初めてファイトシミュレーターをやったのは中学校一年生の時だった。
 キャラクター作成で強そうなイメージをそのまま練り上げて挑んだ結果は惨敗。
 自分が作ったキャラクターがこんなに弱いはずがないと、ひたすら訓練した。
 訓練の結果、キャラクターはとても強くなった。
 それは同時に、プレイヤーの剣技自体のレベルも上がっていった。
 自分が強くなればなるほど、キャラクターは強くなった。
 いつしかキャラクターと一体化したような、そんな感じすら覚えていた。
 だが、今でも思う。
 あの時、初めてプレイしたとき、最初に出会った戦士。
 あれほどに強いキャラクターが他にいただろうか。
 自分がゲームに慣れていなかったことを差し引いても、神のごとき速度で近づき、一瞬で自分の命を奪った相手。

 ──そういえば、そのキャラクターも『金髪』だった。






STAR OCEAN 3 IF
【シーハーツ戦役】


第十二話:蘇る雪夜の記憶






 フェイトはがけっぷちまで追い詰められていた。
 ラオの力は尋常ではない。フェイトほどの長さの大剣を、ナイフでも振っているかのように素早く振り回している。剣に振り回されるなどということもない。それだけ腕の筋力がたくましいということだ。
「さて、そろそろ終わりにさせてもらうぜ。次にアルベルが控えてるからな」
 ラオがフェイトを見下ろす。まるで巨人のように立ちはだかり、左右にすら回避することを許さない。
 もちろん後ろは切り立った崖。バックステップなどできるはずもない。だからといってあの大剣を受けたら、剣ごと弾き飛ばされるのが落ちだ。
 隙をついて懐まで入ればとも思うのだが、あれほどの剣を難なく振り回すラオに入り込むだけの隙はない。
「一つ聞きたい」
 フェイトは剣を構えながら尋ねた。
「ああ?」
「銅を手に入れてサンダーアローを開発して、何をするつもりなんだ」
「はあ!?」
 馬鹿かお前は、というような表情をラオが見せる。
「兵器なんざ、使うために決まってるじゃねえか。お前らの軍を焼き払うために作るに決まってんだろ」
「それでたくさんの人を殺して、いいと思っているのか!」
「先に戦争しかけたのはそっちだろうが」
 ラオがからかうように言う。全くその通りだ。認めたくない事実だが、フェイトは今『加害者』の立場にたっている。
「だがな、そんなもんはなくても俺は言えるぜ。これは戦争だってな。戦争で敵を殺さなきゃこっちが死ぬしかねえ。アルベルはそんなことも部下に教えねえのか?」
「僕はアルベルの部下なんかじゃない!」
 それを聞いてラオが値踏みするようにフェイトを見下す。
「ほう、アルベルの部下じゃない、それどころかアーリグリフ騎士団ですらないってことか。だからそんな間違いを言うことができるんだな」
「間違い?」
「当たり前だろ。戦争で人殺しが悪いなんて、五歳のガキでも言わねえぜ。そんな平和主義者がアーリグリフ騎士であるはずがねえ。ましてやアルベルの部下なんかになっているはずがねえ」
 ご名答、と遠くでアルベルが呟く。
「それに俺もな、そんな嘘つきの平和主義者は虫唾が走るんだよ」
 今の一連のやり取りが、どうやらラオを本気にさせたらしい。
「僕だって同じだ」
 だが、フェイトも負けじと言い返す。
「戦争だからって、人を殺すのが当たり前だなんて、絶対に間違ってる!」
「どっちが間違いかはすぐに分かるぜ」
 ラオが一瞬で大剣を天にかざす。
 振り下ろすつもりだ、などと判断する前に体が勝手に避けていた。紙一重で体の左側を剣が通過する。
「ちょこまかするな!」
 うなりをあげて薙ぎ払いがくる。幸い、敵の身長が高いせいもあって、ほぼ頭の位置で薙ぎ払ってきた。しゃがみながら横向きになり、後転して距離を開ける。
「威勢がいいのは口だけか!」
「黙れ!」
 だが挑発には乗らない。相手のペースで戦ったら勝ち目もなくなる。相手の油断を誘い、一撃で勝負をつける。それしか勝ち目はない。
(崖……)
 自分の左手に広がる広大な崖。
 そう。ここから突き落とすことさえできればいい。剣でかなわなくても、相手を戦闘不能にすればいいのだから。
 問題は、どうやってその方法をとるかだ。
「お、顔つきが変わったな。何かいい案でも浮かんだか」
 たったそれだけのことなのに、相手には筒抜けだ。
「どうせ、この崖から俺を突き落とそうとかっていうんだろうが、そうはいかねえぜ」
 その考えすら読み取られている。だが、ラオは崖を右にして、ゆっくりとフェイトに近づいてくる。
 お互いに、どちらかが足を踏み外せば終わり。ラオはその危険を被る必要がないのに、わざとそうした場所に自分を置く。
 それは絶対に相手より技量が優れているという自信があるからだ。
「秘剣二ノ太刀」
 まだ間合いが遠いのに、ラオは再び同じように剣を上段に構えた。
「風斬!」
 振り下ろす。その剣圧が風の刃を生む。
「あれは、俺の空破斬と同じか」
 遠くから見ていたアルベルが呟く。
 だが、そんな攻撃を見たこともないフェイトは、風の刃が接近してくるのに回避ができなかった。刃がフェイトの体を切り裂く。
「なっ」
「もらったぜ、坊や」
 気づいたときにはラオは既に間合いに入っていた。そして、思い切り剣を後ろに引いている。あれは一ノ太刀・鬼斬。
 今から後方に回避しても、間に合わない。
 それならば。
(間に合えっ!)
 逆にラオの懐に飛び込んだ。さすがのラオといえども、剣の重心と遠心力を利用した攻撃を、簡単に止めることも軌跡を変更することもできない。そしてフェイトは懐に入ると、サイドステップを踏んだ。
「俺を突き落とす気か!?」
 ラオは体勢を変えて、フェイトがサイドステップを踏んだ地面のある方を向く。自然と、崖を背にする格好となる。
 だが、フェイトの姿はそのどこにも見つからなかった。
「な、どこに──」
「リフレクト・ストライフ!」
 フェイトの攻撃がラオの左足、ふくらはぎに入った。ぐうっ、と呻いて一瞬片膝をつきそうになる。
 フェイトはサイドステップを踏む時に、相手を崖に蹴り飛ばすために地面のある方へ向かったのではなく、逆、崖とラオとの狭いスペースにもぐりこんだ。
 そんな場所に入り込んでくるはずがないとラオも考えるに違いないと見越してのことだ。
 思った通りにラオは自分に背を向けた。だが、狭いスペースで剣を振ることもできない。
 だからサイドステップを踏んだ勢いのまま、相手の足に打撃を与え、その行動を封じたのだ。
 骨を砕くまではいかなかった。だが、大きなダメージには違いない。
 この戦法は、フェイトがファイトシミュレーターでもっとも得意とする戦法だった。相手の機動力を奪えばおのずと勝利は転がり込んでくるものだというのは、過去の経験から学習していた。
 だが、この化け物にはその常識すら通用しなかったらしい。
「うらあっ!」
 腕を振り回して、至近距離にいたフェイトを弾き飛ばす。
 フェイトも後ろに飛ばされては崖下に落ちるだけだ。うまく方向を逸らして、横に飛びのく。
「この俺を負傷させやがるとはな。驚いたぜ、チビ」
 ラオは怒りの形相でフェイトを睨みつける。
「だが、その礼は高くつくぜ!」
 負傷してるはずなのに、突進する勢いは衰えるところを見せない。
(なんて化け物だ)
 そのラオをフェイトは迎え撃った。
 だが、鋭く振られる剣を合わせ、流すだけで精一杯だった。
 もっとも、本来のラオの勢いだったなら、最初の一撃で剣を弾き飛ばされていただろう。左足の負傷のために、剣に力がこもっていないのだ。
(くそっ、結局剣ではかなわないか)
 だからといって、もうリフレクトストライフは撃てない。今度はどちらにサイドステップをしても絶対に通用しないだろう。最悪の場合、そのまま崖に落とされる。
 隙をつくしかないのは分かっている。だが、その隙すら見せない。確実に詰め寄り、そして逃げ道が塞がれていく。
 そして。
「さあ、後がないぜ」
 崖の角になる部分に、追い込まれた。
 もちろん右にも左にも回避することはできない。後ろは論外だ。
 そして正面には猛禽。
「さあ、とどめだ。最後に名前くらい聞いておいてやるぜ」
 少し間があいて、フェイトは答えた。
「フェイト・ラインゴッド」
「へっ。馬鹿正直に答えるとはな。いいぜ、それじゃ、礼だ!」
 鬼斬の体勢に入る。一撃必殺の剣が振り切られようとする。
 大きく踏み込んでくるラオの右足。そして、右腕と大剣がうなりを上げて迫る。
(くそっ)
 やけにゆっくりとその剣が迫ってくる。
(ここまでなのか!?)
 剣を合わせる以外に手はない。だが、それではおそらく防ぎきれないだろう。
 その、剣が合わさった。
 その時、クリフは見た。
 かすかに、フェイトの額に蒼い輝きが生まれたことを。
 そして、その直後、二人の立つ地面に亀裂が走った。
「な!?」
 件が触れ合うのと同時に、二人の立っていた場所だけが崩れて、そのまま崖を落ちていく。
「フェイト!」
 クリフが叫んだが、既に遅い。
 フェイトとラオは、立っていた場所と共に、崖したへと転落していった。






 ──ファイトシミュレーターは、そもそも父親、ロキシが勧めたのだ。
 ゲームが好きなフェイトに、だったら運動をかねてやってみたらどうだと言われ、体を使ったゲームということで一気にはまりこんでいった。
 時には痛い思いもした。だが、敗北よりも勝利の方が多かった。
 だが、それはシミュレーター上の話。
 現実とは違う。現実は命のやり取り。リセットもなければ、やり直しもきかない。
(落ちたのか)
 さすがにあれだけ高い崖から落ちたなら命のあるはずもない。
(死にたくはなかったけど、これが結果なら仕方がないのかな)
 だが。
 まだフェイトは気づいていない。
(……え?)
 そして、ようやく何かに気づいたようにうっすらと目を開ける。
 そう。
 死んだものに、意識などあるはずがないのだから。
「ここ、は」
 起き上がろうとするが、体中が痛んだ。
 どうやら、崖の下に落ちてきたが、木の枝がクッションになったのか、大きな怪我や骨折はないようだった。
(運がいいのかな)
 もちろんいいに決まっている。頭を打ったら確実即死だ。
 というより、見上げると高さそれこそ何十メートルとあるのではないだろうか。そういえば体のあちこちがいたむが、どうも崖から落ちるときに出っ張った岩か何かにぶつかったのかもしれない。
 崖の下は、一面の森だった。
 樹海といってもいい。さすがにこの時点でどうやって戻ればいいのかなど、まるで検討もつかない。
「目が覚めましたか」
 と。
 そこでようやく、自分のすぐ近くに誰かがいるということに気づいた。
 振り返ると、そこには。
「お久しぶりです、と申し上げた方がいいのでしょうか。フェイト・ラインゴッドさん」
 あの、雪のアーリグリフで見た女性だった。
「あなたは、あのときの」
 月の女神か、雪の妖精か。
 その銀色の長い髪を揺らして、彼女は頷いた。
「私はクレア・ラーズバード。シーハーツのクリムゾンブレイドです」





第十三話

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