陣営は整った。いつでも迎撃できる準備はある。
 だが、要となるサンダーアローの到着より早く戦端は開かれるだろう。こちらの作戦は既に決まっている。
 もし持ちこたえられないのなら、アリアスは放棄。シーハーツ領内に敵をおびき寄せて、叩く。
 それがうまくいくかどうかは、指揮官がどれだけ意識統一がされているかが重要だ。
 そしてもっともその情報が分かっていなければならないのはクレアと、もう一人のクリムゾンブレイド。
 ネル・ゼルファー。
 彼女は戻ってきて一日してもまだ、治療を受け続けていた。
「大丈夫なの、ネル」
 一段落ついたクレアが見舞いに行くと、彼女はベッドの上でぼんやりと窓の外を見つめながら「ああ」と答えた。どことなくよそよそしい。こちらを向かない。目を合わせようとしない。
「ねえ、クレア」
「なに?」
「一つ、聞きたいんだけどさ」
 ネルはクレアの方を見ないようにしながら言った。
「アンタ、フェイト・ラインゴッドと取り引きしたっていうのは本当なのかい?」
 ──先に、言われてしまった。






STAR OCEAN 3 IF
【シーハーツ戦役】


第二十六話:別つ王国の双璧






 クレアはどうやって話を切り出すか迷っていたのだが、こうなればもう押し切る他はない。ネルが分かってくれなければ話を進めることなどできないのだ。
「ええ。アーリグリフへの食料供給のかわりに銅を譲ってもらったわ」
「何故! あいつは、敵なのに!」
 ネルが仇を見るかのようにして振り向く。
「敵じゃないわ。グリーテンの技術者なら、アーリグリフに協力する必要はないもの。フェイトさんはシーハーツとアーリグリフの戦争を止めたいと真剣に願っているのよ」
「冗談じゃない」
 ネルは首を振る。
「言っておくよ、クレア。私は絶対にフェイトの首を取る。それにあの男だって、私のことはもう敵としか思っていないだろうしね」
「何があったの?」
「暗殺に失敗して、フェリオを失った。私のミスだ。あの男は必ず殺す」
「待って、ネル。あなたらしくない、そんな感情的になって」
「私が感情的だっていうんなら、アンタはなんだっていうんだい? あの男から銅を譲られただって? どうしてあんな奴に借りなんか!」
「戦争を止めたいからよ。あなたは違うというの、ネル」
 一瞬、ネルは詰まる。確かに戦争を防ぐことができるのなら一番だというのは分かる。だがこの段階まできて、これ以上戦争をしない方向で動くことができるだろうか。
 アリアスに一度攻め込まれたとき、アリアスの領民の多くが亡くなった。もちろん兵士たちもなくなっている。ネルもクレアも、たくさんの部下や仲間を失った。
 それをなかったことにするというのは、難しい話だ。
「どうやって戦争を止めるんだい?」
「ブルーがウォルター老と密約を交わしてきているわ。ヴォックスを倒せば戦争論者は勢いを失う。そこで講和に持ち込む」
「そんな簡単に倒せると思っているのかい?」
「ええ。前線に出てくれば、必ず──」
「違うよ。ヴォックスの前に倒さなければいけない相手がいるってことさ」
「誰?」
「決まってる。フェイト・ラインゴッドさ」
「ネル、だからどうして」
 話がかみあわない。どうしてそんなにもフェイトにこだわるのかが分からない。
「無駄な殺しをさせないっていうのがあの男の信条なんだろう? だったら私たちがやろうとしていることを止めに来るはずだ」
「やろうとしていること?」
「クレア。アンタ、何のためにベクレルまで行ったんだい。サンダーアローで敵を薙ぎ払う。そうすればこちらの思うままじゃないか」
「違うわ、ネル。サンダーアローの威力は強力すぎる。何百、何千人という兵士を一瞬で殺すことができる恐ろしい兵器よ。私はあれを威嚇以外の使い方をさせるつもりはないわ」
「なんだって?」
 ネルの顔が険しくなる。
「威嚇にしか使わない?」
「ええ。敵を倒して生まれるのは憎悪だけ。その連鎖をどこかで断たなければならないわ。戦争を防ぐのなら、こちらがいつでも敵を滅ぼせるのだという力を見せればいい」
「分かってないね、クレア。そんなことで『シーハーツ』が納得すると思うのかい?」
「え?」
「この戦争で既に家族を失った奴は多い。その人たちに『戦争を終わらせるためだから復讐するのは諦めてくれ』って言うわけだろ? 兵士も国民も納得いくはずがない」
「だから、それを断ち切るのよ」
「なんで私たちばかりが被害にあわないといけないんだ。私は、フェリオの仇を討つ。そうしないと納得がいかない」
「いい加減にしなさい、ネル」
 クレアが厳しい表情で言う。
「指揮官が感情に任せて発言をしていいと思っているの」
「じゃあ聞くけど、アンタはどうなのさ」
「私?」
「フェイトにこだわる理由があるのかい? たかが口約束、反故にして何か問題があるのかい?」
「信頼の問題よ。分かるでしょう? アーリグリフが食糧不足を解決するために戦争を選んだ。その方法はもちろん間違っているし、それなりの代償を必要としてもらわないといけないわ。でも、戦争で相手を倒したとして、その領民たちはどうなるの? 隣の国の人々を餓死するのをただ黙って見ているだけなの?」
「自分の国の民を無視して他の国の民を助けるっていうのかい」
「持つ者は持たぬ者を助けるものでしょう?」
「違うね。アーリグリフ国民はシーハーツを憎んでいる。まあ、そう教育されているから仕方のないことだろうけど、でも自分たちを憎んでいる相手をどうして助けないといけないのさ」
「それが人の道だからよ」
「だから殺されても文句を言うなって?」
 ネルの怒りは頂点に達した。
「ふざけるんじゃないよ! アンタ、いつからアーリグリフの回し者になったんだい!?」
 その言葉にはクレアも心外だった。
「ふざけているのはあなたの方よ、ネル。私はこれ以上一人もこの戦争での犠牲者を出したくないだけ。どうしてそれが分かってくれないの?」
「簡単なことさ。ヴォックスもアルベルもウォルターも、そしてフェイトも全員倒してしまって、アーリグリフを滅ぼせばいい! そうすればこれ以上犠牲者なんて出ようはずもないだろ!」
「それはアーリグリフの理論よ。アペリスの教えとは異なるわ」
「先にアペリスに言いがかりをつけて戦争をしかけてきたのはアーリグリフの方だろう! それともアンタ、フェイトにたぶらかされでもしたっていうのかい!?」
 すると、クレアの顔から表情が消えた。
「……本気で言っているの、ネル」
 声が小さい。本気で怒っている。ネルにもそれが分かった。言い過ぎたと思うが、それを撤回する気には何故かなれなかった。
「分かりました。これ以上、こちらの作戦行動に支障を来たすというのでしたら、あなたにこの戦争に参加してもらっては困ります」
「クレア!」
「ネル。あなたには後詰と補給の担当になってもらいます。もちろん補給も大切な任務です。今は【風】がその任に当たっていますが、ブルー、サラ、クレセントといった上級士官が全員アリアスに集まっているため、指揮官として適任者がいないところでした。こちらを指揮しなさい」
「待ちなよ、クレア。アンタにそんなことを──」
「この戦争に関する全権は私、クレア・ラーズバードが女王陛下からいただいています。何か文句がありますか。ネル・ゼルファー」
 二人の間に、決定的な亀裂が生まれた。
 ただ一言、どちらかがこの場で相手の言うことを少しでも認めれば修復ができるはずだった。だが、クレアもネルも、どちらも引くことができなかった。
「分かりました。クレア・ラーズバード様。あなたの指示に従いましょう」
 ネルは痛みを堪えてベッドから起き上がる。
「ネル!」
「触るな」
 差し出されたクレアの手をネルが払いのける。
「……見損なったよ、クレア」
 そしてネルはアリアスから出ていった。
 今までどんなときでも二人は親友でいられた。
 だが、これから先も親友でいられるのだろうか?
(戦争が終わらないと、仲直りは難しいわね)
 全てが終わって、自分のやったことが間違っていないと分かればネルも許してくれるだろう。
(とにかく今は、作戦を実行することを考えましょう)
 ネルのことは後でもいい。今は迫るアーリグリフ軍からどう国を守るかを考える時だ。
 医務室から会議室に戻ったクレアを出迎えたのは【光】の二級構成員、ミリィ・シャオロンだった。
「クレア様。アリアス領民の避難、完了しました」
「ありがとう。アーリグリフの動きは?」
「アーリグリフ三軍が到着するまで、あと二日」
「二日。サンダーアローが到着するのは」
「早くてあと五日です」
「……間に合わないわね」
 やはりシーハーツ領内におびきよせるしか手はない。どの部隊がどの場所に布陣するかはもう考えてあるし、そのための準備も既に完了している。
 だが、サンダーアローの到着までに少しでも時間を稼ぎたい。一日か二日か。敵にもサンダーアローの情報は届いているはずだ。進軍は時間をおかずにやってくるはずだ。
(ペターニまで来させるわけにはいかないわね。その前に決着をつけないと)
 会戦で勝負をつける。アリアスでは駄目だ。守りにくさだけが目立つ村ではどうにもならない。
 ただ、サンダーアローを威嚇に使うとしても、問題が一つだけある。
(【疾風】だけは……倒さないといけないわね)
 アーリグリフ三軍の【疾風】。総勢二千名のうち、約百名がドラゴンナイトだ。その機動力、破壊力は他の軍の追随を許さない。
 エアードラゴン部隊を一箇所に集めて、サンダーアローで薙ぎ払う。死者は出るが、そうしなければシーハーツは滅ぶ。集める方法はミスティ・リーアが持っている。できるだけ戦場と関係ない場所に集めてサンダーアローを放つ。
 威嚇のためにしか使わないと言いつつも、現実問題としてこれは必要不可欠な行為だ。
(すみません、フェイトさん)
 サンダーアローを殺戮のための兵器にはしたくない。だがそれも、サンダーアローがシーハーツにあってこそだ。エアードラゴンを残したままではいつ強襲されるか分からない。
 そう考えていたとき、会議室の扉が乱暴に開かれる。
 入ってきたのは三級構成員、ラオ・プローンであった。
「何か用ですか、ラオ」
「なあに、お前さんの様子を見にな。クレア」
「私の?」
「ああ。親友と喧嘩別れして落ち込んでないかってな」
「立ち聞きですか。マナーがなっていませんね」
「廊下に響く声で怒鳴りあってたお前らの方が問題だと思うがな。で、はっきり言っとくとな」
 ラオはクレアの前の机を右手で叩く。
「俺はネルの意見に賛成だ。フェイト・ラインゴッドが目の前に立ちふさがったとき、俺は容赦なくあいつを倒すぜ」
「それは」
「敵としてそこにいる以上、倒さないわけにはいかないだろ? まさかお前、フェイトの方から攻撃をしてきても倒すなっていうわけじゃねえだろうな」
「それはもちろん」
「だったら後は俺に任せてもらうぜ。戦場で会ったときには容赦しねえ」
「ですが、余計な殺戮は不要です」
「分かってる分かってる。お前さんに迷惑はかけねえよ。ネルみたいに後方勤務にされたら、ヴォックスを倒す奴もいなくなる。俺とお前は一蓮托生ってわけだ」
「お父様が名うての戦士を集めてくれています。あなたでなくてもかまわないのですよ、ラオ」
「試してみるかい?」
 にやりとラオが笑う。それはもちろん、自分は誰にも負けないという自信の裏返しだ。
「というわけだ。頼むぜ、クレア」
 ぽん、とラオはクレアの肩を叩いて部屋を出ていく。クレアは表情こそ変えなかったものの、心中は腹立たしさで満ちていた。
「よろしいのですか、クレア様」
 ミリィが控えめに尋ねる。
「何が?」
「ラオのあの言動、許せる範囲を超えています」
「そうね。でも、ヴォックスを倒すのに必要な駒であるのは間違いない。あなたもそう思うでしょう?」
「はい」
「ヴォックスを倒すまででかまわない。ウォルターやアルベルなら、戦うにせよ講和するにせよ、まだやりようがある。でも、ヴォックスと戦うことができるのは……」
 ラオしかいない。
 その事実が無性に寂しさをかきたたせる。
 ネルと離れ、自分が最高責任者となり、ラオのような者を使わなければならない。
 孤独。
(誰も私の寂しさを分かってくれる人はいないわね)
 苦笑した。
 そしてふと、あの蒼い髪の青年を思い浮かべた。
(どうして、私は……)
 ネルに指摘されて気付いた事実。
 自分は、あの青年に魅かれている。
 たった二回しか会っていないのに。だが、敵も味方もなく、ただそこにある命を救うために全力を尽くした彼の姿に、自分の理想が重なる。
 彼に比べれば、自分の手のなんと汚れていることか。
(大丈夫。私は彼にふさわしい女性なんかじゃないから)
 だから、判断を誤ることはない。そんな期待はしていないから。
「クレア様?」
 思わず思考の海に入り込んでしまっていた。クレアはもう一度苦笑して答えた。
「何でもないわ。それじゃあ、師団長を全員呼んでちょうだい」





第二十七話

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