かけつけた洞窟の奥。
そこに、武装解除されて囚われている五人のシーハーツ兵。
そのうち一人は重傷。
そして、その前で剣を構えている男と女。
(嘘だ)
フェイトは目を疑った。
自分が崖の上から落ちてきて、それほど時間は経っていないはず。
それなのにどうして、彼らがここにいるのだろう。
アルベルとサイファ。
アーリグリフ最強のコンビが、そこでシーハーツ兵を倒し、じっと自分が来るのを待ち構えていた。
「やっと来やがったか」
フン、とアルベルは鼻で笑う。
どうやら、自分がここに来ることを予想していたようだ。
STAR OCEAN 3 IF
【シーハーツ戦役】
第十四話:流れる頬の鮮血
敵を全滅させたアルベルたちは、アランとフローラに捕らえたシーハーツ兵を見張っているように指示すると、自らはサイファを伴って銅鉱脈のある場所へと入ってきた。
シーハーツ兵があれで全員だとアルベルは考えていなかった。敵の油断を誘うためにわざわざ陽動を使ったのだと判断したのだ。そしてその判断は正鵠を射たことになる。
六師団長を囮にした本命がクリムゾンブレイドなのだ。
ここでクリムゾンブレイド、それも実戦部隊を率いるクレア・ラーズバードを捕らえれば、もはやこの戦争は決したも同然だった。
「どうしてアルベルがここに」
「どうもこうもねえ。陽動だろうと思ってみれば案の定だ。ま、こんな大きな獲物が釣れるとは思わなかったがな。それに、貴様はやはり裏切るだろうと思ったが、予想通りだったか。ったく、あのクソ虫がわざわざ崖下まで探しに行ったみたいだが、無駄足になったようだな」
「裏切る? 僕が?」
「敵の大将と一緒にいて何を言いやがる。シーハーツに寝返ったんだろうが」
違う、と言いかけたが、アルベルからしてみると裏切ったことには違いない。何しろ、ここの銅鉱脈を相手に渡すということは、アーリグリフが戦争に負けるということと同義だ。
「ま、俺にしてみればちょうどいいがな。お前とは決着をつけたかったところだしな」
アルベルは腰の剣をぬく。
「あのとき、俺の剣をすべてかわしたお前とは本気で打ち合ってみたかった。ま、あの大男に手こずってるようなら敵ではないがな」
「アルベル」
だが、こうなっては当然、戦って相手に言うことをきかせるしかない。
「アルベル、一つ頼みがある」
「なんだ、クソ虫」
「僕がお前に勝ったら、シーハーツの人が銅を持っていくことを見逃してやってほしい」
「何寝言を言ってやがる」
「僕は本気だ。この戦争を終わらせるためには、シーハーツがアーリグリフよりも強い武器を持つことが必要だ。シーハーツにはアーリグリフを侵略する意図はない、と思う。だったら、相手に銅を持たせて兵器を作らせて、この場を見逃すかわりに食糧や物資の援助をもらう。その裏取引をこの場でしたい」
ぴくり、と後ろに控えていたサイファが動く。だが、結局は何も口を挟むことなく、ただアルベルの言葉だけを待った。
「そんなことができると思っているのか。おめでたい奴だ」
「何がおめでたいっていうんだ」
「兵器があるなら兵器を壊せばいいだけのことだ。戦争がそんな簡単に終わるなら苦労はしねえ」
フェイトもクレアも、その言葉に黙り込む。確かにその通りだ。何しろアーリグリフがサンダーアローの情報をにぎったのはスパイを潜入させているからだ。だとすれば、潜入した者がサンダーアローを使えないようにしてしまえば、それで全てが終わりだ。再侵攻すればいい。
「だが、お前の考えは分かった」
アルベルが剣を構えた。
「お前が俺に勝てば、好きにしていいぞ」
「アルベル」
「勝てるはずはないがな」
そのまま剣を振る。空破斬。真空の刃がフェイトに向かってせまる。
「くっ」
クレアを突き飛ばしつつ回避し、フェイトもまた剣を構えた。
「クレアさんは怪我人の治療を!」
言われてクレアはサイファのさらに後ろにいる兵士たちを見る。だが、その行く手にはサイファが待ち構えている。
「かまわねえ、サイファ」
アルベルからそこへ指示が飛ぶ。
「アルベル様」
「治療するだけなら好きにさせてやれ。弱者を痛ぶる趣味はねえ」
サイファとしては言いたいことが山ほどありそうだったが、やむなくその場を譲る。クレアは軽く会釈してその横をすぎ、怪我人に向かってヒーリングをかける。
「これで、文句はないな」
そしてアルベルは笑った。つまり、フェイトが戦いに集中できるように、部隊を整えるためにクレアに怪我人の治療を認めた、ということなのだ。
「ああ、文句はないよ。あとは僕がアルベルに勝つだけだ」
「阿呆。勝てるかよ」
そして、動く。だが、アルベルの動きはフェイトの倍は速かった。
場所の狭い城内と違って、フェイトの動きを完全に封じるかのように大きく円を描きながら背後を取ろうとするアルベルに翻弄される。
「遅いぞ。蚊が止まっている」
アルベルが背後から剣を振る。振り返りつつ剣を会わせようとするが、既にそのときアルベルはさらにその背後をついている。
そのまま、足で蹴り飛ばされた。
地面に倒れるが、すぐにその場を飛び退く。直後にアルベルの剣が通り過ぎていた。
「勘だけはいいようだな」
戦闘勘、というものはそう簡単に養われるものではない。だが、フェイトは中学一年の時からずっとファイトシミュレーターをやり続けてきた。これでも剣を振るって七年目だ。それなりの戦闘経験は積んでいる。そして何より重力の問題は大きい。〇.九Gのこの星では、一.五Gの重力フィールドよりもはるかに身軽に動ける。フェイトがこの星で実力者と認識されるのはその二点によるところが大きい。
特に剣技は素人並に鈍いくせに、その素早さ、戦闘勘は超一流であるフェイトに対し、アルベルはむしろ焦りのようなものを覚えていた。
(こいつ、このまま戦闘慣れしたらとんでもねえ戦士になる)
そうした芽は早めに潰しておきたいという気持ちと、大きく育ててから刈り取りたいという気持ちと、アルベルの心の中にも迷いがあった。
結局、その迷いがフェイトに対して決定打を出させることのない原因となっていた。
一方、フェイトは最初から本気だ。実力では圧倒的にアルベルに負けているものの、その素質と、戦いへの集中力はアルベルを上回っていたと言っても言いすぎではない。
そして、ここにいる誰も、それこそフェイトですらまだ知らないことだが。
フェイトの実力は、剣の一振りごと、一瞬ごとに成長を続けていた。
それにおぼろげに気が付いていたのは、剣を交えているアルベルだっただろう。戦いが長引くほど力を増してくる戦士など、過去に例がない。
(成長していやがるってのか?)
自分は同じところにとどまっているのに、相手だけが徐々に力をつけている。
その理由は、彼の中に眠る紋章遺伝子、ディストラクションによるところがあったが、そのことをフェイトはまだ知らない。
ただ、その改造された遺伝子が彼の成長を促進していたことだけは間違いないことであった。
「うおおおおおおおおおおおおっ!」
剣を振る。剣を振る。剣を振る。
そして、体勢を入れ替えて蹴りつける──得意技、リフレクト・ストライフ。
その直撃が、アルベルにヒットした。
「……!」
間違いない。確実に成長している。これが先ほどのフェイトならば自分に当てることはできなかった。ラオと戦う前だったならば、技を出す以前に倒されていただろう。
(こいつ……っ!)
面白い素材だった。
どこまで伸びるのか。自分をはるかに上回りそうな気もするが、その最強になった蒼い髪の戦士を自分の手で叩きのめしたいという欲求が今は強かった。
「双破斬!」
刀の峰で、フェイトを空中へ叩き上げ、そのまま地面に叩き落とす。
それで完全に、フェイトはノックアウトされた。
「フェイトさん!」
だが、クレアが近づこうとすると、アルベルから刀をつきつけられた。
「こいつを渡すわけにはいかねえ」
もちろんアルベルには敵に協力したフェイトを罰するつもりなどない。それどころか、
「銅が欲しいならさっさと持っていけ」
「え?」
クレアは何を言われているのかが分からなかった。
フェイトが勝てば見逃す、という約束ではなかったのか。
「聞こえなかったのか。さっさと行け。でないと殺すぞ」
「どうしてですか。ここの銅を持っていけば、シーハーツの兵器が完成するのですよ」
「そんなことは俺の知ったことじゃねえ。俺が興味あるのはこいつだけだ」
気を失ったフェイトをアルベルが抱え上げる。もしその体勢のアルベルにクレアが攻撃しようとしたら──いや、傍にはサイファが目を光らせているし、危険なことはできない。
「こいつをお前らにやるわけにはいかねえ。だが、銅ならいくらでもくれてやる」
「……」
「さっさとするんだな。俺と違ってヴォックスは、弱者を痛ぶるのが大好きだからな」
そうしてアルベルはフェイトを肩に抱えたまま、サイファを連れて洞窟を出ていく。
残されたクレアには理解ができなかった。
何故アルベルが自分を見逃したのか。そして、彼をどうするつもりなのか。
だが。
(すみません、フェイトさん)
もし彼が裏切りの咎で拷問を受けるようなことがあれば、それは自分の責任だ。
(ですが、私はクリムゾンブレイドとして、ここの銅を持ち帰らなければいけないんです)
クレアは捕われていた兵士たちを解放すると、急いで銅の積み込み作業に入った。
(ですが)
クレアは作業をしながらも、蒼い髪の青年のことを思い続けていた。
(必ず、助けます)
この戦いが終わったら。いや、この戦いの間にも。
必ず助けてみせる。
そう誓って、トロッコに一杯の銅と共に、クレアたちは洞窟から離脱していった。
そして、洞窟から出たアルベルとサイファは、その目を丸くした。その頃にはフェイトも目が覚めていて、既に一人で歩いていた。
洞窟の外。確かに捕らえて一箇所に集めていたシーハーツの兵たちが、まるでいなくなっている。
さらに、アーリグリフの兵士たちは逆にほとんどが首をはねられていたり、胸に風穴を開けられたりして虐殺されていた。
かろうじて生き残っていたのは──
「フローラ」
サイファがその姿を確認して駆け寄る。
その左頬に、大きな赤い傷口が生じていた。
「どうしたというの、これは」
「サイファ……」
そうしてフローラは、ここで何があったのかを克明に話した。
アランとフローラが中心となって、シーハーツの兵を一つところに集め、一息ついていたところだった。
ルージュ、そしてファリンとタイネーブ。その他の戦士たち。いずれも強い敵であったが、アーリグリフの兵士たちの方が一枚上手だったということは証明されていた。
それを根底から覆す一人の男が現れたのだ。
「ったく、戻ってみればこのありさまか。情けないもんだな『隊長』さんよ」
皮肉たっぷりに戻ってきた大きな金髪の男は、いやらしい笑みを浮かべ、肩に大剣を乗せたまま悠然と戻ってきた。
「ラオ!」
「まだ生き残りがいたか!」
アーリグリフ兵たちがその周りを囲む。だが、ラオは容赦なくその剣を振るった。
フェイトはその剣閃を何とかかわしていたが、ただの兵士たちにそれは不可能なことだった。
たったの一振りで、二人の首が飛んだ。その膂力、鋭さ、速さ。どれをとっても一流という言葉ですむようなものではなかった。
「なっ」
フローラがその強さに一瞬たじろぐ。だが、次の瞬間アランが「突撃!」と指示を出した。それと同時にアーリグリフ兵たちが一斉に動く。
だが、誰もその戦士にはかなわなかった。あるものは首を、腕を、足を切り飛ばされ、胸を、腹を貫かれ、たった一人の男にアーリグリフの二小隊は全滅の憂き目にあったのだ。
「くっ!」
最後にアランとフローラが動いた。この二人の中隊長は以前からコンビを組んでいることもあって、その動き方、強さは全て熟知している間柄だ。
だが、それも圧倒的な実力差の前にはあってないようなものだった。
剣を繰り出してきたフローラを弾き飛ばすと、目の前にいるアランの腕を掴み、その腕を切り落とす。
「がっ!」
重装歩兵の仮面の奥から苦痛の呻きが漏れる。
そして、ラオはその大剣を水平に薙いだ。
仮面ごと、首が飛ぶ。
圧倒的な実力の差。
「う、そ……」
これだけの実力、国の中でもアルベル以外にはいまい。
となると、先ほどフェイトと戦っていた時は、自分の実力をアルベルに見せないために、セーブして戦っていたということだろうか。
「弱いぜ。さっきのフェイトとかいうチビの方がまだマシだったな」
そして、大剣を軽々と振り上げる。
フローラは、全く動けなかった。
その相手に抱いた感情は、恐怖。
相手は自分のことなど何とも思っていない。敵として認識されていない。
単なる障害物。邪魔なものは、片付けるだけ。
(勝てない)
そんなことを考えたことはない。アルベルに剣の稽古をつけてもらった時ですら。
圧倒的な、実力の差。
ゆっくりと、その剣が自分に落ちてくるのが見えた──
「やめなさい、ラオ!」
だが、それを止めたのは捕われているルージュであった。
「なんでだ?」
心底不思議そうにラオが尋ねる。
「アーリグリフの人たちだって、戦意を失くした私たちを無駄に殺したりはしなかったわ。この場を脱出できればそれで充分だから」
「甘いぜ。これから戦争になるっつーのに、敵は一人でも少ない方がいいに決まってるだろうが。腑抜けか、お前」
「戦場には戦場のならいがあるのよ。それを知らないなら、あなたは戦士じゃない」
ルージュが真剣に止める。
相手が女性だ、ということもある。だが、こんな完全に戦う姿勢すら持たない相手を斬ることができるような、そんな残酷な精神は持ち合わせていなかった。
「けっ」
ラオは軽く剣を振り下ろした。
と、そのフローラの左頬に裂傷が走った。
「『隊長』が言うから助けてやるぜ。ま、俺の武勇伝でもせいぜい伝えるんだな」
震えるフローラを見下し、そしてラオはルージュらの拘束を解いていく。
「ラオ。私たちよりクレアを。アルベルが」
「みてえだな。ま、気にすんな。クレアなら自分でなんとかするだろ」
「ラオ!」
「お前ら怪我人がいなきゃ行ったっていいけどな。それに、俺はお前らよりもクレアの力を信じてんだよ。力がねえ奴は黙って俺に従ってろ」
ルージュはそれ以上言うこともなく、ただ黙って他の構成員が救出されていくのをじっと見つめていた。
そして、最後にフローラの方を見て一度頭を下げる。
シーハーツ兵はそうして引き上げていった。
「あいつ、許さない。オレ、何もできなかった。みんな殺されたのに、オレだけがこんな、生き恥をさらした」
フローラは泣いた。さまざまな感情が彼女の中にあるのだろうが、うまく言葉にならなかった。自分の無力さと、相手の実力と、その差を見せつけられたのは彼女ただ一人で、それを慰める術などサイファは持っていなかった。
「フローラ」
アルベルは何も言わずに近づくと、強引に彼女を立たせる。
泣きはらした目で、フローラはアルベルを見上げた。
「これだけのことができる奴だ。お前は気にする必要はねえ」
アルベルは右手で彼女の顎をあげ、そして頬の血を舐め取る。
「あ、アルベル様!?」
さすがのフローラも慌てる。状況も忘れてサイファの顔が明らかに歪んだ。
「今日からあの男は俺の獲物だ。だが、お前があの男を許せないと思うのなら、強くなれ」
「はい」
涙の痕は残っていたが、もはや涙は流れていなかった。
シーハーツと本気で戦う戦士がまた一人、ここに生まれたのだ。
「これが、戦争なのか……これが、ラオのやり方なのか」
フェイトもまた、目の前の赤い光景に顔をしかめた。
もしあの男がこのままシーハーツにいたら、サンダーアローを悪用するかもしれない。
どうにかする必要がある。そう考えるのに、大した時間は必要なかった。
「うお、なんだかすげえことになってるな」
とぼけた声で、ちょうどクリフがそこへ戻ってくる。
「無事だったみてえだな、フェイト」
「ああ。わざわざ下まで行ってくれたって聞いた。迷惑かけてごめん」
「全くだ。にしても、こりゃあひでえな」
アーリグリフの精鋭が全滅。アランとフローラが腕の立つのを選んで連れてきたのに、それをラオは一人で全滅させたのだ。
それだけの力のある敵がシーハーツにいる、ということだ。
「おい、クソ虫」
アルベルはフェイトに向き直る。
「俺はあの男を許すつもりはねえ。お前は」
無論。
フェイトとて、同じ気持ちだった。
「僕だって、こんなことをする男は許せない」
「だったら戦争に協力しろ。お前の力を貸せ。敵の兵器なんかどうだってかまわねえ。あの男だけは殺す」
「ああ。僕も全力であいつを倒す」
これだけのことができる相手だ。一筋縄ではいかない。
アルベルは一人で倒そうと考えているのかもしれないが、実際に戦った感じからすれば、五分。
いや、むしろ。
(ラオの方が強いかもしれない)
そう感じさせるだけの強さを、あの金髪の男からは感じていた。
第十五話
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