悪影響を与える。
 だからこの任務が始まるまで、この男は王都勤務ではなかった。辺境の警備を担当させ、決して王都には近づけさせなかった。だが、今回の任務には腕の立つものが必要だったため、急遽呼び寄せたのだ。
「それでは、配置を確認します」
 クレアは粗末なテーブルにベクレル鉱山の地図を置く。
 ラオ以外の全員が、その地図の上に視線を注いだ。





「考えてみりゃ、本当に来るのかどうかなんて確かめたわけじゃねえんだよな」
 ベクレル鉱山の奥にある隠れ家にフェイトたちは入った。ここからはトロッコで入り口まで移動することもでき、移動の不便さはない。
 そして交代で見張りを立てる。それはアランの部下たちを使った。鉱脈にいたるルートが限られているとはいえ、どこから入り込んでくるかは分からないのだ。
「クリフは来ないと思うかい?」
「どうだろうな。何とも言えねえが、一つだけ分かったことがあるぜ」
「?」
 クリフが何を言おうとしているのかが分からず尋ね返す。
「お前は案外、頑固なんだってことだ」
「それとこれと何が関係あるんだよ」
 はあ、とため息をつく。クリフがときどき自分を観察するようにしているのは分かっていた。その理由までは分からないが。
「これで来なかったらアルベルに殺されるな」
「いずれにしても戦争が始まってからじゃ遅えからな。来るとしたら、もうあと少しってとこだろ。で、結局どうするか決めたのか?」
 部屋の傍に誰も近づいていないことを確認したうえでクリフが尋ねてくる。フェイトは頷いて答えた。
「シーハーツの将軍次第だけれど、信頼できる人だったらサンダーアローを作ることに協力してもいい。あくまでも威嚇、抑止力としてなら、だけど」
 抑止力としての兵器。それがどういう結果を生むかはフェイトも歴史でよく分かっている。いわゆるボタン戦争の時代、人が地球に縛り付けられていたころの時代の再現だ。
「それでも戦争を起こすよりはマシ、か?」
「いけないかな」
「悪くはねえぜ。だが、その武器を手にしたシーハーツが今度はアーリグリフに攻め込んでくるって可能性はねえのか?」
 それは言い切れないところだ。だから敵を見極めなければならない。
「言っておくけどな。俺たちはこの星の人間じゃねえ。そこのところを覚えておけよ」
「分かってる。でも、現実にサンダーアローはあるんだ。だったらそれをどうするのかを考えないと」
 現実を見ずに研究はできない。それは父がよく言った言葉である。父は常に言っていた。現実は常に過酷だと。現実を打破するためには、どのようなことでも受け入れる心構えが必要だと。
(こういうことだったのかな)
 戦争など父は経験したことはあるまい。だが、父はいつもどこか遠くを見ている人だった。研究に命をかけた人物だったが、いったい父の目の前にはどのような現実が見えていたのだろう。
 と、その時扉が開いた。
「お休みのところ申し訳ありません」
 武装したサイファの登場であった。
「来ました」
 クリフが立ち上がってパンと拳を打つ。フェイトもたてかけてあった剣を手に取った。
「行きましょう」





 ──こうして、アーリグリフ史に後世【シーハーツ戦役】と残る戦いの前哨戦が、きって落とされたのだ。





 シーハーツ軍の構成は十四人。
 一方、アーリグリフ軍はフェイトたちを含めて十六人。人数的には上回る。
 シーハーツはまっすぐ山道を進み、フェイトたちのいる小屋の方へと向かってきているとのことだった。そこで山洞の入り口付近に集結させて迎え撃つことになった。
(まずいな、このままだと話し合う機会を持つことができそうにない)
 心の中で焦りを覚えながらもフェイトはシーハーツの到着を待った。
 そして、シーハーツ軍が現れる。
 向こうもそれを予期していたのか、アーリグリフ軍がいることに少しもひるんでいない。敵の将軍だろうか、赤い髪をした女性が少し前に出てきた。
「アーリグリフか?」
「だとしたらどうなさるおつもりですか」
 応対したのはサイファだ。くだらないことにアルベルは口を挟むつもりはまったくない。
「悪いけど、通らせてもらう」
「無理です。それはできません」
「そういうわけにはいかないよ。私たちにはそこの銅が必要なんだから」
「いえ。無理というのはあなたがたを通すことはできないという意味ではありません」
 サイファが剣を抜く。【黒天使】の異名を持つ彼女にとって、アルベルの意思に逆らうものはすべて敵だった。
「あなたがたの力では、我々を倒すことは不可能だ、という意味です」
「やってみなければ分からないよ。こう見えても私たちも強いからね」
「強い?」
 サイファは鼻で笑った。
「なら、それを証明してもらいましょう。私はサイファ・ランベール。【漆黒】団長アルベル様の親衛隊を率いる者です」
「私はルージュ・ルイーズ。抗魔師団【炎】の師団長」
 アーリグリフの兵士たちに少しの動揺が走る。それほどの大物が来ているとは予想もしていなかったのだろう。
 サイファはそれを聞いて後ろのアルベルを振り返る。彼はただ笑って「いいぜ」と答えた。
「だが、殺すなよサイファ。そいつには使い道がある」
「かしこまりました」
 サイファはルージュと向かい合った。
 そして、それと同時に一斉にアーリグリフ・シーハーツ両軍が動く。
 人数がほぼ拮抗しているので、全て一対一の状況が生まれる。
 余分な兵力はお互いになかった。アーリグリフの方はアルベルに加えてフェイト・クリフが参加していなかったが、シーハーツ側でも一人、全く戦いに加わっていない男がいた。
 金髪碧眼の偉丈夫であった。ただ、目つきが悪い。アルベルなど比にならないくらいの残忍な表情だ。
 それがゆっくりと近づいてくる。その男がフェイトたち三人の前に立った。
「お前がアルベルか」
 金髪の男はフェイトやクリフは眼中にないという様子で話し出した。
 だがアルベルは答えない。その男などかまわず、ただ戦況を見ている。
「すかしてんじゃねえぞ。アルベル、てめえの相手は俺、ラオ・プローンだ」
 だがそれを聞いたアルベルはただ鼻で笑った。
「雑魚が」
「なんだと?」
 それにはラオの方が怒りを露にする。
「貴様など相手にならん。おい、クソ虫。出番だ」
「え?」
 突然アルベルは自分を指名する。
「ふん、俺に勝てないと思って逃げるつもりか」
 ラオはそれでも自分の強さに自信を持っているのか、なおもアルベルを挑発する。だが、全くその誘いには乗らなかった。
「そいつを倒せたら相手してやろう」
 アルベルが顎でフェイトを示す。ちょっと待ってくれ、とフェイトは心の中で叫ぶが、そんなことをアルベルやラオがかまうはずなどない。
「へっ、なら話が早い」
 男は言うなり、フェイトに向かって突進してきた──速い。
「くっ」
 フェイトは剣を抜きながら回避行動を取る。ラオの剣は直後に自分のいた場所を通過していく。
「いい勘してるぜ。だが、俺にはかなわねえな」
 ラオは続けざまに剣を繰り出す。今度はフェイトもその剣を受け流そうとした。が、あまりの力強さに剣をあわせた瞬間に右手に痺れが走る。
(なんて力だ)
 剣を落とさなかったのは僥倖だ。左手で剣を支え、ラオの攻撃を何とか回避する。右手の握力が戻ってくるまで、少しの時間がかかった。
「やるじゃねえか。なら、これはどうだ!」
 ラオは右手一本で長剣を持つと、横薙ぎの体制で大きく後ろに剣をまわす。
「秘剣一ノ太刀・鬼斬!」
 フェイトは回避しようとしたが、その剣が通常よりも長く感じられた。右手一本で大きく振り回すようなものだ。普通の剣の使い方に比べてリーチが長くなるのは当然のことだ。
 回避したはずなのに、ラオの剣は自分の腹を切り裂いていた──軽傷だ。内臓まで到達しているわけではない。
 わけではないが──痛い。
「くっ」
 傷の長さはせいぜい五センチ、深さは一センチもない。それなのにこの痛みは何だ。こんな痛みは経験したことがない。
「随分とすばしっこいじゃねえか。俺の鬼斬をかわせる奴はそうはいないぜ」
 楽しい獲物を見つけた、と猛禽類の瞳が語っていた。





「アルベル。お前、フェイトに何をさせるつもりだ」
 その二人の戦いをクリフとアルベルが見ていた。
「どうもしない。あのクソ虫は鍛えればモノになる。俺が手合わせするのにちょうどいい相手だ」
「剣士として、フェイトが役に立つってことか」
「ああ。アーリグリフの兵を相手にすることはできないが、その点お前たちならいくら殺しても文句はどこからも出ない」
 アルベルはクリフを目の前にして平気で言う。そういう男であるということを分かっているのかクリフもそれについて目くじらを立てることはない。
「お前こそ、仲間がやられてもいいのか?」
 アルベルから質問が出た。だが、クリフは笑って答えた。
「俺が止めなきゃならんようならそうする。だが、お前さんの言い分じゃないが、フェイトにはもっと強くなってもらわないといけないんでね」
 ふん、とアルベルは笑った。





第十一話

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