タイネーブとファリン、シーハーツが誇る豪華絢爛漫才コンビと相対したのは、中隊を率いるアランとフローラのペアであった。
重装歩兵としてフルアーマーを装備するアランは、全身上から下まで鎧で黒ずくめである。おそらく重量も五十キログラムからあるだろう。それだけの装備をしながらも動き回ることをそれほど苦にもしていないあたり、親衛隊きっての体力自慢だけのことはある。
一方のフローラは軽装歩兵だ。サイファと同じように、ブレストプレートに手甲、脛当のみの装備である。肩当に腰周りまで装備しているルージュの方が装備としては重い。もっともタイネーブやファリンなどはそんな装備すらせず、隠密として余計な防具は一切装備していない。
「ニ対ニか」
フローラはぞくぞくと背筋を走る緊張感に心を躍らせる。根っからの戦闘好きで、しかも目の前にいる二人の女性が自分と同じ程度には強いことが非常に嬉しいのだ。
親衛隊はその性質上、戦闘能力が優先されるわけではない。アルベルの意思に忠実に従うかどうかが選抜の基準だ。したがって親衛隊に入るだけならば誰でも入ることは可能だ。
だから、その中でも五人しかいない親衛隊中隊長になるためには統率力、指揮力、理解力、そして何より実力が必要になる。
それこそ、アルベルやサイファに認められなければその中隊長になることはできないのだ。『それなり』の実力があるのは当然のこと。
そしてさらに付け加えるのならば、国の中でも腕自慢がアルベルに憧れて【漆黒】に入団するというケースは多い。
と、なると。
「たかがシーハーツの二級構成員ごときにオレらが負けるわけにはいかないんだよな」
軽装歩兵のフローラがニヤリと笑った。
STAR OCEAN 3 IF
【シーハーツ戦役】
第十一話:迸る双剣の雷華
正直、ルージュは見ただけでこれほどまで強いと思わせる剣士を他に知らなかった。
細剣を片手で中段に構えて威圧するその姿は、どこか幻想の世界を思わせる。姿もどこか中性的だ。この世ならざるものを相手にしている、そんな気分にさせられる。
細剣、レイピア、という武器がさらに不安を煽る。
こんな武器を使う者はほとんどいない。重量はせいぜい二キロ、たいがいはそれより二割ほど軽いだろう。長さは自分が持つロングソードと変わらず、一メートル弱。だが、その用途は全く違う。
ロングソードは相手を斬り倒すための武器。レイピアは刃は両刃になっているが、それ以上に『突く』ことを目的とした武器である。
レイピアとは本来、儀礼用のために作られた剣だ。したがって、決して実戦向きに作られてはいない。この剣で相手を切り倒すというのは至難の業だ。攻撃は自然と突くことが主体となる。
相手の急所を鋭く刺すことを目的とする以上、この剣を使うにはスピードが重要視される。したがって、重い鎧などを装備することはもってのほかだ。したがって基本的に軽装となる。
この戦士もまた、ハードレザーによって胸部のみを覆い、下半身はズボンと靴のみで一切の防具を外し、手に持つ剣が滑らないようにするためにグラブだけ装着している。
剣士であれば誰でも分かっていることだが、剣同士で戦う場合、先手を取った方が勝率は高くなる。攻撃をしているのだから、それは当然のことだ。だから未熟な戦士ほど生き残るためにがむしゃらに剣を振る。それは間違ったことではない。
だが、熟練者ともなればそうした攻撃を受け流す技にも長けてくる。
そして、レイピアを使うということは、その受け流す技術を完璧にマスターしているということの証でもあるのだ。そうでなければこの武器を手にすることなど、おそろしくてできない。
何しろ、一度でも自分の体に攻撃が当たれば、その時点でほぼ致命傷となる。それほどの軽装なのだ。
だがそれに対して、防御を目的とする技をこれほど使いやすい武器はない。
正面から単純に剣で切りかかってくるものだけでも、その受け流しかたは一つや二つではない。切っ先(ポイント)で突いてはじく、刃先(カッティングエッジ)を合わせてそらせる、剣身中間部(ミドルセクション)で剣を合わせて受け流す、根元の剣身最強部(フォルト)で受け止めてからバランスを崩させる、それも右からあわせるか左からあわせるかで技術も異なる。もちろん上段からの振り下ろし、横からの薙ぎ払い、下段からの振り上げ、あらゆる方向からの攻撃にもさまざまな受け方がある。
そう。あらゆる攻撃を、剣で受け流すつもりなのだ。この戦士は。
そしてこの剣の性質上、自分から攻めかかることはできない。受け流すことが至上命題の剣である以上、この戦士はルージュが攻撃してくることを待っている。
だから、ぴたりと止まって動かないのだ。
力があると過信して先手を取ろうとすらしない。必ず相手に先手を打たせて、それを防いで致命の一撃を繰り出す。
そういう戦い方をしているのだ。
(隙がない。これは少し、まいったね)
実際には少しどころではない。どこからどういう攻撃をしてもおそらく防がれて終わりだろう。
つま先から髪の毛まで、どこに攻撃しても防がれてしまうのではないかという恐怖。
そして防がれた後は、必ず自分に逆撃が来るのが分かっている。だからうかつに手は出せない。
こんなことなら、レイピアという武器をもっと研究しておくのだったと思っても、それは後の祭だ。
勝てる見込みは──ただ一つ。
(これで相手の方が強かったりしたら、私も終わりだね)
ルージュの体から、赤いオーラが立ち上った。
(来ますね)
赤い戦士がやる気になったのを見て【黒天使】ことサイファは気合を入れなおす。この戦士はさすがにシーハーツの師団長を務めているだけのことはある。勝てないとは言わないが、楽に勝てる相手ではないことは間違いない。
常に敵に正対して臨み、相手の攻撃を受け流して致命の一撃を叩き込む。
もっとも効率の良い戦い方に彼女が切り替えたのは、アルベル・ノックスという男に出会ってからだ。
どれだけ自分が力をこめようとも、鍛え上げた男の力にはかなわない。
ならば、力比べに持ち込むのではなく、速さと技で勝負をすればいい。
相手の隙を作り、相手の急所に致命の一撃を与える。その攻撃方法を彼女はアルベルとの稽古の中で身につけていった。
何しろ正式な剣技を習った上に、我流でその技を磨き上げた男である。アルベルの攻撃はサイファを数段上回る。その鋭さ、素早さは比較にならない。
それでも、防ぐだけなら力も早さも必要ない。全ては技術だ。
相手が繰り出してくる剣に合わせて、そらせる。それだけ。
その技術を身につけることができたのは、すべてアルベルの力に他ならない。
この親衛隊にいる者たちは、皆、アルベルのことを好きで集まってきている。
その中でも筆頭にいるのが自分なのだ。
(アルベル様)
彼が何を考えてここまで来たのかは知らない。知る必要もない。
彼が戦えというのなら戦うし、死ねというのなら死ぬ。
彼の意識がどの方角へ向かっているのかだけを理解し、彼の手足として動く。
それが、親衛隊の役割だと判断している。
捨て駒になれというのなら、自分は喜んで捨て駒になろう。
だが。
彼は『殺すな』と言った。
つまり、自分の方が強く、相手を殺さずに倒すことができる腕前だと信じてくれていることになる。
その期待を裏切るわけにはいかない。
(──来る)
赤が、動いた。
レイピアに対するもっとも有効な攻撃は──打突。同じようにレイピアからも打突を行えば、長さが同じなのだから互いにダメージを受ける。その場合、切っ先が広いロングソードの方が有利。
(ですが、甘い)
サイファは真っ直ぐに繰り出されるロングソードに平行するように剣を繰り出し、手首を返して剣を弾く。
レイピアにとって唯一の弱点など、とうの昔に分かっている。ならば、それを克服する方法などいくらでも編み出せる。
剣を弾いてできた隙を狙って致命の一撃を入れる。
──が、予想外だった。
あまりに、その手ごたえがなさすぎたのだ。
(?)
敵の剣は、容易に弾き飛ばされていた。いや、違う。
赤い戦士は、剣を手放していたのだ。
(!)
既に、戦士との距離はゼロ。
手刀で自分のレイピアは叩き落され、膝蹴りが自分の腹に入るのが分かった。
(かかった)
ルージュは剣を合わせてきた瞬間にその手を放した。
弾かれていく剣など見向きもしない。相手の得物を奪い取り、肉弾戦で決着をつける。
体格的にも、スピードを優先するサイファより自分の方が有利だという気持ちはあった。それに、自分は何度も他の団長たちと格闘戦の訓練をしてきている。自信はあった。
手刀で相手のレイピアを叩き落し、膝蹴りを打つ。
落としたレイピアは蹴り飛ばしてそのまま相手に組み付き、地面に倒す。
右手で腰のダガーを探りあてる。
(もらった!)
その剣を振りかざしたが、それ以上短剣を動かすことはできなかった。
【黒天使】の左手が、自分の腹部に触れた瞬間、彼女の体は宙を舞っていたからだ。
(なに──)
何がおこったのか分からない。だが、強烈な痛みが一瞬で全身に伝わり、自分の体が空を飛んだことだけは理解した。
(これ、ブルーが使っている技?)
気孔。
施術とは違い、体内で練った気を相手に叩き込む肉弾戦では最強ともいえる奥義だ。
「驚きました。まさか、剣士が剣を捨てるとは。今後、その技については検討しなければいけません」
サイファはゆっくりと体を起こした。膝蹴りが効いているのか、その顔はやや歪んでいる。ルージュも痛む体で何とか体を起こす。
互いに、近くに転がっていた得物を手に取る。
サイファはロングソードを。
ルージュはレイピアを。
お互い、武器を変えて対峙することとなった。
普段から重い武器を持たないサイファにとっては一キロ以上増加した得物を簡単に使いこなすことはできないだろう。
かといってルージュにしてもレイピアでの受け流し技術に長けているというわけでもない。
どちらの方がより分がないのか。
先に動いたのはサイファの方だった──
「やれやれ。どうやら決着がついたな」
その大将同士の戦いを見て、クリフはぼやいた。
「あ?」
「なんだよお前。自分の部下も信じられねえのか?」
その言い分はつまり、サイファが勝つ、とクリフは言っているのだ。
「防御を中心とする奴ってのは、逆にいえばいつでも勝てる自信があるってことだ。防御をする必要がないと分かれば、敵を完全に粉砕するまでやり続けるもんだぜ」
「なんだかやられたことがあるような言い分だな」
「ぬかせ」
確かにクリフには心当たりがありすぎる。自分が何度臨んでもかなわない相手。
「それに、さすがはお前さんの精鋭連中だな。他の連中もほとんど優勢だぜ」
人数が同数ということで、ほとんどが一対一の様子であったが、シーハーツ勢のほとんどが劣勢に立たされていた。
それも仕方のないことだ。彼らシーハーツ勢は銅を取りにくることが目的であって、戦うことが目的ではなかったのだから。
だがそんな中で、一人の女性兵士が相手を肉弾戦で倒すと、そのままの勢いでこちらに向かってきた。
「我が名はディルナ!【歪】のアルベル、覚悟!」
だが、その前にクリフが立ちふさがる。
「わりぃな。お前の相手はこの俺だ」
アルベルが動こうとするのを制してクリフが言う。
(この物騒な兄ちゃんじゃ、手加減なんかしねえだろうし、そうなりゃお前さん、死んじまうだろうからよ)
とは言わない。だが、それは正確な理解であった。
ディルナの武力は確かに並外れていた。だが、クリフの武力は桁が違っていた。
最初の一撃をディルナが繰り出すより早く、クリフの攻撃が彼女の鳩尾に入って、彼女の体が落ちた。
「いい腕だ」
「そりゃどうも」
「問題はあの男か。唯一といっていいほどの劣勢だが」
アルベルは視線を移す。
そこでは、金色の巨大な戦士ラオが、フェイトをがけっぷちに追い詰めていた。
第十二話
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