その、短時間の低空飛行を体感したクリフ・フィッター(37)の最初の一言は『死ぬかと思った』であったと、後の書に記されていたとかいないとか。
 そしてイザークについてはミラージュとメリルに任せ、クリフはもっと実質的な動きをとることにした。
 すなわち、フェイトとメルトを引き合わせること。それが最優先と判断したのだ。
「ところで、さっき、何か変わったことを言ってやがったな」
「なんのことでゴザル?」
 ミラージュがメリルとイザークを連れていく直前のこと。メルトが『光星の回りから小さな星が消えた』と確かに呟いた。
「何のことだか、説明はできねえか?」
「星が消えたというのは、誰かの命の灯火が消えたということでゴザル」
「おい」
 突然物騒な話題になったことに、クリフが声を低くする。
「それにより、光星殿の心は衝撃を受けているでゴザル。今は他に仲間がいるからなんとかなっているでゴザルが、誰かが支えてやらないと光に影が差すでゴザル」
「ちっ。いったい何があったっていうんだ。たかが一日二日で」
 街はどこか慌しさすら感じる。いよいよ戦争が始まるのだろう。だが、そんな中のんびりとあるくメノディクス族。はあ、とクリフはため息をつく。
(何があったか分からねえが、あんまり気負うんじゃねえぞ、フェイト)
 クリフものんびりと、その隣を歩いていった。






STAR OCEAN 3 IF
【シーハーツ戦役】


第二十五話:霞む雪中の細星






 そのクリフの疑問はあっさりと判明した。
 フェイトが教会にいる。その理由は『亡くなったエリスの本葬が行われているから』とのことだった。
 さすがにその事実を知ったクリフは頭を抱えたが、そうしていても仕方のないことだ。メルトを連れて教会まで向かう。
 教会に人はそれほど集まっていなかった。
 参拝の人間もまばらで、時折教会に足を向けては出ていく、そんな様子が見受けられた。
 フェイトはその教会の中で、椅子に座って、ずっと棺を見ていた。
 他に知っている者はいない。静粛な雰囲気の中、クリフは近づいてその隣に腰掛けた。
「……お前、戻ってたのか」
 フェイトが静かに呟く。
「ああ。悪かったな、こんな時に留守にしてよ」
「いや。僕がもう少しうまく立ち回っていればよかっただけだから」
 フェイトの目には決意のようなものが既にみなぎっている。そうか、とだけクリフは答えた。
「外、出ねえか」
 話をするような場所ではない、とクリフは考えた。フェイトも頷いて立ち上がる。
 別れはもう済んでいた。ただ、この場から立ち去ることで、もう二度とエリスには会えなくなる。その事実が彼をこの場に留まらせている一番の理由だった。
 気持ちを切り替える。フェイトは頭を振った。この件はもう終わったことだ。エリスのことは忘れないが、エリスのことを引きずってもいいことはない。これから始まる戦争に意識を傾けなければいけない。
「それで、何してたんだよ」
 教会の外は寒いので、そのまま歩きながらアーリグリフ城を目指そうとする──その彼の隣に一人のメノディクス族がいることにフェイトは気付いて立ち止まる。
「初めましてでゴザル、光星殿」
 メルトが深く礼をする。反射的に「はじめまして」とフェイトも答えた。
「我が名はメルト。光星殿に仲間を導くために参った者でゴザル」
「仲間?」
「そうでゴザル。この世界に迫る危機に立ち向かうのは光星殿、あなたでゴザル。そして九つの星が光星殿を守ってくれるでゴザル。この剛星もそのお一人」
「てなわけで、占星術みたいなもんらしいぜ。俺たちが世界を救うんだとよ」
 世界。要するにこのエリクールを救うということだろうか。だが、自分はこの世界でイーグルの修理が見込めるのならすぐにでも宇宙に戻っていくのだが。
「光星殿はまず仲間を集めることが優先でゴザル。このアーリグリフにも光星殿のお仲間は存在するでゴザル」
「仲間……って言ったって──」
 その時。
 アーリグリフ城の方向から、二人の男女が歩いてきた。もちろん、エリスの葬式に出向いたと考えるのが普通だろう。
 アルベル・ノックス。サイファ・ランベール。
 国の代表というわけでもないのだろうが、何の気まぐれかアルベル本人がわざわざこの教会まで出向くというのも不思議な感じがした。
「ふん。こんなところにいやがったか」
 アルベルは自分を見て機嫌が悪そうに言う。
「何をしていたってかまわないんだろ?」
「ああ。戦争が始まるまでは好きにするがいい」
 フン、とアルベルはそのまま教会の中に入っていく。サイファも頭を下げてからその後に続いた。
「アルベルが弔問か。珍しいことするもんだな」
 クリフの言葉に、メルトが続けた。
「あの方でゴザル」
 メルトの視線は、教会の中に消えた二人の男女を見ていた。
「なに?」
「今の男の方が我星。光星殿から離れていった星。そして代わりに生まれた細星。それが隣にいた女の方でゴザル」
「サイファが、細星だっていうのか!?」
 クリフが驚いてその消えた二人を見つめる。
「あの、話が見えないんだけど」
「後で説明する。メルト、間違いないんだろうな」
「間違いないでゴザル」
 二人から完全に無視されたフェイトは心の中で血の涙を流す。
「だがなあ……ありゃ難しいぞ。サイファはアルベルべったりだからな。仲間になるのはちと難しい」
「でゴザろうな。細星も我星と同様に光星から離れようとしているでゴザル。何か別の事件がおきないかぎり、光星殿に協力はしないでゴザろう」
「しかし、なんだってサイファが細星なんだ?」
「細剣を帯刀していたからでゴザろう。その武器こそが細星たらしめる由縁」
「なるほどな。その人物を現すものはさまざまってことか」
「そういうことでゴザル」
 しばらくして、二人が教会から出てくる。その二人の前にクリフが立ちふさがる。
「まだいたのか」
「ああ。ちょっと用事があってな」
「なんだ。俺は今、虫の居所が悪い。決闘なら──」
「おっとわりぃ。用事があるのはお前じゃねえんだ。そっちの別嬪さんさ」
「私、ですか」
 サイファが顔をしかめる。いったい自分に何の用だ、とその顔が言っていた。
 その彼女の前にメルトが近づく。
「初めましてでゴザル、細星殿。我が名はメルト。星読みでゴザル」
「さい……せい?」
 サイファが顔をしかめてクリフの方を見てくる。クリフは肩をすくめた。
「光星殿をどうかよろしくお願いするでゴザル」
「何のことか分かりませんが、私にできることでしたら」
「ありがとうでゴザル」
 ともかく、その奇妙な出会いは終わった。
 サイファは何となく腑に落ちない様子だったが、アルベルと一緒にそのまま立ち去っていく。
「いいのか、今ので」
「今の段階でこれ以上は無用でゴザル。それより、ここは寒い。早く温かいところへ連れていってほしいでゴザル」
「同感だ。フェイト、いったんイーグルへ行くぜ」
「イーグルに?」
「ああ。ミラージュも戻ってきてるし、もう一人会わせたい奴がいるからな」






 そうしてフェイトは二人に連れられてイーグルへ戻ってくる。軍がその周りを立ち入り禁止にしているが、もちろん所持者であるフェイトたちは顔パス状態だ。
 先にイーグル内部に入っていたミラージュが中で出迎える。さらにあと二人、その中に人影がある。
 一つは金髪の可愛らしい女性。だが、どこか芯の強さを感じさせる。もう一つの影にあれこれと触っている。
 そのもう一つの影は機械だった。立ったままじっとこちらを見ている。いや、視覚があるのかどうかも分からないので本当に見ているのかは分からないが。
「お帰りなさい、クリフ」
「ああ、待たせたな。んで、どうだこっちの様子は」
「ええ。これで起動OKなはずよ」
 金髪の女性──メリルが言って頷く。
「あ、こっちが噂の『光星』さん?」
 ああ、とクリフが頷くとメリルが深く頭を下げる。
「はじめまして。私はこのイザークの整備担当、メリルよ。あなたのことはクリフさんやミラージュさんからいろいろと聞いてるわ」
「はじめまして。僕はフェイト・ラインゴッド」
「ええ。それで、この子については何か聞いてる?」
 ぽん、とメリルがイザークの肩を叩く。いえ、とフェイトは首を振る。
「実はこの子、大昔にグリーテンの方から連れてこられた機械兵士でね。一応、フェイトさんに忠実な部下になるようにプログラムを組んであるから」
「え、ええっ!?」
「まだ何も話してないの?」
 メリルが尋ねると、クリフがまた「ああ」と答える。
「遅いわねえ。こういうのはスピード一番じゃない」
「とはいってもな。俺たちも状況が完全に分かってるわけじゃねえ。それに、目下俺たちの当面の目的は、この戦争をどうするか、だからな」
 何が何やら、話においていかれているフェイトにはさっぱりだったが、戦争状態になっているものを解決したいというのは同感だった。
「話が全然見えないんだけど」
「ま、そうだろうな。ちょっと説明するから、心して聞けや。ま、俺も詳しいことが分かってるわけじゃないけどな」
 そうしてクリフの説明が始まった。
 世界の危機に対し、光星と、それを補佐する九つの星が存在する。光星がフェイト。そして、その補佐をする剛星がクリフ、柔星がミラージュ。そして細星がサイファで、機星がこの機械兵士、イザークだというのだ。
「世界の危機っていうのは、この戦争のことなのか?」
「さあな。今それを考えても仕方がない。それよりもせっかく『世界の危機を救う勇者』とやらになったんだから、その九つの星とやらを見つければいいだろ。あとはこの戦争をどうするか、だな」
「うん」
 話もまとまったところで、いよいよイザークを本起動させることとなった。
「さ、それじゃいい? フェイトさんはイザークの前に立って。他の人たちは後ろに。じゃ、起動するわよ」
 キュイィィィィン、とディスクが作動する音と共に、イザークの目に赤い光が灯った。
「ハジメマシテ。ふぇいと・らいんごっどサマデイラッシャイマスカ」
「うん」
「ニンシキカンリョウ。ワタシハ、いざーく、トモウシマス。ヨロシクオネガイシマス」
「ああ。よろしく、イザーク」
「アリガトウゴザイマス。ハジメマシテ、めりる。アナタガワタシノセイビタントウデスネ」
「あ、分かるんだ。そうだよ。私がメリル。よろしくね、イザーク」
「ヨロシクオネガイシマス。ワタシハヒトリデハコウドウデキマセン。アナタノさぽーとガヒツヨウデス」
「分かってるわよ。だから危険を覚悟でついてきてるんだから。それに、あなたと一緒にいる方が楽しそうだしね」
「カンシャシマス。オサンカタ、オナマエヲオシエテイタダケマスカ」
「お三方ってなあ」
 クリフが苦笑した。
「俺はクリフ。クリフ・フィッター。フェイトの保護者みたいなもんだ」
「くりふサマ。ニンシキカンリョウ」
「私は、ミラージュ・コーストといいます」
「みらーじゅサマ。ニンシキカンリョウ」
「我輩はメルトでゴザル」
「めるとサマ。ニンシキカンリョウ。ドウゾヨロシクオネガイシマス」
 仲間たちを最優先で認識したイザークに対し、逆にメリルから質問を行った。イザークの現状でのスペックの確認だ。
「ゲンジョウ、カリョクヘイキニツイテハ、サイダイ1.6ぎがじゅーる、ノシュツリョクガカノウデス」
「一.六GJ!?」
 その数値にフェイトが驚愕する。クリフが頭を振って尋ねた。
「なんだその値。デカいのか」
「半端じゃないよ。雷のエネルギーより大きい。当然雷と違って、それを敵に対して放つわけだから、人間なんて何十人単位で即死だよ」
「げ。そりゃまたえらい兵器を積んでるな」
「モウシワケアリマセン」
「いや、責めてるわけじゃねえよ。それにこの際、そうした力はこっちにも必要だ。向こうにはサンダーアローなんていう武器もあるわけだしな。ちなみにフェイト。サンダーアローはどれくらいの威力になるんだ?」
「きちんと完成すれば、イザークの百倍くらいかな」
「……聞いた俺が悪かった」
 自分ではついていけない科学の領域に、クリフはおとなしく白旗を上げた。
「考えてみれば、イザークに使われている技術ですら、この星では過ぎた力だよ。それなのにどうしてサンダーアローなんていう兵器が開発されているんだろう」
 二足歩行をするロボットなど、地球ですら宇宙暦に入る直前くらいで稼動が可能になった程度だ。この星の文明は、一部分だけ科学力が突出している。
「開発者に直接聞くのが一番だろうけどな」
「そうだね。とするとシーハーツか。さすがに行くのは難しいなあ」
 とはいえ、自分の目的はあくまで戦争で被害を出さないことであって、謎解きをしたいわけではない。
「アーリグリフとシーハーツが戦争になったら、間違いなくアーリグリフが優勢になる。サンダーアローという抑止力をもって、うまく終戦に導けるといいけど」
 その中で自分の役割は何だろうか。
 そう考えるようになったフェイトは、ようやくエリスの死という現実から前へ向かって進みはじめていた。





第二十六話

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