「フム……」
 夜。星空を見上げるメノディクス族の少年は一人呟く。
「星の位置が変わる……光星の回りの星が、変化するでゴザルか……」
 光星そのものに変化はない。この星は誰よりも強く輝く星。
 その回りにある九つの星。送星、定星、剛星、影星、我星、漢星、躍星、豪星、柔星。
 そのうちの四つ。影星、我星、漢星、豪星が、光星から離れていく。
「輝きが消える星があるとは予測していでゴザルが……これはただの星の動きとは違うでゴザルな。どうやら、これまでとは大きな変化があるようでゴザル」
 そして徐々に離れていく四つの星と異なり、逆に近づいてくる四つの星。
「銀星……細星……機星……老星……ふむ。どうやら、この地からは星が消えたでゴザルな」
 ただ、微妙に機星が近いところにいる。これをどう見るかは難しいが。
「む!?」
 離れつつあった漢星が、途中で、ふっ、と消えた。
「……ロジャー殿の身に何かあったでゴザルな」

 メルトは、どうやら自分も旅立つ時が来たと悟った。






STAR OCEAN 3 IF
【シーハーツ戦役】


第十六話:動く宿星の明滅






 ミラージュ・コーストはペターニの町へやってきていた。
 ミハエル子爵を自分の領地まで送った後で、無事にシーハーツに潜入したミラージュは、この国の国力や政治制度、そして可能であれば宇宙との通信に使えるものがないかどうかを探していた。
 もっとも、この星の文明レベルでそのようなものが見つかるとは思えなかったが、この星の情報自体は必要だ。そのためには情報が最も多く集まる都市に来る必要があった。
 聖都シランド、サンマイト共和国、グリーテン王国とつながるこの地には当然ながら人も情報も集まる。それを期待してのことだ。
 と、そんな折。
「あら、珍しい」
 と、通行人の声が聞こえる。何が珍しいのか、とそちらを見ると──
(狸?)
 向こうから歩いてきたのは、二人のメノディクス族の少年だった。
「なあ、メルト、こっちで本当に間違いないんでヤンスか?」
 少年のうちの元気な方が尋ねている。もう一人はローブをまとい、落ち着いた様子で答える。
「そればかりは分からないでゴザル。ただ、今はこの地にロジャー殿を救う勇者の一人が来ているのは間違いないでゴザル」
「まあ、お前の星を見る力を疑ってるわけではないでヤンスけどねえ」
 ミラージュの記憶の中には、既に『メノディクス族』という単語はインプットされている。およそ落ち込むということを知らない楽天的な種族で、サンマイト共和国からなかなか出てこないということで有名だ。だから通行人も『珍しい』と言ったのだろう。亜人の多いペターニでもメノディクス族は滅多に見ないということだ。
「む?」
 と、そのメノディクス族のローブの少年と目が合う。失礼だったか、とミラージュは思ったがそうではない。相手の方が自分に用があるようであった。
「失礼……ふむ」
 その少年は自分のところまで近づいてくると、じっと自分を見つめる。
「ドライブ、この方でゴザル」
 と、メルトが相棒に話しかける。
「え!? もう見つかったんでヤンスか!? さすがでヤンスね!」
「……」
 さっきまで疑うような口調で言っていたのはこの口か。だが、メルトはそんな小さなことにこだわるような男ではなかった。
「はじめましてでヤンス。オイラはドライブ。こっちはメルト。ちょっと、お願いがあるんでヤンス」
「お願い、ですか?」
「はい。実は、オイラたちの親分が、どうも盗賊に捕まってしまったらしくて、助けがほしいんでヤンス」
 盗賊──おそらくは近くの森にいるようになったという盗賊団“月影”のことだろう、とミラージュは判断する。
「私に助けてほしいということですか?」
「そうでヤンス」
「どうして、私を?」
「それは、このメルトが──」
「ドライブ。それは我輩から話そう」
 メルトは少年に似合わぬ威厳をもって話し出した。
「この地に光星が舞い降りた。柔星殿、あなたはその光星を守る九つの星の一つでゴザル」
 ──突然、電波で話されても困る。
 ミラージュはそう思いながらも、少年が何を言いたいのかを判断しようと努力する。
「この世界はこれから未曾有の危機に直面するでゴザル。我らが親分であるロジャー殿はその九つの星の一つでゴザったが、どのような星の邂逅があったのかは分からないでゴザルが、その星が変化をしているでゴザル。従って、ロジャー殿が光星に出会うことはなく、故に、ロジャー殿を助けてくれる存在はないのでゴザル」
 よく分からなかったが、本来助けに来てくれるはずの人が来られなくなった、ということらしい。そこで誰か強い人に助けてもらおう、とそういうことだ。
 だが、ためらわない女ミラージュはここでもためらわなかった。
「すみません。私も急いでいる身ですので」
「お待ちあれ」
 だが、そう断られるのも予測済みだったのか、メルトは右手を上げてミラージュの動きを制する。
「何も、ただで助けてほしいと言うつもりはないでゴザル。何分、我輩は星を見る力がある。この力をお貸しする。その代わりにロジャー殿を助けてほしいでゴザル……いかがでゴザろうか」
 そんな電波な力は必要なかったし、どこまでが本気で言っているのかも分からない。
「今、あなたの守っている存在。それが光星でゴザル。今光星の近くにいるのは剛星。何か、心当たりはゴザらぬか?」
 守っているのはフェイト。そして、その側にいるのはクリフ。なるほど、光星がフェイトで、剛星がクリフ。柔星というのが自分のことか。
「微妙に細星もいるようでゴザルが……ただ、まだ細星は仲間になろうとしているわけではゴザらん。消える星もあれば、輝きを増す星もある。一度近づいた銀星の方が、輝きは強いでゴザルな。失敬、これはこの地に住むの者の話。お気遣いあるな」
 ──案外、この少年の力は本物なのかもしれない。
 星を見るということが自分たちにとってプラスにはたらくかマイナスに働くかは分からない。だが、この少年が嘘を言っているのでないとしたら、恩を売って悪いことにはならない。
 その力が何かの役に立つのだとしたら。
「いいでしょう。その盗賊団を倒せばいいわけですね」

 ──こうして、盗賊団“月影”の殲滅は確定的となった。






 ミラージュ・コーストはこの大陸から隣のグリーテン大陸に渡るべきだという判断を早々につけていた。隣の大陸の方が文明レベルが高いのであれば、それを利用しない手はない。少なくともこのような前時代的な大陸では何者も手に入ることはないだろう。
 だが、現状ではグリーテン大陸に渡るためには、ペターニの東門を渡らなければならない。グリーテン大陸へと渡る船は、ペターニ東の港からでないと出ていない。だが、グリーテン行きの門は常に閉じられた状態だ。東門と港については、ペターニを守る連鎖師団【土】と、グリーテン方面の諜報を担当する虚空師団【風】とが管理している。
 港までなら行くこともできるだろうが、問題はそこから先だ。無事に船に乗せてもらえるかといえば、それは無理な相談というものだろう。
 だとしたら、シーハーツの上層部に取り入っておく必要があるのではないか。だが、自分たちが今協力しているのは、そのシーハーツの敵国アーリグリフだ。しかも、シーハーツの将軍、ネル・ゼルファーには完全に自分たちの顔が知れ渡ってしまっている。現状のままでは決して協力を仰ぐことはできない。
 やはり、マリアからここへ来てくれるのを待つしかない。自分たちの通信機は同時に発信機の役割も兼ねている。自分たちがいるこの星まで信号をたどってきてくれるのを待つだけだ。

 と、そんなことを考えていたら、つい盗賊団“月影”なんかを滅ぼしていた。

「少しはお役に立てましたか?」
 振り返って笑顔を振りまくミラージュだったが、きっと悪魔の王ロメロよりも普通に強いその女性に、ドライブもメルトも完全にすくんでいた。
「……役に立つどころの話ではないでゴザル」
 自分でも、まさかここまで強い人を助け舟に選んだとは思っていなかったメルトは丸い目をさらに丸くする。
「捕らえられているのはおそらく、こちらの小屋ですね」
 ためらわない女ミラージュ・コーストは、全くためらわずに正拳でノブの部分を破壊する。
(メルト、この人、ヤバすぎるでヤンスよ!)
(大丈夫でゴザろう。この方にとって我輩たちを捕らえたところで何の価値もない。純粋に協力していただいているのでゴザルから、疑うのは失礼でゴザル)
 ミラージュが中に入っていく後ろをメルトがついていく。そしてドライブがため息をつきながら続いた。
「おおっ、麗しいおねぃさま♪ この憐れなボクを助けてくださりませ〜♪」
 と、そこへ中から親分の声がする。
「……随分と元気でゴザルな」
 と、ミラージュの後ろからメルトが話しかける。
「うえっ!? メルトじゃんか! そっか、オイラのことを心配して助けに来てくれたんだな。助かったぜ!」
「星を見ていたら、ロジャー殿の星が消えかかっていたので、急いで駆けつけたでゴザル。何はともあれ、無事で何よりでゴザル」
「おうよ! オイラはいつだって元気だぜ! 元気さえあれば何とかなるって父ちゃんも言ってたんだ。メラ間違いないじゃん!」
(これはまた……変わった種族ですね)
 ミラージュは冷静に分析する。ロジャーもメルトもドライブも、どこか一風変わっていて、自分たちとはどこか考え方が異なる。
「これで、私の仕事は終わりですね」
「心から感謝するでゴザル。お礼に、我輩の力をお貸しするでゴザル」
 とはいえ、メルトを連れて歩いていたのでは単独行動に大きな制限が出る。
「あなたはサンマイト共和国のどの辺りに住んでいるのですか?」
「我輩はサーフェリオの町にいるでゴザル。ペターニからはそれほど離れてはござらん」
「では、用があればそちらへ伺う、ということでいかがでしょうか」
「……なるほど。我輩がいては足手まといでゴザルか」
「ええ。残念ながら」
 ためらわない女は事実を述べるのにもためらわない。
「分かり申した。ロジャー殿の命の恩人には逆らわないでゴザル。我輩はサーフェリオの町でお待ち申し上げるでゴザル。ただ、もう一つ」
 メルトは小屋の外を眺める。
「人の気配がするでゴザル。それも、かなり弱っているようでゴザル。我輩としても無関係ではゴザルが、もし危険だとしたら見過ごすのは心苦しいでゴザル」
「人の?」
 だが、外には何もない。この少年は自分よりも直感が優れているということなのだろうか。
「そういや、近くに泉があるじゃんよ。霧が深くて身動きが取れなくなるけど」
「兄貴はそこで捕まったっていうわけでヤンスね」
「うるさいバカチン。言わなきゃ分からないじゃんか」
 ミラージュはここまで来たらまとめて面倒を見るのも同じかと思い、先頭に立ってその泉の方向へ向かう。メノディクス三人衆もそれについてきた。
 確かに深い霧だ。全く回りが見えない。
「うわっ、何も見えないでヤンスよ」
「よし、声を頼りに移動するんだ。父ちゃんも目が使えないなら耳を使えって言ってた。メラ間違いないじゃん」
「……霧の発生源を止めた方がよいみたいでゴザルな」
 ミラージュはメルトを見返すと、メルトは北の方を指さす。
 そちらへ向かうと、そこに──
「な、なんだコイツ!?」
 異形のモンスターがそこにいた。泥をこねて人型にしたような怪物だ。
「め、め、め、メラやばそうじゃん!」
「兄貴ぃ〜、怖いでヤンスよ〜」
「大丈夫だ! ここは団長であるこのオイラが──」
「マイト・ディスチャージ!」
 メノディクスにはかまわず、エネルギー波を発生させてマッドマンを吹き飛ばす。その力強さに、三人の少年たちは言葉をなくした。
 そして、次第に霧が晴れていった。
「……さすがでゴザルな」
 メルトが落ち着き払った様子で言う。だが、ミラージュは首を振った。
「あなたの方が凄いですよ。私一人では霧の発生源は見つけられませんでした」
 改めてミラージュはこの少年の【星を見る力】に畏怖を覚えていた。これほどまでに使える能力を簡単に手放してよいものだろうか。
「こっちでゴザルな」
 メルトが歩いていく。もはやミラージュは彼に逆らうつもりはなかった。
 その方向に進んでいくと、そこには──
「女の人じゃんよ!」
「意識がないみたいでヤンス!」
「……フム。この女御、送星の双子星か」
 気になる発言がメルトから出る。
「急ぎますね。私は彼女をペターニへ運びます」
 ミラージュは軽々と女性を抱き上げる。
「ここでお別れしましょう。メルトさん。必ずサーフェリオの町には立ち寄らせていただきますので」
「うむ。お待ち申しあげる。星々の邂逅は近い……急がれることだ」
 最後まで言っていることはよく分からなかったが、彼の力は本物だ。
(……星、ですか。私も何かに選ばれた、ということですかね)
 それはそれでやりがいがある。そして、あのフェイトという若者を守れというのなら、その通りにしよう。あの少年は、見ているととても危うくて、放っておけないから。
(とにかく、急ぎましょう)
 呼吸が荒い彼女をいつまでもこの場にいさせるわけにはいかない。ミラージュは全力でペターニへと駆け戻った。





第十七話

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