「あら、遅かったですね、クリフ」
 ようやく到着した彼を出迎えた最強の女性はこともなげに言う。
「あのなあ、ミラージュ。俺がいったいどれだけの距離を移動してきたか分かってんのか」
 ここは商業都市、ペターニ。
 アーリグリフに帰りつくなり『ただちにペターニまで来られたし。ミラージュ』という通信がクリフのもとに入った。
 と同時に『あまり女性を待たせないでくださいね』とも。
 ──もしそこで一日以上時間がかかるなどということがあれば、後で間違いなくシバかれる。その自信がある。
「何か、よからぬことを考えていましたか?」
 にっこりと微笑むミラージュ。クリフは肩をすくめた。
「で、俺をわざわざこんなとこまで呼び出したのはどういうわけだ?」
 ルムで国境を越え、その後は通信機に内臓されている生体レーダーを頼りにペターニまでたどりついたものの、既に体力的には限界だ。ひとまずはゆっくり休みたいところだった。
「はい。これから、隣のサンマイト共和国まで来ていただきます」
「は?」
 ためらわない女は、自分の体力のことは全く考えてくれなかった。






STAR OCEAN 3 IF
【シーハーツ戦役】


第二十二話:気高き心の機星






 そんなわけで、クリフ・フィッター(37)は徹夜でサーフェリオの町に来ていたわけである。
 さすがに一日中、途中まではルムを使っていたとはいえ、ひたすら走り続けただけのことはあって疲労も限界に来ていた。だが、お目付け役がずっと一緒にいる以上、サボるわけにはいかない。
「ここに俺たちの協力者がいるってのか?」
 クリフが尋ねるとミラージュが頷いた。
 サーフェリオの町は広い。ただ町にいるとはいっても、そう簡単に見つかるとは思えなかった。地道に尋ねて探していくしかないということだろうか。
「この町にいるということしか聞いていませんでしたから。ですが、おそらく時間はかからないと思います」
「なんでだ?」
「多分、相手の方が、私たちが来ることを予測していると思います」
 まじかよ、と呟く。だが、彼女の自信あふれる表情にそれ以上の反論をやめた。
 そう思っていた二人のところに一人の老婆が現れる。メノディクス族とよばれる亜人種だ。
「遅かったね。この私を待たせるなんて、最近の若い者はなってないね」
 腰を曲げた老婆がジロリと睨んでくる。なんだよこの婆さん、と思いながらも助けをミラージュに求める。
「あなたは?」
「ああ。あんたたちが来ると孫のメルトから聞いて待ってたのさ。私も占いでよく星を見るけど、あの子の星読みの力には負けるからねえ」
「そうでしたか。メルトさんにはお世話になりました。私、ミラージュ・コーストと申します」
 丁寧に挨拶をすると、老婆は少し雰囲気が和らぐ。
「ああ、聞いとるよ。孫に聞いた通り、礼儀正しいんだねえ……そっちの男はそうでもないみたいだが」
 そしてまた雰囲気が悪くなる。俺が何かしたのかよ、と不満の一つも言いたいところだった。
「クリフ・フィッターだ」
「ああそうかい。私はルイド。サーフェリオの天才占い師といえば私のことさ」
 自分で言うかよ、と思ったが口には出さない。面倒事を自分から作る意味はない。
「なるほどね。柔星に剛星か。確かにあんたたちの中に星が見えるね」
 視線鋭くルイドが言うと、さすがにクリフも顔をしかめる。
「どういう意味だ?」
「私たちが、選ばれた星の下に生まれた存在だということだそうですよ」
 ミラージュも詳しく分かっているわけではない。ただ、分かることは一つ。
「私もあなたも、フェイトさんを守る九つの星の一つだということだそうです」
「へえ……俺があいつをねえ」
 確かに保護者がわりのようなことをしてはいるが──
「ってことは、まさか、例の件か?」
 フェイトの遺伝子操作。それに関するバンデーンの襲来。
「おそらくは」
「ったく、お前も先にそういうことを言えよな」
 でなければいやいやこんなところまで来たりはしなかったのに。
「いいかね。それじゃあこっちだ。もうみんな集まっとるよ」
 そうして老婆が歩きだす。
「こっちって、どこに連れてくんだ? それにみんなってのは?」
 クリフが立て続けに質問すると、ルイドは不満そうに答えた。
「あんたたちの仲間──機星のとこさね」





 そうして連れて行かれた広場には、確かにそれなりの人数がそろっていた。
 ちびっこメノディクス三人衆に、大きな機械を作業しているヒューマンの女性。
「おおっ! これはこれは、麗しきおねぃさま♪」
 ロジャーが最初に自分たちに気が付いて駆け寄ってくる。
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
「あったりまえじゃん! おねぃさまに助けてもらったおかげで、オイラは今日もメラ元気じゃん!」
 いったい何をしやがったんだ、とクリフは思ったがあえて何も言わずにその様子を見る。
 すると、少年のうちの一人が近づいてくる。そして「フム」と自分を値踏みするように見つめた。
「はじめましてでゴザル。我輩はメルト。はじめてお会いいたす、剛星殿」
「ん、ああ。俺はクリフ・フィッターだ。お前さんがじゃあ、この婆さんの孫ってやつか」
「祖母がご迷惑をかけたでゴザル」
 ぺこりと一礼してくるメルト。そして顔を上げるとメルトはヒューマンの女性の方を振り向く。
「ここまで来ていただいたのは他でもない。あの機械についてでゴザル」
 クリフは目を細めると、そのヒューマンの女性に近づいた。まだ若い、目のぱっちりとした女性だった。まだ年若いようだった。その顔がオイルで汚れていたが、不思議とそれがよく似合っていた。
「なんだこりゃ?」
 クリフが素直に口にすると、そのヒューマンの女性がものすごい勢いで睨みつけてきた。
「あなたこれを知らないの!? これはねえ、昔グリーテンがシーフォートに攻め込んできたときに使われた機工兵団の一人よ!」
「機工兵?」
 といわれてもエリクールの歴史に詳しくないクリフには全く意味が分からない。
「そうよ。かつて古代王国シーフォートを滅ぼした技術国家グリーテンの特殊部隊。人形遣いと呼ばれる者たちに操られ、機械の身体は一切の剣や弓を通さず、両の腕からは雷鳴を伴い炎を発した、二足歩行を可能とした最強兵器なんだから!」
「そいつぁすげえな」
 すごいのは、この文明レベルで動歩行が可能だということが、だ。隣のグリーテン大陸は文明レベルがこちらより高いということだった。確かにこれならば雲泥の差だ。
「ミラージュ。地球でいうと動歩行ができるロボットは」
「だいたい二十世紀後半から二十一世紀前半にかけて、というところですね。そのくらいの時期ですと第三次世界大戦勃発の前には既に完成していましたから。ちょうどその頃に最初の宇宙船が開発され、一世紀の間にムーンベースも完成しています」
「なら、グリーテンの技術なら宇宙に出ることも」
「理屈では十分可能です。イーグルを修理する素材もあると思います」
 なら話は早い。さっさと修理してこの星からおサラバする。
「待たれよ」
 だが、そう考えていたところにメルトが釘を刺す。
「この地には御主らの仲間が多々集まっている。この機工兵も然り」
 メルトが機工兵を見つめて言う。
「今は動いてはゴザらぬが、これも光星殿の仲間。機星でゴザル」
「イザーク、って呼んであげてね。あ、私はメリル。このイザークの整備担当だから、ヨロシクッ!」
「ロボットが仲間、だぁ?」
 クリフはこんこんとイザークの頭を叩いてみる。だが硬い音がするだけで何も反応はない。
「どうやったら動くんだよ、これ」
「それがねえ」
 メリルが困ったように首をかしげる。
「ここに設計図があったからそれどおりに組み立てたんだけど、どうしても足りないものがあるのよ」
「足りない?」
「ええ。身体はいくらくみ上げることができても、問題は頭。思考パターンばかりはどうにもならないのよね。この設計図でも、いわゆる知性にあたる部分もやっぱり機械で作ってるみたいなんだけど、自分で思考する機械を作るのは難しいわ」
「自分で思考する?」
 クリフはミラージュと顔をあわせる。
「それってつまり、AIのことか?」
「だと思います。artificial intelligence、いわゆる人工知能」
「それならイーグルに行けばあるよな」
「ええ。そのプログラムはいくらでもありますから、あとはこの機械にあう媒体にプログラムを落とせば作動すると思います」
 その会話を聞いたメリルが目を輝かせる。
「それ、本当!?」
「嘘言ってどうするよ。それに、今言ってることが本当なら、こいつが動いた方がいいってことだろ?」
 機星とか何とかよく意味は分からないが、ようは自分達に協力してくれるということならその方がありがたい。
「でも、突然勝手に暴走とかしたりしねえだろうな」
「それは大丈夫よ。メルト君が言う、光星さんを主人にして、絶対に逆らわないよう最優先事項として認識させるから」
「ならいいけどな。ま、たかが機械なら俺の相手にはならねえけどな」
「言っておくけどね、イザークは強いわよ」
「は、何言ってやがる。このレベルのロボットで──」
「クリフ。この設計図からですと、パワー、スピードとも理論上、クラウストロ人と同じくらいのスペックがありますよ」
 クリフの声が止まった。
「……少しはやるみてえじゃねえか」
 ミラージュが後ろでこっそりと笑った。
「分かったみたいならさっさと行くわよ。そのなんとかっての、どこにあるの?」
「ああ、イーグルならアーリグリフだ」
「アーリグリフって、王都?」
「ああ」
「そうか、ちょっと遠いわね」
 ふふん、と嬉しそうにメリルが言う。
「何にやけてんだ、お前」
「だって、遠いっていうことは、できるだけ早く移動するためには何したって仕方がないってことじゃない。そうよね?」
 なんだか凄く嫌な予感がする。
「というわけで、私、メリルはこんなこともあろうかと!」
「前置きはいいからさっさと言え」
「イザークの身体にブースターを設置、短時間ながら空を飛ぶことが可能なシステムを完成させました〜拍手っ!」
 メリルが指示すると、何故か飼い馴らされているらしいメノディクス三人衆が拍手をした。
「……空飛ぶって、こいつがか?」
 二足で立っているイザーク。そして確かに背中の肩甲骨のあたりに左右それぞれ二つずつ、飛行機後部についているようなマフラーがついている。どうやらそこから排気するようだ。
「このイザークに外部プラグをつないでこの四人用乗車機をつなげば、あっという間に目的地まで着くわよ。ただ問題点があって、乗車機からだと運転ができないから、目的地まで一直線で行かないといけないけれどね」
 見るとその脱出ポッドの小型版のような乗車機(というよりはむしろジェットコースターの単なる屋根つき)は、鉄材でイザークと固定できるようにされているようだった。要するにサイドカーをイザークの後部にくっつけるようなものだ。
「随分と準備いいな、おい」
「話の都合って奴よ。動力は油による火力と施力。イザーク自体は手動でならもう動かすことはいつでもオッケーだから、今すぐにでも準備できるわよ」
「……ってことらしいが、どうする、ミラージュ」
 どうもこうもない。急いで戻ることができるのなら、それを最優先した方がいいだろう。
「じゃ、準備してくれ」
「了解!」
 メリルは嬉しそうにサイドカーとイザークを固定する作業に入った。
「手伝いますね」
「あ、それでしたらそちらの鉄心を──」
 と、ミラージュとメリルが作業している間に、再びメルトがクリフに話しかけてきた。
「クリフ殿」
「なんだ?」
「我輩も一緒に連れていってほしいでゴザル」
「あ、メルトずるいじゃん! オイラだって一緒に行きたいじゃん!」
「オラッチは遠慮するでヤンス」
 ドライブはあっさり参加を拒否した。
「四人乗れるのなら、クリフ殿、ミラージュ殿、メリル殿と、あと一人可能でゴザろう。我輩の力は必ず役に立つ……いかがでゴザろうか」
 正直、その『星を読む力』とやらをクリフは全く知らない。こんな子供がついてくれば足手まといになるのは避けられない。
 ならば。
「悪いが──」
「クリフ。ご一緒いただいてください」
 が、作業していたミラージュから声がかかった。
「メルトさんの力は必ず力になります」
 ミラージュとメルトの間に何か特別なことでもあったのだろうか。ミラージュがそれほど別の人物を評価するなど、滅多にないことなのだが。
 だが、逆に言うなら彼女がそれほど熱心に同行を勧めるというのなら、それだけメルトの能力が信頼のおけるものだということなのだろう。
「……わぁったよ、ったく」
「すまないでゴザル」
 だが、メルトもここで退くつもりはなかった。
 何しろ、この星々は、自分の目の前で輝いているのだ。星読みとして、絶対に離れたくなかったし、それに自分の力がこの国のみならず、世界のためになるのなら是非使いたい。
「やれやれ。あんまり帰りは遅くなるんじゃないよ」
 本気で言っているのか分からないルイドの声が響く。
「しばらく留守にするでゴザル」
「ああ。ま、あんたはあんたのするべきことをし。けど、いつも言うけど深入りは禁物だよ。自分の力を自分のために使った者がどういう結末をたどるか、あんたは分かってるね?」
「すべて承知しているでゴザル」
「ならいいさ」
 ルイドが言い終わると不満そうなロジャーがメルトを睨む。
「親分殿、申し訳ないでゴザル」
「う〜っ、ズルイぞメルト! 自分だけ冒険しやがって! オイラも絶対追いかけていくじゃんよ!」
「分かったでゴザル。だが、あまり無理はしないようにしてほしいでゴザル」
 そう。漢星は既に光星の傍にない。命が惜しければ、危うきには近寄らない方がいい。
「できたわよー」
 と話がついたところでメリルから声がかかった。
「ささ、乗って乗って」
 メリルが手動でイザークに指示を与える。その間にクリフにミラージュ、そしてメルトが乗り込む。最後にメリルが全部の工程を追えて乗り込み、クリアーボディの屋根を下ろす。
「それじゃあ、あと三十秒後に発射するから」
「発射? なんだか言葉が悪いなあ」
 クリフがベルトを締めながら言う。イザークの四つのマフラーに赤い炎が灯るのが見える。
「カウントダウン。十、九、八、七、六、五、四、三、全員、衝撃に備えて!」
 メリルが言うと、次の瞬間、目が飛び出るのかと思うほどの衝撃が襲い掛かった。
「うわあああああああああああああああああああああああっ!」
 強烈な加速G。考えてみれば、慣性相殺システムを備えているはずもなく、当然加速にかかる重圧はすべて生身で受け止めなければならない。当たり前のことだった。
「はい、もう空です」
 メリルの声が聞こえる。すると、標高五十メートルほどのところを確かに飛んでいた。
「イザークの足からもジェット噴射されるようになっていて、高度を保つことができるのよ」
「ほお……たいしたもんだな」
 冗談抜きで、この文明レベルで空を飛べるとは思わなかった。
 そしてみるみるうちに、サーフェリオの町が遠ざかり、そしてカルサア丘陵が見えてくる。
「そういや【疾風】に見つかったらやべえよな」
「おそらく大丈夫です。まだヴォックス公は城とのことですし、この辺りに布陣しているのは【漆黒】だけです」
「ならいいけどよ」
 そうして、あっという間にアーリグリフが近づいてきた。
「そうしたら、着陸するわよ」
 メリルがそう言ってから、しばらくして「あっ」という声がした。
「……試みに聞くが、今の声はなんだ?」
 メリルの顔に、冷や汗が一筋。
「着陸用の車輪」
「ついてないのか!?」
 クリフの顔が青ざめる。
「ついてるわ」
「ならいいじゃねえか」
 ほっと一安心。
「イザークにだけは」
「駄目だろおおおおおおおおおおおっ!」
 そういえば確かに発射のときは車輪がなかった。乗り物だけあって、それだけが綺麗になかった。一瞬で高度五十まで持ち上げられたので気にならなかったが、着陸の時はそういうわけにはいかない。そしてあっという間に地面が近づく。
「多分死ぬことはないから衝撃に備えて! しっかり口閉じて!」
「多分ってなんだ多分って!」
 そして。
 王都アーリグリフまでおよそ三キロというところで、イザーク『は』無事に着陸した。
 ただし、後ろの乗車機に乗っていた四人は命に別状こそなかったものの、打ち身打撲擦り傷たんこぶという被害があったのは仕方のないことだった。





第二十三話

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