シランド城の奥、施術兵器開発部では夜を徹して作業が行われている。
 最終決戦兵器、サンダーアロー。問題はこれが完成するかしないか。それによって今回の戦いの勝敗が分かれる。
 開発責任者となったディオンはまさに寝る間を惜しんで活動を続けていた。
 戦争を終わらせるのだ。
 それが叶えば、自分の願いも叶うのだから。
「ディオン君、ちょっといいかな」
 と、そこに施術兵器開発部長が顔を出す。
「どうかなさいましたか、エレナ様」
「うん。ここの図面なんだけど、こっちの配線をこうつないだ方がよくない?」
 瞬間的に見ただけで、図面の間違いを修正することができる。さすがは開発部長。伊達でその地位にいるわけではない。
「そうですね。ありがとうございます」
「じゃ、がんばってね〜」
 そうして開発部長は部屋を出ていく。
 後に残ったディオンが顔をしかめた。
「……でも、その繋ぎ方だと、最終的に威力が下がるはず。どうしてそんなアドバイスをするんですか?」
 ディオンは誰にも聞こえないように呟く。
 その目が真剣そのものだった。






STAR OCEAN 3 IF
【シーハーツ戦役】


第二十四話:迫る戦いの狼煙






「お久しぶりです♪」
 クレセントがやってきてディオンに挨拶する。こうして二人が会うのは戦争学の講義以来だった。こちらこそお久しぶりです、とディオンは丁寧に頭を下げる。
「今日は、クレア様のご命令で、開発状況の確認に来ました♪」
 クレセントが尋ねるとディオンは「分かりました」と開発室へ案内する。
 その後ろで、クレセントは素早く回りの状況を確認する。施術士たちの疲労は濃い。きちんとした休憩も取られていない。まさにここが現在の戦場だった。
 その時だった。廊下の向こう側から歩いてくる人影。よく見慣れた紫色の髪が目に映った。
「あれぇ〜? クレセントじゃないですかぁ。どうしたんですかぁ、こんなところにぃ〜」
 間延びした、聞きなれた声が聞こえてきた。
「あら、ファリン。お久しぶりですね♪」
 にっこりと笑う。確かファリンは銅奪取のメンバーとして随行していたはず。それが何故ここに。
「私はぁ、銅をここまで届けに来たんですぅ。この後アリアスに戻るんですけどぉ」
「あら、それでしたら私も同じですよ♪ ここの開発状況を聞いたら戻る予定なんです♪」
「それじゃあ、一緒に行きますかぁ〜?」
「そうですね。話したいこともありますし♪」
 かたや天然のんびり腹黒娘、かたや見た目きゃぴきゃぴ猫皮三十枚娘。この二人が笑顔の裏でそれぞれ何を考えているかなど、回りにいる人間の誰も分かるはずがなかった。
「じゃぁ、私も同行してかまわないですかぁ?」
「ええ、もちろん♪」
 そうして二人は開発室へと案内された。
(それにしても、その喋り方、疲れないんですかぁ?)
 会うたびにその質問をするのは定例行事だ。
(もう慣れた。これも私のもう一つの顔だからな)
(まぁ、いいですけどぉ〜)
 ファリンもファリンで、このプリティブロンドの本性を知る数少ない人物であるというのを、どこか特権のようにも感じているのだろう。別にそれをバラそうだなどとは考えていない。
「今、急ピッチで仕上げてます。完成まで後四日というところですね」
 完成まで四日。それをアリアスまで運ぶとして、二日の行程が必要だろう。
 だが、もう目の前まで敵軍は迫っている。そんなにのんびりとはしていられない。
「分かりました♪ それでは、他の施術兵器はただちに前線に送ってください♪ サンダーアローは後からでかまいませんから♪」
「はい。そちらの準備は整っています。【水】のルパートさんが率いていくことになっています」
「ルパートさんなら〜、とぼけてるフリしてきちんと仕事してくれるから、安心ですぅ〜」
 そうして状況を確認し終えると、クレセントとファリンは急いで城門を出てルムに乗り、再びアリアスを目指した。
「クレセントォッ!」
 二頭のルム上での会話は大きな声を上げないと聞こえない。
「なんだいっ!」
「私たち、勝てますよねぇっ!?」
 若干の不安が混じった声。だが、それを振り払うようにクレセントも負けじと声をあげた。
「当たり前だっ! 勝つのは絶対、私たちなんだからっ!」






 そんな、彼女たちがアリアスに戻るより早く、国の勇者たちは続々と決戦の地に到着していた。
 六師団長のうち四人がここに集い、そして前クリムゾンブレイドのアドレーの呼びかけで集った勇者たちが数十名。
 その中に混じったひときわ目を引く人物。それが、前【炎】団長のルーファであった。
「ルーファ様」
 彼を崇拝しているといってもいい、ルージュがその前にひざまずく。
 無論『現代のライゼール』の二つ名は、シーハーツのみならずアーリグリフにまで鳴り響いている。狙った的を決してはずさない、無敵の弓兵。真銀で作られた弓と共にこのアリアスの地に登場したのだ。
「やめろ、ルージュ。俺はもう団長ではない。【炎】を率いるのはお前だ。俺はただ、この戦場に忘れ物を取りに来ただけでな」
「忘れ物、ですか」
「そうだ。デメトリオの首。すっかり戦場に落としてきた。拾ってこなければならん」
 勇者たちの間から爆笑が起こる。そう、アドレーと縁のある者たちは皆このような様子だ。戦いで死ぬことを厭わず、かといって死ぬつもりも毛頭ない。ただ、アドレーと共に戦えることを喜びとするような者たちばかり。
 アドレーの勇退とともにそうした勇者たちもまた隠居し、軍は若返ることとなった。三年前から比べて代替わりしていないのは【風】のブルーと【水】のブラウンくらいだ。その二人にしてもアドレーとネーベルの手によって育てられた人材だ。
「ルーファ様がいらっしゃるのでしたら百人力です。いえ、千人力です」
「予めアドレーには断ってある。俺を戦力と考えるなよ。俺はただ忘れ物を拾いに来ただけだ。それ以外のことは知らん」
「承知いたしました」
 この元上官のことをルージュほど知る部下はいない。一度決めたら梃子でも動かぬ、それだけの鉄の心をもった人物だ。この戦場に戻ってくることは二度とないと言いながら、それを撤回したのは、それだけデメトリオに対する執着があったということだろう。
 その元上官の心を慮り、ルージュはそれ以上を追及しないことにした。
 もともと戦力として数えられていなかった人物だ。作戦はそれを度外視しても問題はどこにも生じない。むしろルーファが動くことで敵に綻びが生まれることを幸運と思わなければ。
「お久しぶりです、ルーファ様っ!」
 主従の再会が終わったところを見計らって、ルーファに飛び込んできたのは完璧な美しさを誇りながらも言動がそれに見合わない【風】の一級構成員、サラであった。
「久しいな、サラ。元気そうで何よりだ」
 ルーファはネーベルの家で育てられ、サラはアドレーの家で育てられた。何かと共通点の多いこの二人はお互いに親密な関係を築いている。とはいうものの、年が随分と離れていることもあってそれが男女の仲というものに発展するのではなく、単なる兄妹というような関係だったが。
「お久しぶりです、ルーファ様」
「お前も俺に対して気遣う必要はない、ブルー。俺はもう軍籍を外れているからな」
 というわけで、当然ながらアドレーに目をかけられていたブルーにしても、ルーファとは懇意の仲だった。お互い団長ということもあって、何かと話すことは多かった。特にルーファはブルーの先輩にあたり、団のことでも他に言えない悩みを何度も聞いてもらったことがある。
「クレアはどうしている?」
 そしてこの男は相手が誰であろうとも物怖じしない。アドレーですら女王の前では畏まるというのに、この国で彼を震え上がらせるものは誰もいない。
「執務室においでです。作戦の最終立案をなさっておいでです」
「そうか。ならば一言挨拶しておこう。俺の邪魔をするな、とな」
 恐ろしいことを平気で言う。ブルーも苦笑してルーファを見送った。
「アドレー様はまた一人、強力な助っ人を連れてまいられたということですね」
 そのアドレーはまだアリアスに到着していない。いったいあとどれだけの味方を連れてくるつもりなのか。
 そうして勇者たちも各々休む場所を与えられ、一段落した時のことだった。
 きぃ、と扉が開く。ちょうど玄関にいたブルーは、彼女の帰還をただ一人待ち受ける形となった。
「ネル様。ご無事──」
 と、声をかけようとしたが、その様子がひどくおかしかった。
「すまない、ブルー」
 ネルは、相手の顔を見ようとしなかった。その体がひどく頼りなげだ。いや、どこか怪我をしているようにも見える。
「ネル様、どこかお怪我を──」
「触るな!」
 近づこうとしたブルーを制する。
「……フェリオが死んだ」
 吐き出すような声に、ブルーも硬直する。

 フェリオ・レイヴン。
 まごうことなき、ブルーの弟。引っ込み思案なところもあるが、黙々と仕事をこなし、腕も立つ一流の隠密だった。
 ネルを慕い【闇】に入るということを言ったときも、ブルーは止めなかった。兄と一緒に【風】にいるのでは何かと比較されたり、身内びいきだという批判も出かねない。それよりも一流が揃う【闇】で鍛えた方が弟のためになると思った。
 あまり会うこともなかったが、兄弟仲は良かった。彼は自分を好いていたし、あの臆病な弟を自分も好んでいた。
 ネルの傍にいられるということを幸せにしていたような、そんな弟。

「何があったのですか?」
 なるべく冷静に、そして穏やかに話しかける。
「私たちのミスで、民間人を殺めた。その隙をついて、フェリオが逆に人質に取られた。あいつは、毒を飲んで、私を自由にしてくれた。すまない、ブルー。すべて私の落ち度だ」
「そうですか」
 足手まといになるのなら切り捨てられてもやむなし。【闇】だけではない。六師団のうち【光】以外の五師団では同じように教わる。【光】だけは国の模範として、そのような指導を一切行わない。無論、他の師団でどう教わるかということは心得ているが。
「あいつは、ネル様を苦しめるくらいなら自分が死んだ方がいいと、本気で思ったのでしょう。だからこそ毒を飲んだ」
「分かってる。でも──」
「気にするな、とは申しません。ですが、そればかりは気にしても仕方のないことです。もしもネル様がどうしても自分を許せないというのなら、その時は──」
 ブルーは近づくなり、ひょい、とネルを抱き上げた。
「な、ブルー」
「怪我をされているのでしょう。無理はなさらないでください」
 そのまま医務室がわりに使っている部屋へと運ぶ。
「もし、自分を許せないと思うのなら、私に相談してください。私がネル様に罰を与えます」
「ブルー」
 ネルは抱き上げられた体勢のまま、ブルーに顔を押し付けるようにして、泣く。
「すまない、ブルー」
「かまいませんよ。あなたは、弱い。この国の誰よりも。私やブラウンあたりにもう少し強さと地位があれば、あなた方にこんなにも苦労をかけずに済んだのですが。すみません」
 ネルはただ泣いていた。そして医務室のベッドに寝かせると、旅の疲れからか、すぐに眠りに落ちた。
 それを見届けてからブルーは医務室を出る。
 左手を見る。すぐ近くに窓。
「──!」
 思わず、彼はその窓を全開にして、そこから外に飛び出た。
 自分は決して、無様な姿を見せられない。誰にも。自分が後ろに悠然と控えているからこそ、クレアやネルも安心して自分の活動ができる。自分は彼女たちを精神的に支えるのが役割だ。
 だから、誰にも弱さを見せることはできない。
「うああああああああああああああああっ!」
 誰もいない、街の外まで出てから彼は叫んだ。嘆いた。
 覚悟をしていなかったわけではない。実感すらわかない。
 だが、二度と弟に会えず、話すことができないのだと、理性が感情を揺さぶる。
「よくも、よくも、よくもよくもよくもっ!」
 そこには、いつもの冷静なブルーはどこにもいなかった。
 家族の死に嘆き悲しむ、一人の男の姿だった。
 ──アーリグリフ。
 その国が、自分の弟の命を奪った。
「許さない。絶対に、許さない」
 血を吐くようにブルーが呻く。
「フェリオの仇は、私が絶対にとる」
 激情が、自分を抑えられなくさせる。
 大きく頭を振り上げて、地面にたたきつけた。
 そうしてから、ようやく呼吸を整える。
(これが、戦争か)
 憎しみが連鎖を呼び、相手を殺し、殺され。そして憎しみだけがいつまでも続く。その輪の中に自分が入るなどとは、入るまで気付かない。誰しもその輪の中にいて、ふと気がつくものなのかもしれない。
 これほどの、黒い、感情。
(ルーファ様も、部下を殺したときにその輪の中にいることに気付いたのだろうか)
 冷静な思考力が戻ってきていることに気付く。だが、激情はまだ心の中にあって、弟を嘆く気持ちに満ちている。
(デメトリオを殺せば、その部下や家族がまた輪の中に入るのだろう。私もアーリグリフの兵を一人殺すたびに、何人もの人間を輪の中に引き込むのだろう。気付かない人間は幸せだ。だが、気付いてしまったものはもう、引き返すことができない)
 戦いから。相手を殺したいという欲求から。復讐したいという強い願いから。
「私は……っ!」
 そのとき。
 ふわり、と優しい手が彼の頭をなでた。
「……そんなに、一人で苦しまないでください、ブルー様」
 聞きなれた声。
 サラが、そこにいた。
「何故、ここに」
「失礼ですが、お話、聞かせていただきました。盗み聞きをするつもりはなかったんですけど」
 顔を上げて彼女を見ると、大変申し訳ないというような様子で彼を見つめていた。
「すまない。一瞬だが気が触れただけだ。もう問題は──」
「駄目です。ブルー様はまだいつものブルー様に戻られていません。そんなに険しい顔をされて。いつもの優しい、作り物の笑顔がありません。笑顔を作る余裕が今のブルー様にはありません」
 痛いところをついてきた。
 そうだ。確かに自分は見せ掛けの笑顔、作り物の笑顔を常に浮かべながら回りと接してきた。
「……知っていたのか」
「ずっとブルー様のことばかり見ていましたから。でも、サラは、そこまで努力されているところも含めて、ブルー様を愛しているんです」
 彼女はその小さい体で、大きなブルーを抱きしめる。
「サラはブルー様を守りたい。頼りにならないかもしれませんが、もっと頼ってください。せめて、本心を吐露できるくらいには。誰にも何も言えないのでは、いつかブルー様が追い詰められてしまうのではないかと、サラは心配です」
「変わった女だな、お前は」
「ブルー様には、かないません」
 この部下のことをそこまで好いていたのかといえば、そうでもない。
 自分の心の中には永遠の女性が住んでおり、そこに誰か別の女性が入り込むこともないだろう。
 だが、今は。今だけは。
「少しだけ、頼らせてくれ」
 彼もまた、彼女の胸の中で、泣いた。
 彼女の手が、弱々しい彼の背中を、優しくなでていた。





第二十五話

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