戦端が開かれる。
アーリグリフ側兵力、【疾風】二千、【風雷】一万、【漆黒】三千、合計一万五千。指揮官はヴォックス公爵。
シーハーツ側兵力、【光】四千、【炎】五千、【土】五千。合計一万四千。指揮官はクレア・ラーズバード。
シーハーツ戦役の始まり。それがこの『アリアス占領戦』である。
シーハーツ側は最初から村に篭もり、城壁を盾に戦う。
だがそれをあざ笑うかのように【疾風】のエアードラゴン部隊が飛び越えていく。
戦いは序盤戦から、一方的なものとなった。
STAR OCEAN 3 IF
【シーハーツ戦役】
第二十七話:閃く開戦の鏑矢
「弓兵、撃てっ!」
【炎】のルージュが号令をかけ、空に矢が放たれる。だが高度を高く取ったエアードラゴンたちはそれらを回避して矢が放たれなくなったころを目掛けて急降下してくる。
アリアスのど真ん中に五、六騎を一組として次々に降り立つ。同時に漆黒の重装歩兵が城門に群がる。
「まさか、防衛戦で挟み撃ちにされるとは思いませんでした」
クレアはため息をつく。だが、まだ戦いは終わっていない。というより始まったばかりだ。
「エアードラゴン部隊は数が少ない! 確実に一人ずつ仕留めなさい! 敵はたかだか百! こちらはその百倍以上もいるのですから!」
ドラゴンの大きさに惑わされて混乱してはいけない。とにかく秩序を保って一人ずつ確実に倒すことだけだ。
(ここでエアードラゴン部隊を倒すことができれば)
多少の兵力の犠牲はあっても【疾風】のエアードラゴンさえいなければ互角以上に戦えるのだ。ここが正念場だ。
「壁を守るもの以外で戦える者は全てエアードラゴン部隊にまわしなさい」
「了解しました」
ヴァンとミリィがただちに伝令を送る。
「放て!」
施術部隊を率いるブルーの号令で、氷の魔法が一斉にエアードラゴンに飛ぶ。それも一騎を集中的に狙っていた。確実に数を減らす。その戦法は決して間違っていない。
「突撃!」
そして一斉にエアードラゴン部隊に群がる。その先頭を行くのはルージュとノワールだ。ファリンやクレセントらもそれに続く。
「もらいました♪」
次の手柄を取ったのはクレセントだ。その小柄な体格とスピードを活かし、地上に下りたドラゴンによじのぼり、上にいた【疾風】騎士をダガーで倒す。騎士もまさかドラゴンの上で格闘戦になるとは思っていなかったのだろう、あっけなく絶命した。
「やったな、クレセント」
それを見ていたブルーが微笑む。だが、その次の瞬間ドラゴンが暴れだし、クレセントは地上に振り落とされた。
そのクレセントに、別の【疾風】が襲い掛かる。一度空に舞い上がったエアードラゴンが仲間の仇を討とうとクレセントを踏み潰しにきたのだ。
逃げられない。そう悟ったクレセントが思わず目を伏せた。
瞬間、領主屋敷の上から一陣の風が閃く。
放たれた矢は、エアードラゴンの右目を確実に射抜いた。
こんなことができるのは無論『現代のライゼール』。
「ルーファ様」
クレセントも無論、その人物のことは知っている。だが領主屋敷の上にいたルーファは既に別の矢を番えて放っていた。その先でまた、エアードラゴンの右目が射抜かれる。
標的を絶対にはずすことはないと言われた彼の腕前は、二年前と少しも変わりはない。いや、それ以上に鋭さと確実さを増している。
乱戦となったアリアスだが、その戦いに積極的に参加していない一部隊があった。
アルベル率いる【漆黒】の親衛隊と、【黒龍】ロッド率いる【漆黒】第五中隊【皇龍】である。
「いかがですか、アルベル様」
初老のロッドは厳しい表情で尋ねる。
「ま、あんなもんだろ。この戦いに参加したところで面白いことは何もねえ。危ないところは全部シェルビーにやらせろ。【皇龍】と【親衛隊】には一人も犠牲者を出させるな」
「了解しました。門が開くまであといくばくかというところでしょう。敵が撤退したころを見計らって入りましょう」
「それでいい」
リオンとサイファを後ろに従え、アルベルとロッドが話しこむ。
「カルラ」
そして傍に控えていた伝令に声をかけた。
【漆黒】の伝令部隊【飛燕】第一四八小隊のカルラ。隊長のクレイオと完全な意思統一が図られている人物である。
「クレイオに伝えろ。シェルビーの始末はこの次の戦いにしろ、と」
「はい」
「敵はもう少しすれば引くといったお前の意見が正しい。敵の反撃をシェルビーに受け持たせろとな」
「分かりました」
カルラはすぐに出発する。それを見とどけたフェイトがアルベルに近づいた。
「アルベル」
「どうした」
「僕はできれば、あの中に行きたい」
フェイトの言葉にアルベルは即断しなかった。
「何が目的だ」
「このままだと虐殺になりかねない。助けられる命は助けたい」
「【疾風】の連中が殺戮している場面で止めようとしたら、お前まで殺されるぞ。なあ、リオン」
「耳が痛いですが、その通りでしょうね」
【疾風】から転向したリオンは肩を竦めた。
「それでも僕は、助けられる命を見殺しにはしたくない」
「自己満足に終わるぞ」
「かまわない。真実を見ることも必要だと思うから」
それを聞いたアルベルはリジュンを呼び出した。
「お前がこいつに同行しろ。基本的にこいつの考えを認めてやれ」
「分かりました」
「ありがとう、アルベル」
「どうせこの戦いじゃ何も変わらねえだろ」
アルベルは最初からこのアリアス占領戦の意味はないものと判断していた。それはクレイオの事前の調査によって、シーハーツが頃合を見て引き上げることを予測していたからである。
「行ってくる」
フェイトはクリフとリジュンを伴って戦場に出た。
それはちょうど、アリアスの村の門が開け放たれ、シェルビー率いる【漆黒】が村に突入したところだった。
【漆黒】が入ってきたことによって、村の中での戦いは完全にアーリグリフへと流れが傾く。
【疾風】との挟撃にあった形となったシーハーツ軍は総崩れ。合図の角笛と同時に、クレアから事前の指示が出ていた通りに撤退を始める。
だが逃げ遅れたりした者もいる。そうした者は【疾風】や【漆黒】の餌食となる。
隠密部隊に属する【水】の二級構成員、ルパート・グルスはそうした逃げ遅れたりした構成員がいないかどうかを探すのが役割だった。そして何人かの三級以下構成員を見つけてはアリアスから逃がした。
だが、自分の撤退時期は見誤った。気付けば自分は一人の【疾風】と三人の【漆黒】に囲まれていた。
(やっちまったなあ)
まだ戦場では戦っている様子が途絶えてはいない。あちこちでシーハーツの生き残りとアーリグリフ軍とが戦っている。脱出が遅れたというつもりはなかったが、一人でも多くの仲間を助けようとしたのが逆にわざわいした。
「一人で動くなんて、随分と余裕があるなあ、アンタ」
エアードラゴンの上から声をかけたのは【疾風】の中でもヴォックスの覚えがめでたいラルフ・クレイン。エアードラゴン部隊の小隊長をしている。【疾風】の小隊長となると、シーハーツに置き換えれば二級構成員といっても差し支えない。
「なあ、ヴォルフの旦那! アンタからも何か言ってやんな!」
ラルフは【漆黒】に向かって言う。
「……」
【玄武】連隊長のヴォルフ・ストレイド。通称【沈黙のヴォルフ】の名はシーハーツでも聞こえている。こちらもシーハーツならば二級構成員クラスの人物だ。
(【疾風】のラルフに【漆黒】のヴォルフか。さすがにこのクラスで二人も出てこられると、逃げるに逃げられねえなあ)
拷問されるのは嫌だ。ならばこの場で死んだ方がきっと楽になれるだろう。
『軍人にとって一番大切なものは、軍人魂、なのです』
その時、王都シランドで受けた戦争学の講義を思い出した。
軍人魂。恐怖を超えて上官の指示通りに動けるかどうか。その恐怖に耐える心。それが戦争の勝敗を決する。
(今、俺がしないといけないことは何だ?)
生きてこの場所を出ることか?
それとも他に何かすることがあるのか?
『いかに早く正確に判断するか、そして行動するかが将としての器を決めます』
こういう事態に陥ったとき、クレアならば、ブラウンならば、どのように自分に指示をくだすだろうか。
(時間稼ぎ、か)
どうせ死ぬ命ならば仲間が撤退する時間を稼げ。そんな非情な命令が出てもやむなしだろう、と判断する。そして指揮官としての任が与えられる自分にはそれを忠実に実行する責務が存在する。
【疾風】と【漆黒】の隊長を一人ずつ押さえ込むのだ。彼らを一分、一秒でも長くこの場にいさせるだけで、何人、何十人、何百人の仲間の命が救われるだろうか。
(ま、信じないとやってられないしなあ)
だとしたら無様でもかまわない。少しでも逃げ回って時間を稼がなければならない。
「アイスニードル!」
ならば氷結の可能性があるこの技に限る。敵の動きがほんの数分でもとめられれば、その分だけ味方が逃げられる可能性が高くなるということだ。
「あまいぜ!」
ラルフが突進してその攻撃を振り払う。そのまま高く振り上げた槍を突き刺す。
だが、ルパートも軍人。ただ攻撃を受けてやられるわけにはいかない。
敵の槍を受けながら、自分も剣を繰り出す。
敵の槍が自分の胸を貫くのを感じながら、自分の持つ剣が敵の体に深く沈むのがわかった。
(敵将、といっても部隊長どまりか)
そのまま、ルパートは力を失って大地に落ちる。
(まあ、自分と同じ程度の相手なら、決して自分が劣っていたわけでもないだろう)
ルパートは自分の意識が薄れていくのがわかった。これで自分は命を落とすが、悪くない生き方だった。自分の命で少しでも仲間の命が助かり、さらには自分の国が救われるのならば、自分の人生には十分に価値があったということだろう。
大地に二人の体が落ちる。すでに絶命したラルフの体。そしてもう一つはルパートの体。
それを見ていた漆黒の隊長【沈黙のヴォルフ】が近づく。
そして、虫の息だったルパートの体を剣で貫く。
すでに言葉を発することができなくなったルパートに目もくれず、ヴォルフは剣でさらに町から逃げ出そうとしているシーハーツ国民を指す。
そのシーハーツ国民めがけて、漆黒の兵士たちが次々に襲いかかっていった。
(ひどい)
フェイトはその虐殺の様子を見て歯ぎしりしていた。
これは戦いではない。何の力もない民間人をただ虐殺しているだけだ。
かつてハイダでバンデーンが爆撃をしたときと同じように、アーリグリフはただシーハーツの国民を虐殺していく。
「虐殺を止める」
「無理です。そんなことをしたら、フェイトさんが裏切り者として狙われますよ」
「それでも止めるんだ!」
フェイトは走り出す。やれやれ、とクリフがぼやく。ふう、とリジュンがため息をついてそれに続く。
そして彼らが走り出していった先に、一人の疾風と、一人の民間人の少女がいた。
まだ幼い、ほんの四、五歳程度の少女。
疾風は容赦なく、その女の子に向かって、竜の上から槍を振り上げていた──
「やめろっ!」
フェイトは思わず自分の剣をその疾風に向かって投げつけていた。竜が驚いて翼をはためかせ、その剣を払う。
「何者!?」
「それ以上の凶行はさせないぞ、疾風!」
「貴様、漆黒か。なぜ邪魔をする!」
「その子は民間人だろう! そんなに幼い子をどうして殺すんだ!」
「シーハーツ国民は皆殺しだ! その程度のこと、誰もがわかっていることだろう!」
「わかってないのはお前の方だ! これは戦いでも何でもない、ただの虐殺だ!」
フェイトと疾風が言い争っている間にクリフが女の子をかばい、フェイトのもとにリジュンが剣を届けに来る。
「フェイトさん、気をつけてください。あいつは疾風の副団長、デメトリオです」
名前は既に何度も聞いている。ヴォックスの腹心で、必ず自分たちの前に立ちはだかる人間の一人になるだろうと言われた相手だ。
「なるほど、この俺を止めるとは、漆黒は敵に寝返るということだな!」
「勝手なことを。貴様の行動は軍法会議で軍籍剥奪は当然、終身刑は免れないものと考えろ!」
「ふざけたことを! 敵国民をいくら殺したところで問題など起ころうはずもない!」
「貴様みたいなのがたくさんいるから」
フェイトはさらに強く歯を食いしばる。
「戦争なんてものがなくならないんだ!」
そして。
フェイトとデメトリオの戦いが幕を開ける。
第二十八話
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