STAR OCEAN 3

Marry For Love


第1話:「そら」






「……やぶからぼうに、なんだい」
 封魔師団『闇』の団長であり、軍の最高責任者でもあるクリムゾンブレイドの片翼たるネル・ゼルファーは、ことに最近忙しかった。北に困ったお祖父さんが居れば行って助け、南にモンスターが現れたら行って退治し、東に不穏な動きがあれば行ってそれを止め、西に幸せな人々がいれば行って祝福をする。少しはその幸せを分けておくれよと思わなくもないが、それが仕事だから仕方が無い。
 で、次の日に久々の休日を前にしてシランド城の自室で一息ついていたとき、それを待っていたかのように襲い掛かってきたのが、この国で街医者なんかを始めてしまったソフィア・エスティードだった。
「だって、最近ずっと、変なんですよ!?」
 両手を握り締めながら主張してくるその格好は、同じ女の目から見ても可愛くはあるが、せめてもう少し時間を選んでほしかった。
 だいたい、ソフィアも人が悪い。
 ソフィアも自分も同じ相手を心の中に想っている。そのことはあの戦いの時から話し合っていたことだった。
 だが、その想い人は心の内を明かさず、誰とでも分け隔てなく付き合い、意中の人間を明かそうとしない。ソフィアとも仲がよければ自分とも仲がいい。下手するとクレアやルージュなんかとも仲がいいから、本当に誰を本命にしているのかが分からない。
 その彼の本命を気にしていないわけではないが、今みたいに月に何度か一緒に食事ができるだけでもネルにとっては心安らいでいたのに。
「変なのは分かったよ。それに、アンタの言う通りだったとして、私にはどうすることもできないね」
「ネルさんだってフェイトのこと好きなんでしょう!? そんなことでいいんですか!?」
「自分が報われないからって、他人を巻き込まないでおくれよ」
 ため息をついて菓子をむさぼるソフィアに紅茶を出す。何故にここまでしなければいけないのかも理解できなかった。
 そう。
 彼女は入ってくるなり、突然、思いもよらなかったことをいい始めたのだ。

『ネルさん! フェイトは絶対、マリアさんのことが好きだと思うんです!』

 あのルシファーとの戦いが終わってからもう半年。そろそろ夏も迎えようとしていた。
 フェイト、マリア、ソフィアの三人は銀河連邦から目をくらますためにエリクール二号星に滞在していた。その痕跡を消す作業はクリフをはじめとする元クォークメンバーが行ってくれているらしい。
 もともとアーリグリフとの戦争や『星の船』との戦い、そして『卑汚の風』事件などの解決に尽力してくれた彼らだ。シーハーツとして滞在したいという申し出を断ることなどない。それどころか優秀な人材はいつまででも国にいてほしいくらいだ。
 ソフィアはヒーリングやフェアリーライトなどの高位施術を使うことができる。軍に迎え入れたかったのだが、街で医者をやらせてほしいということで、その資格を出した。今ではちょっとした街の人気者だ。
 マリアは特別職についているというわけではないが、ちょくちょくサンマイトやアーリグリフに行っては情報を横流ししてくれる。諜報員兼、重要時における外交官でもあった。堂々としているし弁も立つ。ラッセル執政官をして『是非欲しい人材』と言うだけの活躍を見せていた。
 そして彼──フェイト・ラインゴッドはどうしているかといえば、ペターニに家を一件借り、クリエイター・ギルドと協力して流通企業を作り、その社長に収まっていた。
 ルシファー戦のときに協力してもらったクリエイターの中から特にめぼしい人材を正社員にし、クリエイターのままでいたいという人材には契約社員として、売り上げが上がるたびに給与を出している。
 しかも彼は金儲け主義に走るのではなく、流通・経済という側面からアーリグリフやサンマイトとシーハーツがさらに協力体制を深めることができるのではないかという考えに立って各国の店舗と交渉を行っている。
 フェイト印の商品は一般の商品に比べて格安だし、質もいい。当然人々はそれを買うようになる。だからどこの国の店舗でもフェイト印の商品を取り扱うようになる。自然とフェイト・ブランドはこの国の大部分の市場において顔を見せるようになっていた。
 それもそのはず、フェイトのところには様々な分野のクリエイターが存在しているのだ。しかも優秀なクリエイターが。
 だが、商品を格安にしているせいか、彼自身はそれほど財産を築いているわけではない。社員たちにはかなり高額の報酬を出しているそうだが、彼自身はつつましい生活を今でもしている。というより、金に興味がないようだ。何しろ彼のところには必ず新製品が来るわけだし、契約した相手から色々なものをもらったりもしている。金が必要になることはない。
 それに彼のところで働いている正社員が、彼のためにかいがいしく料理なんかを作っているそうだから──

 ばきっ、とネルはそこまで思考を進めたところで自分のペンを折ってしまったことに気付く。テンションが上がっていたソフィアはそこで我に返った。
「……で、アンタはどうしたいんだい?」
 ネルも大人気なかったと反省し、ソフィアから話をうかがう。
「できれば、フェイトに直接真実を聞きたいんですけど……」
「それだけの勇気はない、か」
「ネルさんからなら聞きやすいかな、とも思ったんですけど」
 いい度胸だねえ、アンタ。
 思わず口にしかけた言葉を飲み込む。自分だって聞きやすいはずがない。意中の相手に『アンタはマリアが好きなのかい?』などと平然と聞けるはずがない。
「肝心のマリアには聞いてみたいのかい?」
 と尋ねると、ソフィアは顔をしかめて首を振る。
「半年前には否定されたんですけど、今も同じかどうかは分からないです」
「なるほどね……ま、仕方ない。私も気にならないわけじゃないからね」
 やれやれ、せっかくの休みなのに。
「ただ、どんな結果が分かっても恨みっこなしだよ」
 そもそも自分はフェイトのことをそこまで本気に思っているわけではない。
 いや、本気には違いないのだが、彼が自分の方を向いてくれることがないと分かっているからこそ、諦めがついているのだ。だからソフィアのようにこだわることもしなければ、自分から積極的に行動することもない。
 ただ、自分の気持ちに区切りをつけるにはいいのかもしれない。
 そんなことを考えて、望まれない来訪者を追い出す。
 とにかく一度寝る。明日になったらペターニに足を伸ばして、直接フェイトと話してみよう。






 そんなわけで翌日。
 ルム馬車を使ってペターニへ。あまり気は進まないのだが、それでも来てしまったものは仕方がない。
 今日も空は高く、風が澄んでいる。
 空の向こうは彼のいる世界。それなのに今、彼はここにいる。
(なんでなんだろうね)
 不思議なもので、もはやこの世界に彼がいないということが考えられなくなっている。それは自分ばかりではない。シーハーツの全ての人間が、そしてサンマイトの、アーリグリフの人間たちがみんなそう思っている。
 空の彼方から来た青年──
(私は諦めることができるんだろうかね)
 クリエイターギルドの隣にある『フェイト商会』の扉を叩く。この半年、何度もここには足を向けたが、緊張しながらここに来るのは恐らく初めてだろう。
「はい〜? あ、ネル様。いつもお世話になってます」
 ぺこり、と頭を下げるのは受付のエリザ嬢。フェイト商会の数少ない正社員だ。
「フェイトはいるかい?」
「あ、今向かいのファクトリーに行ってます。多分、そんなにはかからないと思いますけど」
「また開発かい? こっちの運営もあるっていうのに、よくやるね、あいつも」
「はい。さきほどターニャさんが見えられましたので、以前からマユさんが考えていた商品を開発しようっていうことになって。朝方からこもりっきりです。おかげでもー、私とウェルチさんの二人で仕事片付けなきゃいけなくってー」
「悪いね、忙しいときに」
「いえいえー! シーハーツ軍はイチバン大切なお客様ですもん! いつだって大歓迎ですよ!」
 そういうことを何の裏も表もなく言えるから、この娘は受付嬢なのだろう。全く、フェイトは適材適所という言葉をよく知っている。
「それじゃ、先にウェルチに挨拶してくるよ。上がってもいいかい?」
「もちろんです! 後でコーヒー、お持ちしますね」
 ありがとう、と答えて中に入る。
 このフェイト商会の正社員は三人。受付のエリザと、秘書のマユ。そして、会計係のウェルチだ。どうしてまた、こういう可愛い女の子ばかり雇うのかと、正直腹立たしい。
 そしてその三人もまたきっと、フェイトのことが好きなのだろう。余計に腹立たしい。
(本当に、女心の分からない奴だね)
 そのくせ本命はマリア? 馬鹿にしているのだろうか。
 いずれにせよ、自分はもうその気持ちに区切りをつけるのだから、これからはこだわらなくてもいいのだろうが。
「あ、ネルさん! いらっしゃいませ!」
 執務室に入ると、書類と格闘しているウェルチが立って出迎える。
「悪いね、上がらせてもらってるよ」
「いえ、全然気にしないでください。ネル様なら大歓迎ですよ! フェイトも久しぶりにネル様の顔を見たら喜ぶと思います」
(『フェイト』も、ね。)
 いつの間にかウェルチはフェイトを呼び捨てにするようになっている。それだけ社員と仲良くしているということなのだろうが。
「ギルドからこっちに変わってどうだい?」
「いやもう、仕事は楽になりましたよ。そのくせ給料はギルドよりいいですからね。私としては万々歳です」
 ウェルチはクリエイターギルドから正式にフェイト商会に転職した。おかげでクリエイターギルドの方は人手不足らしい。もしかしたらフェイトはウェルチを引き抜いておいて、クリエイターギルドを買収するつもりなのかもしれない。
 ウェルチは言わずと知れたギルドの看板娘だった。その実務能力はシーハーツの会計検査院も及ばないかもしれない。ギルドで三足のわらじを履いた彼女はこのフェイト商会でいかんなく実力を発揮していた。
「にしては、書類がたまってるみたいだけど?」
「仕方ないですよ〜。フェイトがアーリグリフから戻ってきたのが一昨日ですし、そんなときに限って来客も多くなりますし、マユはマユでターニャさんと一緒にフェイトを拉致ってくし。事実上、このフェイト商会は私で切り盛りしてるんですよ?」
「分かってるよ。フェイトもアンタのことを頼りにしてるってのはね」
 ウェルチはそう言われて笑顔を見せた。他の人間から言われるとやはり嬉しいものなのだろう。
「それにしてもマユにターニャか。じゃあ今日の開発は料理かい?」
「ええ。ちょうど昼ごはんの時間には終わるだろうから、開発したメニューで食事にしようって……あ、ネル様がいらっしゃるなら、一人分増やした方がいいですよね。今から伝えに行きますね」
「いや、かまわないよ。フェイトに少し話があって来ただけだしね。せっかくなんだからみんなで食べなよ。門外漢はパスさせてもらうよ」
「ダメですっ!」
 ウェルチはじろっと睨む。
「フェイトは私たちなんかより、ネル様やソフィアさん、マリアさんの方をずっとずっと信頼してるんですから」
 ウェルチは少し悔しそうに、ネルを見つめた。
「何言ってるんだい」
「本当ですよ? やっぱり、命をかけて共に戦った仲間っていうのは、忘れられるようなものではないみたいです。フェイトなんて、口を開けばいつも皆さんのことばかり。こっちの気持ち、分かってるんでしょうかね?」
「あの鈍感は、誰の気持ちにも気づかないよ。自分から言わないとね」
「そうですよねー」
 と、そこまで話したところでエリザがコーヒーを持ってきた。転ばないようにね、とウェルチが釘を刺す。大事な書類は何があっても大丈夫なように自分の手に持つあたりが信頼度の表れか。もちろん高いという意味の正反対の意味でだ。
「ひどいです、ウェルチさん」
 エリザが何のミスもなく二人の前にコーヒーを置いていく。快挙だ。彼女がミスせず仕事をこなすとは。正直ネルも見たことがない。
「あ、エリザ。せっかくネル様が来てらっしゃるんだから、フェイトに『もう一人前追加』って伝えておいてくれる?」
「ウェルチ」
「いーんですって。それじゃ、お願いね」
「分かりましたっ!」
 元気よく出ていこうとした彼女は閉まっていた扉の正面衝突して「ぎゃふっ」という悲鳴を上げた。うん、こうでなくてはエリザではない。それに他の誰にも被害が出なかったのだから、最良の結果というものだろう。






 そんなわけで、ネルは昼ごはんをご馳走してもらうことになった。
 用意が出来たとエリザから連絡を受けて、エリザとウェルチ、三人で工房に向かう。
 フェイトがここの工房の利用権を手に入れてから、随分と工房も手入れがされた。特にマユが料理の開発を頻繁に行うので、別室に食堂を作ったくらいだ。
 そして今日はフェイトとマユ、ターニャの三人貸切で開発にいそしんでいたらしい。というより、他にファクトリーに来た人がいないらしい。
 三人が到着すると、フェイトが満面の笑顔で出迎えてくれた。
「ネル。来たって聞いてびっくりしたよ」
 相変わらず優しい笑顔だ。この笑顔でたくさんの女性を魅了する。少なくともここにいる女性は全員そうなのだろう。
「それじゃフェイトさん。私はこれで」
 コックの格好をしたターニャがぺこりと頭を下げる。
「ああ、ありがとうターニャ。またよろしく」
「はい。レシピはギルドに提出しておきます。本当に私名義でいいんですか?」
「いつもお世話になってるから。それに、僕が特許を持っていてもいなくても、僕のところの売り上げがそんなに変わるわけじゃないから」
「それじゃあ、ありがたくいただいておきます」
 ターニャは笑顔でファクトリーを出ていった。
 そのやり取りを聞いて、ネルが小声で隣のウェルチに尋ねる。
「どういうことだい?」
「あ、フェイトって、自分で開発するときも自分の手柄にしないで、一緒に協力してくれた人に特許を譲るんです」
「売り上げが変わらないって、ウソだろう?」
「はい。でもそれでクリエイターさんたちのやる気が向上するならその方がいいって。人と人とのコミュニケーションが取れている方が大切なことだからって、なかなか聞いてくれないんですよねー。まあそれでも、うちは十分儲けてますから今のところは問題ありませんけど」
 その言葉はフェイトに対する信頼が十分ににじみ出ていた。
(やれやれ。本当に人の心をつかむのが上手いんだね、アンタは)
 ターニャを見送ったフェイトが戻ってきて「それじゃ、ご飯にしようか」と言う。
 ならばその自信のある料理を十分に味わわせてもらおう。
 ネルは苦笑しながら食堂に向かった。





「あお」

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